JR各社が検討する「ラッシュ時の運賃値上げ」は本当に実現可能なのか

プレジデントオンライン / 2020年8月12日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/winhorse

JR東日本は、利用する時間帯によって運賃が変わる「変動運賃制」を検討すると発表した。利用者減による大幅な減収を食い止めるためというが、実現可能なのだろうか。鉄道ジャーナリストの枝久保達也氏は「変動運賃が導入されれば定期券が値上がりすることになる。テレワークの普及もあり、今後は『定期券離れ』が進むだろう」と指摘する――。

■JR東社長「以前のように利用客は戻らない」

JR東日本の深澤祐二社長は7月7日の定例会見で運賃制度の見直しに向けた議論に着手すると表明した。7月7日付朝日新聞デジタルによれば、深沢氏は都内で開いた定例会見で「以前のように利用客は戻らないと思う」との見通しを示し、「長期的に経営が成り立つ形で、さまざまなコストやダイヤ、運賃の見直しのため検討を深めている」と述べた。その上で運賃が「利用客が多い時間帯と少ない時間帯で変動する仕組み」を例に挙げた。

またJR西日本の長谷川一明社長も22日の定例会見で、「利用客はコロナ前の状態には戻らないという前提に立つ必要がある。分散乗車を進め、利用時間帯を平準化することは乗客にとっても事業者にとっても望ましい」と言及。新幹線を含む全路線を対象に変動運賃制導入の検討を始める方針を明らかにしている。JRが提起する「変動運賃制」は近い将来、大手私鉄や地下鉄に波及する可能性が高い。

JRをはじめとする鉄道各社は現在、出発地から目的地までの距離に応じた運賃制度を取っており、運賃はいつ乗車しても変わらない。しかし、変動運賃制では運賃が時間帯ごとに変動する。電気料金のように需要が大きい時間帯は価格が上がり、需要が少ない時間帯は価格が下がるという仕組みだ。

■第1四半期は1553億円の赤字に

具体的には利用者が多いラッシュ時間帯は運賃が割り増しになり、土休日や日中時間帯であれば運賃が割引される。新幹線や特急列車であれば、航空機やホテルと同じように、繁忙期は値段が上がり、閑散期なら値段が下がることになる。

こうした議論は決して新しいものではない。最近では東京都が2019年度予算に「快適通勤の実現に向けた混雑緩和策等の検討調査」の項目を設け、この中で「時間帯別運賃」の検討に着手したなどの事例がある。

ただ、当時はラッシュ時間帯の混雑緩和策として検討されていたもので現在の議論とは微妙に異なっていた。現在、変動運賃制が急速に浮上した背景には、新型コロナウイルス感染拡大の影響で鉄道の旅客が激減し、各社とも大幅な減収に悩んでいるという事情がある。

例えばJR東日本の鉄道営業収入は、4月は前年比76%減、5月は71%減、6月は46%の減少、4~6月の第1四半期では1553億円の赤字となっており、このままでは従来の運行やサービスを維持できなくなるため、収入を確保して持続的な経営を図ろうというものだ。

■負担を背負うのは割安で乗っている定期利用者か

では誰に負担増を求めるかが問題となる。JR東日本の輸送量(旅客数と乗車キロを掛け合わせた数値)は定期利用者760億人キロに対し、定期外利用者は615億人キロと定期利用者が上回っている。一方、旅客運輸収入は定期利用者の5063億円に対して定期外は1兆3503億円と大きな開きがある。定期外というのは、新幹線や在来線特急の特急料金なども含まれる。

これに対し、定期利用者の運輸収入は輸送量のわりにかなり安い。というのも、JR東日本の通勤定期券の割引率は1カ月定期券で約50%、6カ月定期券では約60%にも達するからだ。1カ月定期券では1カ月当たり15日、6カ月定期券では1カ月当たり12日利用すれば元が取れる計算になる。

通勤定期券の歴史は古く、およそ100年前に誕生した。1920年に行われた運賃改定で、普通運賃が大幅に値上げされたのに対し、定期運賃は国民生活の負担軽減を名目に据え置きとなったため、定期券の割引率が高くなり、通勤利用者は定期券を使うようになっていった。職住近接から職住分離の「通い」のスタイルへと転換が進んだことと、東京圏の鉄道整備に伴い東京の郊外化が進展したことが、両輪のように影響している。

合わせて、高度成長期に企業が通勤費を負担する慣習が広まったこともあり、本来であれば運賃は都心から離れるほど高くなるのが、高い割引率によって遠方からの通勤を可能にした。良くも悪くも定期券と通勤手当がこれまでの「満員電車文化」を作ったといっても過言ではない。

■もう一つの理由は「通勤ラッシュの緩和」

これまで鉄道事業者の経営は好調だったため、遠距離なのに運賃が安い定期券の「矛盾」を解消するための値上げは利用者に受け入れられず、議論が進んでこなかった。

しかし、新型コロナウイルスの影響でテレワークが急速に普及。週5日間オフィスに出社する勤務スタイルは過去のものになろうとしている。利用客が激減し、鉄道事業者の経営の先行きが不透明になったことで、ようやく運賃制度を根底から見直そうという機運が盛り上がってきたのである。

JR東が変動運賃制を検討する理由はもう一つ、通勤ラッシュの緩和だ。実は鉄道会社にとっても通勤ラッシュの存在は非常に負担が大きい。というのも、鉄道の設備は運行のピークに合わせて設計しなければならないが、これら設備はラッシュ時間帯以外は遊休設備になるため、経営効率を下げることにつながってしまうからだ。

朝ラッシュ時間帯2分30秒間隔、日中5分間隔で走っている路線を例にとれば、ラッシュ時間帯の混雑を分散することで、終日5分間隔の運行が可能になれば、車両や人員はラッシュ時の半分で済むことになる。車庫用地も、信号設備や変電所の容量なども半分になる。鉄道会社にとってもラッシュを無くし、混雑を平準化するのは望ましいことなのである。

■国の認可は? 私鉄や地下鉄はどうなる?

ただし、運賃の見直しは国の認可が必要なので時間がかかる。現在の鉄道の運賃制度は、上限金額を国が認可し、鉄道会社はその範囲内で運賃を設定することになっている。変動運賃制は割引だけではなく、値上げする時間帯も生じるため、運賃制度自体を見直さなくてはならない。こうした大規模な運賃制度の見直しは、通常であれば10年単位の時間を要する。

JR東日本の深澤社長は8月2日付東洋経済オンラインのインタビューで、検討期間は「1~2年というスパンで考えている」と答えているが、東京メトロや相模鉄道など相互直通運転を行っている路線にも影響するほか、東海道線・京浜東北線と並行する京急線や、中央線と並行する京王線など競合路線との兼ね合い、またSuicaやPASMOなどIC乗車券の技術的な対応等もあるため、一朝一夕にはいかない可能性がある。

当然、JR東日本以外にもこうした新たな運賃制度を導入しようという動きがあがるだろうから、各社一斉にタイミングを合わせて新制度に切り替えるべきという声も出てくるはずだ。かといって新制度の導入が遅れれば出血は続くことになる。広範にわたる議論を、短期間で取りまとめることができるのかが問われることになる。

■コロナ禍で「定期券離れ」が始まるのか

新型コロナウイルスの影響で、100年間続いた高割引率の通勤定期券を背景にした大量輸送=満員電車文化は、その歴史的役割を終えようとしている。

JR東は、混雑率(需要)に応じて値段が変動する運賃制度を採用した場合の具体的な値上げ幅について明かしていないが、今後もラッシュ時間帯の通勤を続ければ、手持ちの定期券が値上がりするのは間違いない。一方で、ラッシュを過ぎて乗れば現状よりも安い運賃になる可能性もある。定時出社の概念が崩れつつある今、これまで当たり前のように通勤手当を支給していた企業側も見直しを迫られることになるだろう。

実際、富士通は7月から通勤手当を廃止し、月5000円の「スマートワーキング手当」を開始。カルビーも7月から通勤定期代に代わり、オフィス出社時の交通費を実費で支給すると発表した。通勤定期を実質廃止する大企業のこうした動きは鉄道事業者にとっては痛手だが、新たな運賃制度が実現すれば会社員の「定期券離れ」はさらに進んでいくだろう。

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枝久保 達也(えだくぼ・たつや)
鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家
1982年生まれ。東京メトロ勤務を経て2017年に独立。各種メディアでの執筆の他、江東区・江戸川区を走った幻の電車「城東電気軌道」の研究や、東京の都市交通史を中心としたブログ「Rail to Utopia」で活動中。鉄道史学会所属。

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(鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家 枝久保 達也)

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