ランニングシューズ界のアップル「On」が成長率1位になった理由

プレジデントオンライン / 2020年8月11日 14時15分

On(オン)の「クラウドブーム(Cloudboom)」 - 写真提供=オン・ジャパン

日米のランニングシューズ市場で成長率1位を獲得したブランドがある。スイス発の「On」だ。2010年の設立以来、世界中のランナーの熱狂的支持を集め、販売網は50カ国6000店舗に広がっている。スポーツライターの酒井政人氏は「機能美とデザインの良さから『シューズ界のアップル』と呼ばれています。ナイキが先行する厚底にも参入して、競争が激化しています」という——。

■シューズ界のアップル、スイスブランドの「On」を知っているか

ナイキの厚底シューズが大注目を浴びたこともあり、近年は「ギア」としてのランニングシューズがとにかく熱い。

日本国内では、世界中で広く販売しているナイキ、アディダス、ニューバランス。それから国産メーカーのアシックスとミズノ。これらが“5大ブランド”といえるだろう。

そこに近年は海外から多くのメーカーが本格参入している。

元祖厚底といわれるホカオネオネ、世界で初めてゼロドロップ(爪先と踵の高低差がない)というコンセプトを搭載したアルトラ、米国のランニング市場で高いシェアを誇るブルックス。他にもプーマ、アンダーアーマー、リーボック、サッカニー、ニュートンなどが日本人ランナーの“足”を狙っている。

■ナイキ、アディダス、アシックス、ニューバランス、ミズノを追撃

そう国内のランニングシューズ市場は“サードウェーブ”が到来しているのだ。そのなかでも、急上昇しているのがスイス発のブランド。スイッチのようなデザインの「On」(縦書き)という文字が入ったシューズを目にしたことがある人もいるだろう。

2010年に設立されたOnは、約10年で世界50カ国、6000店舗以上でアイテムを展開するほど急成長。日本に上陸して今年で6年目を迎える。5年前の東京マラソンEXPOに出店した際には3日間で16足しか売れなかったが、その後は驚異的な快進撃を続けている。

現在、国内は約600店舗で販売中。某大手スポーツ量販店におけるランニングシューズの売り上げは、ナイキ、アディダス、アシックス、ニューバランス、ミズノの次につけているという。プレミアム(高価格帯)ランニングシューズ市場においては米国と日本で成長率1位を獲得しているほどなのだ。

Onはなぜこれほどの急成長を遂げることができたのか。ブランドヒストリーをひも解くと、その要因が見えてくる。

■マーケティング戦略を無視して機能美を追求する

Onは「ランニングを楽しくする」ことを目指して、シューズ製作の経験がない3人のスイス人が設立した。ブランド名には、「シューズを履くと自分のスイッチが入る」という思いが込められており、ロゴはスイッチをイメージ。シューズ作りの素人で、こうあるべきという固定観念がなかったことが新たなイノベーションにつながっていく。

半分に切った水巻ホースをソールに貼ったものが、世界特許技術の「CloudTec」(クラウドテック)になった。ホースがつぶれてクッションになり、元の形に戻ることで反発力を生むというシステムだ。

クラウドテックはオンのほとんどのシューズに採用されており、その独特なクッション性と反発性により“雲の上の走り”を多くのランナーにもたらしてきた。

On(オン)の「クラウドブーム(Cloudboom)」
写真提供=オン・ジャパン
On(オン)の「クラウドブーム(Cloudboom)」 - 写真提供=オン・ジャパン

メーカーは1年ごとにモデルをバージョンアップしていくことが多いが、オンの場合は少し異なる。2012年に登場した「Cloud」(クラウド)は機能的に一度アップデートされているとはいえ、デザイン的にはほとんど変わらない。そして現在でも高い人気を誇っているのだ。

それでいてクラウドはメンズだけで8カラーもある。パッキリした色は少なく、どちらかというと渋めの色が多いのも特徴。大人のカラーリングといえるかもしれない。

Onの広報担当者は、「納得するまで時間をかけて開発しているので、毎年のようにアップデートすることはありません。1~2年履いてボロボロになっても、また同じ型のシューズを買うことができます」と話す。その結果、クラウドは世界で数百万人のランナーが着用するベストセラーになった。

■SNSの口コミ効果で世界中のランナーの熱狂的支持を集めた

筆者は黒色のクラウドを持っている。個人的な感想を言うと、最近はナイキの厚底シューズを履くことが多いこともあり、ソールが少し硬いかなという印象を持っていた。しかし、これは気持ちよく走ることができるだけでなく、街履き用として非常に重宝している。

ミニマルでクール。オンの人気を考えるうで、デザインの秀逸さが挙げられる。余計な装飾を排除して、機能美を追求。いつしか「シューズ界のアップル」と呼ばれるようになった。

近年は、「JW ANDERSON」と「LOEWE」を率いるデザイナー、ジョナサン・アンダーソンが愛用しており、ファッション業界でも脚光を集めている。

ビジネス戦略も非常にユニークだ。すでにデジタル化した時代を踏まえて、広告でブランドの知名度を上げるのではなく、「プロダクトがいかに優れているか」を重要視。「実際に製品を使ってもらってファンを増やす」という口コミ効果に注力した。

そのためにイベントを多く開催して、SNSの交流も活発に行ってきた。それにより熱狂的なファンが根付き、彼らを中心に多くの顧客を呼び込むことに成功したわけだ。

■テニス界のスーパースター、ロジャー・フェデラーもOnに参画

これまで口コミ効果を優先させてきたオンだが、新たなビジネス戦略もスタートさせている。昨年10月中旬からスポーツ界で“世界一稼ぐ男”がOnに参画した。

テニス界のスーパースターであるロジャー・フェデラー(スイス)だ。

今年6月、米国の経済誌『フォーブス誌』が「世界で最も稼ぐスポーツ選手ランキング100」を発表した。2019年6月1日~2020年6月1日に得た賞金や給与・ボーナス、同期間のスポンサー収入を合算して算出したもので、フェデラーは約1億630万ドル(約114億円)で世界一に輝いている。

日本でいえば、MLBで大活躍していた頃のイチローがアシックスの社外取締役になり、ランニング部門でアドバイスするようなイメージだろうか。

現在もトッププレーヤーとして活躍するフェデラーは、投資家として、アドバイザーとして、パートナーとしてOnのオペレーションに関わっている。7月6日には“フェデラーモデル”ともいうべきスニーカー『THE ROGER|Centre Court 0-Series』(ザ・ロジャー センターコート ゼロシリーズ)を世界1000足限定で発売した。

フェデラーは以下のコメントを発表している。

「Onのシューズに出会って以来、そのミニマルなデザインと快適な履き心地の虜になりました。毎日履くテニスシューズにランニングシューズと同じくらいの軽さ、快適さ、俊敏さを加えた理想のテニスシューズ。アスリートとしての、パフォーマンスシューズに関する知識と、僕自身のファッションへの情熱を分かち合いながら、今回Onと共にテニスにインスパイアされた世界一快適なスニーカーを生み出せたことを誇りに思います」

「THE ROGER|Centre Court0-Series」を手に持つ、ロジャー・フェデラー
写真提供=オン・ジャパン
「THE ROGER|Centre Court0-Series」を手に持つ、ロジャー・フェデラー - 写真提供=オン・ジャパン

■王者ナイキが先行する「厚底市場」にも参戦

さらにOnは7月16日にマラソン向けのレーシングシューズ「Cloudboom」(クラウドブーム)を発売した。

世界特許技術であるソール形状の「クラウドテック」を上下2層にして交互に配置。さらに世界のメジャーレースを席巻しているナイキの厚底シューズと同じく、カーボンファイバープレートが搭載されているのだ。

この1年ほどでナイキ以外にもカーボンファイバープレートを使用したモデルを各メーカーが続々と開発。Onも世界的なトレンドに乗り、レッドオーシャンに飛び込んだことになる。なお、各社のカーボンファイバープレート搭載シューズの最新モデル(発売日)と税込価格(27cmの重さ)は以下の通りだ。

ブルックス「HYPERION ELITE」(2月29日):2万9700円(196g)
ナイキ「エア ズーム アルファフライ ネクスト%」(3月1日):3万3000円(214g)
ホカオネオネ「CARBON X-SPE」(6月1日):2万7500円(250g)
アシックス「METARACER™ TOKYO」(6月12日):2万2000円(190g)
ニューバランス「FuelCell TC」(6月26日):2万4200円(264g)
アディダス「adizero Pro」(6月30日):2万4200円(240g)

そして、

On「Cloudboom」(7月16日)が2万1780円(225g)

コスパのよさではOnが一番ということになる。日本でOnを履いているトップランナーを見たことはないが、今後はどんな広がりを見せるのだろうか。

スタイリッシュなオシャレアイテムを展開しつつ、本格的なパフォーマンスシューズへ。革新的なOnが乗り出した新たな方向性がランニングシューズ界の“勢力図”をさらに塗り替えるかもしれない。

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酒井 政人(さかい・まさと)
スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)

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(スポーツライター 酒井 政人)

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