「趣味の1万円は平気でも職場の飲み会3000円は痛い」という心理の正体
プレジデントオンライン / 2020年8月21日 9時15分
※本稿は、榎本博明『ビジネス心理学大全』(日本経済新聞出版)の一部を再編集したものです。
■状況によってお金の使い方が違うのはなぜか
旅先ではつい財布のヒモが緩むというのは、多くの人が経験していることではないでしょうか。ふだんは2000円の食事でも高すぎると感じ、1000円以内でないと食べない人が、旅先だと3000円の食事でも平気で注文するといったこともあったりします。
旅先に限らず、誕生日とかの記念日には、ふだんはほとんど贅沢をしない人でも贅沢な食事をするというようなこともあります。
あるいは、職場の人たちとの飲み会に3000円を出すのはもったいないと感じる人が、1人でステーキを食べに行くときは5000円かかる店でも平気で入るというようなこともあります。
このように、同じ人物でも、状況によってお金の使い方が違うというのはよくあることです。また、人によってお金の使い方に癖があるということもあります。
たとえば、昼にみんなが定食屋に食べに行っても、自分だけ節約のためにコンビニ弁当で済ませる人が、気に入った衣服には惜しみなく給料をつぎ込むというようなこともあったりします。
こうした消費行動の背後にある心理メカニズムを理解するには、心理的財布や心理会計という考え方を知っておくと便利です。
■心の中にはいくつもの財布がある
上述のような消費者心理を理解するために、心理学者の小嶋外弘は心理的財布という概念を提唱しました。私たちがもつ物理的な財布はたとえ1つであっても、心の中にはいくつもの財布があるとみなし、それを心理的財布と言います。
どの心理的財布から出すかによって、同じ金額の出費でも、高すぎたとして「痛み」を感じることもあれば、納得して「満足」を感じることもあります。
たとえば、デートのときなら食事代が1万円かかっても満足できるのに、職場のつきあいで食事代が5000円かかると痛みを感じたりします。冒頭であげた例のように、旅先では3000円の食事でも納得し、満足できるのに、日常の食事に1000円かかると、高すぎるとして痛みを感じたりします。
このように、状況によって使う心理的財布が違うため、同じ金額でも満足したり痛みを感じたりするのです。
■人によって「心理的財布」の種類や支払可能な金額が異なる
同じく日常の用途でも、外食のための財布からの2000円の出費には痛みを感じるのに、文化・教養のための財布からだと3000円の出費も納得し満足を感じるというようなこともあります。外食もいくつかに分けられており、喫茶店用の財布だと800円の出費は痛いのに、夕食用の財布なら1000円までは許容範囲だったりします。このように状況によって、また商品やサービスによって、痛みを感じる金額が違います。
それは、支出する心理的財布が違うからです。さらに、人によってもっている心理的財布の種類や支払可能な金額が異なります。
お金がないからといって昼食代を節約しているのに、自己啓発のための書籍やセミナーには惜しみなく出費するという人もいます。衣服代に毎月かなりの金額を使っているのに、たまに出かける温泉旅行の宿代をやたらケチる人もいます。好きなアーティストのコンサートには1万円でも平気で出すのに、飲み会で5000円以上かかるなんてあり得ないと文句を言う人もいます。そうした傾向は人によって異なるため、それぞれをいくつかの層(セグメント)にわけ、各セグメントごとに、どのような心理的財布をもつ傾向があるか、財布ごとにいくらくらいの支出になると痛みを感じるかを知っておくことは、マーケティングにとって非常に重要となります。
■紛失したのが「チケット」か「現金」かで行動が違う
心理的財布に似た概念に、心理学者トヴェルスキーとカーネマンが提唱した心的会計があります。これは、心の中の会計システムというような意味です。
彼らは、2つの条件を設定し、映画のチケット購入をするという人の比率を比較しました(図表2)。調査対象となった383名のうち、200名が条件1、183名が条件2に振り分けられました。結果をみると、条件2では88%がチケットを買うと答えていますが、条件1ではチケットを買うという人は46%しかいません。ほぼ2倍の開きが出ました。
このような違いについて、彼らは心的会計によって説明しています。条件1では、一度購入したチケットを再度買うことになります。その場合、チケット支出用の心理的口座からもう一回チケットを買わなければならず、同じ心理的口座からチケットを二重に購入する痛みを伴うため、チケット購入への心理的抵抗が生じます。それに対して、条件2では、現金とチケット購入のための金額が別々の心理的口座に入っているため、二重購入の痛みを伴うことがなく、チケット購入への心理的抵抗は生じません。
このように心理的財布、あるいは心的会計というとらえ方をすることで、消費者が一般にどんな状況でどんな支出の仕方をするかという一般的な消費傾向を知ることができます。さらには、消費者による支出傾向の違いをもとに、いくつかの集団に類型化し、類型ごとにどのような消費傾向を示すかを知ることができます。そのような消費傾向は、マーケティング戦略を立てる上で、大きなヒントとなります。
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心理学博士
МP人間科学研究所代表。1955年、東京都生まれ。東京大学教育心理学科卒業。東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。『〈ほんとうの自分〉のつくり方』(講談社現代新書)『50歳からのむなしさの心理学』(朝日新書)『ほめると子どもはダメになる』(新潮新書)など著書多数。
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(心理学博士 榎本 博明)
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