世界中で「クラスターフェス」が起きているのは歴史的必然である
プレジデントオンライン / 2020年8月19日 9時15分
■5カ月経てば「不急」も「急」になる
「不要不急の外出を控えて」――そう言われるようになって、はや5カ月近くが経とうとしている。私たちは望む望まないにかかわらず、国や社会からの要求(あるいは無言の圧力)に応じて、「ステイホーム」を実践してきた。
しかしながら、いくら「不急」の外出を忠実に控えていた人であっても、さすがに5カ月も経てば「急」の要件になってしまうだろう。この2週間が正念場、このひと月が山場――そう言ってとうとう今日までずるずると「ステイホーム」を続けてしまった。いつまでこのような生活を続ければよいのだろうかと、内心うんざりしている人も多くなってきているに違いない。
各地ではパンデミックの犠牲者以外にも悲惨なニュースが漏れ聞こえはじめた。主要各国の経済的打撃である。ユーロ圏では4~6月期GDPが年率換算では40.3%の減少となる。アメリカでは4~6月期のGDPは年率換算で32.9%もの減少だ。いずれの数字も、短期間に生じた景気悪化としては前代未聞の規模になっている。
ここから経済を元どおり回復させるまでに、もしかしたらパンデミックを終息させる以上に時間がかかってしまうかもしれない。世界恐慌の訪れを予感させる、きわめて絶望的な見通しである。ちなみに日本の4~6月期のGDP速報値は年率換算で27.8%減と、リーマンショックを超える落ち込みとなった。対岸の火事ではない。
■家計が脅かされた人に「自粛しろ」は響かない
近頃の東京都では連日のように多くの感染者が新たに計上されている。すでに都からは飲食店に対して再度の営業時間短縮要請が出されているが、しかしながら今回はこうした流れに対して前回ほど賛同一色の声が聞こえなくなっている。それもそのはずだ。市民の社会生活にも、もはや無視できないレベルで影響が出始めているからだ。
数カ月前までは「大切な人びとの命を守る」というスローガンに呼応して、社会活動の停止に積極的に協力していた人びとであっても、自分の家計にいよいよ中長期的な生存が脅かされるレベルにまで影響が出てきてしまい、政府や自治体が唱える《きれいごと》に素直に賛同できなくなってきている。コロナ関連倒産はすでに都内だけで100件(全国400件)を超え、解雇や雇い止めをされた人は全国で3万人を超えていると見込まれている。
「命を守ると言っても、高齢者の命を守って、現役世代の人生を犠牲にしていたら、それでは意味がないではないか」
「自粛なんかしていたらコロナの前に破産して死ぬ」
数カ月前なら「この不届き者が!」と徹底的に社会的糾弾を浴びていたであろう、こうした声もじわじわとボリュームが大きくなりつつある。政府の肝いりで打ち出したGo Toキャンペーンも期待したほど奏功しなかったいま、市民社会の我慢の限界もいよいよ近くなってきている。
■数年間「自粛生活」を続ければ、社会は荒廃する
――読者に過度な希望を持たせるために書くわけではないことは断っておくが、新型コロナウイルスによる今般のパンデミックおよび社会的混乱は、ほどなくして「終焉」に向かうように思われる。
ただしそれは、根本的にSARS-CoV-2を無毒化するようなワクチンが開発され、グローバル規模で普及することを意味するのではない。ワクチンの完成および普及による「終息」では、たとえ順当に行ったとしてもおそらく今後数年はかかってしまうのではないだろうか。ワクチンを待っている間ずっと「自粛生活」をやっていたのでは、ワクチンが完成する頃には人間社会は経済的に荒廃しきっているはずだ。それでは元も子もない。そもそもWHOからはワクチンが将来的にも完成しない可能性も警告されている。RNAウイルスの変異性の高さから考えれば、そうした悲観的観測もまったくありえないわけではない。
■パンデミック「終息」への道筋
だからこそ、人びとは別の方法論によってこの新型コロナウイルスのパンデミックを「終焉」させる道を選ぶことになる。私たちがおそらくこれより辿る「終焉までの旅路」の道程がどのようなものであるのかは、過去のパンデミックに鑑みるとそのヒントが得られる。
歴史学者によると、パンデミックの終わり方には2通りあるという。1つは医学的な終息で、罹患率と死亡率が大きく減少して終わる。もう1つは社会的な終息で、病気に対する恐怖心が薄れてきて終わる。
「『いつ終わるんだろう』と人々が言う場合、それは社会的な終息を指している」と、ジョンズ・ホプキンス大学の医学史学者、ジェレミー・グリーンは言う。
つまり、病気を抑え込むことによって終わりが訪れるのではなく、人々がパニック状態に疲れて、病気とともに生きるようになることによっても、パンデミックは終わるということだ。
ハーバード大学の歴史学者、アラン・ブラントは、新型コロナウイルスでも同様のことが起こっているという。「経済再開の議論を見る中で、いわゆる『終わり』は医学的なデータによって決まるのではなく、社会政治的なプロセスによって決まるのではないかと、多くの人が思っている」。
東洋経済オンライン『歴史が示唆する新型コロナの意外な「終わり方」』(2020年5月19日)より引用
■「根絶」されずに終わったパンデミック
「パンデミックの終息」――という文字列を目にすると、素人である私たちは、まるで映画や小説のように「特効薬が発明されることで人類が救われる」というエンディングをついつい想像してしまいがちである。しかし現実はそのような「明確なラスボスを倒して大団円」という、わかりやすい結実を用意してくれているとはかぎらない。
これまで人類社会に猛威を振るったペストは、根本的な治療法が確立するわけでもなく、現在に至ってどのように終息したのかはっきりした理由は不明瞭なまま、人びとはそのパンデミックに20世紀まで蹂躙され続けた。インフルエンザもそうである。「スペイン風邪」と通称されるインフルエンザの世界的大流行では、全世界でのべ5000万人もの死者を出したといわれる。
これらの歴史的パンデミックは「医学的終息」を見たわけではない。ワクチンもなければ、根絶方法を発見したわけでもなかった。
その代わり、人びとは自分たちのマインドセットを書き換えることによってパンデミックを終わらせてきた。自分たちの暮らしあるいは人生における「すぐそばにある死のひとつ」のバリエーションとしてつけ加え、考えを改めることで混乱を鎮めてしまったのだ。これがパンデミックのもうひとつの終息――いわば「社会的終息」である。
■毎年3000人近くが死亡するインフルエンザ
同じような「社会的終息」は現代社会でもしばしば起きている。
厚生労働省の人口動態統計によれば、この国ではインフルエンザで毎年3000人近くが死亡しているが、人びとはけっしてインフルエンザで大騒ぎなどしない。たとえ新型コロナウイルスよりもはるかに多い死亡者数が毎年出ていてもだ。私たちはインフルエンザが流行する冬――いたって冷静である。せいぜい「ああ、今年もインフルの季節」か、くらいなものである。
インフルエンザウイルスには一応ワクチンはあるが、だからといって「医学的終息(根絶)」を達成しているわけではない。毎年大勢の犠牲者を出している。しかし人びとはそのことになんら恐怖を感じず「身近にある死」として――あるいは「死」とすら感じないほど透明化して――それを受け入れて共生している。私たち人類はいつのまにか、インフルエンザで毎年の冬に慌てふためくのをやめてしまった。インフルエンザを医学的に撃破するよりも先に、人びとが「死生観」をアップデートして精神的に勝利してしまったのだ。
そんな馬鹿げた根性論をどうして――と思われるもしれないが、人びとは実際にこうして多くのウイルスを「克服」してきた。
■「恐怖を感じること」にさえ飽きはじめる
新型コロナウイルスどころか、ただのコロナウイルス(風邪)をこじらせて肺炎になって死ぬ人も毎年大勢いる。だが私たちはそんなことで恐れおののいたりしない。「次は自分の番かもしれない」などと泣きわめいたりもしない。また高齢者は毎年、肺炎球菌で大勢が死亡している。肺炎球菌は小児(おそらくは孫)を経由して感染することが多いとされるが、だからといって盆や正月の子や孫の帰省を恐怖したり拒否したりする高齢者はいない。
ホモ・サピエンスは飽き性である。その飽きっぽさはとんでもなく、ウイルスにひとしきり怖がっていると、やがて恐怖を感じることにさえ飽きはじめる。だがそれは順応力の裏返しでもある。「怖がっても無駄だ。もう死ぬのは仕方ない。我々の社会生活に『新しい死のレパートリー』がひとつ加わっただけなのだ」とある日考えを改めて、また日常を取り戻してしまう。これが本当の意味での「ニュー・ノーマル」あるいは「新しい生活様式」の達成である。
恐怖すら飽和させてしまう、信じがたいほどの飽きっぽさは、順応力の高さと表裏一体である。これこそが、ひ弱な霊長類をこの惑星の食物連鎖の頂(いただき)へと押し上げた最大の要因のひとつにおそらくなったのだろう。
■「クラスターフェス」は歴史的必然である
「自粛疲れ」とか「コロナ疲れ」などに基づき、市民社会の各所で散発的に発生しはじめた反動的な変化は、まさしく社会的終息へと動き出した人びとの歴史的必然を感じさせる。
イリノイ州の川で毎年行われている「ホワイト・トラッシュ・バッシュ」のパーティーが今年も開催され、約500人が参加した。ホワイト・トラッシュ・バッシュとは、参加者がホワイト・トラッシュ(白人の低所得者層)のふりをして安酒を飲み、どんちゃん騒ぎを楽しむイベントで、全米各地で行われている。地元当局は地域の新型コロナウイルス感染症の拡大を警告したが、参加者は誰もマスクをつけていなかった。
ニューズウィーク日本版『コロナ感染大国アメリカでマスクなしの密着パーティー、警察も手出しできず』(2020年8月3日)より引用
国民主権党党首の平塚正幸氏(38)が8月9日、東京都渋谷でマスク無着用の「クラスターデモ」を実施。新型コロナウイルス対策への抗議活動で、今回が10回目だという。
ネットでは「クラスターフェス」とも呼ばれ、トレンド入りするほど波紋が広がっている。(中略)
デモ終了後、「ノーマスク・山手線」と題した動画をYouTubeにアップ。「公安委員会の皆さん、今から乗ります!」と宣言し、マスク無着用で仲間たちと車内に乗り込む様子を披露した。
動画は11万回以上再生されているが、6,500件もの低評価を記録(10日18時現在)。平塚氏の行動に、辛辣な声が殺到している。
女性自身『「コロナはただの風邪」平塚正幸 クラスターデモ行い批判殺到』(2020年8月10日より引用)
■ただし過去のパンデミックとは「違う条件」がある
経済状況がますます悪化し、先の見えない自粛を延々と強いられ続ける人びとのなかから、少しずつではあるがマインドセットを書き換える人が現れはじめた。これはおそらく私たち人類社会が「社会的終息」へと向かおうとする兆しを伝えるものである。「医学的終息」を目指す試みと、「社会的終息」を目指す行動はしばしば同時並行で起こるものだ。
だが、終息への道のりが順風満帆であるとはかぎらない。というのも、現代社会に登場したテクノロジーによって、これまで歴史が示してきたような「社会的終息」の到達が困難となる可能性もあるからだ。そのテクノロジーとは、もはや私たちにとって当たり前のコミュニケーション・インフラとなっているSNSのことだ。
「社会的終息」には必要不可欠である「マインドセットの書き換え」を、私たちにとってすでに身近な社会インフラのひとつとなったSNSが阻むかもしれない。
■SNSで起きる「分断」が社会的終息を阻む
SNSのようなメディアでは「自粛するべきvs.自粛するべきでない」「ワクチンが開発されるvs.ワクチンの開発は無理」など、専門家でも意見が分かれるさまざまな意見をめぐって、ほぼ毎日のように果てしなき論争が繰り広げられる。また「イソジンでうがいをすればコロナを抑制できる」とか「次亜塩素酸噴霧器によって無毒化できる」などという、真偽不明の――あるいはデマのような――情報も錯綜する。
SNSは見知らぬ大勢の人びとの考えや意見を可視化し、お互いをつなぎやすくしたが、しかしそのせいで逆に、全員が同じような方向性へと「大同小異(やんわりとした合意)」を形成することがきわめて困難となっている。
「私たちの生活に新しい死のレパートリーが増えただけだ」と言われて、それで納得できる人もいれば「そんなことはあってはならない! すべての命が大事だ!」と反発する人もいる。両陣営ともそれなりの人数を抱えているし、双方のアカウントを通じて「分断構造」がこの社会にかつてないほど顕在化する。両者が一歩も譲らないまま今後もひたすらに膠着状態が続き「社会的終息」の道が頓挫してしまう可能性もある。
人類が文字どおり光速でコミュニケーションできるまで発展させてきた情報ネットワークが、皮肉にもこれまで私たちホモ・サピエンスが特異としてきた対パンデミック必勝法「社会的終息」を妨害してしまうかもしれない。
人類がかつてないほど情報技術を発展させた時代のパンデミックは、どのような結末を辿るのか――その答えを知るための人類史上初の実証実験で、私たちはいままさに被験者となっている最中である。
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文筆家・ラジオパーソナリティー
会社員として働くかたわら、「テラケイ」「白饅頭」名義でインターネットを中心に、家族・労働・人間関係などをはじめとする広範な社会問題についての言論活動を行う。「SYNODOS(シノドス)」などに寄稿。「note」での連載をまとめた初の著作『矛盾社会序説』を2018年11月に刊行。Twitter:@terrakei07。「白饅頭note」はこちら。
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(文筆家・ラジオパーソナリティー 御田寺 圭)
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