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立花隆「地球は人類にふさわしくないものに変わりつつある」

プレジデントオンライン / 2020年9月1日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/dem10

新型コロナウイルスの影響はいつまで続くのか。「知の巨人」として知られる作家の立花隆さんは、49年前のデビュー作『思考の技術』で、「地球は人類にふさわしくないものに変わりつつある」として、この問いの答えともいえることを書いている。その一部を特別に紹介しよう――。

※本稿は、立花隆『新装版 思考の技術』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■自然において、万物は変わり続ける

生態学の主要な概念の一つに、遷移というものがある。実例で知ってもらうのが早い。

裸の岩石の土地があるとする。岩石に定着できる植物は地衣類だけである。地衣類が岩石につくと、岩石をほんの少しだけ浸食して、土壌をちょっぴり作り出す。すると、そこにコケ類がやってきて、地衣類を押しのけてしまう。コケ類はもっと岩石を浸食して、それだけ多くの土壌を作り出す。ある程度土の量がふえれば、その土が水分を保持してくれる。

土と水分さえあれば、小さな種子植物が育つことができる。種子植物はさらに岩石を土壌に変え、そのおかげで、だんだんと小さな植物から大きな植物が育つことができるようになる。やがて、小さな木が育ち、大きな木が育ち、森林が形成されていく。一応、それ以上は変化しないという安定した状態になったとき、それは極相(クライマックス)に達したといわれる。

大体、裸の岩石から森林が生まれるまでに1000年、伐採地や、耕作が放棄された畑が森林になるまでには200年の年月がかかるといわれている。

クライマックスは永遠につづくというわけではない。なにしろ、自然の歴史に比べて人類史はあまりにも短いので、定かなことはいえない。しかし、非常に古い森林では、老衰とでも名付けられるような現象が起きていることが観察されている。

もっともたいていの地域では、これまでのところ、老衰するにいたる前に、台風、火災などの天変地異や、人間が手を入れることによって森林の成長は中断させられている。

遷移は植物の間だけで見られるものではない。植生が変化すれば、それにつれて、そこに生息する動物の相も必然的に変化していくものである。草原には草原の、森林には森林の動物がいる。

自然においては、万物が常に変わりつづける。生々流転が自然の実相である。

■人間が農耕をやめれば、いずれそこは雑木林になる

遷移はなぜ起きるのだろうか?

生物は、そのとき、そのところでの環境に最も適応したものが栄える。しかし、ある生物が繁栄すると、その生物の繁栄それ自体が別の環境を作り出す。その環境は、その生物よりも別の生物にとっての繁栄の条件を作り出す。こうして遷移は次の段階へと進み出す。

農耕という技術は遷移を人為的に妨害して、ある種の植物だけを常に繁栄させておこうとするものである。もし人間が畑の耕作や除草をやめれば、ただちに遷移は進行をはじめる。まず、いわゆる雑草が畑一面に繁茂する。翌年には同じ雑草でも、ヒメムカシヨモギ、ヒメジオンなどの、より丈の高い路傍雑草といわれる雑草が繁栄する。4~5年たつとススキ、チガヤなどのイネ科の植物がそれにとって変わり、やがて、ヌルデ、クズなどが繁茂してくる。そして、10ないし15年たつと、コナラ、クヌギなどの雑木林になってしまうのである。

■地球は「人類にふさわしくないもの」に変わりつつある

その時代に最も栄えているものは、常にその次の時代に栄えるもののための土壌を用意しているのである。きわめてマクロの視点にたてば、30億年に及ぶ生命の進化史は、地球を舞台にくり広げられた壮大な遷移のドラマであったということができよう。魚類の時代は両棲類の時代を準備し、両棲類の時代は爬虫類の時代を準備し、爬虫類の時代は、哺乳類の時代を準備した。そして現在は哺乳類の一部である人類の時代である。

この遷移の系列が、人類の時代をもって終わるということは、生物学的な常識から考えられない。30億年の地球史のなかで、それぞれの時代においてわがもの顔に地球を支配していた三葉虫や恐竜などがそうであったように、われわれ人類も自己の活動それ自体によって環境を自らの存在にふさわしくないものに変えつつある。

もし人間が、自ら変えてしまった環境に生物学的に適応できなくなれば地球の支配権を次の生物に譲らなければならないのはあきらかである。

■遷移には革命がつきもの

この遷移現象を人類の社会史の中に見い出したのがマルクスである。マルクスはそれを歴史の弁証法と名づけた。封建社会は絶対主義社会の土壌となり、絶対主義は市民社会を形成した。市民社会は社会主義社会を経て共産主義社会へという遷移系列をたどり、そこでクライマックスに達するであろうというのがマルクスの予言であった。この遷移を人為的に押し進める機関である革命党の理論をひっさげてレーニンが登場し、ロシアで遷移を一つ進めてみせた。

しかし、社会主義から共産主義への移行という次の段階の遷移は、うまくいきそうにない。なぜなら、あらゆる遷移の実例が示すように、遷移の進行とは、優占種の交代と同意義であるからだ。社会主義社会における優占種が権力の座についたまま、遷移が進行することはありえない。

遷移には革命がつきものである。優占種はその時代の環境に最も適合しているからこそ、優占種でありうるのであって、環境が変化すれば、凋落せざるをえない。たとえ、社会主義の次の段階が共産主義であるという予測が正しいとしても、その移行を担う主役は、社会主義社会の中でいま醸成されつつあるまだ知られていない種であって、現在の体制を担っている優占種ではないだろう。その新しい種がマルクスの予言を実現してくれるかどうかは、むしろ疑わしい。

■「次の次の段階」は誰にも予想できない

先例がない遷移については、遷移の次の段階までは予測できても、次の次の段階までは予測不可能だからである。マルクスは、「空想から科学へ」を標榜しながら、次の段階の科学的な予測に、次の次の段階への願望を混ぜ合わせるという過誤を犯している。そして、彼のいう科学には、この空想の部分が豊かにあったがために、いつまでも魅力というよりは魔力を持ちつづけてこられたのである。

立花隆『新装版 思考の技術』(中公新書ラクレ)
立花隆『新装版 思考の技術』(中公新書ラクレ)

たとえば、進化史という遷移系列の未来を考えてみよう。現在の環境変化の進行から、優占種の交代が行われるとき、次なる優占種はいかなるものであるかについては、ほぼ科学的な予測ができる。次代の優占種は必ず先代の優占種の内部あるいはその近縁のものから生まれてくる。

だから、現代の最優占種たる人類と昆虫類から生まれてくる超人類、超昆虫類がそれになるにちがいない。では、その次はどうか? これはもう予測不可能である。彼らが営む生活、それによる環境変化がいかなるものになるか、われわれには何の資料もないからである。

それをマルクスの偉大さというならば、マルクスの偉大さは社会史においてこの予測不可能の地点までだんびら振りかざして斬り込んでみせたことにある。

■遷移系列は「ローカル」に進む

もう一つ遷移について知っておかねばならないことは、遷移系列は決して普遍的なものではなく、ローカル性があることである。

気候一つとっても、環境はローカルによって個別性を持っている。また、同じ気候区にあっても、砂丘の上に展開される遷移系列と、内陸部で展開される遷移系列とではおのずから異なってくるのは当然である。

社会的な遷移についても同じことがいえるだろう。マルクスの嫡子(ちゃくし)たるべきヨーロッパ社会主義はついに誕生せず、ヨーロッパ社会はすでに別の遷移系列をたどりはじめている。それを正確に跡づけて未来を予測している人は誰もいないが、ヨーロッパ社会の次代の相貌は、この社会が現在内包しているものを分析することによってのみ知られるのであって、マルクスに帰ることによってではないのは明らかである。

マルクスの巨大な二人の庶子(しょし)、ロシア社会主義と、毛沢東主義は、それぞれローカル色豊かな別の遷移系列を歩みはじめている。両者の次の遷移段階が、いついかなる形でやってくるのか、もう少し時間がたたないことには、誰にもわかるまい。暴力的になされた環境変化が定着して、現在の優占種に代わる新しい種を生むには、まだ時間が必要だろうからである。

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立花 隆(たちばな・たかし)
評論家
1940年長崎県生まれ。64年、東京大学仏文科卒業後、文藝春秋に入社。66年に退社し、東京大学哲学科に学士入学。その後、評論家、ジャーナリストとして活躍。83年、「徹底した取材と卓越した分析力により幅広いニュージャーナリズムを確立した」として、菊池寛賞受賞。98年、第1回司馬遼太郎賞受賞。著書に『田中角栄研究 全記録』『日本共産党の研究』(講談社文庫)、『宇宙からの帰還』『脳死』(中公文庫)、『脳を鍛える』(新潮社)、『臨死体験』『天皇と東大』(文春文庫)など多数。

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(評論家 立花 隆)

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