「心霊写真の除霊は大切な務め」そう言って霊魂と向き合う僧侶はオカルトか
プレジデントオンライン / 2020年8月22日 9時15分
■「幽霊が見えるので供養をして」「心霊写真にお経を唱えて」
「幽霊が見える。怖いので供養してもらえないでしょうか」
「心霊写真が写っていたので、お経を唱えてほしい」
栃木県の浄土宗寺院の住職Kさんの元にはしばしば、霊的な相談が持ち込まれる。心霊写真の場合、プリントして封筒に入れて郵送してもらい、K住職は封を開けずに本堂で読経している。その後、境内でお焚き上げをする。心霊写真の中身を確認しないのは、K住職自身が霊魂に敏感なため、霊的なものに引っ張られないようにするためという。
「最近は少なくなりましたが、若い頃は日常的に霊を見ました。何者かがすーっと壁を通り抜けて庫裏(くり/住職の居住部分)の中に入ってくるのです。子供の頃は怖くて、寺に居たくはなかった。霊はいつも無言ですが、“何かを伝えたい”という思いは、ひしひしと伝わってきます」
■「霊魂の相談を親身になってお受けするのも、僧侶の大事な務め」
K住職に除霊の効果についても聞いてみた。
「その後、『出てこなくなりました』などと喜んでいただけることがほとんど。霊魂の相談を親身になってお受けするのも、僧侶の大事な務めです」
日本には7万7000の寺院が存在するが、すべてがK住職の寺のように「除霊」を扱っているわけではない。除霊に関する依頼を受けるか否かは、基本的には住職の判断に委ねられている。また、真言宗や天台宗系などが護摩祈祷などによる除霊が可能である一方で、浄土真宗系の宗派ではそもそも「霊魂」の存在を認めていない。そのため、浄土真宗系寺院では、除霊や祈祷を受け付けないことがほとんどだ。
■「霊魂」=科学的根拠に基づかない存在を疑う風潮は僧侶の間にも
科学万能主義の時代である。社会全体が「霊魂」の存在を疑い、あるいは否定する風潮が広がっている。
NHK放送文化研究所は2018年秋、「宗教の霊的な事柄」に関する調査を実施し、リポートをまとめている。そこからは、10年前(2008年)との日本人の霊魂観の変化が見て取れる。
調査結果では「宗教を信仰し、聖なるものや霊的なものに関心がある」について聞いている。2008年は8.8%であったのが、2018年では5.9%。2.9ポイント減少している。一方で、「宗教は信仰しないし、聖的なるものや霊的なものにも関心はない」が26.6%(2008年)から、31.2%(2018年)と4.6ポイントも増えている。
死そのものを扱い、極楽浄土といった死後世界観を説く僧侶の多くが「霊魂」の存在を否定するはずがない、とも思えるが、科学的根拠に基づかない存在を疑う風潮は僧侶の間にも広がっている。
■「供養・鎮魂・除霊などの力があると思う」43.8%
私は2016年から2017年にかけて、日本の伝統仏教教団に所属する僧侶計1335人に「霊魂に関するアンケート調査」を実施(有効回答802人)した。そこに寄せられた回答からは、興味深い考察を得ることができた。その回答の一部を紹介しよう。詳細は拙著『「霊魂」を探して』(KADOKAWA、2018年)を参照していただきたい。
【設問1】「あなたは『霊魂』の存在を信じますか」
――信じる64.8% 信じない17.3% その他18%
【設問2】「あなたは、宗教家には供養・鎮魂・除霊などの法力があると思いますか」
――あると考える43.8% ないと考える14.9% どちらとも言えない41.3%
【設問3】「あなたは、檀家や一般人から『霊魂』『不思議現象』に関する相談を受けて、供養・除霊・鎮魂などの宗教儀式をしたことがありますか」
――ある59% ない41%
【設問4】「あなたは過去、『霊魂』を見たり、『不思議体験』をしたりしたことがありますか」(具体的体験談を記入する自由回答欄も用意)
――ある39.5% ない60.5%
■江戸時代まで「悪霊退散」は僧侶の専売特許だった
【設問1】ではストレートに「霊魂の存在を認めるかどうか」について聞いている。だが、「信じる」とハッキリ答えた僧侶は6割強にとどまった。【設問2】では、僧侶に除霊などを行う法力・霊力を保持しているかどうかを尋ねているが、冒頭のK住職のように自信をもって魂を操っているとしたのは、4割強にすぎないことがわかった。
調査対象に、浄土真宗系の僧侶も含まれているので、「霊魂」を否定する僧侶が一定数いることは分かっていたが、思ったよりも肯定派が少ない印象であった。
「霊魂」を認めない僧侶が多い理由には、仏教の祖であるお釈迦様が、霊魂の存在を明確には認めていないことが挙げられそうだ。
だが、日本の仏教は少し違う。仏教の教えは中国や朝鮮半島を経由したことで儒教や道教、陰陽道、あるいは日本古来の神道とも混じり合ってきた。日本では「弔い」を通じ、霊魂をコントロールすることを生業としてきた。
さまざまな「悪霊退散」を通じ、仏教界が存在感を強めてきたことは歴史が証明している。例えば、京都で始まった祇園祭。元は、真言宗寺院の神泉苑で始まった「御霊会」に端を発する。御霊会とは怨霊を鎮めることで、さまざまな災厄を取り除く宗教儀式のことだ。江戸時代までは、「悪霊退散」は僧侶の専売特許であった。
■僧侶自信の霊的体験「亡くなった直後の本人が、死を告知してきた」
だが、明治期、原始仏教の原点に戻ろうとする動きが起こる。そしていま、オリジナルの「原始仏教」と、日本で醸成されてきた「日本の仏教」との間で霊魂の存在を巡って、齟齬(そご)が生じているのだ。
また、僧侶が科学万能社会の中で、霊魂に関して反論できなくなり、身を守るためにますます霊魂に関わらなくなってきた。霊魂を語らなくても、檀家制度の下に食べていける状態だから、あえてリスクのあるこの問題に首を突っ込む必要がなくなっているといえる。
だが、除霊などの社会のニーズは今でもたくさんある。【設問3】「あなたは、檀家や一般人から『霊魂』『不思議現象』に関する相談を受けて、供養・除霊・鎮魂などの宗教儀式をしたことがありますか」に関しては、6割が「ある」と答えている。
興味深いのが、僧侶自信の霊的体験である【設問4】だ。死の臨床現場に関わる職業柄だろうか。意外に多く(約4割)の僧侶が、霊魂現象に接してきている事実が浮かび上がってきた。
実はこの項目で自由記述欄も設けていた。すると、こんな回答が目についた。
「夏のある日の夜、夢を見た。誰かが亡くなり、ご自宅に伺って枕経(臨終後、すぐに遺体の前で読経すること)をしているところでした。翌朝、実際にその檀家さんが亡くなったとの知らせを受け、枕経に駆けつけると夢の中で見た部屋と、全く同じ部屋でした」
「来客用の玄関ブザーが鳴って外に出ても誰もいない。しばらくして、檀家さんの訃報が届けられました」
多くの僧侶が「死の予知」を経験していたのだ。つまり、檀信徒が亡くなったとの知らせが寺に届く前に、僧侶の身の回りで「死を知らせる何らかの霊的現象」が起きることである。冒頭のK住職にも、死の予知の経験があるという。
こうした、死の予知は、「夢」や「音」などを媒介にすることが多いようだ。だが、驚くべきことに「亡くなった直後の本人が、死を告知してきた」との回答もあった。ひとりの僧侶(高野山真言宗の住職)に実際に聞き取りをしてみた。
「先代が深夜読書している際に玄関のチャイムが鳴りました。出て見ると知り合いの檀家の方が立っている。『どうしましたか』と話すと『近くに立ち寄ったら、お寺の電気が付いていたから立ち寄った』と話され、帰られました。翌朝、電話が鳴ってその方が病院で亡くなられたとの話を聞いた。檀家さんが亡くなった時刻が寺に来た時間と同じ頃でした」
■「宗教者足り得るのは霊魂を操って鎮められる力を持っていること」
こうした死の予知と似たような現象として、「お迎え」がある。
お迎えは、亡くなろうとしている人が病床の中で、仏菩薩などの信仰の対象や、先に逝った人(多くは両親などの肉親や親しかった友人)を目撃することである。亡くなる数日前に、本人から「お迎えが来た」などと教えられるケースもあれば、看取りを行った親族や医療関係者らがその様子から「明らかにお迎えが来ているようだ」などと客観的に判断する場合もある。
お迎え現象の体験談は、葬式の後、遺族である檀信徒から、エピソードとして菩提寺の住職に持ち込まれることがある。
「檀家から『お迎えがあったようだ』、などとの報告は一度や二度ではありません」(浄土宗住職)
僧侶は「死を看取る」という特性上、お迎えを目の当たりにするケースが多いと考えられる。
宗教者が宗教者足り得る理由。それは、つまるところ「見えざる存在」をいかに説くか、といいうことかもしれない。宗教的な叡智を、「オカルト」ではない手法で指し示せるか。ある、京都の浄土宗僧侶がこう言ったことが印象に残っている。
「生と死の世界の境界にあって、それをつないだり、断絶させたりできるのが僧侶です。言うまでもなく学者や葬儀業者に、こうした宗教儀式は無理です。宗教者が宗教者足り得るのは、霊魂を操って鎮められる能力を持っている、またはそう周囲から思われていることが大切なのです。そこを疎かにしていては僧侶の存在意義はありません。霊魂に真剣に向き合う力が今、僧侶に試されているのです」
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浄土宗僧侶/ジャーナリスト
1974年生まれ。成城大学卒業。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける。著書に『仏教抹殺』(文春新書)など多数。近著に『ビジネスに活かす教養としての仏教』(PHP研究所)。佛教大学・東京農業大学非常勤講師、(一社)良いお寺研究会代表理事。
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(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳)
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