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あおり運転しか生きがいがない56歳男性の怒りのトリガー

プレジデントオンライン / 2020年8月25日 11時15分

スピード違反で止められ記念撮影。罰金8万円の支払いは、妻に肩代わりを頼んだ - 撮影=週刊SPA!取材班

東京都に住む配達ドライバーの林弘重さん(仮名・56歳)は、あおり運転をやめられない。ここ5年間で4度の接触事故を起こし、スピード違反で8万円の罰金を払ったばかりだ。なぜ危険運転を繰り返すのか。週刊SPA!取材班が、林さんに聞いた——。

※本稿は、吉川ばんび、週刊SPA!取材班『年収100万円で生きる-格差都市・東京の肉声-』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。

■「わかってないやつのせいで事故が起きる」

林 弘重さん(仮名・56歳)男性
出身/東京都
最終学歴/高校
居住地/東京都
居住形態/持ち家
年収/210万円
職業/配達ドライバー
雇用形態/契約社員
婚姻状況/既婚

2019年8月。高速道路上で高級外車に乗った中年男性が執拗にあおり運転を繰り返し、車を停車させて男性を殴った「常磐自動車道あおり運転殴打事件」。同乗の女性が携帯で動画撮影をしたことがワイドショーでも注目を集め、危険な行為として社会問題化した。しかし、以降もあおり運転での逮捕は相次ぎ、ついには運転中に歩行者をエアガンで撃つ者まで現れた。

これらの問題を受けて、政府は同年12月、「あおり運転」について危険運転致死傷罪の適用拡大や免許取り消しといった厳しい行政処分を科す方針を打ち出した。一般では対策としてドライブレコーダーの搭載が一気に広まるなど、まさに2019年は“あおり運転元年”といえるかもしれない。同章では、そんな“心の貧困”とも呼べる人たちを見ていきたい。

東京都に住む会社員の林弘重さん(仮名・56歳)は、そんなあおり運転をやめられないでいるひとりだ。ここ5年間で4度の接触事故を起こし、スピード違反で8万円の罰金を払ったばかりだが「道路を走るときは、ドライバー同士があうんの呼吸で流れるように走もの。俺は流れに乗って運転しているのに、わかってないやつのせいで事故が起きる」と持論を展開する。

右折時に対向車の出足が遅いと思えば急接近、青信号で発進するタイミングが“わかっていない”と思えば急接近……と、日常的にあおり行為を行っているのだ。

■昔から車が大好きで運転の仕事に

「右折時に(対向車線の)左折のやつを追い越すんですが、相手の驚く顔を見るのがたまらない。右折後はゆっくり走り、そいつが後ろについたのを確認してから猛スピードで走り去ると、実にスカッとするんですよ。35年以上ドライバーをやっているから、運転技術は並じゃないんです。みんな俺をナメやがるけど、わかっていないだけなんです」

インタビューのために訪れた昼下がりの喫茶店。林さんは我々を前に一気にまくしたてると、運ばれてきたアイスコーヒーにストローも刺さずグイっと飲んだ。あおり運転をする人の多くが短気で運転に対し自信過剰であるといわれる。配達ドライバーとして長年東京近郊を走り続けてきた林さん。「バカにしやがって」と彼が他者に抱く怒りの裏には、いったい何が潜んでいるのだろうか?

「昔から車が大好きでした。だから高校卒業後は運転の仕事に就きたくて、地元の食品工場に配達ドライバーとして就職しました。ほどなく同期入社した現在の妻と結婚し、すぐに子宝に恵まれました。順風満帆だったのですが、体調不良が続いていた30歳の秋にC型肝炎が見つかったんです。それから、長い闘病生活が始まりました」

当時の治療法は一本数万円もするインターフェロン注射に頼るもので、林家の家計は治療費で一気に苦しくなった。

「妻は『転職して収入を上げ、私が生活を支える』と言ってくれました。実際に知人の紹介で販売の仕事に転職。最初はなんていい女なんだ、と惚れ直したんですけどね」

■“年下上司”には煙たがられ、妻には家事を押し付けられ…

新しい仕事を学びながらも、夫の看病と子供の世話までこなす妻。林さんは次第に頭が上がらなくなっていった。1年も経つとC型肝炎はだいぶよくなったものの、検診の際に、今度は肝臓がんが見つかる。入退院を繰り返す林さんに会社はポストをあけていたが、40歳を超えて同期が管理職の椅子に座る頃になっても、林さんはヒラ社員のままハンドルを握り続けていた。

「仕事内容だけでなく、給与もヒラ社員並み。体調面で会社を休みがちなので仕方ないとは思うけれど……」

“年下上司”には横柄な態度を取ってしまい煙たがられ、面倒な客の多いルートばかりを押し付けられた。一方、転職先で昇進を続けていた妻は、ついに担当地区でトップの営業成績を飾り表彰されるに至った。

「アイツに『私は忙しいから、暇なあなたが家事をやって』と主夫宣告をされましてね。だから俺は『バカにするな!』と怒鳴ってやりましたよ」

無事に大学を卒業し一部上場企業へ就職した長男からは「親父の給料、俺の初任給より少ないじゃん」と指摘され、情けなさで泣いた夜もあったという。酒を飲めなくなった林さんが辛い心の内を打ち明けられるのは、入院時に打ち解けた同じ病室の仲間たちだけ。しかし、ひとり、またひとりと、あの世へ旅立ってしまった。

■「俺は邪魔するやつに注意をしてやってるだけ」

50歳を目前にして何度目かの退院後、久しぶりの職場で「ヒモの旦那」という陰口を聞いてしまった。そんな日に限って、空は青く澄み渡っている。見通しのいい交差点で、対向車と林さんが接触事故を起こしたのは、その1時間後のことだった。

「前の軽自動車が車線変更を繰り返しながら走っていて、イラついていたのは確かです。しかも、運転していたのは女を連れた若い兄ちゃん。調子に乗って運転しているとわかり、右折時に追い詰めたら対向車と事故ってしまったんですよ」

運よく大事故に至らなかったとはいえ、林さんはこの事故以降、怒りに身を任せると破壊的な行動をとってしまうようになる。妻から精神科に行くことを勧められ、医師からは「冷静さを取り戻すための習慣を見つけるべき」とアドバイスを受けるも、本人には感情に振り回されているという自覚がない。この頃から、粗暴な運転を周囲から指摘されるようになったという。

「危ないことなんてしていないのに、運転中に助手席の妻が『危ない!』と叫ぶんです。アイツはわかっていないんですよ。俺は邪魔するやつに注意をしてやってるだけ」

■孤独の毎日でハンドルを握ることだけが生きがい

55歳を過ぎ、妻のおかげで住宅ローンも完済した。林さんは自身の給与をそのまま小遣いとして使える生活を送っており、何ら問題はないように見える。しかし、不本意ながら主夫めいた生活を送る林さんのプライドは、傷ついていた。

「ストレス発散のため、ずっと狙っていたSUVを買いました。といっても、名義は妻ですが。それでも、ハンドルを握っている間はすべて自分でコントロールできる。これが唯一の癒やしです」

吉川ばんび、週刊SPA!取材班『年収100万円で生きる-格差都市・東京の肉声-』(扶桑社新書)
吉川ばんび、週刊SPA!取材班『年収100万円で生きる-格差都市・東京の肉声-』(扶桑社新書)

馬力の高い新車を手に入れた林さんは、運転技術で圧倒的優位に立てる道路の上で傍若無人な態度をとり続ける。相手が弱いとみるや威圧的な態度をとる林さんだが、高級車や黒塗りの車にはおとなしく道を譲り、決してちょっかいを出さないという。

「前に、あおり運転をやり返されて、車を停めたら、中からチンピラ風の男が出てきた。『ジジイ、てめぇ殺すぞ』と凄まれて、土下座して許しを得たこともありました」

自分より弱いとみれば攻撃的になり、強いものには屈する。そんな林さんの左側に座る者はいない。

「入院先で出会った病室仲間の最後の生き残りが、先週亡くなりました。独立した2人の子どもは家に寄りつかず、妻からは無視されています。孤独だけど、ハンドルを握っているときだけは、まだこの世にいるんだと実感できるんです」

深い悲しみと孤独感は同情に値するが、身勝手で危険なあおり運転は許される行為ではない。これも心の貧困からくるものなのか。

(週刊SPA!取材班)

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