郊外への転居が急増する米国と、テレワークも地方移転も進みきらない日本の決定的違いとは
プレジデントオンライン / 2020年8月28日 11時15分
■クオリティ・オブ・ライフを求めて都市部から郊外へ
米国内で、都市部から郊外に転居する人が目立っている。新型コロナウイルス禍の中、長期化する在宅勤務=ワーク・フロム・ホーム(WFH)が、もはや常態化しており、パソコン一つで仕事ができるのなら、どこで暮らしても同じという発想だ。豊かな自然や快適な住環境、そして安い家賃を求めて、NY・マンハッタンから隣接のニュージャージー(NJ)州、西海岸・サンフランシスコから近郊に引っ越した人らの話を最近よく聞く。必要に迫られた働き方の激変が、生活そのものを変え、居住地の選択にまで影響を与える流れを見ると、人間が本来持つべき「クオリティ・オブ・ライフ」(生活の質)は何かということを考えさせてくれる。
8月上旬、筆者宅に届いたニューヨークタイムズの別刷り(不動産)1面には、郊外で撮られた8枚もの写真が並び、目を引いた。記事では、ニューヨーカーにとって郊外に引っ越すかどうかの問題は「whether(するかどうか)」ではなく、「when(いつ)」であり、今は「where(どこへ)」に急速に変わってきていると指摘。「私たちは(もう)準備ができている」との電話が掛かってくるようになった、との不動産エージェントの嬉しい悲鳴を紹介している。
マンハッタンまで2時間以内で移動できる上、子どもの学校教育環境、ソーシャルディスタンスを考える上で重要な人口密度などを考慮し、勧める移住先として文中で挙げられたのは、ニューヨーク、ニュージャージー、コネチカット各州の計8つの街。プール付きの豪邸、綺麗に刈られた芝生が敷き詰められた広大な庭、徒歩範囲内には森や湖などの大自然が広がる。
■高層アパートの自宅にずっといるのは息が詰まる
NYでは、ミュージカルやオペラは長らく中断、野球などのプロスポーツは無観客で開催され、娯楽を直接享受する機会は奪われたままだ。屋内での飲食は今も禁止されており、路上や駐車場に並べられたテーブル・椅子での屋外飲食だけが可能。高層アパート内のエレベーターや内廊下では、常に人との距離に留意しなければならない。なおかつ、在宅勤務でずっと自宅にいなければならず、思わず息が詰まり、移住を決断する市民の気持ちもうなずける。
妻の転勤に同行するために休職しての渡米が決まり、マンハッタンでの高層アパート暮らしを夢見ていた筆者だが、妻の勤務地の都合などで、マンハッタンまでバスで30分ほど離れたNJ州の一軒家での生活に落ち着いた。思わぬコロナ禍を受け、わずかばかりの芝生庭があり、在宅勤務中の隣人の声が聞こえてくることもなく、ストレスが溜まった子どもが気兼ねなく走り回れる今の環境こそ、米国が持つスケールメリットを感じられると、このところ思い直している。
■日本では若者の意識は変化したものの……
内閣府が6月に公表した調査結果によると、コロナ禍を踏まえ、若い世代ほど地方移住への「関心が高くなった」と回答。とりわけ、東京23区に住む20代では、35.4%に上った。この質問の調査対象は、首都圏と大阪圏、名古屋圏の1都2府7県の人たちで、全世代では15.0%にとどまっている。年齢別では、20代の22.1%を筆頭に、30代の20.0%、40代は15.2%、50歳以上が10.2%となっている。
若者は柔軟に考えている反面、家族や子どもがいて、住宅ローンを抱えているような世代には、日々の生活が現実そのものであり、なかなか移住には及び腰どころか、発想すら頭の片隅にもない、といったところだろうか。都市圏から地方ではなく、都内から埼玉、大阪から奈良など都市圏内の移住となれば、もう少し割合は高まるのかもしれない。もっとも、テレワークがそれほど浸透していないため、むしろ通勤時間が長くなってしまうのが難点か。
■テレワークも地方移転も進まない日本の政府機関
政府が進める地方創生の一環として、7月に閣議決定した基本方針では、内閣府調査も踏まえて、地方移住への関心が高まっていると分析し、東京一極集中の是正策が盛り込まれている。東京ではなく地方でも在宅勤務ができるような環境整備を支援、東京に本社を置く企業に対し、サテライトオフィスを誘致する地方自治体の取り組みにも援助し、地方への移住を促進しようとする取り組みと位置付けられた。
地方創生の柱のひとつとして安倍政権が掲げている政府機関の移転を巡り、徳島県への全面移転を計画していた消費者庁は、国会議員による質問対応を含めた国会対策全般や危機管理に支障が出かねないと判断し、完全に頓挫した。文化庁は2021年度中に京都に移転する予定だったものの、庁舎の整備が間に合わないため、2022年度中に先送りされた。言うまでもないが、これらは政府機関のほんの一部に過ぎない。ほとんどの中央省庁は地方への移転に乗り気でないのが実情だ。
思わぬ形で、郊外への人の流れが進み始めた米国。かたや、地方への移住に対する機運がそれほど高まることなく、率先する形の政府機関移転も不十分な日本。大都市の郊外への移動と、地方への移動という違いはあるが、あまりにも対照的だ。背景にはコロナ禍の中、オフィスに通わざるを得ないか否かという問題があり、在宅勤務が完全に日常風景となった米国の方が、「クオリティ・オブ・ライフ」を追求する傾向にあると言えるかもしれない。
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米国在住・駐夫 元コロンビア大学大学院東アジア研究所客員研究員 共同通信社政治部記者
1972年生まれ。7歳の長女、5歳の長男の父。埼玉県出身。2017年12月、妻の転勤に伴い、家族全員で米国・ニュージャージー州に転居。96年慶應義塾大学商学部卒業後、共同通信社入社。3カ所の地方勤務を経て、05年より東京本社政治部記者。小泉純一郎元首相の番記者を皮切りに、首相官邸や自民党、外務省、国会などを担当。15年、米国政府が招聘する「インターナショナル・ビジター・リーダーシップ・プログラム」(IVLP)に参加。会社の「配偶者海外転勤同行休職制度」を男子として初めて活用し休職、現在主夫。2019年1月~9月、米・コロンビア大学大学院東アジア研究所客員研究員。研究テーマは「米国におけるキャリア形成の多様性」。ブログでは、駐妻をもじって、駐夫(ちゅうおっと)と名乗る。世界中の日本人駐夫約60人でつくるフェイスブックグループを主宰。
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(米国在住・駐夫 元コロンビア大学大学院東アジア研究所客員研究員 共同通信社政治部記者 小西 一禎 写真=iStock.com)
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