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「これ以上医療費を増やすな」を信じて損をするのはあなた自身である

プレジデントオンライン / 2020年8月26日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/TommL

日本の医療費は約43兆円。しかもこの10年間で9兆円も増えている。どこに問題があるのか。日本総研の藤波匠上席主任研究員は「原因は高齢化だけではない。医療の高度化も大きな要因であり、その恩恵は若い人ほど大きい。医療費を減らすことより、日本の医療を『儲かる産業』に変えることを考えるべきだ」という——。

※本稿は、藤波匠『子供が消えゆく国』(日経プレミアシリーズ)の一部を再編集したものです。

新型コロナウイルス(以下、新型コロナ)の感染拡大は、依然として予断を許さない状況にある。今後の展開を左右する最大の要因の一つが、ワクチンと治療薬の開発・実用化である。米欧日の製薬会社が開発にしのぎを削っているが、日本企業が先頭集団にいるとはいいがたい。

一方、医療費については、急速に進む少子高齢化を念頭に、政策的に抑制傾向にあるが、結局は縮むパイ(保険料)の取り合いに過ぎず、ここから生まれるのは世代間の対立という不毛な争いである。

もし日本が素早くワクチンや新薬を開発できれば、各国政府の価格政策にもよるが、莫大な収益を得ることができる可能性がある。その収益を医療費に回す制度設計も可能である。そこで本稿では、政策の視点を医療費の抑制・パイの奪い合いの調整から、医療を国際競争力をもつ産業へ成長させるという視点に転換することで、わが国の医療費負担を軽くできるということを論じてみたい。

■医療費抑制はわが国が抱える喫緊の政策課題

かねてより、わが国では年々医療費が増加し、その抑制・削減が一つの大きな政策課題であった。わが国医療費は、2007年からのわずか10年間で9兆円近く増加し、およそ43兆円となった。高齢化の進展が、医療費の増大の主たる要因であるとの指摘がある。進行する少子化を踏まえれば、医療費が増加するにしても、高齢者向けの医療費が際限なく増えていくよりは、妊娠、出産にかかわる分野の公的支援を増やしていくべきであるという考え方には、同意する人も多いだろう。

しかし、筆者には、この考え方が限られたパイを前提とした分配の議論に過ぎないように感じられる。もちろん、非効率な仕組みや一部の企業が不当な利益を上げているような状況があれば、積極的に改善すべきであることは言うまでもない。しかし、単に限られた財源の分配の議論ばかりでは、医療を産業としてとらえたとき、その成長を見込むことはできない。

そもそも、医療費はなぜ増加しているのであろうか。もちろん、欧米諸国に比べて極端に多い病床数が、必要のない人まで入院をさせるような過剰な入院需要を生んでいるという指摘や、後発薬(ジェネリック薬)で十分な患者にも、高価な新薬が処方されるというような非効率さが各所に残っていることは否めない。

しかしここでは、医療費の議論における隘路(あいろ)に入り込むことを避けるため、少し大きな視点で、医療費の増加要因を考えてみる。初めに、高齢化の進展による医療費の増加という指摘に対する真偽のほどを確かめるところから入ってみよう。

■高齢化だけが医療費増加の要因ではない

医療費の増加の要因を明らかにするため、わが国の過去10年間における医療費の変化について、要因分解分析を行った。ここでは、医療費の変化を「人口要因」、「高齢化要因」、「医療の高度化要因」に分ける。「人口要因」は、人口の増減による医療費の影響を見ている。人口減少局面では、総医療費の押し下げ要因となる。

「高齢化要因」は、とりわけ高齢者の医療費が大きな割合を占めることから、人口の年齢構成の変化による総医療費への影響をみている。なお、後期高齢者の人口比率は、国による人口推計の結果、2060年頃まで上昇することが予見可能であり、この要因は今後40年間にわたって、総医療費の押し上げ要因となる。

「医療の高度化要因」は、正確には1人当たりの医療費の変化をみている。例えば後発薬で十分な患者に高価な新薬が処方されることによって医療費が増えることがあれば、この要因に現れることになる。しかし、現状では、後発薬の積極的な利用や病床数の削減など、非効率や無駄を省く努力が各所で取り組まれており、それが総医療費を押し上げる主因として顕在化しているとは考えにくい。

近年、一人当たりの医療費が増加しているのは、多くの場合、新しい医薬品や医療機器、高度医療などの導入のほか、医療制度の改正などによるものであると考えられることから、この要因のことは「医療の高度化要因」と呼ぶ。

図表1は、過去10年間における9兆円分の医療費の増加を、上記3要因に分解したものである。9兆円の増加には、高齢化と医療の高度化が同程度貢献していたことがわかる。すなわち、医療費増加の半分の要因は、わが国の人口構成が高齢化することにより避けられない医療費の増加分であり、残りの半分が、医療の高度化などに理由を求めることができるのである。なお、人口要因は、人口が減少局面にあるため、医療費の押し下げに寄与している。

9兆円の医療費増加の要因分解分析の結果

高齢者比率の増加は、わが国における構造問題であり、今後40年間、「高齢化要因」は医療費の押し上げ要因となることが予見可能である。すなわち、差し当たり医療費の問題は、押し上げ効果の半分を占める「医療の高度化要因」を、どのように考えるかということである。

■医療の高度化の恩恵は若い世代の方が大きい

まず、どのような主体が、医療の高度化の恩恵に浴しているのであろうか。医療の高度化の恩恵は、病院で診療を受ける機会の多い高齢者が受けているのではないかという見方もあろう。実際、一人当たりの医療費で見れば、75歳以上の後期高齢者は、それより若い世代の数倍の医療費がかかっている。終末期医療に、高度な機器や高価な薬が投入されているのではないかという指摘もある。

しかし、図表2からわかる通り、過去10年間に限ってみれば、一人当たりの医療費の伸び率(年率)が高いのは、高齢者よりも若い世代の方である。すなわち、医療の高度化などの恩恵をより多く受けているのは、実は若い世代であるとみることが可能なのである。一方、高齢者は頻繁に通院しているものの、慢性疾患による場合も多く、いつも高度な治療を受けているとは限らず、一人当たりの医療費の伸び率は低く抑えられている。

5歳階級、一人当たりの医療費の伸び(年率)

こうしたデータをみれば、ことさら医療分野に世代間対立の議論を持ち込むべきではない。高齢者は、それより若い世代に比べ、現状では多額の医療費を使っていることは確かであるが、医療費の伸びに注目すれば、その恩恵は若い世代の方が大きいとみるべきだ。その結果として、例えばがんは治る可能性のある病気へと位置づけが変わり、平均余命の長期化やQOL(生活の質)の向上が図られているのである。

■国内の医薬品製造は伸びていない

筆者は、医療費増大を一律に“悪”と決めつけ、その抑制にがむしゃらに取り組むことは、わが国の医療産業の健全な成長にとって悪影響があると考えている。確かに過剰な病床数は入院患者数を増やし、医療費の膨張につながるため、その削減が医療費抑制に有効であることは明らかだ。

藤波匠『子供が消えゆく国』(日経プレミアシリーズ)
藤波匠『子供が消えゆく国』(日経プレミアシリーズ)

一方で、新型コロナの感染拡大で分かったことは、人材を含め、病床や医療機器などの医療資源には、ある程度のバッファーが必要であるということである。改めて、ウィズ・コロナ、アフター・コロナの時代における病床数を含む医療資源の適正水準を模索することが必要となろう。

重要なことは、医療費の抑制に過度に執着することなく、医療という産業を、わが国成長の梃子(てこ)にしていくという発想である。例えば、医薬品の開発・製造は製造業であり、わが国の経済成長を牽引する産業であるべきだ。しかし国内における医薬品の生産額は、近年ほとんど増えていない。

わが国の医療費は、過去10年間でおよそ9兆円(26.2%)増えたが、わが国製薬事業者の医薬品生産額は、同期間に2700億円(4.2%)増えたのみである(図表3)。その間、わが国における医薬品の輸出額はほとんど増えておらず、逆に輸入金額はおよそ1兆6000億円増えた。

わが国の医薬品製造金額、輸出入金額

この背景には、製薬会社が積極的に新薬の開発に踏み切れない、わが国の製薬環境がある。例えば、医療費の増加を抑制する観点から、新薬については、高い薬価で販売できる期間が欧米諸国より短く抑えられ、その薬価も必ずしも開発に投じてきた費用を十分に回収できる金額であるとは限らない。そのため、製薬会社にとっては、国内で長期にわたり莫大な費用をかけて新薬を開発するインセンティブを欠いた環境であると言えよう。医療費抑制に向けた制度設計が、製薬会社の事業環境を悪化させているのである。

■成長産業化が強い医療を作る

非効率な点や無駄の排除は必要であるが、決して縮小均衡の発想に陥ることなく、海外への医療機器・医薬品輸出まで見据え、医療を成長産業として伸ばしていくことが必要である。医療産業の成長により高まる税収の一部を、医療保険制度を維持する国費として還元するような制度設計をすることで、医療制度の持続性向上と、関連産業のさらなる強化が期待される。

医療を産業として発展させることができれば、今般のような伝染病の感染拡大に対しても、PCR等の十分な検査体制を構築しつつ、世界に先駆けてワクチン開発に成功する可能性もある。医療費の増加をすべて“悪”として、その抑制にばかり注力することなく、中長期視点で、医療をわが国の成長産業に押し上げていくことが求められている。

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藤波 匠(ふじなみ・たくみ)
日本総研上席主任研究員
専門は人口問題・地域政策、および環境・エネルギー政策。1992年、東京農工大学大学院を修了後、株式会社東芝に入社。東芝を退職後、1999年にさくら総合研究所(現在の日本総合研究所)に転職。現在、日本総合研究所調査部に所属。途中、山梨総合研究所への5年間の出向を経験。2015年より上席主任研究員。著書に、『「北の国から」で読む日本社会』『人口減が地方を強くする』『地方都市再生論』(いずれも日経出版)がある。

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(日本総研上席主任研究員 藤波 匠)

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