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安倍首相の「健康不安」を週刊誌にリークした人間の狙いはなにか

プレジデントオンライン / 2020年8月25日 11時15分

慶應大病院を出る安倍晋三首相=2020年8月24日午後、東京都新宿区 - 写真=時事通信フォト

■目がうつろで、完全な“病人”の顔にみえた

君は8月24日、安倍晋三首相が検査のため慶應義塾大学病院に到着したときの、顔を見たか?

私が見た写真は朝日新聞(朝日新聞デジタル10時11分=山本裕之撮影)だが、目がうつろで、完全な“病人”の顔である。

17日に突然、慶應に「検査のための半日検診」したときも驚かされたが、それからわずか1週間。

首相周辺は朝日に「医師から1週間後にまた来るよう言われており、受診は前回の続き」と話しているが、検査の結果を聞くだけなら、医師に官邸へ来てもらえばいい。これまでにも何度か、密かに医師を官邸に引き入れ、緊急で診てもらったことがあったと報じられているのだから。

一刻の猶予もならない。安倍の容体は、われわれが考えている以上に深刻だということであろう。

■きっかけは1本の週刊誌記事だった

一部のメディアが、「安倍首相が持病の大腸性潰瘍炎が悪化したため9月に辞任する」と報じたが、現実のものになろうとしている。

この流れができたきっかけは、8月4日に発売された写真週刊誌の1本の記事だった。週刊誌が発売されてわずか3週間足らずで、安倍首相はレイムダックどころではなく、辞任やむなしか、というところまで追い込まれてしまったのである。

かつて週刊誌というメディアに長くいた私は、週刊誌の1本の記事が、それまでの流れを変えてしまう“現場”を何度か見てきた。

失礼を顧みずにいわせてもらえば、FLASH(8月18・25日号)の当該の記事を読んだときは、それらに比べると情報の裏付けも弱く、噂の域を出ないように思えた。だが、発売後の永田町の動きは急だった。私のように多少メディア論を齧(かじ)ったものにとっては、極めて興味深い事例である。

私なりの推論を交えて、この情報がどのような意図をもってFLASHにリークされ、その後の動きにどうつながったのかを考えてみたい。

■新聞のスクープがスキャンダルと化した「西山事件」

その前に、週刊誌報道で、流れがガラッと変わった事例を2つ紹介してみたい。

1971年に起きた「西山事件」を覚えている方はいるだろうか。佐藤栄作首相時代に「沖縄返還」がなされた。だがこの交渉の中で、数々のアメリカ側に有利な「密約」が結ばれたのだが、政府は密約などないとシラを切り続けていた。

そんな中、アメリカが支払う地権者に対する土地原状回復費を、秘密裏に日本政府が肩代わりして支払うという密約公電を、毎日新聞政治部の西山太吉記者がスクープしたのである。

佐藤政権を崩壊させかねない大スクープだった。野党は責めたて、新聞は挙(こぞ)って知る権利を高々と掲げ、それでも密約を否定する政府に、国民の怒りは燃え上がった。そこに1本の記事が週刊新潮に掲載され、流れが変わってしまったのである。新潮は、西山記者が外務省の女性事務官と「情を通じて」、情報を取ったと報じたのである。国民の知る権利が男女のスキャンダルにすり替わってしまったのである。政権側からのリークであった。

それを機に、各紙は潮が引くように退いていき、毎日は謝罪文を出した。今でも「新聞が敗れた日」として記憶されている。

■なぜテレビや新聞ではなく、週刊誌なのか

もう一つは、2000年4月に小渕恵三首相が突然、脳梗塞で倒れたときのことである。入院した後、小渕から指名されたという青木幹雄首相臨時代理が、野中広務ら4人と計り、密室で後継を森喜朗に決めてしまった。メディアや野党は、小渕は指名ができる状態だったのかを訝(いぶか)ったが、5人組は、そのまま押し切ってしまったのだ。

小渕はその1カ月後に亡くなる。その少し後に、フライデーが「小渕の病室」とタイトルをつけ、全身が管に繋がれている小渕の病室でのスナップ写真を公開したのである。小渕が倒れた直後から、後継指名はおろか、何もできる状態ではなかったことが一目瞭然だった。

フライデーがこの写真をどこから入手したのか、私は知らない。推測するに、後継者選びが真っ当に行われなかったことに憤っている人間が提供したのであろう。1葉の写真が、森は正統性のない手順で選ばれたことを雄弁に物語っていた。森は在任中、「サメの脳、ノミの心臓」と揶揄され、国民の信頼を得ることはできなかった。

このように、情報をリークする人間には必ず思惑がある。それならば、影響力のある大新聞やテレビに流せばいいと思うかもしれない。だが、テレビは臆病だし、新聞はかなりの確証を掴まない限り書いてはくれない。出れば大きな反響もあるが、犯人探しも徹底的にやられる。

■内容はともかく、報道のタイミングが絶妙だった

週刊誌の持ち味は噂の段階から記事にすることである。記事にするかどうかの判断は、真偽よりも面白いかどうかを優先する。

これは、ウソを書いたり、捏造したりするということではない。今すぐに裏は取れないが、話してくれた人物への信頼性、その情報が信じるに足り得るかどうかを吟味し、やれるとなれば躊躇しないということである。

FLASHは、「“死に体”安倍内閣を追撃……永田町に広まる『首相吐血』情報」とタイトルを打ち、こう書き出している。

「《安倍総理が、7月6日に首相執務室で吐血した――》
いま、永田町をこんな情報が走っている。安倍晋三首相(65)の体調は、いったいどうなっているのか」

情報が走っているだけで、週刊誌お得意の永田町関係者や官邸筋の話も何もない。一見、週刊誌とはいえ、あまりにも裏付けのない与太話に思える。

だが、発売の時期が絶妙なのである。ほとんどの週刊誌が夏休みの合併号で、週刊文春、週刊新潮も発売はFLASHの2日後だから、この情報については1行も触れられていない。

安倍首相吐血情報は、どこも追いかけるところもなく、静かに広がっていったのである。

今はネットの時代だから、紙で出さなくてもオンライン版でやるところもあるのではないか。そう考えて、文春オンライン、デイリー新潮、Newsポストセブンを覗いてみたが、私が見た限りではどこもやっていなかった。

■甘利氏の「休んでもらいたい」発言の後、病院へ

リークした人間がFLASHという媒体を選んだのも、掲載された時期も“絶妙”だったと、私は考える。

一国のリーダーの健康問題は、特定秘密保護法に指定されてもおかしくない最重要機密である。知る人間は限られている。リークしたことがバレれば、無事では済まないかもしれない。慎重に考えた末、出ても大きな騒動にならない媒体を選んだのではないか。

では、リークした側の意図はなにか? それは後で触れるとして、報道後の動きを見ていこう。

FLASHの「吐血報道」について会見で質問された菅義偉官房長官は、「私は連日お会いしているが、淡々と職務に専念をしている。まったく問題ないと思っている」と回答した。だが、記事については否定も、FLASH側に抗議するともいわなかった。

さらに8月16日、安倍の側近である甘利明税制調査会長が『日曜報道 THE PRIME』(フジテレビ)に出演して、「(安倍首相に=筆者注)ちょっと休んでもらいたい。責任感が強く、自分が休むことは罪だとの意識まで持っている」「数日でもいいから強制的に休ませなければならない」と発言した。

他の自民党議員からも、安倍の体調を心配する声が出てきた。

そして8月17日、突然、安倍は定期検査だとして、主治医のいる慶應大学病院に入ったから、騒ぎはさらに大きくなった。半年に1回は診てもらっているというが、前回は6月。わずか2カ月での検診が吐血情報にさらなる信憑性を与えたのである。

■文春は「疲労がピーク」、新潮は「がんの検査も受けた」

8月19日発売の週刊文春(8/27日号)で、首相秘書官の一人がこう呟いている。

「よくよく調べてもらわないと……。実際(安倍首相の身体が)どうなっているのか、分からない」

官邸関係者も、安倍がこのところ「体調を崩した」「腰が痛い」といっており、「エレベーターの前で壁に手をついたこともある。新型コロナ対応で一月下旬から働きづめなので、疲労がピークに達しているようです」と語っている。

新潮でも、FLASHの内容を裏付けるような証言を、さる官邸関係者が漏らしている。7月6日に安倍首相は吐血はしていないが、朝から体調が悪く、「執務室で“クラクラする”と呟き、食べたものを吐いてしまった。その吐瀉物の中に鮮血が混じっていたんです」。やはり新潮で、自民党の閣僚経験者が、「安倍さんは今回、がんの検査も受けました」と語っている。

文春では慶應大学病院の関係者が、安倍が受けた検査について、こう話している。

「この日、安倍首相は顆粒球吸着除去療法(GCAP)を行ったようです。これは潰瘍性大腸炎がステロイドでは抑えられないほどひどい炎症を起こしているときに行うもの。GCAPの治療は、太い針を刺すので痛みも伴うし、頭痛などの副作用もある。治療後は身体がしんどく、一~二日は休む必要がある」

その言葉通り、安倍は翌日を休養にあてたのだ。

安倍を担当する医師団の一人を文春が直撃すると、「GCAPですか。それをやったか、やっていないかは何とも申し上げられない」と答えている。やはり、持病の悪化というのは間違いないようだ。

■24日で在任記録が歴代最長になったが…

この病気に一番いけないのがストレスである。自身の「桜を見る会」疑惑に対する追及、それに加えて、新型コロナウイルス拡散への対応と、ストレスが溜まる一方だったことは想像に難くない。

小中高一斉休校から始まり、アベノマスク、「Go To」キャンペーンの失敗で、支持率も30%台を切るところまで落ち込んでいる。その上、夕食は出前の弁当を寂しくつつく孤独のグルメでは、身体だけではなく精神的にも追い詰められていったのであろう。週刊ポスト(9/4日号)によると、「総理が食べているのは消化に良い流動食のようなもの」という官邸内情報もある。

安倍首相は1日休んで19日には公務に復帰したが、首相動静を見ると、午前中は自宅で過ごし、午後、官邸に来て約5時間ほど執務して、6時過ぎには自宅へ帰るという規則正しい生活を送っている。

8月24日に安倍首相は、大叔父・佐藤栄作を超えて首相在任記録が歴代最長になった。長いだけで何もレガシーのなかった不思議な政権として長く歴史に刻まれるであろう。だが、朝日新聞(8月24日付)によると、

「歴史的な記録更新にも、いまの首相官邸内にお祝いムードはない。最近になって首相が出席する予定だった25日の自民党役員会は中止。27日に予定されていた首相と党幹部らによる在職記録更新の『お祝い会』も延期された。首相の体調不良に配慮したのではないかとの見方が広がるが、政権幹部は『首相にとっては(記録更新は)単なる通過点。お祭り騒ぎをしているときではない』と述べるにとどめた」

お祝いどころではない。記録を更新したその日に慶應病院に再検査のために“入院”してしまったのである。

■「後は麻生さんに…」第1次政権時と酷似している

首相の健康不安問題で、にわかにポスト安倍争いが過熱していると報じられている。

新潮によれば、慶應病院の検査の前々日、安倍は私邸に麻生太郎を呼び、そこで、「自分の身に何かあったとき、後は麻生さんにお任せしたい」と伝えたと報じている。

この情報は、麻生側から漏れたのではないか。ポストによれば、前回の第1次安倍政権のときも、安倍は退陣の2日前に当時幹事長だった麻生に、辞任するつもりだと伝えたという。

事前に情報を得た麻生派は、フライングで総裁選の準備を始めてしまったのだ。そのことは、麻生自らが「2日前から聞いていた」と記者に漏らしたことで発覚し、党内から批判を浴びたのだ。今回は、「安倍は、入院でもすれば、来年の任期までオレに任すといっている」と、党内に触れ回りたかったのではないか。

安倍から麻生というバトンタッチは、最悪から極めて最悪へと移行するだけで、国民がさらに不幸になるだけである。

だが、安倍は後継者を育てなかったため、麻生はダメでも、他にこれという人材がいるわけではない。

ここにこの国の最大の不幸の大本がある。

■吐血情報をリークした人間の狙いとは

さて、本稿の主旨である、FLASHに安倍首相の吐血情報をリークした人物の意図について、私の推測を述べさせていただこう。

まずいえるのは、安倍の健康情報をリークして利を得る人間は誰かということである。いまのところポスト安倍候補に挙がっているのは、岸田文雄、菅義偉、石破茂、河野太郎というところであるが、安倍が辞任しても、漁夫の利を得る人間はいない。

いるとすれば、今一度首相に返り咲いて、第1次のときの屈辱を晴らしたいと考えている麻生だろう。私も、その可能性が高いような気はする。

だが、別の意外な可能性もあるのではないか。リークをした人間は、安倍の体調を本気で心配し、一刻でも早く慶應病院に検査入院できる「環境」作りをしたかったのではないかと、私は推測している。

■「放り投げた」悪夢を払拭するためだった?

安倍首相は、弱味を見せることが何よりも嫌いなタイプらしいから、体調は悪いが、今病院へ入れば、持病悪化、第1次と同じように政権を放り投げるのかとメディアに騒がれるに違いないと、躊躇していたはずだ。

だが、安倍の容体は日に日に悪くなっていく。

何とか病院へ行かせるためには、諸刃の剣ではあるが、体調悪化情報を流して、世論を見ながら安倍に決断させるしかない。そう考えたのではないか。その思惑通り、体調不安説が永田町を駆け巡り、安倍も意を決して、無事(?)検査に行くことができたのである。

この原稿を書いている間にも、「安倍首相辞任」の速報が流れるのではないかと、5分とおかずにネットニュースを見ている。

近く必ず来る政権の終焉をどのようにするのか、病院のベッドで、自宅の寝室で、安倍首相が思いを巡らせていることは間違いあるまい。残された時間は少ない。

「政権長きが故に貴からず」、そんな言葉が浮かんだ。(文中敬称略)

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元木 昌彦(もとき・まさひこ)
ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『a href="https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4198630283/presidentjp-22" target="_blank">編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、近著に『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)などがある。

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(ジャーナリスト 元木 昌彦)

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