1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 社会

6年間、道の駅で毎晩車中泊…放浪を続ける「猫のおじさん」の胸の内

プレジデントオンライン / 2020年8月28日 15時15分

「猫のおじさん」が寝泊まりする駐車場と猫 - 写真提供=NHKスペシャル

家をもたず、車の中で寝起きしている人たちがいる。彼らはどんな理由で「車上生活」を送ることになったのか。NHKの取材班が、約6年間、同じ道の駅で寝泊まりしている1人の男性に出会った——。

※本稿は、NHKスペシャル取材班『ルポ 車上生活 駐車場の片隅で』(宝島社)の一部を再編集したものです。

■「3世代で車上生活」足取りを追っていると…

取材のきっかけは、昨年夏。群馬県で暮らしていたある女性の死だった。「3世代 1年車上生活か」との見出しで報道された女性。娘と孫の3人で、1年にわたって軽乗用車の中で暮らしていた。軽乗用車をどこに停めていたのか。家族の足取りを追っていくうち、居場所の一つとして浮上したのが、埼玉県内の道の駅だった。

売店や食堂の営業が終了した深夜。閑散とし始めた道の駅の駐車場に、長距離トラックやキャンピングカーなど何台かの車が停まっていた。ここまではいつもと同じ景色だが、しばらく眺めていると、明らかに様子の違う車がいることがわかる。

その見た目は似ている。後部座席に日用品が満載されている。またフロントガラスは目隠しで覆われ、外から見えないようになっていることが多い。

数週間にわたって取材を続けていくと、こうした車は1台や2台ではないことがわかってきた。この道の駅では、多い日で1日10台近い車が夜を明かしていた。

■駐車場で寝起きしている高齢の男性

車上生活というのはけっして限定的な、特殊な人々の身に起こることではないのかもしれない。そんなことを感じながらもどのように取材を進めて行けばいいのか、この頃は皆目見当もつかないでいた。

どうしたら車上生活を送る人たちにアプローチできるのだろうか――。そんなことを考えていると、一人の女性職員がどこからか私たちの取材テーマを聞きつけて、声をかけてくれた。

女性職員は10年以上この道の駅で働いている、一番の古株だという。3人家族を見かけたことはないが、やはり車上生活を送っている人は少なくないという。そして、この道の駅で車上生活を送っていた人のうち、過去に何人かが熱中症や心筋梗塞で亡くなったのだと教えてくれた。

「こういうところで亡くなっているのを『珍しい』と思わなくなっていますね」

駐車場を見つめながら、やるせない表情で語る女性職員。今も車上生活を送っている人はいないのかと尋ねてみると、少なくとも5~6年、この駐車場で寝起きしている高齢の男性がいるという。その男性はお店の営業が終了した夜の6時頃になると、毎日決まって軽バンでやってくる。そして、お店の正面の定位置に車を停めて夜を明かすのだという。どんな人なのかと聞いてみたが、その男性の年齢や名前はまったくわからないそうだ。

「普通の常連さんだったらね、世間話くらいはするんだけど。話しかけても全然、無視されちゃって」

■"同居人"は1匹の猫?

数年間、その存在を確認している道の駅の従業員ですらまったくコンタクトが取れない。心を閉ざして、車中にいるのだろうか? ただ声をかけただけでは話は聞けないのではないか? 思案を巡らせていると、女性職員が思い出したように「あ、でも猫を飼ってるんですよ」と声を上げた。

「猫ですか?」

聞き返すと、女性職員は続けて「昼間は、その辺で放し飼いになってるんですけどね」と答えた。この場所に到着した私たちを最初に出迎えてくれた、ノラだと思っていたあの猫は、車上生活をしている男性の飼い猫だという。子猫の頃から男性が育てているようで、いつの間にか昼間は道の駅で過ごすようになってから3年ほどが経つ。夜は男性の車の中で寝ているそうだ。

「名前とかはあるんですか?」と聞いてみたが、猫の“本名”はわからないのだという。

「一度、名前を聞いたことあるんですよ。勇気出して声かけたんですけど、『俺は、名前なんか、知らねえよ』って言われて」

道の駅の職員にもよく懐いているその猫。職員たちは好きなエサのブランドから“モンちゃん”と名付けてかわいがっているようだ。毛並みもよく健康状態もよさそうなモンちゃん。何度も道の駅に通ううち、私たちにも懐いてくれた。

女性職員は男性に猫の名前について尋ねたときの様子を「まるで自分は(猫と)関わりがない、と言いたいみたいだった」という。

■閉店後に姿を現した“猫のおじさん”

私たちは取材をする上で便宜上、その男性を“猫のおじさん”と呼ぶようになっていた。

数年にわたって車上生活を送る彼は、いったいどんな人なのだろうか? どうやって車で生活を送っているのか? どうして車上生活をすることになったのか? 多くの疑問を持ち、私たちは道の駅の営業終了後、その男性を待つことにした。

道の駅の夜の様子
写真提供=NHKスペシャル
道の駅の夜の様子 - 写真提供=NHKスペシャル

午後6時、道の駅の店内には「蛍の光」が流れ、施設自体には門が閉ざされた。利用できるのは屋外のトイレとベンチ、それに自動販売機くらいのものだ。徐々に一般の車が減り、駐車場には、長距離のトラックや仕事帰りの作業車が多くなってきた。私たちは駐車場の隅に車を停めて、女性が教えてくれた“猫のおじさん”の定位置を見つめていた。

続々と従業員たちも帰って行くなか、どこからかモンちゃんがふらりと現れる。お店の正面に陣取り、じっと駐車場の入り口を見つめているようだった。

「あの車かな?」

取材チームの誰かがつぶやくように声をもらした。そこそこのスピードで駐車場に進入してきた軽バンが迷わず定位置に停まった。しばらくすると、運転席から帽子をかぶった男性が降りてきた。するとモンちゃんは一目散に走っていき、車に飛び乗る。この男性が“猫のおじさん”に間違いない。その発見に、私はなんとも言えない、不思議な高揚感を覚えた。

■猫と一緒に食事をとり、一緒に眠った

モンちゃんが飛び乗ってからしばらくの間、車の中では“猫のおじさん”も何かもぞもぞと動いているようだ。できるだけ目立たないようにと、後輩の男性記者が一人で、遠目から見に行くと、男性も猫も食事をしているという。男性はコンビニ弁当を食べながら、猫にはキャットフードを与えていた。そして車には布団や衣類が詰め込まれているのも確認できた。

“猫のおじさん”は弁当やキャットフードを購入するだけの資金はあるようだ。貧困を理由に車上生活をしているわけではないのかもしれない。ではなぜ車上生活を続けているのだろうか? 一つの発見が新たな疑問を生む。車上生活の取材はこの連続であった。

本当に車上生活を送っているのかどうか確信が持てなかったため、数日間、様子を見守ることにした。この道の駅の駐車場には他にも車上生活を送っていると思しき車は見受けられたが、毎日決まった場所、決まった時間にやってくるのは“猫のおじさん”だけであった。

いつもの場所に車を停めると、猫を招き入れ一緒に食事をとる。しばらくすると車を降りて、弁当のゴミと生活ゴミを自動販売機横のゴミ箱に捨てに行く。細かく分別をしているようだった。その後しばらく車の電気はついたまま。ラジオか何かを聞いていたのかもしれない。10時頃になると車の電気を消して眠りにつくようであった。

■すぐ隣にいても、気づかれることのない人たち

本当に車上生活を送っている人がいるのだな。しかし毎日、同じ場所にいるのに誰か気にとめてくれたりはしないものだろうか──。“猫のおじさん”を待っている間、そんなことを思いながらふと顔を上げると、日中よりもスピードを上げた車が、駐車場横の幹線道路を次々と走り去って行くのが見えた。

“普通”に生きている人にとって車上生活者は、たとえそのすぐ隣にいても気づくことのない存在なのかもしれない。私は大学院で研究していた頃に聞いた、あるホームレスの人の言葉を思い出していた。

当時、吉祥寺周辺でホームレスの調査をしていることを話すと、ほとんどの人が「吉祥寺にそんな人はいないでしょう?」と口をそろえた。公園のベンチや商店街の通路のほか、あらゆる場所で見受けられるはずの存在をなぜ見つけることができないのだろうか? そんな疑問を、井の頭公園で楽器を演奏し、日銭を稼ぎながらホームレスを続ける男性にぶつけてみた。

「ほら、橋の向こうから“青白い顔”がやってくるだろ? 耳栓もしてさ」

男性はこう語りかけてきた。

初めは何のことかわからなかったが、すぐに言わんとするところが理解できた。夕暮れ時、帰路につく人々は皆一様にスマートフォンを覗きこみ、イヤホンで音楽を聴きながら、地べたに座る私たちの前を速足で通り過ぎていった。その顔はどれも、液晶画面で青白く照らされている。

男性は続けた。

「みんなバーチャルで生きてるんだよ。こういう生活が見えない世界で生きてるんだよ」

車上生活を送る人たちも同じように、もうずっと以前からそこにいたにも関わらず、見過ごされてきた存在なのかもしれない。

■数日後、男性に取材を試みた

何日か彼の姿を確認し、車上生活を送っているのだと確信が持てたところで、私たちは声をかけてみることに決めた。

“猫のおじさん”に声をかける以前にも、別の道の駅で車上生活者と思しき人に声をかけたことはあったが、話を聞かせてもらえることはなかった。先述した、娘と孫の3人で1年にわたって車上生活を送っていた女性の死を念頭に、私はあくまで「事件のあった3人家族のことを調べている」ということをまず男性に投げかけてみることにした。そうすればわずかでも話が聞けるかもしれない。

夜、いつもの場所に車が停まる。帽子をかぶった男性が降りてくるが、今日は猫が見当たらないようだ。心配そうに辺りを探し回っていたが、しばらくするとモンちゃんを抱きかかえて戻ってきた。彼が車に乗り込んで数分後。私は深呼吸をして“猫のおじさん”のもとに向かった。

運転手側のドアを数回ノックすると、窓が開き男性が顔を出してくれた。私は首からかけた職員証を見せて“猫のおじさん”に話し始めた。

「こんばんは。突然、ごめんなさい。NHKのディレクターをしている者なんですが、今年の8月に、この道の駅に来たこともある92歳のおばあちゃんが、車で亡くなった事件があったんです。それで、道の駅に来られてる方にお話を伺ってるんですが、92歳ぐらいのおばあちゃんと、60歳ぐらいの娘さんが、軽自動車に乗っているのを見たことないですか?」

■じっと見つめたあと、男性は…

“猫のおじさん”はじっと私のことを見つめている。年齢は70歳くらいだろうか。モンちゃんは助手席でキャットフードを食べている。毛布や衣類が詰め込まれた車内。後部座席は倒されていて、そこが寝床になるように見受けられた。

「ない」

小さくだが言葉を返してくれた。ひょっとすると、きちんと話が聞けるかもしれない。私は間を空けず、この道の駅をよく利用するか尋ねた。

「はい」

また、小さくだが返事があった。

私はモンちゃんを指しながら、「お父さんの猫なんですか?」と質問を続けた。すると「ちがうよ、ここの猫だよ」と、少し語気を強めて答えた。女性職員が言っていたように、自分が飼い主だとは言わないようだ。

私は意を決し、核心に迫る質問を投げかけた。

「事件のあった家族は車で寝泊まりしていることもあったみたいなんですが、お父さんはここで寝たりすることありますか」
「なんでそんなこと聞くんですか? そんなこと知らないよ、俺は」

そう言うと、窓が閉じられてしまった。車の外から一礼をしてその場を立ち去った。

時間にすれば1分程度の取材にすぎなかった。しかし、けっして門前払いされたわけではない。もう少しくだけた、雑談のようなかたちだったら、また違った話が聞けそうだという可能性も感じていた。

駐車場に並ぶ車
写真提供=NHKスペシャル
駐車場に並ぶ車 - 写真提供=NHKスペシャル

■旧国立競技場の建設にも関わったとび職だった

翌日、事件取材を共にしてきた女性記者と一緒に、改めて“猫のおじさん”のもとを尋ねた。最初は警戒されたが、物腰柔らかく、コミュニケーション能力に長けた女性記者のおかげだろうか、男性はその身の上を少しずつ語ってくれた。

“猫のおじさん”は72歳。10代の頃からとび職として全国各地で働いてきたのだという。旧国立競技場に瀬戸大橋。東京都庁や東京スカイツリーの建設にも関わったのだと、自慢げに語ってくれた。大手建設会社の下請けとして働いていたが、高齢になって仕事を辞めざるを得なくなったのだという。

年金はあるものの、この道の駅近くのアパートの家賃を支払うことができずに車上生活を始めたのだそうだ。本人が語るところによると、現在は盆栽の剪定(せんてい)のほか、冬場は長野や岐阜に雪下ろしに出向き収入を得ているらしい。

おそらく、“猫のおじさん”の言うとおり、彼は半世紀にわたって建設の現場から日本の高度経済成長を支えてきたのだろう。それは現在も彼の誇りであるようだ。ただ、職人として十分な腕があったのであれば、年金での生活になったからといって、急にアパートの家賃が払えなくなり、車上生活を余儀なくされるようなことにはならないのではないか? 車上生活に至るまでには、他人には言いにくい、何か他の原因も大きく影響しているのかもしれない。

しかし必死に働き社会に貢献してきた人が、人知れず、家もなく、車の中でその晩年を迎えている──。私にはそのことが無性におそろしく感じられた。

■かわいがっている猫との関係すら否定する胸の内は

あのモンちゃんについて女性記者が尋ねてみても、“猫のおじさん”は「自分の猫ではない」の一点張りだったが、彼女がふと「猫の名前は?」と聞くと「ミイちゃん」と答えた。そして、ミイちゃんがまだ子猫の頃、近くの小学校の近辺に捨てられていたのだと教えてくれた。しかしそれでも「育てた覚えはない、勝手に付いてきただけだ」と繰り返し口にしていた。

この男性が子猫を保護し“ミイちゃん”と名付けてかわいがってきたのだろう。しかしそれを頑なに否定し、道の駅に住んでいる猫だと言い続ける。それはいったいなぜだったのだろうか。

もう少し彼と話ができればその謎は解明できたのかもしれない。しかし残念ながら、男性ときちんと話ができたのはこれが最初であり、最後だった。以降はほとんど話を聞かせてもらえず、取材の規模が全国に広がるにつれてこの道の駅を訪れる機会もすっかりなくなってしまった。

NHKスペシャル取材班『ルポ 車上生活 駐車場の片隅で』(宝島社)
NHKスペシャル取材班『ルポ 車上生活 駐車場の片隅で』(宝島社)

このあと、私はさまざまな道の駅で多くの車上生活者と出会うことになるが、“猫のおじさん”はきわめて荷物が少ない人であった。

ひょっとすると彼は、たとえかわいがっている猫であったとしても自分以外の存在と必要以上に関わりを持ちたくなかったのではないだろうか。自らがモンちゃんの飼い主であることを頑として認めなかったのは、猫を放し飼いにしていることを咎められたくないという気持ちもあったと思う。その一方で、明日をも知れない車上生活を送るなかで、「自らに関わりがあるものを少しでも減らし、身を隠したい」──。そんな思いが、男性には少なからずあったのではないだろうか。

(NHKスペシャル取材班)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください