「高橋尚子から目が離せなかった」なぜ日本人はマラソン観戦が大好きなのか
プレジデントオンライン / 2020年8月28日 9時15分
■高橋尚子「チームQ」効果で「24時間テレビ」募金額は歴代2位
8月22、23日に放送された夏恒例の番組「24時間テレビ43」(日本テレビ系列)。毎回、マラソン企画が番組の目玉になっているが、今夏は女子マラソン金メダリストの高橋尚子(2000年、シドニー五輪)の走りに感動したという人が多いようだ。
例年は、著名芸能人が時間調整をしながら長距離を走り、番組終了間際に日本武道館というゴール(別会場の年もあるが)に飛び込んでくる。その過剰ともいえる演出方法には批判もあった。
しかし、今年は違った。新型コロナウイルス感染防止のため、私有地でのマラソンを実施。加えて、1周(5km)走るごとにランナーが10万円を募金するという形式だった。
メインランナーとなった高橋尚子は五輪女子マラソンの優勝者だ。高橋は直前練習で右ふくらはぎを痛めるというトラブルを抱えながらも「100km以上を走る」と宣言。実際にその目標を突破し、さらに「より多くの募金がしたい」とランを続行。一時、暑さや疲労により左ふくらはぎが痙攣するなど苦しみながらも、番組終了時間まで走り続けて、最終的に116kmを走破した。
ほかにも高橋が自ら声をかけたという5人がリレー形式で挑戦。女優の土屋太鳳以外は元オリンピアンという豪華メンバーだ。
普段は走る姿を見せることがないレスリングの吉田沙保里、バドミントンの陣内貴美子、柔道の松本薫。それからアテネ五輪女子マラソンの金メダリストである野口みずき(いずれも現在は現役引退)。それぞれ異なる魅力を秘めた見ごたえのある走りだったのではないだろうか。
こちらは5人でトータル120km(土屋30km、吉田25km、陣内10km、松本15km、野口40km)を走破。高橋(240万円)と5人(230万円)を合わせて総額470万円を募金したことになる。
番組の平均世帯視聴率は関東地区で15.5%(ビデオリサーチ調べ)の歴代19位タイだったが、番組終了時の募金額は、この「募金ラン」の効果もあってか5億5200万5762円で歴代2位だった。
募金方法をキャッシュレスに切り替えたこともあるが、高橋らの走りが感動を呼び、視聴者からの募金につながったのではないだろうか。
高橋尚子はかつて女子マラソンの世界記録を打ち立てたが、現役を引退して12年が経つ。独特のフォームは変わらないとはいえ、現役時代のようなスピードはない。48歳の女性が黙々と走っている姿はテレビ的に決して華やかなものではないだろう。それでも視聴者を惹きつける魅力があった。
■なぜ、日本人は走っている人を見るのが好きなのか
日本人は昔からマラソンや駅伝を見るのが大好きだ。なぜ好きなのか? 陸上競技をメインに取材している筆者はいくつもの要素があると思っている。
ひとつはランナーの美しさだ。もう18年ほど前になるが、日本選手権1万m4連覇などの実績を持つ佐藤悠基(日清食品グループ)が高校1年生だった頃、長野・佐久長聖高校まで取材に行った。その日のメニューは公園内でのペース走。淡々と走る佐藤に魅了された。リズミカルな腕の振り、膝の上げ下げで、前進していくフォームに思わず見とれてしまった。
動きに一切の無駄がなく。板の上を水が流れていくように、滑らかに駆け抜けていく。簡単なようで、普通の人にはできない芸当だ。
ランニング動作の秀逸さだけでなく、肉体美も注目ポイントになる。走ることに特化したカラダには余計な脂肪がないだけでなく、筋肉も必要以上にはついていない。いわば、F1カーの車体のようなボディといえばいいのだろうか。究極の機能美だ。
最近では大迫傑(ナイキ)の米国ポートランドでの練習風景が強烈な印象として残っている。上半身裸で走っている大迫の姿は古代ギリシアの彫刻のよう。もちろん、その走りも見惚れるほど。同性が見ても、大迫の走る姿はカッコいい。もっと言えばセクシーなのだ。
■土屋太鳳の派手なタイツをまとった脚線美に熱視線
では、女子ランナーを見た時はどう感じるか。走りやフォームの美しさは、男性ランナーと同じように感じることができる。たとえば、東京マラソンなど男女混合レースの場合、同じ2時間25分台でフィニッシュする選手を見比べると、筋力に勝る男性と比べて、女性ランナーのほうにより「美」を感じる。男性はゴール前でパワーにものを言わせて走るケースもあるが、女性は最後まで無駄な動きがなく、走りが効率的。実に洗練されているのだ。
肉体美も男性ランナーとは別の要素を含む美しさがある。風の抵抗を抑えるのと、動きを妨げないために、女性ランナーの露出部分は多い。夏場であれば、セパレートタイプのユニフォームで走る選手もいる。市民ランナーでもタイツなどピタっとしたウエアで走る。
ボディコンシャスなウエアについ目を奪われてしまうのは男性だけではあるまい。今年の「24時間テレビ」でも土屋太鳳の派手なタイツをまとった脚線美に熱視線が注がれた。
最近はサングラスをしている選手が増えてはいるが、ランナーたちの顔も見るものを惹きつけている。真剣な眼差し。苦悶の表情。声援を送ったときに見せる笑顔。それぞれが自分の限界に挑戦し奮闘する姿を見れば、誰もが「頑張れ!」と声をかけたくなる。
男子マラソン世界記録保持者であるエリウド・キプチョゲ(ケニア)の「走る姿」は人類における最高傑作といえるだろう。キプチョゲは常に修行僧のような眼差しで前を見つめ、表情を崩さない。実際は呼吸が苦しいことやカラダのどこが痛むこともあるに違いない。しかし、それをおくびにも出さない。そして、フォームも42.195km走るあいだ、一切変わらない。高級腕時計が精巧に時を刻むように、正確なキックを繰り返す。
昨年10月にウィーンで行われた『イネオス1:59チャレンジ』という非公認レースでは1時間59分40秒をマークした。42.195kmという距離を1km2分50秒ペース(100m17秒ペース)で駆け抜ける様は、芸術品そのものだった。
■なぜ箱根駅伝は2日間11時間の生中継で視聴率25%超なのか
日本が初めて選手を派遣したオリンピックは1912年のストックホルム大会だ。金栗四三が男子マラソンに出場している。その後、1964年の東京オリンピックを契機にカラーテレビが普及。円谷幸吉が銅メダルを獲得した男子マラソンを多くの国民がテレビ視聴した。
ここからマラソンをテレビで見るという文化が発達。1970~80年代には宗兄弟(茂・猛)、瀬古利彦、中山竹通、谷口浩美らが出場するレースは高い人気を誇った。
ランナーひとりを眺めていても好奇心をそそられるが、それが数になり、「競争」の要素が加わると、さらに面白くなっていく。抜きつ抜かれつの急展開を見逃してはならぬと、視聴者はますますテレビにかじりつく。
日本人にとってのその“最高峰”が箱根駅伝になるだろう。
研ぎ澄まされた肉体と気持ちのすべてを捧げ、区間を走る。走り終えた瞬間に道端に倒れ込む選手もいる。そこからは「自分はどうなってもいい、タスキをつなぐんだ」という献身の気持ちが痛いほど伝わる。自分のためではなく、レースに出場できなかった同じ部の仲間のためにも死力を尽くす。そんな目に見えない連帯感にも視聴者は胸を打たれる。
ランニングのレベルは世界のトップランナーほどではないが、箱根駅伝には日本人の琴線に触れる部分が多いのだ。
正月に開催され、出場できるのは部員同士の激しい競争を勝ち抜いた20歳前後の若者のみ。そうしたサブストーリーも視聴者を惹きつけている。だからこそ、2日間、計約11時間の長丁場の番組でありながらも平均視聴率は毎回25%を超えるのだろう。
箱根駅伝が誕生したのは1920年(大正9年)で、これまで96回の継走が行われてきた。日本テレビの「新春スポーツスペシャル箱根駅伝」は1987年(昭和62年)から生中継を続けている。駅伝文化は日本各地に伝わり、ローカル駅伝を沿道で応援するのを楽しみにしている地元住民も多い。
新型コロナウイルスの影響で中止や延期に追い込まれている大会は少なくないが、参加者だけでなく、視聴者も楽しみにしている大会が開催されることを祈りたい。ランナーの美しい姿を多くの人に見てもらいたいから。
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スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)
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