あなたvs腸トラブル「過敏性腸症候群(下痢)がつらいなら服薬を」
プレジデントオンライン / 2020年9月5日 11時15分
■男性に多い下痢、原因は脳と腸の“悪循環”
冷たいものばかりを飲食して消化器系の働きが弱り、どうも最近、腸の調子がよくないと悩んでいる人がいるかもしれない。
最も大切なことは「残便感」があるかどうかだ。東京医科歯科大学名誉教授で光仁会第一病院院長の杉原健一医師が説明する。
「毎日でなく、3日や1週間に1回便が出るくらいの頻度でも、本人がスッキリしていればいい。便は本来、排出されるべきものを出すことが目的です」
よい形の便を出せると気分爽快。しかし、つらくなければ、あまり形にこだわる必要もないという。
「一年中ずっと同じ調子の人はいませんからね。ウイルスに感染したり、食べすぎたり、ストレスがかかったときに便の状態が悪くなるのは当然のこと。コロコロ便や泥状便など、いろいろな形の便がありますが、私は患者さんに“つながった便が出れば合格点”と伝えています」(杉原医師)
それではつながった便でない、「下痢」が続くときはどうすればいいか。
実は女性ホルモンの1つ、黄体ホルモンは大腸の蠕動運動を抑制する働きがあるため、ホルモン分泌量が多い女性は便秘に、分泌量の少ない男性は、ちょっとした刺激で下痢に傾きやすい。
今回は男性に多い、下痢が続くタイプの「過敏性腸症候群」を取り上げる。これは血液検査や便検査などを行い、細菌性・ウイルス性の腸炎、潰瘍性大腸炎、大腸がんなどの病気がないにもかかわらず、下痢や腹痛、下腹部不快感の症状が持続するもの。消化管の運動異常や精神的なストレス、生活習慣が関係するとされる。また急性の感染症腸炎をきっかけに繰り返し、過敏性腸症候群に移行することもある。
この下痢の背景には、「脳腸相関」が深く関わる。ストレスが続くと下痢が起きるように、脳からの指令で腸は動くが、反対に腸からも脳に影響を与えることが近年わかってきた。腸内環境が悪いと脳内のアセチルコリン(副交感神経)が減少し、認知症を引き起こすという論文もある。
東京医科歯科大学臨床教授で秋葉原駅クリニック院長の大和田潔医師はこう話す。
「お腹がぐるぐるしてくると、痛みや不快感が生まれます。その腹部症状の悪化が脳のストレスを増すという、悪循環に陥ります。脳が指令を出して腸が動く。一方で腸の動きを脳が感知する。そのフィードバックが過剰になり、不安定になった状態といえるでしょう。本来の腸は自律的に適切な“緩と急の働き”ができるのですが、繰り返し不調に陥るのが過敏性腸症候群です」
そのため、脳と腸の“悪循環を断ち切る”ことが必要なのだ。
「脳腸相関は意識外で行われているので、自分ではどうにもできないことがほとんど。上司から何か言われるたびにトイレに行くような人も、自分は心が弱いと考えることはやめましょう。“脳から腸への刺激”が強い体質のために起こること。もちろん逆もあります。繰り返してしまうなら、つらいときに服薬し、快適に仕事ができる環境に整えたほうがいいでしょう。
薬はいくつかあって、下痢型の人によく使われるのはイリボー(一般名・ラモセトロン塩酸塩)。脳から腸へはセロトニンという神経伝達物質が介在しますが、腸の神経に存在するセロトニン受容体を遮断することで、大腸の動きが抑制されます」(大和田医師)
■原因に合わせて選びたい、作用が異なる多様な薬
消化管運動調律剤と呼ばれるセレキノン錠(一般名・トリメブチン マイレン酸塩)も、有効率が高くよく使われる薬だ。横浜薬科大学特別招聘教授で修琴堂大塚医院院長の渡辺賢治医師は「セレキノン錠は二面性の働きがある、漢方的な薬」と評する。
「低用量ではアセチルコリンの働きを強めて、腸の蠕動運動を盛んにし、便通を促すほうに働きます。逆に高用量では蠕動運動を抑制します。用量によって変わる面白い薬で、下痢止めではなく調整薬なんです」
ほかにも腸内細菌を整えて腸の過剰運動やガスの発生を抑える「乳酸菌製剤」や、慢性的に腸運動が不調な人に有効な「漢方薬」もある。西洋薬と漢方薬の違いはなんだろうか。漢方薬処方のスペシャリストである渡辺医師に続けて聞いた。
「漢方では下痢も便秘も“腸の機能異常”により起こると考えます。『大建中湯(だいけんちゅうとう)』『小建中湯(しょうけんちゅうとう)』などを下痢の治療に使いますが、それらは便秘の治療にも使うのです。また1つの薬に含まれる複数の生薬がそれぞれに作用するので、オーケストラのような働きをしますね。大建中湯なら、山椒が腸の動きの調整をし、乾姜(生姜を蒸したもの)が腸管の血流改善をし、人参が疲労回復をするというように、下痢を止めながらお腹を温めて食欲を増し、冷え症を改善して疲れを取ります」
■「下痢を起こさない生活習慣」を意識しよう
脳が受けるストレスを和らげる「抗不安薬」を服用して腸の不調が改善されることもあるが、それは最後の手段。まずは腸の神経に働きかける薬を試し、次にこれから紹介する「下痢を起こさない生活習慣」を意識しよう。3つあり、1つめは「飲酒」を控えめに。アルコールは腸の神経に作用するため、便秘や下痢に傾きやすくなる。大和田医師によると「アルコールによる腸や腸内細菌へのダメージ」もあるとか。
「2つめは睡眠不足に陥らないことです。睡眠時間が少なくなると活動時の“交感神経優位”の時間が長くなります。腸管の働きをゆっくりにして栄養素などを吸収するためには、副交感神経優位な状態でなければなりません。ですから交感神経優位が続く→腸の蠕動運動が活発に→下痢、となるのです」
3つめの習慣として、熟した果物、麦類、海藻類、里芋などに多く含まれる「水溶性食物繊維」を意識して摂取するといい。下痢気味な人にとっては「水分保持と便の形成などに役立つ」(大和田医師)という。水溶性食物繊維は、水分を含むとゲル状になるのだ。
それなら便秘には……と正解が予想できたあなたは素晴らしい。そう、便秘気味な人は、「不溶性食物繊維」を中心に摂取するといい。玄米やライ麦パンなどの穀類、根菜類、きのこ類などに豊富に含まれる不溶性食物繊維は、腸を刺激して蠕動運動を活発にし、便を押し出す作用がある。ただし便秘の原因によっては、取りすぎると悪化することも。また通常の便秘の場合は水溶性食物繊維も適宜取り入れたい。
下痢が続くと、必要な栄養素を吸収し、不要なものを排出する消化器系の機能が低下する。夏バテや免疫力低下、気分の落ち込みにもつながってしまうだろう。反対に腸の不調を改善すると免疫力がアップし、暑さに負けない“脳のやる気”も出てくるはずだ。
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ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)など。
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(ジャーナリスト 笹井 恵里子 写真=PIXTA)
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