「半沢直樹どころじゃない」イマドキ企業の出向・左遷・社内派閥の血みどろバトル
プレジデントオンライン / 2020年8月28日 16時15分
■「半沢直樹どころじゃない」イマドキ企業の出向・左遷・社内派閥
ドラマ「半沢直樹」(TBS系、日曜夜9時)が高視聴率を維持している。
ドラマはメガバンクの陰湿な派閥争いに巻き込まれた、堺雅人演じる主人公・半沢直樹の出向からストーリーが始まる。ドラマの出向は出世競争に敗れた人、あるいは不祥事の責任をとらされた片道切符の左遷というイメージだが、確かに昔の銀行はライバルを蹴落とすための出向もあった。
大手銀行の元人事部長からこんな話を聞いたことがある。
「部長・役員レースになると、陰湿な手口を使って相手を蹴落とすための暗闘もある。たとえば、以前は上司と部下の良好な関係を築いていても、部下が自分の地位を脅かすような存在になると、平気で部下を追い落とすことも珍しくない。よく使われる手口が出向だ。上層部に『あの会社を再建できるのはA君しかいません』と上申し、銀行内から追い払う。あるいは、過去の懲戒記録を調べて、社外で酒に酔って他人とケンカし、警察沙汰になったことの噂を流して出世の芽をつぶし、出向させたこともあった」
まさにドラマを地でいくやり方だが、今の銀行は低金利下で生き残りに必死であり、内部で暗闘を繰り広げる余裕もなくなっている。
蹴落とす手段に使われる出向先の関連会社や取引先も経営的にゆとりがなくなり、特に無能な人間ほどやんわりと受け入れを拒否されるという話もしばしば耳にする。今では銀行も以前ほどの力を失っている。
■現実のビジネス社会でも半沢直樹タイプが本社に復活できる
また、出向は左遷というイメージがあるが、一般的な出向は必ずしもそうではない。
上位の役職で子会社に出向させて経営術を学ばせる人材育成の出向もあれば、新規事業会社の現場で修羅場を経験させて本人の実力を見極める出向もある。特に総合商社の事業会社への出向はその傾向が強い。
仮に社内の出世競争に敗れて子会社に出向しても復活のチャンスもある。復活のためには、出向先での仕事の評価が大きく影響するが、情報通信会社の人事部長は2つのタイプに分かれると語る。
「上のポストを狙っていた課長職の社員が子会社に飛ばされると誰しもショックを受ける。ただ、子会社に行ってもそのショックを引きずって腐ってしまう人と、気持ちを切り替えて目の前の仕事にコツコツと取り組む人の2つに分かれる。腐ってしまうと、子会社でも斜に構えたような態度になり、全力で仕事に取り組むことがなくなり、二度と復活することはなく、子会社でもお荷物になっていく。一方、新しい仕事でも前向きに取り組み、しっかりと業績を上げていく人は子会社での信頼が厚くなるだけではなく、本社でも『あいつは子会社に出されても、なかなか打たれ強い』と評価され、本社に戻されることもある」
後者のタイプは出向先でもめげることなく活躍する半沢直樹に似ている。
大事なことは、どんな不遇な環境に追い込まれても、新たに出直す覚悟と努力を絶やさないことだ。組織も人間社会だ。腐ることなく真面目に仕事をしていれば拾う神もいるということだ。
■コロナ禍で9月以降、出向・転籍や希望退職募集に踏み切る可能性が
ただし昨今は、コロナ禍の企業業績の悪化によって徐々にリストラ圧力も高まりつつある。大手サービス業の人事部長は「9月の中間決算を見て、出向・転籍や希望退職募集などの人件費削減に踏み切る可能性がある」と言う。出向どころか、クビになってしまうかもしれないのだ。
「減収減益になるのは間違いない。人員調整を行う場合、経営会議で余剰人員数を確定し、人事部として最初に出向・転籍の受け入れ先と人員数を確保する。それでも足りない場合は希望退職募集を行う。今年の秋から対象者の選別を実施し、来年1月には社内向けに発表することになるかもしれない」(人事部長)
ちなみに出向は会社の業務命令であり、逆らえないが、転籍は他社に移籍するために本人の同意を必要とする。
■退職勧奨を受けたものの固辞した50代事務機メーカーの事務職のケース
希望退職募集も応募する・しないは本人の自由だが、会社から退職勧奨を受けても固辞する場合、自分の意に反した会社への出向を命じられることもある。
以前、大手事務機メーカーの事務職のある50代の社員が退職勧奨を受けたものの固辞した。その結果、物流子会社に出向を命じられた。
子会社での仕事は事務作業ではなく、経験のない製品の運搬作業を命じられ、精神的・肉体的にも追い込まれた。
会社としては自ら辞めるようにわざと配置したふしがある。このケースでは、結果的に社員が裁判に訴え、出向は「会社の権利濫用で無効」と判断で復職することができたが、裁判まで持ち込む勇気がなければ泣き寝入りせざるをえないのが実態だ。
■特定の社内派閥に属すことで、逆に飛ばされるリスクが高まる
ではこうした悲劇的な出向を回避するために、社内に派閥があれば上司に媚を売って特定の派閥に属することは身を守ることになるだろうか。ドラマ「半沢直樹」では一部の取締役や社員の中に、派閥に属することで出世が早まり、いざというときのリスク回避にも役立つ場面も描かれている。
確かに部長や役員に忠節を尽くせば、出世が早まることもあるかもしれない。しかし、逆にリスクも大きい。M&A(合併・買収)でライバル会社に吸収された製薬会社の人事部長はこう語る。
「合併によって大幅な役員の交代が実施された。将来の社長候補と目されていた役員が子会社に異動した結果、取り巻きの部長・課長たちも子会社に飛ばされ、次々と失脚していった。実質的に吸収した側の企業は合併後の人事の障害となる派閥を真っ先に狙い撃ちにする。合併に限らず、今の時代は業績不振に陥ったり、ビジネスモデルが変わったりすれば、たちまち派閥のトップの役員が外され、ぶら下がっていた幹部もどうなるかわからない時代だ。派閥に入ることは同時にリスクも抱えている」
こう語る人事部長はどの派閥にも属していなかったが、それでも合併後に降格された。
だが、与えられたミッションを全力で取り組み、その成果が認められて今の地位(人事部長)に返り咲いた。この部長は「定年まで生き延びていくために大事なことは、社内の生々しい人脈づくりよりも、利害を超えた社外の人脈をつくることだ。そのつきあいを通じて自分の能力レベルがどのくらいなのかを知ることができるし、社外の人脈を通じて仕事に活かすなど自分を磨くことが生き残るための賢い選択」とアドバイスする。
■コロナ後のM&Aで、会社ごとすっぽりとのみ込まれてしまう
コロナ不況は始まったばかりである。今回の不況は単なるリストラだけで回避できるものではなく、「3密」産業の衰退と3密回避のビジネスへの移行が発生し、今までにない産業の再編が取り沙汰されている。
新たなビジネスモデルに移行できない企業は倒産、もしくは他の企業に飲み込まれるM&Aも増加すると見られている。当然、その大波に翻弄されるのは従業員である。
頼みにしていた上司にすがることはできないばかりか、会社ごとすっぽりと大きな渦にのみ込まれてしまうかもしれない。
状況は異なるが「半沢直樹」でも似たような場面が登場している。たとえ危機に直面しても揺らぐことのない理想を持ち、決して諦めない覚悟と努力を惜しまないことがいかに大事かをドラマは教えてくれる。
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人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。
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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文)
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