なぜ日本人は電車が数分遅れただけで激怒してしまうのか
プレジデントオンライン / 2020年9月8日 9時15分
※本稿は、清水研『他人の期待に応えない ありのままで生きるレッスン』(SB新書)の一部を再編集したものです。
■怒りの役割とは何か
さまざまな喪失と向き合うときに、怒りや悲しみといった感情は大切な意味を持ちますが、その際、重要なのは、正しく怒り、正しく悲しむことです。
誰もが怒りを覚えたり、悲しい思いをしたことがあるはずです。しかし、多くの人は怒りや悲しみという大切な感情の役割を知りません。なぜ、われわれ人間は、時に怒り、時に悲しく感じるのでしょうか。
「怒り」の感情が湧くのはなぜか。まずは、こちらから説明していきましょう。
心理学では、「怒り」というのは、自分の大切な領域が、理不尽に犯されたと感じたときに発動する感情だと言われています。あるいは、「こうあってほしい、こうあるべきだ」という期待が裏切られたときに生じます。怒りという感情は間違いを正すためのもので、敵を追い払う力があります。
例えば私が実際に対話をしたがん患者さんで、「まだ20代なのに、なんで俺が死んでいかなきゃいけないんだ」というふうに怒りの感情が生じる方というのは、「20代は健康であるべきだ。健康なのが、当たり前だ」という、当たり前だと思っていた期待が裏切られたからです。
■怒りを抑えてはいけない
この時、「腹が立つ」、「ふざけるな」という怒りを抑え付けてはいけません。社会的に受け入れられる形、例えば信頼できる友人に心内を聴いてもらうような形で、やるせない気持ちを出すようにしましょう。
そうすると、怒りは一般的には長続きしない感情なので、一時的に爆発したとしても、何日か繰り返すうちにだんだんと静まり、徐々に冷静さを取り戻します。「悔しいけど、現実の世界では、20歳で病気になることもあるんだ」などと、少しずつ現実と向き合えるようになってきます。
この時、心の中ではそれまで持っていた「こうあってほしい」という考えが形を変えています。「今まで自分が引いていたこうあるべきだという境界線が、実はちょっと間違っていたのかもしれないな」、「20歳で病気になることもあるんだ」、「現実は自分が考えていたよりも理不尽で、厳しいんだ」というような変化が生じてくるのです。
すると「病気になってしまった」という喪失感から、今度は怒りが悲しみに変わるのです。
■しっかり怒りつつ、周りとの関係を崩さない方法
実際問題、自分が思っていた「こうあって欲しい、こうあるべきだ」という境界線を引き直さなくてはいけない場面に直面することも、人生の中では少なくありません。しかし、一方で冷静に考えても、やはりその状況のほうがおかしいと感ずることもあります。
例えば、上司との間にトラブルがあった場合、その原因が無慈悲な上司の支配的な関係にある場合などなど、理不尽さが拭えない状況であることも現実社会では十分にあり得ます。
こういう事態に陥った場合、「怒っちゃいけない」と、ひたすら怒りの感情を抑え付けてしまうと、自分自身の心が生き生きした感覚を失い、喜怒哀楽の感情全てがマヒしてしまいます。
怒る気持ちを抑え付けることは自分の大切にしている境界線を自ら放棄することと同義なので、自分の人生を生きているという感覚がマヒしていってしまうからです。
このように腹が立つのに、頑張ってニコニコして、いい人でいようとするのは、人生の楽しみを失いかねない危険な行為なのです。
一方で、めったやたらに「怒り」の感情を表に出してしまうと、社会生活を送る上で問題が生じることにもなりかねませんので、決してお勧めはできません。
■その場を離れ、自分の怒りと向き合う
では、どうしたらよいか。激しい怒りの感情が湧いたときには、泣き寝入りするのでもなく、怒りを爆発させるのでもなく、「自分は腹が立っている」ということを認めた上で、取りあえずその場を離れて、まず怒りが暴発することは避けるようにします。
次になぜ自分が怒っているのかを見ていくようにします。可能であれば、信頼できる友人などに「悪いけど、ちょっと私の話を聞いてほしい」、「こういう話があったのだけど、どう思う?」と、腹立たしい感情をあらわにしながら、反応を聞いてみるのです。
色々考えたうえでも「やはり上司が理不尽だ」という結論に至ったとしたら、今度は「自分らしさを失わないためにどうするのがいいのか」、「自分にとってどうするのがいちばんメリットが大きいのか」、考えてみるのです。
上司が理不尽なのは承知の上で、会社にいるメリットの方が大きいと思えば、指示には従うが、上司の考えの方がおかしいという考えは持っておく。心は売り渡さないというのも方法の1つです。
■「~べき」という価値観を修正する
しかし、自分が納得できない仕事をやり続けることは大きな重荷を背負って毎日を過ごすようなものですから、環境を変えることを考えることも必要でしょう。最終的に、「会社を辞める」ということも、場合によっては選択することもあります。
![清水研『他人の期待に応えない ありのままで生きるレッスン』(SB新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/c/200/img_9c39f699c4bba72ac3b55625c630e92e231357.jpg)
とにかくいちばんいけないのは、何も考えずに、ただひたすら我慢をして感情をため込んでしまうことです。自分の怒りの感情と向き合い、自分が何に対して怒っているのか、ちゃんと見極めるべきなのです。
自分の境界線を見直す必要があるときは、最初は受け入れ難いかもしれませんが、結果的に自分の視点を広げ、懐を広くすることにつながります。
例えば、日本では電車は時間通りに来るのが当たり前だとみんな思っているので、乗ろうと思っていた電車がものの数分遅れただけで、待っている人はイライラし始めます。
しかし、イタリアに留学経験がある友人によると、イタリアではそもそも電車が約束通り来るという感覚がないので、数分程度遅れたくらいでは誰も怒ったりしないそうです。日本人とイタリア人では鉄道の到着時刻に関しての「べき論の境界」が異なるからです。
この例が示すように、狭い価値観にとどまらず、視野を広げることが、さまざまな考え方を理解するためのヒントになります。
自分の「べき」の根拠が、「今まで自分の環境ではそうだった」というだけで他者にとっては理にかなっていないことも少なくはないので、そのことに気がついた場合は、冷静に対処して修正する必要があります。
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精神科医・医学博士
1971年生まれ。金沢大学卒業後、都立荏原病院での内科研修、国立精神・神経センター武蔵病院、都立豊島病院での一般精神科研修を経て、2003年、国立がんセンター東病院精神腫瘍科レジデント。以降、一貫してがん患者およびその家族の診療を担当する。2006年より国立がんセンター(現・国立がん研究センター)中央病院精神腫瘍科に勤務。2012年より同病院精神腫瘍科長。2020年4月より公益財団法人がん研究会有明病院腫瘍精神科部長。日本総合病院精神医学会専門医・指導医。日本精神神経学会専門医・指導医。
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(精神科医・医学博士 清水 研)
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