コロナによる「テクノロジーの進化」は過去2回の世界大戦を上回るか
プレジデントオンライン / 2020年9月9日 15時15分
※本稿は、ブラッド・スミス、キャロル・アン・ブラウン『Tools and Weapons(ツール・アンド・ウェポン)』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■危機収束後の世界はわたしたちの選択次第だ
暦の上では春に入って3日目のはずなのに、温度計はそうとは思えない数字を指していた。厳しい寒さからはまだ解放されそうになく、外出には分厚いコートが欠かせない。春のブリュッセルでは、こんな気候も珍しくない。シアトルや東京と同じく、西ヨーロッパのこの辺りでも遅霜(おそじも)になると、春らしさを味わえるのは、はるか先になる。
だが、今年はブリュッセルに限らず、世界中がいつもの3月とは違っていた。100年に1度あるかないかというパンデミックが世界に襲いかかり、誰もが口を開けばパンデミック、考えごとをしてもパンデミックという状態に陥った。新型コロナウイルス(COVID-19)が世界に蔓延し、多くの人々がリモートワークや自宅待機を余儀なくされた。せっかくのコートもクローゼットに強制待機になってしまった。
![ブラッド・スミス、キャロル・アン・ブラウン『Tools and Weapons(ツール・アンド・ウェポン)ブラッド・スミス、キャロル・アン・ブラウン『Tools and Weapons(ツール・アンド・ウェポン)』(プレジデント社)』(プレジデント社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/8/200/img_480bf8ddf1cee532882221d2a6deb9a3215636.jpg)
そんなころ、スペインの元国会議員で欧州連合の外務・安全保障政策上級代表に就任して間もないジョセップ・ボレルは大事な仕事を抱えていた。しかも、自宅では対処できない仕事だった。ボレルに限らず、世界のほとんどの指導者が同じ思いを抱いていた。とにかくオフィスに行かねば、という思いに駆られていたのだ。人に会い、言葉を交わすのが目的だ。政治家として、危機の渦中だからこそ、人前に姿を現し、直接語りかける必要があったのである。2020年3月23日、ボレルは重要なメッセージを伝えた。
「コロナ禍で世界は変わる。この危機がいつ収束するのか不明だが、収束のあかつきには、今までとはまるで違う世の中になっているはずだ。どれほど変わるのかは、現在のわたしたちの選択次第だ」
彼の言葉は、多くの人々がうすうす感じ始めていた思いを代弁していた。
■この危機は「限りなく戦時下に近い状態」
さらにボレルは、「この危機は戦争ではないが、過去に例のないレベルで物資や人員、資金の動員・調達、配置・指揮が必要という意味では限りなく戦時下に近い状態」との認識を示し、このパンデミックの特徴を強調していた。
各国政府は人々の日常生活を統制し始め、前代未聞の状況になった。誰が職場に行けるかを決めるのも政府なら、外出許可を出すのも政府。開けていい店を決めるのも政府だった。差し迫った健康上のリスクを理由に、ほとんどの人がこうした制限を「ニューノーマル」として受け入れた。
状況はまさに戦争のようだった。ただし、国同士の戦いではない。人類とウイルスの戦いである。勝つために犠牲を伴う点も戦争と同じだ。この危機で世界が変わるというボレルの指摘は正しかった。もっと大きな問題は、その変わり方だ。どの変化が恒久的に続くのか。そして、どの変化が一時的なもので終わるのか。10年先を見据えた場合、これはきわめて重要なポイントになってくる。
■第2次世界大戦がジェット戦闘機の開発期間を5年に縮めた
この問題に答えるに当たっては、謙虚さも求められる。重要な問いではあるが、確信を持って答えを出すのは不可能だからだ。そもそも未来予測に正解などあり得ない。しかし全体像を捉えるヒントはある。
大戦が起こると、2つの面で歴史の流れが大きく変わる。
第一に、すでに発展途上にあったテクノロジーの進歩が加速する。好例が航空機だ。航空技術は第2次世界大戦前から着々と進展していた。当時、主翼が複数ある複葉機から主翼が1枚だけの単葉機にほぼ切り替わっていたが、まだ完全な入れ替えには至っていなかった。
ところが1944年4月には、早くもジェット戦闘機がドイツで実戦配備されている。平時であれば10年か20年の開発期間が必要だったはずだが、戦時だったために5年足らずで現実のものとなった。現時点で、危機の中で加速しているトレンドは、危機の収束まで続く可能性が高いと考えていいだろう。
また、どの国も難局に打ち勝つためにこれまでにない画期的アプローチに活路を見いだそうとすることから、戦争は2つめの変化を生み出す。例えば、第2次世界大戦は、20年に渡って続いたアメリカの孤立主義政策に終止符を打った。
戦争の終結とともに、アメリカは国際連合やブレトンウッズ体制、さらにはNATOの創設に手を貸すなど、新たな方向性を打ち出していく。この国際協力を重んじる姿勢は、かつての敵国である日本、ドイツ、イタリアの国際社会復帰を先送りするどころか前倒しで実現する意欲を生み出したのだ。
コロナ禍も同様の変化をもたらすはずだ。だが、「戦雲」が立ち込めるなか、最大の変化が何なのかを見極めるのは容易ではない。ボレルが指摘するように、何らかの変化は避けられない。しかも、個人や企業、国家機関等による選択がその変化に反映される。
■デジタル技術の普及が「2年」から「2カ月」に
そのように考えると、いくつかの結論が導き出される。
1つめは、デジタル化のペースが加速することの重要性だ。2020年までの10年間は、デジタル技術の果たす役割が着々と大きくなっていった時期でもある。だが、今回のコロナ禍で、デジタル技術の爆発的普及に火が付いた。いろいろな意味で2年はかかるはずのデジタル技術の普及を、わたしたちは、わずか2カ月で見届けたことになる。
あるレポートによれば、3月だけでブロードバンドの通信量は、通常なら1年分に相当する伸び方を示したという。世界中でリモートワークの機会に恵まれた人々は、この間毎日のようにコンピュータの画面を通して同僚や仕事先とやり取りしていた。高速ブロードバンド回線、高性能な端末、充実したコラボレーションやビデオ会議のツールの組み合わせが文字どおりグローバル経済を支えたわけだ。
このような日々が続くなかでデジタル疲れも増加したが、コロナ前のデジタル時代に完全に戻る生活など、もはや想像できない。ビデオ会議の急速な普及にはじまって、日常生活が「何でもリモート化」されていった。こうした動きは一般のオフィスにとどまらず、例えば、患者が医師にビデオ通話で診察してもらうなど、遠隔医療も急激に普及している。
すでに多くの人々が気づいているように、映像が高精細になるほど、医師にとっては初診の効率が上がり、患者の負担は減る。同様に、リモート学習を支えるためにオンライン授業が広がり、多くの国でオンラインショッピングのシェアが拡大した。それがすぐさま大学や小売店の終焉ということにはならないが、こうした傾向がコロナ収束後も広範に続いていくだろうことは容易に想像できる。
■マイクロソフト幹部を驚かせたギリシャ首相
公衆衛生当局によるコロナとの戦いでは、データもまた必須のツールになった。公衆衛生の管理に特に大きな成果を上げている政府は、例外なくデータを体系的に活用している。新規感染者数や入院・死亡率はほんの序の口だ。
各国政府が医療体制の管理に新しい体系的な方法を取り入れ、検査処理能力から病床の利用状況まで、あらゆるデータを総合的にリアルタイムに追跡できる環境を整えつつある。
このデジタルトランスフォーメーションで浮かび上がったことがある。世界各地のデータの体系的利用に、ときに驚くような格差が見られる点だ。
例えば、中心部にアマゾンのタワービル、郊外にはマイクロソフトのキャンパスを抱えるシアトルでさえ、4月の段階で病床利用状況を一元的に把握する体制が整っていなかった。そんなとき、ギリシャのキリアコス・ミツォタキス首相がビデオ会議でノートパソコンを指しながら、これで国内の病床利用状況が手に取るようにわかると発言したのを見てわれわれは衝撃を受けた。
それから数カ月経って、シアトル近辺では同様の機能を整えただけでなく、毎日、住民向けに最新情報を通知できるようになった。こうしたデータ利用の強化は、医療体制管理の将来を予感させる。公共部門の活動のあらゆる面で、データが果たす役割がこれまで以上に重視されるようになるはずだ。
■医療の進歩を支える基盤技術としてのAI
今後、データとデジタル技術は、人工知能と連携しながら、コロナとの戦いに挑むことになる。マイクロソフトでもそのような取り組みが始まっている。それは、AIを活用したチャットボットで、ユーザーに一連の質問を投げかけ、感染症状があるかどうかを検討し、検査受診の必要性を判定するものだ。要検査と判定された場合、本物の医師が担当する遠隔診断に回すようになっている。
このシステムは、すでに20カ国以上の1500を超える医療機関で採用されており、世界中で月間1億8000万件もの遠隔診断の実績を上げている。
この戦いは、今後、優れた治療法や新たなワクチンの出現によって最終的には収束に向かうはずだが、こうした医薬の進歩を支える基盤の一部として、AIが重要な役割を担っている。新薬の開発はAI自体が持つ多様性が発揮される分野でもある。
例えば、対話型AIを利用して、すでに感染から回復した人(回復期患者)を特定できれば、その血清を新規感染者に投与する「回復期患者からの血清療法」に生かすことも可能だ。
だが、こうした取り組みはAIの可能性のごく一部にすぎない。ワクチン開発に取り組む多くの研究現場では、機械学習も重要な役割を担っている。通常であれば何年もかかる作業を数カ月単位にまで短縮できる可能性があるからだ。
こうした事例からも、コロナとの戦いでデジタルテクノロジーが極めて重要なツールになっていることがわかる。
■「何でもリモート化」で広がる機会の不平等と格差
こうした技術は、パンデミック収束後も、長く存在感を示すだけでなく、新たな分野にも波及効果をもたらすはずだ。だが、負の面もある。この点でも、コロナ禍を機にデジタル技術を取り巻く新たな課題がはっきりと見えてきた。
その一部は、本書でも取り上げている深刻なデジタルデバイドである。
例えば、学校がリモート学習に切り替えざるを得なくなり、ブロードバンド回線の重要性が多くの国々で注目されている。われわれが2017年から指摘したように、ブロードバンドは21世紀の“電力”になっているのである。
コロナ禍で明らかになったのは、ブロードバンド回線とノートパソコンを持っている学生はリモート学習の機会を生かすことができるが、どちらか1つでも欠くだけで、そうした機会から取り残されてしまう。
この現実が浮かび上がるや、世界の多くの政府がブロードバンド回線の整備に力を入れ始めている。
■今後5年間で1億4900万のデジタル系新規雇用が生まれる
もっとも、コロナ禍に起因する景気後退の深刻化を受けて、技術へのアクセスがあるだけでは不十分であることが明らかになってきた。「何でもリモート化」の進展で、学生だろうが労働者だろうが、世代を問わず誰にとっても、デジタルのスキルが基本能力として必須となっていくという認識がかつてないほどに広まっている。
その短期的な背景としては、職場に出向いて働く人とリモートワークを続ける人が混在する「ハイブリッド経済」を数カ月あるいはそれ以上に渡って経験したことが挙げられる。
当然のことながら、この「ハイブリッド経済」はではデジタル化がさらに進む。長期的には、すでに進展している自動化の波のなかで景気回復が進む可能性が高い。
マイクロソフトの推定では、今後5年間にテクノロジー系の新規雇用創出数は世界全体で1億4900万ほどに上る。この新たに創出される雇用のうち、単独で最も大きな部分を占めるのはソフトウエア開発だが、データ分析やサイバーセキュリティ、プライバシー保護といった関連分野の雇用も大きな役割を担うだろう。
■勢いを増し続けるサイバー脅威
残念ながら、今回のコロナ禍でデジタル技術は社会経済にこれまでになかったようなインパクトをもたらしただけでなく、その兵器としての威力も高まっている。パンデミック発生から最初の数週間はサイバー攻撃の減少が見られたが、これは単なる小休止に過ぎず、ヨーロッパやアジア、北アメリカで、病院・医療機関を標的にした犯罪集団や国家ぐるみの攻撃が相次いでいる。WHO(世界保健機関)でさえ攻撃対象になった。
このため、医療機関のメールアカウントの保護や、国連、赤十字国際委員会などのグローバル機関とテクノロジー企業が手を結んだ国際協調体制づくりなど、サイバー脅威への対抗措置も、これまで以上に強化されつつある。
長い目で見れば、パンデミックはデジタルテクノロジーの文明の利器としての存在感を劇的に高めると同時に、社会的不平等を悪化させる。いずれにしても2020年代の幕開けに予測されたことが、当初の想定より早く現実のものとなる見通しで、その影響も想定以上に大きくなりそうだ。
■働き方の自由と選択の幅は広がってゆく
とはいえ、未来はその大部分が不透明だ。コロナ収束後、リモートワークがどこまで定着しているのかも定かではない。確かにリモートワークに関しては、10年前まで「夢」とされていた導入率を軽く達成できることがすでにわかっている。もっと自然豊かな地域に暮らしたい人々や幼子を抱える共働き世帯にとって、これは状況を一変させる切り札になりうる。子育て中の共働き夫婦であれば、夫婦それぞれが自分の時間を細かく分割して家庭と仕事にうまく振り分けられるメリットがある。
では、わたしたちは、オフィスを捨て、コンピュータの画面に向かって毎日を過ごすようになるのだろうか。リモートワークが何カ月にも渡って続くようになって、一部の人々にとっての正解が必ずしも全員にとっての正解ではないことが徐々に明らかになってきた。
リモートワークを望む人であっても、同僚や仕事仲間と一緒に過ごす時間を楽しみ、恩恵も受けている。つまり、仕事の世界は、以前よりも自由度と選択の幅が広がっていくはずだ。だが、コロナ禍が過去のものとなり、ある程度の歳月が流れない限り、細かい部分まで余すところなく語ることは時期尚早だ。
■テクノロジーに関して自信過剰になってはいけない
第2次世界大戦の経験からは、テクノロジーの将来に関する教訓も得られる。危機の真っ只中では、テクノロジーを生み出す者は、その製品の将来について往々にして自信過剰に陥りがちだ。
1943年、「これから戦争が終わってヘリコプターの量産化が進めば、誰もが手の届く価格になり、技術改良の進展を受けて、中型車並みに簡単に操作できるようになる」と、ある航空機メーカー幹部が発言している。
同じ年、デュポンの経営者は、近い将来、「割れないガラスや水に浮くガラス、燃えない木材、革を使わない靴、木材も金属も使わない家具」が出現すると聴衆に語ってみせた。
言うまでもなく、こうした夢の大部分は依然として夢のままだ。コロナ禍でテクノロジーの未来が恒久的にどう変わるのか見通すうえで、これは特に重要なヒントではないだろうか。大切なのは謙虚な姿勢である。視界は徐々に晴れてきている。この嵐がいつかは通り過ぎることをわたしたちは知っている。
だが、1週間後、1カ月後、あるいは1年後の天気がどうなるのか予測するとなると、それはまた別の話なのだ。ひたすら学びと適応を続けていくほかはない。ともに手を携えて。
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56カ国1400人以上の知財、法務、広報部門のプロフェッショナルを統括し、各国政府機関やIT業界の企業との間で、競争法や知財関連の交渉の陣頭指揮を執る。また、プライバシー、セキュリティ、移民、教育関連の政策決定においてマイクロソフト社内およびIT業界において指導的役割を担ってきた。企業に所属する法律家で世界的に最も有名な1人。2013年には、National Law Journal誌の「米国で最も影響力のある法律家100人」に選出された。Netflix社外取締役。プリンストン大学を主席で卒業(国際関係論・経済学)。コロンビア大学法学部で法学博士号を取得。
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サンマイクロシステムズ、バーソン・マステラーなどでの勤務を経て、2010年にマイクロソフト入社。アリゾナ州立大学ウォルター・クロンカイト・スクール・オブ・ジャーナリズム卒。ブラッド・スミスとともに、マイクロソフトのサイトにおけるブログToday in Technologyのほか、著作、ビデオなどを手掛ける。
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(マイクロソフト プレジデント兼最高遵法責任者(CLO) ブラッド・スミス、マイクロソフト 広報担当シニアディレクター キャロル・アン・ブラウン)
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