「うちの子は出たがり」2歳児を見世物にする毒親YouTuberという大問題
プレジデントオンライン / 2020年9月1日 15時15分
■「うちの子、かわいいでしょ?」が成長に与える悪影響
YouTubeで一大勢力となっているコンテンツのひとつが、幼児期から小学校に上がる前後あたりまでの子供の姿を追った動画だ。
日常生活の中での“かわいさいっぱい”のわが子の表情や言葉やしぐさを親がカメラで追い続け、撮れた映像にBGMやテロップなどを使ったプロ顔負けの編集を施すというのが、よくあるフォーマット。
こうした動画に心奪われる視聴者は多いようで、10万、100万単位の再生数が記録されている動画も珍しくない。また、わが子のチャンネルが叩きだす広告収入が本業の稼ぎをはるかに上回るため、専業のユーチューバーへと転身する親もいるという。
だがYouTubeにあふれるあの手の「うちの子、かわいいでしょ?」動画が、ほかならぬわが子の成長と発達にネガティブな影響を与えかねないことを、沢井佳子氏は指摘する。
沢井氏は認知発達支援と視聴覚教育メディア設計が専門で、幼児教育番組『ひらけ!ポンキッキ』(フジテレビ)の心理学スタッフ、静岡大学情報学部客員教授等を歴任し、現在は日本こども成育協会理事で、幼児教育シリーズ『こどもちゃれんじ』(ベネッセ)、幼児教育番組『しまじろうのわお!』(テレビ東京系列)などの監修を担当している。
「幼児を映したYouTube動画で圧倒的に多く、また人気が高いのが、2歳前後のわが子を追ったチャンネルです。それには理由があって、話し始める年齢だから。映像だけじゃなく音声もあるので、撮影者である親のみならず、視聴者の側も手放しにかわいいと感じるんです。ヒトの遺伝子には、幼児の声の音域に注意が引きつけられるプログラムが組み込まれていると言われており、子供が声を発すれば、大人は本能的に気になってしまうようです」(沢井氏、以下同)
■「ママ、ちゃんと聞いてよ」という不満
そしてその年代の子供には発達上、欠かすことができないものがある。
「親子の愛着関係です。2歳ぐらいまでの間に大好きな人、例えば母親が全部自分のことを受け止めてくれて、その大好きな人の真似をすることで、子供は世界というものを学んでいきます。こうした愛着の感情と思考能力は密接に関わっていますから、愛着関係の安心感の中で、2歳の後半から爆発的に言葉が話せるようになるわけです。ところがその時期の愛着関係が希薄だと、身体や言語の発達にまで遅滞が生じやすいことが研究で報告されています」
子供時代の愛着形成が不全だと、物心がついて以降、親を信用できなかったり、社会性において十全な発達を遂げられなかったり、不安障害になったりする例が報告されている。
しかしネット上にあふれる幼児が主役のYouTube動画には、専門家の目からすれば首をひねらざるを得ないものも散見されるという。
「撮影者である親が、被写体の子供に対して親らしい反応をせず、ビデオカメラやスマホの撮影に没頭することが日常化すれば、〈ママ、ちゃんと聞いてよ〉〈パパ、ちゃんと遊んでよ〉といった不満が蓄積しかねません。子供にとっては、生(き)のままの親の人格が感じられないわけですから」
■カメラの前で“演じる”ことのリスク
それどころか再生回数やチャンネル登録数を増やすため、わが子にある種の“演技”を要求するユーチューバーも少なくない。例えば、視聴者がかわいらしいと感じるであろう言動を幼児に強いたり、普段はしっかりした言葉をしゃべっているのに、あえて実年齢より幼い口調で「ちゃんねうとーろく(チャンネル登録)、お願いちまちゅ」などと、動画の最後に呼びかけるセリフを言わせたりといった類いのことだ。
しかし、子供が親の思い込みや偏見からの要求に素直に応じて、カメラの前で“演じる”ことが常態化すると、その子の自然な人格が発露する機会は奪われてしまう。
「カメラの向こうの視聴者に『かわいい』と思わせるような定型化した言動を行うことがコミュニケーションだ、と勘違いして学習した結果、実際に他人と対面した際に、相手の個性を理解しようとしたり、自分の思いをありのままに伝えようとする努力をしなくなる恐れがあります。小手先のしぐさ、声色、セリフ回しの演技を選ぶ癖がついてしまい、その子本来の人格の幹が太っていかなくなる可能性が考えられるのです」
■「子供といる時間はほとんどカメラ付き」は危ない
人間の社会関係は通常、会話から始まる。自身の発信に対する相手の言葉や視線、表情といったフィードバックを受け止め、さらに言葉や表情を返していくというやり取りの中で、子供は感情の機微や対人関係を学んでいくのに、スマホやビデオカメラの前で親の要求に従って媚びた演技を繰り返す癖が染み付いてしまうと、豊かな社会的情動性は育たない。
「コミュニケーションとは、会話を通じてお互いをサポートしながら知的な情報交換を行う作業。しかし、〈こういう仕草や言い方をすれば他人は喜ぶよね〉と子供がタカをくくってしまうと、中身の薄い営業トーク的な言動ばかりを覚え、その子の人間観察力を弱めてしまいかねません。日常生活で親子の会話が十分に確保できているのなら問題はありませんが、毎日のように子供の様子をYouTubeにアップしているような親は、子供といる時間はほとんどカメラ付きという状態になっていないでしょうか。もしそうだとすれば、その子は一番愛着のある人、つまり親との触れ合いの中でコミュニケーションの原則を学ぶという、大切な機会を取り上げられているとも言えます」
そして本人の意思が反映されていない子供の言動は、結局端々に空虚さが漂い、視聴者にそっぽを向かれてしまう。
「私が監修している幼児番組『しまじろうのわお!』にも、プロの子役や一般の子供が出演することがあります。そんな時、番組制作スタッフが大事にしているのは、視聴者に媚びたような演技は絶対させないということ。おもちゃ相手でも昆虫相手でも、子供代表として本気で遊んでもらって、その子役が本当に熱中してきたところを撮ると、テレビの前の視聴者――子供でも親でもです――に素直に共感していただける映像になるんです」
■「○○ちゃんが泣いちゃってまーす」
さらに子供の感情は、必ずしも自発的なものばかりではないことを知っておく必要がある。
例えば、子供が転んだ直後は痛みをぐっと我慢していたのに、心配して近寄ってきた母親の顔を見たとたん、火がついたように泣き出すということがよくある。
「あれは、〈自分のことをすごく大事に思ってくれているお母さんだったら、私が痛い、いやだなと思ったことをきっとわかって共感してくれるだろう〉と、感情が爆発してしまうわけです。つまり子供の感情はその子の内面から発するばかりではなく、親との間に存在するようなところもあります。そして自分がけがをした際、お母さんが『わー、それは痛かったでしょう、大丈夫?』と悲しそうな顔をしているのを見て、子供は〈そうか、誰かがけがをした時は、こういう心配そうな表情をするものなんだな〉と学んで、よその子がけがをした時はお母さんがしたような表情をして『大丈夫?』と言ってあげられるようになるのです」
対話の中で出来事を共有することで社会情動性が発達していくのに、子供が転んで泣いていても親が「○○ちゃんが泣いちゃってまーす」などと傍観者的に言いながら撮影を続けていたら、それは子供を100%受け止めているのではなく、ただ見世物にしているだけだ。
「楽しさや切なさや悲しさや恥ずかしさといった微妙に変わる感情は、親がそれを言葉にして表情で示してくれる中で、子供が初めて理解できるもの。なのに親が感情を受け止めてくれるどころか、撮影ばかりにのめり込んでいたら、その子は自分の感情をどんな表情で、どう言葉にしたらいいのかと葛藤することもできません」
■YouTubeを理解できるのは、10歳を過ぎてから
また、物心がついていないわが子の姿をYouTube動画などでインターネット上にアーカイブしていく行為には、こんな危険性もある。
「2歳後半から子供はペラペラしゃべるようになりますから、カメラやスマホで撮られている行為の意味もわかっていると親は思い込みがちですが、〈自分が感じている自分と他者が見ている自分は違うんだ〉と子供が気付くのには、けっこう時間がかかるんです。ましてや、不特定多数が視聴可能なYouTubeというメディアの仕組みが本当に理解できるようになるのは、おそらく10歳を過ぎてから。にもかかわらず幼児期のわが子の動画を次から次へとアップしていると、何年か後にそれをネット上で確認した子供が、〈お母さんがあの時私を撮っていた動画は、家族内での記録のためじゃなくて全部ネット上に放出していたのか〉と気付き、親に失望したり衝突したりすることも起こり得ます。これはYouTubeではありませんが、フェイスブックだと13歳以上にならないとアカウントを持てない決まりになっているのは、やはり人間の認知発達の観点から、13歳未満の子供が画像付きのSNSを使う危険性を考慮してのことだと思います」
感情が赴くままの本来の姿なのか、視聴者受けのため親に誘導されての演技なのかわからない映像がネット上に大量に残っていると、子供には〈これが本当の自分なのか?〉というアイデンティティーの不安が出てくるのはもちろん、自分の情報を自分で管理できていないことへの不満も当然生まれる。
「アメリカやイギリスでは、親子間で訴訟沙汰になっている例もあるのです。『他者の目から守られる』というのは、子供の大事な権利のひとつ。YouTubeでの露出はそこがないがしろにされる危険性があることを、親にはわかっていてほしい。『うちの子は映りたがるんですよ』というお父さん、お母さんも多いのですが、2歳、3歳の子供にYouTube上で自分の姿をさらすことの意味を十分理解することはできないのです」
■冷たい傍観者になってはいけない
それでもやはり、自我が確立する以前のかわいいわが子の姿を、YouTube上に残しておきたいと望む親はいるだろう。
「まず誤解していただきたくないのですが、私は自分の子供を人気者にしたいという親の気持ちを否定しているわけではありません。しかし、愛着形成の不全や、親が絶対的な安心の対象でなくなる危険性、そして自身のプライバシーやアイデンティティーが守られない不安を子供が感じてしまうといったリスクもあることも、お父さん、お母さんにはしっかり自覚しておいていただきたいのです」
では動画作成の際、具体的にどのような点に留意すればよいだろうか。
「子供をこういうふうに見せたいといった演出プランは、持つべきではないでしょうね。演技などさせずに、観察者としてありのままの姿を撮影してはどうでしょう。どうやって歩くのかなとか、初めて猫を見た時に恐がるかなとか、子供が内発的に発達しようとしている様子を見守るとか。それを冷たい傍観者としてではなく、親として温かい援助ややり取りをしながら撮ってみるんです。そうした動画なら家族にとって価値あるものとなるのはもちろん、視聴者の目にも気持ちのいいコンテンツになるのではないでしょうか」
YouTubeというメディア自体が、子供にとって害毒なのではない。発信者側、つまり親の意識の持ち方ひとつで、それを現代らしい魅力に満ちた成長発達の記録装置とすることもできると、沢井氏は語っているのである。
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ライター
高松市生まれ。フリーランスライターとして一般誌、ノンフィクション誌、経済誌、スポーツ誌、自動車誌などで執筆。『チュックダン!』(双葉社)で、第13回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。このほか、著書に『蹴る女 なでしこジャパンのリアル』(講談社)がある。
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(ライター 河崎 三行)
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