在宅勤務導入が成功する企業と大失敗する企業のシンプルな違い
プレジデントオンライン / 2020年10月6日 11時15分
■突然の在宅勤務要請に、現場はバタバタ
政府が推し進める「働き方改革」。メニューで対応が遅れていると言われていたのが、在宅勤務だ。コロナ禍で、導入する企業は大幅に増えた。
だが、世間の雰囲気に押されて、闇雲にテレワークを導入しようとしても、うまくいかなかった中小企業もある。
たとえば筆者が2020年4月に取材をした関西の会計事務所(社員数30人)。総務部長は全員一斉に在宅勤務をしようとしたが、できなかったと話す。「守秘義務契約を、最近5年に入社した社員10人ほどとは交わしていなかった」というのだ。顧客の資産情報を扱うため、慌てて全員と交わしたそうだ。
そして、いざ始めると、7人は自宅でのネット環境が整っていなかった。約2週間は、在宅勤務ができないために出社。システム担当者がいないため、総務部長はネット環境の整備の仕方を知らなかったようだ。
このように、特に中小企業では導入や運営、社員間の意思疎通、仕事の進め方、人事評価、労働時間、健康管理で問題が多いと指摘されてきた。これらの課題がありながらも果敢に取り組む小さな会社こそ、メディアで取り上げるべきではないだろうか。そうでないと、問題点を浮き彫りにすることはできない。
今回は、中小企業4社の在宅勤務導入のリアルな現場を紹介する。導入したがうまく定着しない企業や、これから本格導入したいと思っている担当者は参考にしてほしい。
■業務効率化はもちろん、メンタルケアも大切
映画、ゲーム、アニメと幅広いジャンルのCG映像制作業を行うGEMBA(渋谷区・従業員数70人)。20年3月上旬にシステム担当者が導入案をまとめた。全社員が同時期に始めると混乱が生じると想定し、1週間ごとに各部署で数人ずつ自宅作業を開始。社内全体では、毎週15人ほど増えるペースだ。自宅で仕事をする社員は問題点や課題をチャットツールで全社員に伝え、共有し、早急に改善する。
20年4月中旬には、全員が自宅で仕事をする態勢に。数人の社員のネットワーク回線が十分に整備されていないために、やりとりが一時的に遅れることがあった。会社として補填費用を負担し、早急に回線を引いて対応した。
さらに納期を守るために社員間の情報共有を徹底。各部署やプロジェクトごとのオンラインミーティングを繰り返し行い、進捗や問題点を確認し合う。
注意したのは、仕事とオフの切り替えがしづらいために、心身が不調になる社員が現れる可能性があることだ。そのため管理部を中心に全員の労働時間や心身の状況を出退勤や在籍管理のソフトを通じて毎日確認した。問題がある場合はその時点で改善。産業医との面談を継続し、希望者を募り、悩みを打ち明けるようにした。
全社員を対象に意識調査も行う。20年4月、5月に1回、20年6月は2回。管理部は、特に労働時間と健康状態の項目の回答を精査した。
20年6月から現在までは、20~30人が出社。この態勢は当面維持する予定だ。仕事の内容をもとに、1カ月ごとに人数や出社する社員を決める。オンとオフの切り替えをより明確にしたい社員や、20年4月入社の社員は、本人たちの希望を優先し、当分は毎日出社とした。
同社社長の工樂(くらく)英樹氏は「働くうえでの選択肢が増え、経営のあり方に幅や厚みが出てきた。今後、地方で仕事をしたい人が在宅勤務をできるようにもしたい」とコメントしている。
■病院はどこまでリモート化できるか
医療法人社団親樹会・恵泉クリニック(世田谷区・従業員数55人)は、医師や看護師が主に高齢者など在宅療養が必要な患者の自宅を訪ねて診療、看護をしている(20年7月1日現在、患者数は548人)。業務上、全員の在宅勤務は難しいが、20年3月上旬に3人の職員が在宅勤務を導入。
その3人は検査技師、アシスタント、総務や経理などの事務統括だ。作業の出来は通常勤務時と変わらず、精度は高く、残業はないという。
非常勤を含め40人を超える医師と看護師はあえてしなかった。本人たちの強い要望だ。20年3月に訪問診療自粛を提案したが、患者からは「(医師や看護師と自宅で)話がしたい」「さびしい」といった声が多かったそうだ。
通常勤務では、訪問看護師は午前8時50分から午後5時30分までに平均5軒の患者宅を1人で車を運転し、訪問する。症状の観察や人工呼吸器などの医療機器の処置・管理、吸引や床ずれの対処、予防、生活指導、療養相談を受ける。
「患者さんの診療をするのは対面でないと、なかなかできない。医師や看護師は視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚の五感を生かして診察する。パソコンの画面での診療だけでは難しい。患者さんの大半が高齢者であり、最近は独居が増えている」(事務局長・内田玉實氏)
20年4月当初、クリニック内の密を避けるために自宅から患者宅に直行・直帰を検討した。だが、カルテ(電子カルテ)の扱いがネックになった。自宅でクラウドを通じて閲覧ができても、症状を書き込むことができなかった。一日の訪問を終えると、クリニックに戻り、カルテに必要事項を記入した。
現在は、今後の感染拡大を踏まえ、自宅で閲覧し、カルテに書き込むことができる体制を整備している。
■完全リモートで新卒採用した結果……
採用コンサルティング業を行うプレシャスパートナーズ(新宿区・従業員数105人)は、20年3月初旬から全社員を在宅勤務にした。新卒(大卒)の採用活動を始め、数週間が経った頃だった。
2008年の創業以来、順調に業績を拡大し、11年から大卒の新卒採用を毎年行う。エントリー者数はここ数年、数千人に達し、同一業界のベンチャー企業と比べて多い。
20年は、本格的にWEBやオンライン採用を導入した。これまでの採用の大きな流れは、1次が会社説明会と座談会→グループディスカッション→2次面接→3次面接→適性検査と面談→社内見学と仕事体験→4次(最終)面接となる。
以前から、地方在住の学生にスカイプを通じて面接をする機会があったが、全員を対象にしたのは今回がはじめて。基本的には、面接官である役員や管理職、人事部員、学生はそれぞれの自宅から参加する。
主な流れは、次の通りだ。
まずは会社説明会。社長や社員と学生がライブでやりとりをする。管理本部執行役員CHO(最高人事責任者)中川梓氏によると、弾んだ内容になったようだ。全国の学生がパソコンやスマホを使い、気軽に参加するようになり、従来は少なかった北海道、東北、四国、沖縄の学生が増えたという。
その後、1~3次面接があり、適性検査、オンラインによる仕事体験をして、最終面接となる。内定後に、オンラインで社内見学や社員との面談を実施する。
面接で特に気をつけたことは「双方の言葉が、かぶらないようにする」「頷いたり、笑ったりするジェスチャーは、ややオーバーにして学生に安心感を与える」「目線を常に学生と向かい合うようにする」など。
面接官らの手ごたえや精度は、リアルな面接のときと、変わらなかったという。
「学生の思いや温度感は十分に伝わった。唯一の課題は、自宅でのネットワークの環境が整っていない学生が一部にいることだ」(中川氏)
在宅勤務で、学生と電話で連絡をする機会が減り、内定までの事務連絡は主にLINEを使った。
内定を出すにあたり、迷いはなかったようだ。一方で「学生は迷うものがあったのかもしれない」と中川氏は話す。
LINEを通じて社内や職場の様子の動画や画像を送ってはいたが、学生はそれらの様子をじかに見ていないからだ。
「内定以降に、社内を実際に見てもらうようにした。仕事体験をWEBでも実施し始めた」(中川氏)
■オンライン勤務はわが社の文化だ!
最後に紹介するのは、調剤薬局向けクラウド電子薬歴を展開するカケハシ(中央区・従業員数118人)。
20年3月中旬から奨励し、20年4月上旬から現在に至るまでは業務上の指示として全社員が在宅勤務をしている。
調剤薬局で使うソフトを開発するため、同社は創業時から社内外の業務のデジタル化を進めてきた。
仕事が滞りなくできるように、特に力を注いできたのが、部署やプロジェクトのチームビルディングだ。全社員が参加する会議は月1回開催。ミーティングは各部署で週2~4回(1回につき15~60分)繰り返す。話し合いのプロセスや結論に至るまでは、基本的にログやドキュメントとして記録に残す。
部署で多少の違いはあるが、個々の担当の仕事の現状や課題を共有していく。
いずれも、働くうえで不安を感じない仕組みをつくるためだ。20年4月以降は、オンラインで実施している。
「オンラインでも仕事ができる仕組みと文化をつくることに力を注いできた。たとえば、普段からの社員間のコミュニケーションでさえ、オンラインがベースになっている」と取締役CTO(最高技術責任者)の海老原智氏は語った。
全社での在宅勤務を可能にしたもう1つの取り組みがある。それは入社時のオリエンテーションなど研修の文書や、自社サービスを説明した動画を制作してきたことだ。
職場での研修で役立つのはもちろん、会社に出勤しなくても、オンラインで動画を視聴すれば、各自で仕事を覚えることができる。並行し、担当メンターが新入社員を一定期間サポートする。
同社は採用面接の時点でオンラインも活用する育成のあり方を伝え、納得のうえで入社してもらっている。会社のカルチャーにフィットするかをとても重視し、面接では1時間~1時間半をかけて本人の意思を確認する。
「オフィスなどリアルな職場での仕事は、オンラインでの仕事に付加価値を与えるものでなければいけない。在宅勤務は1つの手段であり、目的ではない」(海老原氏)
■“在宅勤務バカ”につける薬はあるか
紹介してきたように、業務効率を落とさずに在宅勤務を取り入れるためには、様々な施策が必要だ。
最も大切なのは日頃からの人事の体制や取り組みである。たとえば上司と部下や部員の人間関係、個々の担当や責任と権限の明確化、報告・連絡・相談のあり方、労働時間管理やペーパーレス化(電子化)、社内のIT化、個々のITスキル、情報漏洩対策など。地道な準備や心構え、会社全体の意識を変えることが必須になってくる。
マスメディアには「在宅勤務は今後の時代を見据えた働き方だ。素晴らしいんだ!」とただ闇雲に称える、いわゆる“在宅勤務バカ”が次々と現れている。「通勤がない」など光の部分にしか目を向けない、自称・人事労務分野の専門家たちだ。
実態を心得ることなく、「最高だ!」と声高らかに叫ぶだけの“在宅勤務バカ”に、惑わされないようにしたい。
彼らにつける薬があるならば、リアルな現場を見つめることしかないのではないか。
(人事ジャーナリスト 吉田 典史)
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