「退陣するなら今しかない」安倍首相が目論む"石破潰し"の算段
プレジデントオンライン / 2020年9月1日 15時15分
■各メディアは不気味なほど静かだった
「たくさんの問題が散らかったままだ」
これは、東京新聞(8月29日付)に載った、安倍の辞任を知った街の声である。
安倍首相が第一次の時と同じように、任期途中で政権を放り出してしまった。理由も同じ持病の悪化である。安倍が8月28日に会見を開くと、突然いい出した。今後のコロナ対策の方針と自身の体調について話すという。
すわ退陣か、各メディアは一斉に騒ぎ立てると思ったが、当日朝のほとんどの新聞は、短く会見があると報じただけだった。
読売新聞だけが、一面トップに「ワクチン、来年前半に全国民分確保へ」と、コロナ対策の全容を特報していたが、会見についての詳しい報道はなかった。私が知る限り、スポニチだけが「首相続投」へと書いただけだった。この不気味な沈黙が何を意味するのか、私には計りかねた。
私が「安倍辞任」を知ったのは朝日新聞デジタル(8月28日 14時50分)の速報だった。
驚きはなかった。「ようやく辞めたか」と思っただけだ。
安倍一強政権を倒したのは、野党でもメディアでも世論でもなく、前回と同じように、自らの内なる病だった。
■プロンプターも原稿も見ずに淡々と語った
会見はAbemaTVで見た。最初に感じたのは、「大叔父の佐藤栄作に似てきたな」ということだった。両頬のタレ具合がそっくりだ。
佐藤は辞任会見の時、新聞や民放を追い出し、NHKのカメラだけを残して、それに向かってしゃべり続けた。自分の身勝手な主張を延々と話し続ける姿は、独裁者の成れの果て、醜いと、テレビを見ていてそう思った。
安倍は、プロンプターも使わず、原稿に目を落とすこともなく、直前にまとめたコロナ対策について語り、その後、辞任の弁を話し始めた。
6月に再発の兆候があり、薬を投与されたが、8月に再発が確認された。新しい薬を投与されたが、予断を許さない。体調が万全でないために政治判断を誤ることがあってはならないと思い、辞することを決めた。
悩みに悩んだが、冬を見据えて、新体制に移行するならこのタイミングしかない。佐藤のように高ぶることもなく、淡々と語った。
記者から、レガシーは何かと聞かれ、東北の復興、400万人の雇用の創出、地球儀を俯瞰(ふかん)する外交などと述べたが、開始から20分ぐらいで、声がややかすれ、口が乾くのだろう、唇を舐めるようなしぐさをした。
拉致問題や日ロ交渉に進展がなかったことを聞かれ、「痛恨の極み」といった。
■「私物化したのでは」の質問に怒気をにじませ…
総理の資質について問われると、首相という職務は一人ではできない、大事なのは「多くのスタッフや議員たちとのチームワーク」と答えたのが、安倍らしかった。辞任は一人で考えて決めたという。憲法改正、地方創生、核兵器廃絶、IT化の遅れ、メディア対策などについての質問が出たが、おざなりの答えしかしなかった。
少し怒気をはらんだいい方をしたのは、「政権を私物化したのでは」と聞かれた時だ。強い口調で「私物化をしたことはない」といい切った。東京五輪については、私の後任がしっかり準備を進めていかなくてはいけないと答えた。中止という考えはないようだ。
フリーの記者たちにも質問をさせた。だが、不思議なのは、安倍の在任中に拗(こじ)れに拗れた日韓関係と日中関係について、誰も質問しなかったことだ。
両国との関係は、これからの日本の命運を決めるかもしれない重要な問題である。安倍が、私のやり方は間違っていなかったというのか、至らないところもあったというのか、韓国、中国の要人たちもテレビを注視していたはずだ。
1時間の会見の中で、安倍から、任期途中で辞めることへの悔しさは感じられなかった。むしろ、ようやく辞められるという安堵の表情が垣間見えた気がした。
■政権に近い2紙の評価は対照的だった
翌日の朝刊各紙を見てみた。スポニチの「アベNOレガシー歴代最長だけ」(29日付、11版)という見出しが一番的を射ていた。
安倍に近いといわれた産経新聞と読売新聞の論調が違うのが面白い。
産経は産経抄で、「『桜を見る会』をめぐる今となっては、どうでもいいようなスキャンダルでも新聞やテレビで連日とりあげられ、国会で叩かれれば、誰だってストレスがたまる」と、持病を悪化させたのはメディアの責任とでもいいたげな物言いである。さらに、「まあ、書かずもがなだが、まだ65歳。健康さえ回復すれば、郷里の大先輩、桂太郎の如く3度目もある」と、安倍が泣いて喜びそうなことをいっている。最後まで安倍のポチを貫くところは潔いというべきか。
読売新聞は、特別編集委員の橋本五郎が「総括 安倍政権」を書いている。そこで橋本は、支持率が落ちたのは、「モリ・カケ」問題や「桜を見る会」への対応の影響が大きかったとし、「そこで問われたのは一言で言えば、『正直さ』であり、誠実に答えていないと国民に思われたのである。
不支持の最大の理由が『首相が信頼できない』というのもこのことを裏付けている」さらに、「大事なことは、正直に政策意図を説明し、『仁王立ち』で国民を守ろうとする姿勢だったのではないか。そのことが欠如していたのではないか」と斬り捨てる。
そんな安倍に寄り添い、ご意見番になっていたのはあんたのところの主筆だったではないかといいたくなるが、早くも安倍離れということか。
■メディアの関心は早くも「ポスト安倍」に
産経を除き、安倍の業績評価については厳しい見方が多い。温かいねぎらいの言葉をかけてくれたのは、安倍が尽くし続けたトランプ大統領だった。
「『私の素晴らしい友人であり最大限の敬意を払う。彼にとって辞任はつらかったに違いなく、とても気の毒に思う』と話した」(朝日新聞デジタル8月29日 16時30分)
人心は移ろいやすい。わずか半日で、早くもメディアの関心はポスト安倍へと移ってしまった。
それも、「後継首相は、こうした憲法を軽んじ、統治機構の根腐れを生んだ『安倍政治』を、どう転換するのかも問われることになる」(東京新聞社説)「今回の総裁選では、安倍政権の政策的な評価のみならず、その政治手法、政治姿勢がもたらした弊害もまた厳しく問われねばならない」(朝日新聞社説)と、安倍政治を反省し、それから脱却せよというものが多い。
安倍首相はこれを読んで、「やれやれ、オレのやってきたことは何だったのか」と、妻の昭恵に愚痴っているかもしれない。
■「悲劇の宰相」というイメージをつくり上げようとした
ところで、私はこのコラムで、FLASHに「吐血情報」をリークしたのは、反安倍ではなく、頑として病院へ行かない安倍の病状を心配して、「慶應大学病院へ行ける」環境づくりをしようと考えた人間ではないかと推測した。
どうやらその見立ては間違っていなかったと思う。今回の突然のように見える辞任が、その延長線上にあったのではないかと考えている。
安倍の持病である潰瘍性大腸炎が相当悪くなっていたことは、本人も会見で認めている。この病気は下痢と激しい痛みを伴うといわれる。
それを和らげるためにステロイドを使っていたようだ。だがステロイドには、「副作用としては、うつ病や顔がむくんだり、丸くなる満月様顔貌などの症状が出る可能性がある」(おおたけ消化器内科クリニックの大竹真一郎院長=週刊ポスト)そうだ。
そのためもあるのだろう、やる気がない、国会に出たくないと、安倍の気力が衰えてきた。辞任のふた文字がちらつき始めたのは、安倍のいう、再発の兆候が見られた6月あたりからではないのか。
だが、また任期途中で放り出せば、口さがないメディアに叩かれるのは必定。そこで、持病が悪化しているという情報をメディアに流し、持病の悪化のために断腸の思いで職を辞する「悲劇の宰相」というイメージをつくり上げようとしたのではないか。
■二階氏主導の総裁選は“石破潰し”か
安倍は会見で、「辞任は一人で決断した」と語ったが、この絵を描いたのは安倍ではなく、誰か知恵者がいると思う。では、なぜ、このタイミングだったのか?
冬を見据えたコロナ対応策がまとまったからではないと思う。安倍がいうように、9月には改造人事をしなければいけない。自民党幹事長を現在の二階俊博から意中の岸田文雄にすげ替えるのは、十分な体力があっても難しいが、やらなければ自分の求心力が落ちていくのは間違いない。
10月には五輪中止が発表される可能性大である。解散・総選挙をやるなら、その前の9月中しかないが、やれば大敗するのは目に見えている。
自分の影響力を残し、後継者に自分の息のかかった人間を据え、院政を敷くには、たしかにこのタイミングしかなかったのである。その点では、うまくいったと、安倍首相と仕組んだ連中は、影でほくそ笑んでいるのではないか。
そこから透けて見えてくるのは、“政敵”石破茂に対する執念とも思える憎悪である。
安倍は二階に、総裁選を仕切ってくれるよう頼んだ。“古狸”である二階は、安倍の意を汲み、9月半ばに、自民党の全国の党員・党友による投票はやらずに、国会議員票と都道府県連に割り当てられた票だけで行うようである。
自派の国会議員はわずか19人しかいない石破が勝つには、圧倒的な支持がある党員・党友票が頼りだが、それをそっくり奪ってしまおうという“戦略”である。
■永田町という“密室”だけで決めていいはずはない
石破はサンデー毎日(9/13日号)で、後継の決め方を問われ、こう語っている。
「国民、なかんずく党員が納得することが必要だ。自民党はずっと党員獲得運動を続けていて、党本部には『総力結集』『目指せ120万人』のポスターが大々的に張られている。私も幹事長経験者としてよくわかるが、党員獲得のセールストークは『あなたも総理が選べます』。(中略)総理は直接選べないが、自民党員なら総裁(=総理)を選べます、と言って党員を集めることが多かった。その権利が行使できないのなら何のための党員なのか、ということになる」
党員の声は世論である。それを無視して、永田町という“密室”だけで決めてしまっていいはずはない。それでは安倍政治からの決別にはならない。
私は石破がベストの宰相候補であると考えているわけではない。だが、安倍に忠誠を誓う岸田や、官房長官という女房役を長くやってきた菅では、安倍の影武者を据えるようなものである。
■苦しい石破氏に残された「2つの道」は
もし、永田町のボス猿どもが党員たちの声を無視するならば、石破には2つの道がある。
下馬評で有力だといわれる菅義偉が選ばれても、選挙の洗礼を受けなければならない。もしそのまま何もしなければ、後任の任期は、党則で安倍が任期満了になる2021年9月までの「ワンポイント」でしかない。
石破は、菅政権には協力しないで、もう1年待つという選択肢がある。今一つは、自民党を出ていくという選択もあると思う。
彼は過去にも自民党と新進党と、2度離党した経験がある。だが今回は、圧倒的な国民の支持がある。
10人ぐらいの賛同する議員たちと新党をつくれば、次の総選挙では、どれくらい候補者を集められるかにもよるが、一大勢力になる可能性がある。反自民で野党と共闘すれば、天下人になるのも夢ではない。
■威を借りていた官僚、メディアは断罪されるべきだ
ところで、8年近くの安倍政権で溜まった“膿”を除去することも、この機会に絶対やらなければならないことである。
安倍の威を借りて、やりたい放題、利権を貪ってきた官邸に巣食っている補佐官や忖度官僚たちを一掃する。
メディアも同様である。安倍と仲良しこよしであることを恥ずかしげもなくさらけ出して、安倍の代理人の如(ごと)く振る舞ってきた、政治評論家の田崎史郎、NHKの岩田明子などの罪は、断罪されるべきである。
安倍にすり寄ることで、大物ぶってきたメディアのトップたちも同罪である。
官邸記者クラブという、権力を監視するのではなく、権力と馴れ合うために存在している仲良しクラブを潰し、ジャーナリストすべてが出席し、質問のできる開かれた会見の場をつくることも急務である。
冒頭紹介した街の声のように、膨大な難問を散らかしたままで、またも政権を放り出した安倍首相の後始末は、安倍の色をすべて払拭し、一から出直す覚悟のある人間でなければ、認められないこというまでもない。
俳人の金子兜太が生きていたら、今すぐ、こう書いてもらうのだが。
「アベ亜流政治を許さない」
(文中敬称略)
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ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『a href="https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4198630283/presidentjp-22" target="_blank">編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、近著に『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)などがある。
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(ジャーナリスト 元木 昌彦)
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