最大5000円還元「マイナポイント」がさっぱり話題にならない本当の原因
プレジデントオンライン / 2020年9月4日 18時15分
■参加するにはマイナンバーカードが必須
マイナンバーカードの所有者に、キャッシュレス決済で最大5000円分のポイントが還元される総務省の「マイナポイント」制度が9月1日から始まった。総務省は広告宣伝に力を入れ、PRに必死だが、消費者の反応はさっぱり。予算では4000万人の応募を見込んでいるが、開始直前の8月30日時点での申し込みは467万人と1割強にとどまっている。
マイナポイント事業は、マイナンバーカードを持つ人が、買い物をして電子マネーやQRコードなどで決済した場合、25%分のポイントが還元される。25%というと一見大きく感じるが、還元されるポイントは5000円が上限だ。
しかも、利用者は、事前にポイント還元を希望するキャッシュレス決済事業者を1つだけ選定。マイナンバーカードを使って専用サイトから申し込んで、紐付ける必要がある。この手続きが面倒で、申し込みが増えない一因だと指摘されている。
また、還元事業は9月1日から来年3月末までの、7カ月だけの期限付きだ。つまり1回こっきり5000円だけというキャンペーンなのである。
もちろん、マイナンバーカードを持っていなければ話にならない。参加するにはマイナンバーカードが必要だから、持っていない人はカードを作るところから始めなければならない。とにかく面倒くさいのだ。
■「景気対策」ならキャッシュレス還元で十分だった
いったいこの「マイナポイント」制度、政府は何のために始めたのだろう。
建前はあくまで「景気対策」だ。2019年10月から消費税率が10%に引き上げられた後の消費活性化策というのが総務省が書いた「絵」である。新型コロナウイルスの蔓延が始まる前の話だ。
2019年12月の閣僚会議に総務省が出した資料にはこう書かれている。
「消費税率引上げに伴う需要平準化策として、東京オリンピック・パラリンピック後の消費を下支えする観点から実施する。あわせて、キャッシュレス決済基盤の構築を図る」
ところが、資料には2478億円の予算を投じるとは書かれているものの、肝心の「経済効果」については記載されていない。景気対策のはずなのに、その効果がまったく示されていない。キャッシュレス化が進むことで、消費が増えるという論理かもしれないが、その段階では経済産業省の「キャッシュレス決済によるポイント還元」が始まっていた。
個人商店などでキャッシュレス決済で買い物や飲食をした場合、5%が還元される仕組みとして、2019年10月1日から実施された。2020年6月末で終了したが、この間、7兆円以上が決済され、ざっと3000億円が消費者に還元された。
新型コロナの蔓延で現金を手渡しするのを嫌がる消費者が増えたことなどもあり、予想を大きく上回る成果を上げた。5%分が戻ってくるのだから、消費増税分の一部を帳消しにすることにもなり、消費対策、経済対策としては効果があったとみて良いだろう。
■本当の目的は「マイナンバーカードの普及」
ところが、政府はあっさり6月末でキャンペーンを終了してしまった。新型コロナによる緊急事態宣言が解除され、これから消費を盛り上げなければならないタイミングで、支えを外したのである。景気対策を考えれば、経産省のポイント還元を継続するか、さらに対象を広げることも考えられたはずなのに、そうした声はほとんど上がらなかった。
政府が予定通り5%還元を打ち切ったのは、総務省の「マイナポイント」事業が控えていたからだろう。消費を下支えする景気対策としてみれば、5000円1回限りの総務省のマイナポイントよりも何回でも5%戻ってくる経産省のポイント還元のほうが効果が大きいのは明らかだ。
それでも総務省に「順番」を譲る必要があったのはなぜか。本当の目的が「景気対策」ではなかったからだろう。
では、何が総務省の目的なのか。
「マイナンバーカードの普及」が本当の狙いだということに、多くの国民は気がついている。
総務省が発表した2020年8月1日現在のマイナンバーカードの普及率は18.2%。導入から4年半が経過したが、国民の6人にひとりしか持っていない。「持っていなくても支障がない」「持っていて便利なことがない」というのが国民の率直な声だろう。
■カードにどんなメリットがあるのかハッキリしない
では、総務省はなぜ、「カード」にこだわるのか。個人に付与された番号、いわゆる「マイナンバー」はすべての国民が持っている。では、なぜ、「カード」を持つ必要があるのか。番号だけではなく、カードが普及すると、行政コストが大幅に下がるなど国にとってメリットがあるのか。あるいは、行政サービスを受ける国民にとって何らかのメリットがあるのか。それがはっきりしないから「カード」の普及が進まないのだろう。
実はここへきて「カード」の普及率が若干上がった。4月1日現在は16.0%だったものが、2.2%上昇したのだ。これは4月中旬に決まった「定額給付金」の申請・受給がマイナンバーカードがあれば早く済むという「利便性」が生まれると多くの人が信じたからだ。
ところが、市役所の窓口は大混乱。カードのパスワードが分からず、その問い合わせが激増し、職員は対応に追われることとなった。またシステムがうまく動かず、紙による申請だけに切り替えた自治体が出てきたうえ、結果的に紙のほうが支給が早かった自治体も登場した。結局、「やはりマイナンバーカードは使えない」という印象を残した。
■新規カード保有者1人を増やすのに1万4785円を使うことに
そして次の「期待」がマイナポイントである。だが、「カード」を作らせるという政策に予算を使って、どれだけのカードが新しく作られ、それによって、行政コストが下がるのか、といった政策効果の検討はほとんどされていない。
マイナポイントはもともとカードを持っている人にも付与される。予算では4000万人の応募を見込んでいるが、すでに2324万枚が公布されているので、既存の保有者が全員ポイント還元の申請をした場合、予算の残りは1676万人分ということになる。つまり、キャンペーンが「成功」して予算をすべて使ったとしても、新規にカードを作る人が1676万人にとどまれば、前述の18%強の普及率が31%程度になるに過ぎない。国民全体に普及させるにはほど遠いのだ。そのために2478億円もの国の予算を使う意味があるのか。
その場合、新規カード保有者1人を増やすのに1万4785円(=2478億円÷1676万人)を使うことになる。それでカードの普及率を31%にしたとして、それに見合った税収増や行政コストの削減につながるのか。
カード会社が新規入会者に5000円のポイントなどを付与するのは当たり前の営業手法だ。それは、5000円を払っても、いずれカード利用によって回収できるとみているからだ。税金で実施するマイナポイントに使うカネはどうやって回収するのか。
■カードが便利なら、国民はカードを作る
今回の「マイナポイント」キャンペーンには市役所など地方自治体の職員も事実上動員されている。マイナンバーカードを新たに作る人たちに作成方法を説明し、丁寧に手続きを教えている。もちろん、マイナンバーをすでに持っている人たちのキャンペーン登録にも時間を割いて協力している。
つまり、国の予算には現れない行政コストをそこにかけているわけだが、そうしたコストはいずれ回収できるのだろうか。ともかくも総務省が旗を振ることだから、効果など真面目に考えずに普及促進に邁進するということだろうか。
どう考えてもマイナンバーカードを普及させるために、国がひとり当たり5000円をばらまくというのは禁じ手だろう。国の政策に協力する国民にだけ金銭を配る、経済的利益を与えるというのが当たり前の世の中になったら、民主主義は大きく揺らぐことになりかねない。総務省はその危うさが分かっているから、「カード普及」を前面に出さず、「景気対策」ということにして逃げているのだ。
どうも「カードを普及させる」ということが自己目的化しているように思えてならない。カードを普及させる意味は何なのか。それはカードでなければならないのか。
カードが便利で生活に必要ならば、国がわざわざ5000円を配らなくても、国民はカードを作る。
■実はマイナンバーカードには「有効期限」がある
ところで、マイナンバーカードに有効期限があるのはご存知だろうか。カード自体は10年、未成年者は5年で期限を迎える。カードに格納されている電子証明書は5年だ。つまり、制度導入から5年がたつ来年1月以降、電子証明の期限が切れる人たちが続々と出始めるのだ。スマホ申請もできるが、またしても地方自治体の窓口は混乱するに違いない。おそらくマイナンバーカードの評判をまたしても下げることになるのだろう。
利便性を上げて普及を図るという王道をとらず、経済的利益で自分たちの言うことを聞かせようとし、しかも景気対策だとうそぶく。マイナポイントは史上最悪の愚策である。
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経済ジャーナリスト
1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
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