「インフルとコロナのWパンチ」医師が危惧する待合室のカオス化
プレジデントオンライン / 2020年9月9日 9時15分
■前年同月比で診療所の患者数が3~5割減
「コロナが怖くて、しばらく受診できませんでした」
私が診療しているクリニックには、たびたびそういった患者さんが訪れる。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)
加えて医療従事者への感染も重なれば、救急受け入れ困難や外来診療休止を余儀なくされる医療機関も増え、わが国の医療が、COVID-19に対してのみならず全般的に危機に瀕する事態も起こりかねない。
4月の緊急事態宣言以降、COVID-19対応に追われる感染症指定病院がある一方で、多くの診療所は患者さんの急減でガラガラとなった。前年同月比で患者数が3割~5割減というところも少なくないと聞く。
こうした現象は、院内感染を恐れる患者さんが不要不急の受診を控えたことが大きな要因と言われるが、その一方で、COVID-19への対応が困難として、熱発者や咳などカゼ症状を有した患者さんの診療を断る医療機関があったことも無視できない。
■診療所では熱がある患者も高血圧の患者も同じ待合室で待つ
すでに知られているように、COVID-19は、無症状から重症肺炎で死に至るものまで多彩な症状を呈するため、一見健康そうに見える人も感染者である可能性は否定できない。ましてや、咳や熱が出ているとなれば、昨年までなら「普通のカゼでしょう」と対応していた患者さんにも、「もしかしたらコロナかも」と身構えなければならないのが、昨今の医療現場の実情だ。
そして当然のことながら、発熱やカゼ症状など体調不良を感じた人は、初めから感染症指定病院を訪れることはない。真っ先に受診するのは診療所だ。しかし、ほとんどの診療所には、COVID-19に対応できる設備(陰圧室や隔離部屋等)や装備は存在しない。
市中の診療所を思い浮かべてみてほしい。入口から受付、待合室から診察室まで、感染性の疾患と、それ以外の高血圧や糖尿病といった慢性疾患で訪れる患者さんとを、完全に動線で分離できている診療所など存在するだろうか。診療所はもちろん、中小規模の民間病院でさえ、感染症と非感染性疾患とを動線・待合室で完全に分離することのできる医療機関は非常に少ないと言っても過言ではない。
さらに多くの診療所には、医療従事者をCOVID-19から守るための個人防護具(N95マスクやディスポーザブルガウン)などが十分に用意されているとは言えない状況だ。
すでにCOVID-19の確定診断がついている患者さんに対応する感染症指定医療機関とは異なり、診療所ではまだ診断のついていない患者さんに対応せざるを得ないわけだから、本来であれば、カゼ症状の患者さんすべてに対して感染者であることを前提に、フル装備で、さらに患者さんごとにガウン等は新品に着け替えて対応するのが、安全サイドに立てば当然必要な対策と言えよう。
■感染症指定病院「以外」の医療従事者が抱えるストレス
しかし現状は違う。患者さんごとに着替えられるほど在庫はない。けっきょくは普通の白衣とサージカルマスクだけで対応せざるを得ないのが実情、COVID-19か否かわからない患者さんに対して、ほぼ「丸腰」の軽装備で診療することを余儀なくされているのだ。
厚生労働省は、インフルエンザ、新型コロナウイルス検査のための鼻咽頭ぬぐい液検体採取の際には、「医療者に一定の暴露あり」としながらも、N95マスクの着用までは指示せず、フェイスガード、サージカルマスク、手袋、ガウン等で感染防護可能としている。そして日本医師会ですら、サージカルマスクや手指衛生の励行さえしていれば、仮に被検者がCOVID-19感染者と判明しても、対応した医療従事者は濃厚接触者には当たらないとの「考え方」を示している。
つまり一般診療所で働くスタッフは、感染症指定病院で日々COVID-19患者さんの対応に当たっている医療従事者とは、また異なる精神的ストレスに直面していることになる。
動線・待合室での分離が不可能であれば、いつ患者さん同士での院内感染が生じても不思議はない。さらに個人防護具が潤沢に備蓄されていなければ、医師や看護師、その他のスタッフに感染者がいつでも生じ得る。そしてこれらの院内感染が発生すれば、しばらくその医療機関は診療活動を休止せざるを得なくなってしまう。
それらのリスクを避けるための自衛策として、熱発者や咳などカゼ症状を有した患者さんの診療を断る医療機関があったとしても、それを頭ごなしに非難することはできない。
■感染性疾患と非感染性疾患の診療時間を分けることは可能なのか
もっとも郊外に多い一戸建ての診療所で敷地内に駐車場スペースがあれば、熱発者を屋外や車内で診療・検査するなど、感染疑いとそれ以外の患者さんとを接触させないようにすることも可能だろう。しかし都内など人口密集地に多いビルの一室で開業している診療所(ビル診)の場合は、そうはいかない。
つまりビル診の場合は、感染症専用の別入口と院内の動線、空間と空調が完全に分離された待合室を有していなければ、院内でクラスタが発生する可能性があり極めて危険であるから、発熱や咳など少しでもCOVID-19が疑われる人の診療を行うことは、事実上不可能であるとも言えるのだ。
「空間的に分離できないのなら、時間的に分離するという手段もあるではないか」との意見もあるかもしれない。しかし、じっさいに運用しようとすると、それはかなり困難であることがわかる。私の勤務するクリニックも空間的分離のできないビル診のため、少しでも院内感染のリスクを軽減すべく、熱や咳、カゼ症状の患者さんと、慢性疾患や皮膚疾患、外科系疾患という非感染性疾患の患者さんとを診療時間で分離すべく、仕組みを作ってみてはいる。
しかし、熱発して来院する患者さんや症状がつらい患者さんは、仮にその仕組みを知っていたとしても、該当する時間まで待つことが難しい。また飛び込みで初診する患者さんは、そもそもその仕組みすら知らない。そういった患者さんに、後刻出直して来るように言うことも困難であるから、時間的分離の仕組みを作ってみたところで、運用上では、ほとんど機能していないと言ってよい状況なのだ。
■新型コロナを季節性インフルエンザと同等に扱っていいか
COVID-19は現在指定感染症であるため、診断された場合は疑似症も含め直ちに届け出を要し、感染者は原則入院勧告されることになるが、市中感染の様相を呈してきた現状を踏まえて、また季節性インフルエンザの流行を前に、指定感染症を外し、2類感染症相当以上(新型インフルエンザ等感染症相当)の現在の扱いから、季節性インフルエンザと同等の5類感染症に位置づけてはどうか、との意見が出始めている。
COVID-19とインフルエンザとは、その初期症状からは診察所見だけでは峻別できない。昨シーズンまでは拙著『病気は社会が引き起こす——インフルエンザ大流行のワケ』(角川新書)にも記したとおり、インフルエンザ流行期にインフルエンザと矛盾のない症状を呈している人には、迅速検査を行わずともインフルエンザと診断し治療することが通例であった。しかし少なくとも今シーズンは、急な発熱で受診した人については、その鑑別のために検査という手段も必要となってくる。日本感染症学会も医療機関向けの指針で、今シーズンのインフルエンザとCOVID-19の同時検査を推奨した。
■インフルエンザシーズンには「COVID-19疑似症患者」多発で大混乱に
信頼できるCOVID-19簡易検査キットが全国的に十分流通しないままインフルエンザシーズンを迎えた場合、熱発者に対しては、まずインフルエンザ抗原迅速検査キットを用いて診断の一助としていくことになるだろう。それで陽性結果が出れば、「まずインフルエンザであろう」と診断することが可能となる。問題は陰性結果が出た場合だ。
インフルエンザ抗原迅速検査キットは偽陰性が4割程度あると言われているため、「インフルエンザではありません」とは言い切れない。しかも今シーズンはCOVID-19の可能性も考慮に入れなければならない状況だ。つまり熱発者を検査して陰性結果が出てしまった場合、その患者さんは「COVID-19疑似症」ということになってしまう。
熱発者が多数発生するシーズンに、片っ端からインフルエンザ検査を行い、陰性結果が出た人すべてが「COVID-19疑似症患者」ということになると、現場はそのすべてを届け出なければならないことになり、ただでさえ患者さんでごった返す医療機関は、大混乱に陥ってしまう。COVID-19を指定感染症から外すべきだという論には、このような指摘があり、その点について私も異論はない。
一方で、いまだその病態のすべてが明らかになったとは言えないCOVID-19を、現時点で季節性インフルエンザと同等の5類感染症扱いとすることについては、さまざまな問題も生じてくる。ご存じのとおり、季節性インフルエンザは人から人へ伝播してゆく感染症であるし、超過死亡から推計した国内死亡者数は年間1万人とも言われる「恐ろしい感染症」である。
それにもかかわらず、毎年の流行期には一般の診療所で、特別厳重な感染防止対策も講じられることなく“普通に”診療されている感染症でもある。むろん待合室を空間的かつ時間的に分離しようと毎年尽力している診療所も少なからずあるだろうが、先述したように、そのような分離を完璧に行える診療所のほうが圧倒的に少数であることは誰もが否定しない事実だろう。
■COVID-19を5類感染症扱いにすると、流行状況の把握が困難に
私が診療しているクリニックも、流行のピークを迎えれば、待合室は、インフルエンザの患者さんと、それ以外、高血圧や糖尿病の定期診察のため受診する人、ケガで血を流しながら駆け込んで来る人、中には「インフルエンザが流行してきて怖いので」とインフルエンザ予防接種のために来院してしまう人まで入り乱れて、まさに野戦病院さながらのカオス状態となってしまう。
このような毎年の状況のもと、もし今後「COVID-19を5類感染症扱いにする」という政策転換がなされれば、「COVID-19は季節性インフルエンザと同等の(同じくらいの恐ろしさの)感染症である」との認識を政府が示すことになるため、国民の中にも油断が生じるとともに、これまでの“コロナ対策疲れ”とも相まって感染対策も疎かになりかねない。
そこでインフルエンザシーズンに突入すれば、カオスの待合室にはCOVID-19の患者さんたちも“ごく普通に”含まれてくることになるわけだが、そのときにCOVID-19が指定感染症から外れていれば、医師の報告義務も無くなり流行状況を把握することも困難となってしまう。
■熱発者の受け入れは、それ以外の患者の受診控えを促進する
そしてなにより重要なのは、その政策転換、政府の「COVID-19は季節性インフルエンザと同等の感染症」との認識を、どれだけの国民が納得して許容できるかだ。
ネットを見ても、じっさい診察室で患者さんと話をしていても、COVID-19を「ちょっとタチの悪いカゼ」程度にしか考えていない楽観的な人から、「罹ってしまうとアッという間に死んでしまうかもしれないし、仮に命が助かったとしても後遺症で長期に悩まされる深刻な感染症」と捉えて、心配のあまり一日中あらゆる情報源に当たっているという人までおり、一人ひとりの認識はじつに多種多様であるということを実感する。
テレビでは連日“感染者数”を報じ続けており、街中ではほとんどの人たちが炎天下でもマスクをしている。政府から「インフルエンザと同等」とのメッセージがいきなり発信されても、すぐ認識を改められる人など、ほとんどいないのではなかろうか。
政府が「COVID-19は季節性インフルエンザと同等の感染症」との認識を示し、冬の到来とともに熱発者が急増、検査体制も充実して、あらゆる街の診療所でインフルエンザとCOVID-19の検査が可能となれば、診療所の待合室は、例年どおり熱発者で溢れかえることになる。そうなれば、今までCOVID-19検査を受けたくても受けられず“たらい回し”となっていた人や熱発者のアクセスは担保されることにはなるだろう。
しかし冒頭にも述べたように「医療機関でコロナにうつるのが怖いから受診したくない」という人はいる。PCR検査やCOVID-19患者さんの診療を積極的に行っている診療所へは「できれば行きたくない」という声も聞く。これらの院内感染を恐れて受診控えをしている人たちが、インフルエンザ流行期以降に、なおさら医療機関に寄りつかなくなることは火を見るよりも明らかだ。
あらゆる診療所が熱発者を受け入れることになれば、熱発者のアクセスが担保される一方で、感染を恐れる人のアクセスが制限されてしまうのだ。
■インフルエンザ流行前に万全の対策を
COVID-19の診療が重要であることは間違いない。だがCOVID-19を恐れるあまりに定期受診を控えることによって、慢性疾患を悪化させてしまう患者さんを増やしてはならない。熱発者が“たらい回し”となって断られ続けることも問題だが、熱発者が受診する医療機関にかかることを心配する患者さんの医療も守らねばならない。
これらの患者さんの健康状態と提供する医療の質を損なわないためには、いったいどうすれば良いだろうか。インフルエンザ流行前に万全の対策をとっておくことが喫緊だ。
インターネットを使った「遠隔診療」も選択肢の一つにはなり得るかもしれない。しかしそれにも限界はある。これらのツールを扱える患者さんばかりではないし、状態が安定している患者さんばかりとは限らないからだ。音声や映像だけで判断し得ない場合は、やはり来院してもらわないわけにはいかない。
■医療機関の立地や建物の構造で対応する疾患を分担する
となれば、これらの患者さんを、感染症の患者さんが多く集まる施設とは別の医療機関で対応できるように対策しておくことが必要になってくる。
全国に発熱外来を多数新設できればそれに越したことはないが、インフルエンザシーズンは、もう目の前だ。今から準備するのは、施設建設というハード面でも、スタッフ募集といったソフト面でも、とうてい間に合わないだろう。そうなると既存の診療所を機能別に分類するしかないということになる。
先述したように多くのビル診では入口から動線、待合室の分離は不可能だ。一方、一戸建て診療所(専用駐車場が有ればなお理想的)であれば、工夫次第で動線の分離は可能であろう。まずインフルエンザシーズンを迎える前に、全国の初期診療を担う診療所等の医療機関を、動線が分離可能な施設と不可能な施設とに、地域医師会と行政が協力して早急に分類しておくことが必要だ。
その上で、前者のような動線を分離できない、すなわち感染性の疾患に対応することが不可能もしくは不適切であると考えられる医療機関では、慢性疾患など、非感染性疾患に特化した診療を担ってもらうこととし、感染性の疾患は後者を中心に担当してもらうといったように、医療機関の立地や建物の構造で対応する疾患を分担するよう施策を講ずるのだ。
■医療機関で不公平が生じないように財政支援も必要だ
そして、感染症に特化した診療所には、感染防護体制を十分整備できるような支援とCOVID-19に対応することによる“患者離れ”から生じる減収を補うべく診療報酬上の手当が必要だ。非感染性疾患を扱う診療所に対しても、COVID-19のみならずカゼやインフルエンザといった感染症を診療しなくても経営困難とならないよう、どちらの診療体制をとる医療機関にも財政支援を行うべきだろう。十分かつ公平な財政支援をしなければ、おのおのを担う医療機関の数に偏りを生じてしまいかねないからだ。
このほど厚生労働省は8月26日付で「次のインフルエンザ流行に備えた体制整備」をやっと公表した。そこでは「地域の診療所等において、必ずしも帰国者・接触者外来と同様に院内感染防止のための動線の確保ができるとは限らない。そのため、各地域や各医療機関において、地域の実情を踏まえて、院内感染を防止しつつ、発熱患者の診療・検査を行う体制を検討していく必要がある」との見解が示されており、ここまで私が述べてきた懸念と同様の認識を有しているようではある。
しかし、もう残された時間は少ない。早急に、発熱患者さんの診療・検査が可能な医療機関と、不可能あるいは不適切な医療機関を地域ごとに峻別し、誰もがアクセスできる複数の媒体を通じてわかりやすく公表しておかねばならない。そして一刻も早く国民に対して、この冬の医療提供体制および医療機関の適切な受診方法について周知徹底を図っておくべきである。
■一時的な「発熱外来」の設置だけでは不十分
さらに調剤薬局についても、建物の構造上、動線分離できない施設では、非感染性疾患のみ扱うか感染性疾患のみ扱うかを明確化して、地域で両者のバランスをとりつつ分担を決めておくことが望まれる。薬局の待合室にも十分に感染リスクがあるからだ。
今までは自由開業制のもと、一戸建てやビル診など建物の構造上の違いに関係なく、標榜科も診療内容も自由に決められてきたわけだが、今後はこれまでの常識を転換して、医療提供体制を抜本的に見直していかねばならないだろう。仮にCOVID-19が“普通のカゼ”としてそれほどの脅威を及ぼすことなく、私たちの生活の中になじんでいく日が将来的に来ることがあっても、いつまた新興感染症が上陸して来るとも限らない。
その時に、感染してしまった人もそうでない人も、いかなる患者さんも行き場を失わないような医療体制を構築しておくことが重要だ。その意味では、この機に一時的な「発熱外来」の設置だけではなく、ポストコロナの恒久的体制として「感染症専門診療所」を全国に多数設置していくことを検討しても良いのではなかろうか。
■医療政策と診療体制をゼロベースから見直す必要がある
確かに「かかりつけ医」という、カゼのお孫さんから高血圧のおばあちゃんまで、家族全体を一人で診療できるホームドクターの存在は重要であるし、今後も増えていくことが望まれるが、その一方で、COVID-19という、無症状であったりカゼと区別のつかない症状から、重症化すれば死に至ることもある多彩な症状を呈する新興感染症が全国的に広まってしまった今、これまでの医療政策と診療体制を、ゼロベースで見直さなければならなくなったと言っても過言ではない。
そもそもカゼやインフルエンザの患者さんと一緒に、血圧や糖尿病、喘息の定期処方の患者さんが、“完全に分離”されることなく診察を待つという、これまでの待合室の風景こそが、異常だったのではないだろうか。
このコロナ禍を奇貨として、診療所等初期診療を担う医療機関のあり方について、行政、医療機関そしてユーザーである患者さんらが知恵と意見を出し合い、抜本的に改革していくことが望まれる。
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医師
医学博士、2級ファイナンシャル・プランニング技能士。1968年、カナダ生まれ。2004年まで外科医として大学病院等に勤務後、大学組織を離れ、総合診療、在宅医療に従事。診療のかたわら、医療者ならではの視点で、時事・政治問題などについて論考を発信している。ウェブマガジンfoomiiで「ツイートDr.きむらともの時事放言」を連載中。著書に『医者とラーメン屋「本当に満足できる病院」の新常識』(文芸社)、『病気は社会が引き起こす――インフルエンザ大流行のワケ』(角川新書)がある。
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(医師 木村 知)
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