「統計データは知っている」安倍首相が突然の辞任を決めた本当の理由
プレジデントオンライン / 2020年9月7日 16時15分
■統計データは知っている、安倍首相が突然の辞任を決めた本当の理由
8月28日、安倍晋三首相は官邸で記者会見し、持病の潰瘍性大腸炎の再発により首相の職務継続困難という理由で辞任する意向を表明した。その後、次期首相となる自民党の後継総裁選挙が自民党の3候補によって行われている。各候補はそれぞれ政策を主張しているが、結局、次期総裁=次期首相は「派閥の意向」で決まりそうだ。
ここで、7年8カ月と連続在職日数が歴代最長となった第2次安倍政権の評価を論じつくすことはできないが、私が注目するデータで政権の帰趨を振り返ってみよう。取り上げるデータは、コロナ対策、内閣支持率の推移、そして実質GDPの推移の3つである。
■国民評価で振り返る安倍政権のコロナ対策
安倍政権の最後の大仕事がコロナ対策であったことは間違いなかろう。そこで、政権の期間全体にわたるデータに先立って、まず、コロナ対策に関するデータを見てみよう。
全世界を覆っている新型コロナの感染拡大による人的被害については、図表1(左側)の人口10万人当たりの感染者数や感染死亡者数に見られるように、各国で感染状況が大きく異なっている。
日本の10万人当たりの感染者数は31人と最大の米国の1396人の2.2%、感染死亡者数は0.8人と最大のベルギーの84.7人の0.9%と格段に少なくなっている。取り上げた欧米を中心とする先進国14カ国中の順位は感染者数でも感染死亡者数でも13位と韓国を除けば最少である。
■コロナ感染者数・死亡者数は世界の中でも最低なのに「評価」も最低
図表1(右側)には、また、ピューリサーチセンターが6月から8月にかけて各国で行ったコロナ対策に対する国民の評価についての意識調査結果を掲げた。
これを見ると、否定的評価が肯定的評価を上回ったのは、英国と米国だけであり、その他の諸国では、肯定的評価が否定的評価を上回っていた。スウェーデン、イタリア以下8カ国では感染の深刻さにもかかわらず7割以上の国民が肯定的評価を下している。
いろんなドタバタがあっても国はよくやっていると考えているのである。この結果を報じたピューリサーチセンターの報告書の表題が「先進14カ国ではほとんどの場合、新型コロナに対する国家的対応を承認する結果」となっていることもうなずけるのである。
また、もう1つ気がつくのは、感染者数や感染死亡者数が多い国ほど、おおむね国民評価は低いという点である。感染者数が1位の米国と感染死亡者数が2位の英国では否定的評価が多いのに対して、欧米の中で感染者数、死亡者数が少なかったデンマークやオーストラリアでは95%前後の国民が国はよくやっていると評価している。
ところが、例外となっているのは日本である。
感染者数や感染死亡者数は最低レベルであるのにもかかわらず、肯定的評価は55%と少なく、否定的評価がフランスや感染死亡者数1位のベルギーを上回ってさえいるのである。
感染や人的な感染被害についての結果を出しているのに、国民の評価はずば抜けて低いのが印象的である。災害など不可抗力に起因する国家的危機に対しては、国民が一致団結し国への評価も高くなる傾向があるというのに、日本はそうなっていないのである。
■「だから評価が低い」安倍政権のコロナ対策
欧米のようなロックダウン(都市封鎖)などによる強制的な措置を取らずに、あくまでも自粛レベルにとどまった日本の新型コロナウイルス対策について、それにもかかわらず日本の感染者数や感染死亡者数が世界の中でも最低レベルである点を、当初、安倍政権は日本のコロナ対策の勝利と自賛していた。
しかし、欧米諸国と比較して、日本ばかりでなく中国や韓国も人口当たりでの感染状況が低く、政策の妥当性が感染状況の違いを生んでいるかどうかは怪しいと大方が見なすようになった。
さらに、ノーベル賞受賞者として国民の尊敬を集めている京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥氏が、感染状況の軽微さには何か日本特有の理由があるのではないかと、自身が開設しているコロナの情報サイトでこれを「ファクターX」と名付けるに及んで、ますます、対策の効果だと手放しで主張するわけにはいかなくなった。
一方、安倍政権のコロナ対策については以下の点で批判が根強い。
●首相判断による全国全校休校要請など実際の効果というより受けを狙ったとも見える専横措置が目につく。
●アベノマスクとのちに揶揄されることになる全戸2枚の布マスク配布計画のように実施が大きく遅れ、配布の意義が霧消した事例、あるいはGoToトラベル・キャンペーンの実施(7月22日~)を「第2波」と見られる感染拡大期が到来したのにむしろ早めて実施した事例など、時宜にかなった対策とは言いがたいチグハグな政策運営に陥る例が散見される。
■コロナ感染被害が軽いのに経済へのダメージを抑えられなかった
●コロナ対策の司令塔となるべき2閣僚(新型コロナ特措法関連は西村康稔経済財政・再生相、感染症法関連は加藤勝信厚生労働相)に、この分野に、特段、通じているわけでもない適切とはとても思えない政治家を側近だからという理由だけで登用した結果、説得力のない説明、あるいは指導力や機動性を欠く政策対応にむすびつき、国民の信頼を得られない結果となった。
●後段でふれる実質GDPの推移上での大きな経済の落ち込みに見られる通り、感染被害が軽い割に、経済へのマイナスの影響を有効に抑えられなかった。
人的な感染被害が他国と比べて軽微であり、感染対策や感染予防と経済の両立に関してもそう間違ったことをしてないと見られるにもかかわらず、こうした政策対応の不適切さが災いして、ピューリサーチセンターの調査結果に見られるように、国の対応への国民の評価が他国と比較して格別に低い結果となったのだと思われる。
おそらく、安倍首相の健康上の理由もひとつの理由となって上記のような事態を招いたのであり、それを本人も分かっているだけに、今回、辞任の決意をしたのだと推測される。
■内閣支持率の推移データで振り返る第2次安倍政権
政権が行う政策運営に対する国民の総合評価は「内閣支持率」で確認できる。そこで、次に、第2次安倍政権の内閣支持率の推移をNHKの世論調査結果から追ってみよう(図表2参照)。
内閣支持率がメディアで報じられる場合、その政権のみの推移が示されることが多いが、実は、過去の政権の推移とともに示して比較しながら判断しないと真相が明確にならないといえる。そこで、ここでは、2001年4月26日に発足した小泉政権以降の推移を追った。
一見して分かるように、第2次安倍政権(2012年12月26日~)は、「長くて安定していた」という特徴を持っている。全体的な内閣支持率の高さとしては「小泉劇場」と称された小泉内閣がほとんど常に45%以上の水準だったのには及ばないものの、「長さ」と「安定性」は小泉政権を上回っていたといえる。
「長さ」については、第2次安倍政権はすでに辞任表明に先立つ4日前の8月24日には政権発足後からの連続在任日数が2799日に達し、佐藤栄作政権を抜いて歴代最長になっていた。
また、「安定性」については、図表から見て取れる支持率の上下の振幅が小泉政権より概して小さいことからもうかがわれる。
小泉政権と第2次安倍政権の間の時期には、短期政権が連続して6回入れ替わった。第1次安倍内閣を含む自民党の3首相(安倍晋三、福田康夫、麻生太郎)と民主党への政権交代後、2009年9月16日に発足した鳩山内閣以降の民主党3首相(鳩山由紀夫、菅直人、野田佳彦)である。
これら短期6内閣に共通している特徴は、何といっても、60~70%という当初の人気の高さが、たちまちのうちに20%前後の水準にまで急落し、首相が辞任に追い込まれたという点にある。
私は、内閣支持率を判断する場合、所属政党への支持率の高さとの関係を重視すべきだと考えている。そのため、図表には、自民党支持率、民主党支持率(民主党政権期のみ)の推移を書き入れておいた。
所属政党への支持率より内閣支持率のほうが高ければ、その首相の下で選挙を戦うことが所属議員にとって有利であるし、逆であれば、別のリーダーの下で選挙を行ったほうが有利だと思うであろう。
そのため、内閣支持率が低くなった時というより、むしろ政党支持率を内閣支持率が下回った時に党内抗争が惹起される可能性が高く、すなわち政権の本当の危機が訪れるのである。
■2020年8月「安倍内閣支持率34%、自民党支持率は35.5%」の意味
実際、短期6内閣のそれぞれの最後には政権党内部における主導権争いが激化したことを思い出す人は多かろう。
そういう意味からも、小泉政権や第2次安倍政権では、自民党支持率を内閣支持率が上回り続け、首相に政権を維持し続けてもらうことが所属議員、特にいつ選挙があるが分からない衆議院議員の願いとなっていたので、政権の安定性がしっかりと維持されていたのである。
ただ、例外が1つだけある。ここが最大のポイントだ。
それは、第2次安倍政権の最後の2020年8月である。このとき安倍内閣の支持率は34%と最低の値となった。そして、自民党支持率はこの時35.5%と若干ではあるがはじめて内閣支持率を上回った。
私は8月のNHK世論調査の結果を見て、どういう形であらわれるか分からないが政治危機の発生を予感した。安倍首相の同月末の突然の辞任表明がこうした状況変化と無関係だとは思えない。
■実質GDPの推移で振り返る第2次安倍政権
第2次安倍政権の看板政策が「アベノミクス」と称される積極的な経済対策であることは確かであろう。そこで、最後に、実際のところ、経済のパフォーマンスはどれだけ改善されたのかを検証するため、株価、失業率、賃金水準、企業収益など種々の経済指標がある中で、それらを総合する単一指標としての権威をもつ実質GDPの推移で追ってみよう。
ここでも、第2次安倍政権期だけの推移では評価が難しいので、図表2と同じように2000年代はじめからの推移を追っている(図表3)。
第2次安倍政権発足時のGDPは498兆円だったが、その後、ピーク時には539兆円まで伸び、この間の経済の拡大率は8.2%だった。その後、消費税の引き上げと新型コロナのマイナス影響で大きくGDPが落ち込んだが、それまではかなり順調に経済は成長したと言ってもよいだろう。
一方、小泉政権期はどうだったかというと、政権発足時の466兆円が次の第1次安倍内閣に政権を移譲した時点の495兆円に増加し、拡大率は6.2%だった。さらにリーマンショックが襲う前までの経済成長も小泉政権の経済運営の余波と捉えるとピーク時507兆円まで8.7%の拡大率を見せている。
すなわち、アベノミクスによって経済は好調に推移したと見なされているが、小泉政権の経済拡大率をそう大きく上回っているわけではないのである。
第2次安倍政権が発足した時期は、リーマンショックによる経済の低迷、および、その後の東日本大震災・福島第一原発事故によるもう1つの後退という経済のダブルの落ち込みから十分に経済が回復していたとはみなせない。
そう考えると、政権発足時のGDPレベルはやや過小だったわけであり、その後ピーク時までの8.2%の拡大率も間引いて評価しなければならない。そうであるなら、なおさら、第2次安倍政権の経済パフォーマンスは、それほどのものではなかったという結論になる。
ただし、小泉政権と異なって、第2次安倍政権では、いずれ行わなければならなかった消費税の引き上げを行った。しかも2回行った(2014年4月に5%→8%へ、2019年10月に8%→10%へ)。引き上げを悲願としていた財務省は首相に足を向けて寝られない状況となり、これが遠因となって森友学園問題が起こったと指摘する声もある。
図表の実質GDPの推移を見ても消費税引き上げ時の落ち込みがいかに大きいかが実感される。少なくとも短期的には、消費税の引き上げは経済にマイナスの影響を与えざるを得ないので、第2次安倍政権期における実質GDPの拡大率については、やや不利な状況があったことも考慮に入れる必要もあろう。
第2次安倍政権は発足時から日銀の金融緩和を柱とした「アベノミクス」と呼ばれる経済対策によって、1万円ほどだった日経平均株価をピーク時には2万4000円を超える水準に押し上げ、失業率を4.1%(2012年11月)から2.8%(2020年6月)へと大きく改善させ、就職内定率(大卒の2月1日現在)を77.4%(2011年)から92.3%(2020年)へ改善させるなど、経済環境の改善に大きな成果を残した。
一方で、企業収益の改善は、賃金上昇にむすびつかず、雇用の中身も非正規雇用が増え、実は、下層までの含めた国民生活の豊かさの全般的な拡大には程遠い状況である。また、日銀が費用をまかなう形で経済対策を繰り返したために国全体の借金は積み上がり、年金積立金の株式市場運用なども加えて、経済財政上のリスクは大きく拡大している。
■コロナ対策に機動性を欠き、経済的な落ち込みを招いた
アベノミクスの「光」と「影」を総合すると、実質GDPの推移から見た上の評価とほぼ一致するのではなかろうか。
しかし、昨年10月の消費税引き上げ以降の実質GDPの推移は、こうしたあれやこれやの評価を無意味にするほどの激動期に突入している。消費税の10%への引き上げによって2019年10~12月期に大きく落ち込んだGDPは、2020年1~3月期にもはかばかしく回復しなかった。
そこへ新型コロナの到来である。4~5月には緊急事態宣言が発令され、経済活動は大きく抑制された。このため、2020年4~6月期の実質GDPは485兆円へと大きく落ち込み、第2次安倍政権発足時の498兆円を下回ってしまった。「今までの努力はいったい何だったのだろうか」と嘆いてもおかしくない落ち込みである。
この2020年4~6月期の実質GDPの対前期の落ち込みは年率換算で27.8%だった。欧米の同期の落ち込み(速報)は米国32.9%、ユーロ圏(19カ国)40.3%と伝えられているので、米国よりは5%ポイント程度、ユーロ圏よりは12%ポイントほど落ち込み幅は小さかった。
とはいえ、感染被害がより甚大であって都市封鎖や地域間の移動禁止まで実施した欧米諸国と比べた時、移動や営業の自粛にとどまった日本の落ち込みはもっと小さくてもよかったはずであり、被害の程度の割には、経済への影響は大きかったといえよう。
記事の最初にふれたように安倍政権が健康上の理由などでコロナ対策に機動性を欠く結果となったことがこうした経済的な大きな落ち込みを招いた一因とも考えられる。
従って、これこそが、経済運営を最重要視してきた安倍首相に辞任を決断させた最大の理由だったと推測されるのである。
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統計探偵/統計データ分析家
1951年神奈川県生まれ。東京大学農学部農業経済学科、同大学院出身。財団法人国民経済研究協会常務理事研究部長を経て、アルファ社会科学株式会社主席研究員。「社会実情データ図録」サイト主宰。シンクタンクで多くの分野の調査研究に従事。現在は、インターネット・サイトを運営しながら、地域調査等に従事。著作は、『統計データはおもしろい!』(技術評論社 2010年)、『なぜ、男子は突然、草食化したのか――統計データが解き明かす日本の変化』(日経新聞出版社 2019年)など。
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(統計探偵/統計データ分析家 本川 裕)
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