食事もまともに取れない、日本型「子どもの貧困」が見えにくい理由
プレジデントオンライン / 2020年9月11日 11時15分
■コロナで深刻な影響を受けたひとり親世帯
新型コロナウイルス感染拡大の、雇用への影響は深刻です。特に、ひとり親世帯の方々は非正規など不安定な雇用形態が多く、今回のような緊急時には突然仕事を失うこともあります。なんとか仕事を続けることができたとしても、派遣社員やパートなどの場合、働く日数が減らされることは収入減に直結します。
さらに、貯蓄がない場合は、その影響は生活にダイレクトに響きます。一度きりの特別定額給付金10万円ではとても間に合いません。この夏、子どもたちを支援する団体のシンポジウムに登壇した際にも、食費にも困る状況が目の前にあるとの現場からの報告が多数挙がっていました。家賃なども非常に大きな負担になっており、これまで以上に困っている人が確実に増えています。
■コロナ前から深刻だった「子どもの貧困」
しかし、ひとり親世帯の状況は、新型コロナウイルスの蔓延で初めて厳しくなったわけではありません。
自治体が過去に行った、小中学生の保護者を対象に行った子どもの生活実態調査では、半年の間に電気・ガス・水道などが止められたことがあるのは、大阪府で約2%(2016年)、沖縄県で3%以上(2018年)という結果が出ています。つまり、大阪では1学年に1、2人、沖縄ではクラスに1人の子どもがライフラインを止められた経験があったというわけです。
われわれを含む貧困の研究者や支援に携わる人たちは、何年も前から「公共料金や家賃に対する支援策が必要だ」と政治家や一般市民、マスコミに対して強く訴えてきました。電気、ガス、水道などが止められると、命に関わるからです。しかしこれまで、ほとんど反響はありませんでした。
■セーフティーネットの弱さが露呈した日本
リーマンショック以後、「低所得者に対する対策が必要」という認識は少しずつ広がっています。また、子どもの貧困対策としての教育に関する費用軽減などについては、ここ数年で徐々に進められてきましたが、貧困対策全体として見ると、まだまだ進んでいるとは言えません。
欧米の先進国では、「平時」からライフラインとなる公共料金を補助する制度や、家賃補助の制度が整っている国も多いのですが、日本ではいまだに、低所得者層の住宅保障や公共料金の補助などがないままです。
さらに、日本の生活保護受給者の人口に対する割合は、ほかの先進諸国に比べても非常に低く、人口の1.6%にとどまります(2019年)。ドイツでは9.7%、フランスでは5.7%に上り、アメリカでは食費扶助を受ける人の割合は15%と、日本に比べて非常に高い。これは、日本に貧しい人が少ないということでは決してなく、支給条件が非常に厳しく申請が受理されにくいことや、生活保護受給者に対するバッシングもあり受給をためらう人が多いことが影響していると思われます。
「平時」から、生活保護の支給要件を緩和し、困っている人をしっかり支える仕組み、つまりセーフティーネットを作っておけば、新型コロナウイルスの感染拡大などの「緊急時」に慌てなくとも、必要な人が救われるはずでした。「健康で文化的な最低限度の生活」を営むことは、日本国憲法において規定されている国民の権利なのですから。
■日本の子どもの7人に1人が貧困
厚生労働省による2019年国民生活基礎調査によると、日本における「子どもの貧困率」は13.5%に上ります。7人に1人が貧困状態にあるのです。母子家庭など、シングルで子育てをしている世帯では48.1%に上ります。この記事を読んでいるみなさんは、その割合の高さに驚かれるかもしれません。
「子どもの貧困」というと、食べるものもなく痩せ細った途上国の子どもたちを思い浮かべ、家や日々の食べ物にも事欠く「絶対的貧困」を指すと思っている方もいるかもしれません。しかし、ここでいう貧困は、「相対的貧困」です。中間的な所得の半分(等価可処分所得中央値の半分)に満たない家庭で暮らす子どもたちのことを言います。最新のデータでは、2018年で4人世帯では年収253万円以下の世帯が該当します。
「相対的貧困」に含まれる子どもたちは、見た目ではわからないことも多いです。しかし、飢えることはないとしても、お腹いっぱい食べることができなかったり、肉や野菜といったおかずなしで炭水化物に偏った食事、たとえば、安い乾麺に味をつけたものばかり食べていたりすることもあります。ランドセルを用意することができない家庭もありますし、新しい体操服が買えず、小さいものを我慢して着続けてみじめな思いをしている子どももいます。
時には、それらが原因でいじめられたり、不登校になったりすることもあります。合宿費が用意できず部活を辞めざるを得ない子もいます。ケガをしても、自己負担の3割が払えないので医療機関にいけない子どももいます。日本のほとんどの子どもが当たり前と思っていることができない。それが、貧困の子どもたちの現状です。
■生活が困窮する状態は自己責任か
これまで自分で努力をして受験戦争を勝ち進み、誇りを持って仕事をしている方や起業をしている方、経営者として成功している方にとって、ご自身がそのような状況に陥ることをイメージすることは難しいでしょう。中には、「今、安定した生活を手にできているのは、これまでの自分の努力の成果。収入が不安定な仕事に就いていたり、失業したりしている人は、本人の努力が足りないから」と思う方もいるかもしれません。
しかし、そもそもその競争のスタートラインに立つことができない人もいます。努力をしようにも、勉強する資源も環境もそろっていない子どもも多いのです。競争に負けたからと言って自己責任とは言えないのです。
例えば、夫が突然亡くなったらどうでしょうか。非正規で勤めていた会社から、突然契約を解除されたらどうでしょうか。私たちの人生は、新型コロナウイルスだけでなく、さまざまな要因により状況が一変することがあるのです。
■あなたの周りへの配慮から社会は変わっていく
数年前、知り合いの研究者からこんな話を聞いたことがあります。
貧困についてテレビで取材を受けた時、相手のアナウンサーから「貧困の人って、本当にそんなにいるんですか?」と聞かれたそうです。
その研究者が、「フリーランスや契約社員、派遣社員の方、おそらくここにもいらっしゃいますよね」とたずねると、カメラマンをはじめスタッフの方が次々と「私はフリーランスです」「契約社員です」と声を上げたそうです。日本の労働者の約4割は非正規です。会社の同僚に非正規の人がいないとしても、会社の中でみなさんのお仕事を支えてくださっているたくさんの方々、ビルの清掃や警備員の方、食堂の方、いろいろな職種の方を考えていただきたいのです。
非正規雇用の場合、体調や景気の悪化などの要因で、突然収入が減ったり断たれたりする可能性が正社員に比べ高くなります。つまり、相対的貧困の状態に陥る可能性が高いのです。少し想像力を巡らせると、ギリギリのボーダーラインにいる人や、すでに相対的貧困の状態にいる人が、あなたのすぐ近くにいるかもしれません。
自分の周りを見渡して、少しそうした想像力を働かせてみてください。例えば、春に実施された突然の一斉休校は、どの家庭にとっても大変でしたが、非正規雇用のひとり親家庭には死活問題でした。周りのいろいろな状況にある人たちに思いを寄せる。そうした身近なところから社会は変わっていくと思います。
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東京都立大学人文社会学部人間社会学科 社会福祉学教室教授、子ども・若者貧困研究センター センター長
マサチューセッツ工科大学卒業。タフツ大学フレッチャー法律外交大学院修士号・博士号取得。国際連合、海外経済協力基金、国立社会保障・人口問題研究所などを経て2015年より現職。専門は貧困、社会的排除、社会保障論。著書に『子どもの貧困―日本の不公平を考える』『子どもの貧困II――解決策を考える』など
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(東京都立大学人文社会学部人間社会学科 社会福祉学教室教授、子ども・若者貧困研究センター センター長 阿部 彩 構成=太田美由紀)
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