なぜ、日本はここまで「子どもの貧困」大国になってしまったのか
プレジデントオンライン / 2020年9月15日 6時15分
■「子どもの貧困」は改善されているのか?
7月に厚生労働省が発表したデータによると、2018年の子ども(17歳以下)の貧困率は13.5%と、2015年の前回調査から0.4ポイント改善しました。日本の子どもの貧困率は、2012年が過去最悪の16.3%で、その次の調査の2015年から今回発表された2018年度の調査までほぼ横ばいでした。
この数値だけを見ると、子どもの貧困は改善されているように取れますが、心配な面もあります。
前回もお話しした通り、子どもの貧困率は「相対的貧困」を表しています。これは、中間的な所得の半分に満たない家庭で暮らす子どもたちのことで、最新のデータ(2018年)だと、4人世帯では年収253万円以下の家庭が対象。つまり、親の勤労収入に影響を受けるのです。2018年、2019年は人手不足で最低賃金も上がり、比較的景気がよい時期でした。
この時期、母親の就労率も上昇し、2015年から2018年にかけて、子どもがいる世帯だけを見ると、平均所得金額はかなり上がりました。しかし、貧困率はそれほど変わっていません。つまり、好景気の恩恵が、一番下の層の世帯にまでは到達してなかったという現実があるようです。これは日本だけでなく、他の先進諸国においても言われていることです。
■日本のお粗末な貧困対策
しかし逆に、不景気は貧困層を直撃します。7月に公表された子どもの貧困率の数値は、まだ景気が悪化していなかった2018年のものです。2020年に入って、新型コロナウイルスの感染拡大により、経済状況は一変しています。今現在の子どもの貧困がどのような状態にあるか、データが公表されるのはまだ先のことになりますが、かなり厳しいものであることは容易に想像がつきます。
景気の上下だけに頼る貧困対策はあまり強いものだとはいえません。セーフティーネットとしてそれほど機能しないからです。
働き方改革の一環として、「同一労働同一賃金」が4月から施行され、正規と非正規の格差をなくすような動きや、働き方そのものを変えようという気運は高まっています。しかし結局のところ、労働市場の二重構造などが変わらないと、本当の意味での貧困対策にはならないと私は考えています。
収入が高く生活が安定している人たちにとって、子どもの貧困は全く関係のない問題なのかというと、そうではありません。
研究者の間では、貧困率の高い国はGDPの成長率が鈍化することが知られています。OECD(経済協力開発機構)も警告を出しています。日本の資源は人材しかありませんから、そこが危ぶまれると先行きは暗いでしょう。
■子どもの貧困大国、日本
OECDのデータによると、日本の子どもの貧困率は42カ国中21番目に高く、ひとり親世帯の貧困率では、韓国、ブラジルに次いで3番目となっています。世界的にみても貧困率が高く、“貧困大国”ともいえる状況です。
イギリスでは、1999年にブレア元首相が「2020年までにイギリスの子どもの貧困を撲滅する」と宣言しました。その時のイギリスの子どもの貧困率は26%、ひとり親家庭の貧困率は49%でした。日本の子どもの貧困率とほとんど変わりませんでした。
20年以上も前に、イギリスでは子どもの貧困率が高いことが大問題になっていたわけですが、当時の日本ではまったく話題にも上りませんでした。日本で貧困が問題になり始めたのはリーマンショックの後の2009年です。
昔は、みんな「日本は平等社会だ」と無邪気に信じていました。しかし、「一億総中流」と言われていたのは70年代、つまり半世紀も前のことです。今は、日本が格差社会であることは既に露呈していて、さらにはそれを容認するようになってきています。
■格差社会は、誰にとっても厳しい
格差が大きい社会は、豊かな人にもそうでない人にも、誰にとっても厳しい社会です。豊かな家庭であっても、「子どもが将来この格差社会で非正規雇用になったら大変だ」という意識が強ければ強いほど、「なんとしてもいい学歴を」と考え、教育費をつぎ込み、「私立の中学、いや小学校、幼稚園から塾に通わせなければ……」と、親子ともに追い詰められていきます。
中流以上の層が公立の学校から抜けていくことによって、公立の学校のレベルが下がり、公立の学校に対する公的投資が下がり始めると、ますます余裕のある人たちは私立を目指すようになります。自己防衛に走れば走るほど、負のスパイラルに陥り、格差社会が拡大していきます。
中流以上の家庭でも、本音では、「子どもを受験戦争に駆り立てることなく、地元の学校で伸び伸びと育て、それこそ公立高校、国公立大学に進んでほしい」と思っている方が多いのではないかと思うのですが、今は、年収が1000万円以上の人でも「教育費が大変だ」と追い詰められています。
大人たちは格差社会に対しての不安感を抱え、子どもたちはプレッシャーをかけられストレスを抱えている。これではとてもハッピーな社会とはいえません。
こうした負のスパイラルを逆回転させるためにも、普通に暮らしていれば誰にでもチャンスがある、格差の小さい社会にしたほうが、すべての人にとって暮らしやすい社会になるはずなのです。
■社会構造を変えるために
「では、どうすればそういう社会になっていくのか。今できることは何なのか」
よくこのような質問をいただきます。おそらく、そこで期待されている答えは「子ども食堂を増やしましょう」や、「寄付をしてください」などかもしれません。しかし、それだけでは社会は変わりません。
地域での活動や寄付は大切ですし、必要ではあるのですが、それだけでは足りません。根本的な構造を変える必要があります。ですから、選挙で一票を投じることが大切なのです。
また、あなたがもし雇用者の立場であれば、次に派遣社員の契約を打ち切るときには、少し考えてみてほしいのです。正規・非正規の格差を改善しようとしないままで、チャリティーに寄付して「貧困問題に取り組んでいる」と言う企業もあるのですが、ほかにもやるべきことがあるのではないかと思うのです。
みなさんの中には、「一票を投じても、自分にできることを一つしても、きっと何も変わらない」という感覚が根付いてしまっているかもしれません。しかし、私はむしろ、社会が変わる気配はこのところ高まってきていると感じています。例えば、オンラインで署名を集めることができるChange.orgなどが広まり、集まった人びとの意志が実際に政策に影響を与えるケースが増えてきました。政治家の側も、こうした世の中の動きに敏感になってきています。
「差別や偏見はよくない」「子どもの貧困は、社会の重要な課題として取り組むべき」という雰囲気が社会全体に広がることが重要です。空気や雰囲気を変えれば、社会は変わっていくはずなのです。
子どもの貧困について考え、社会を変えようと行動することは、あなたやあなたの家族が暮らしやすい社会を作ることにつながることを、忘れないでほしいと思います。
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東京都立大学人文社会学部人間社会学科 社会福祉学教室教授、子ども・若者貧困研究センター センター長
マサチューセッツ工科大学卒業。タフツ大学フレッチャー法律外交大学院修士号・博士号取得。国際連合、海外経済協力基金、国立社会保障・人口問題研究所などを経て2015年より現職。専門は貧困、社会的排除、社会保障論。著書に『子どもの貧困―日本の不公平を考える』『子どもの貧困II――解決策を考える』など
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(東京都立大学人文社会学部人間社会学科 社会福祉学教室教授、子ども・若者貧困研究センター センター長 阿部 彩 構成=太田美由紀 写真=iStock.com)
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