「死んでも4時間後に生き返る」自衛隊が現実離れした訓練を続ける根本原因
プレジデントオンライン / 2020年9月14日 11時15分
■「補給」にも残る旧軍の“伝統”
前回は陸上自衛隊が日露戦争の203高地の記憶を保ち続け、いまだに「突撃」をやめられない理由を書きました。今回は新著『自衛隊は市街戦を戦えるか』(新潮新書)でも取り上げた、旧軍以来の伝統が残るとしか思えぬところを挙げてみましょう。
例えば弾薬の取り扱い方などもそうです。実戦と訓練とが異なるのは、兵站(補給・整備・衛生)が重要になるところです。
実戦では、物資が部隊へ供給されなければ戦闘を続けることはできなくなります。特に重要なのは弾薬の供給です。水・食料、燃料、弾薬など毎日補給を続ける物資のうち、弾薬は補給物資の重量で約90%を占めます。
特科部隊(砲兵部隊)の保有する大砲(榴弾砲)は砲身砲と呼ばれています。砲身砲は誘導弾のように精密な射撃はできませんが、砲弾1発の価格が誘導弾の価格に比べてはるかに安価に抑えられています。
砲身砲により敵を撃破する場合、低い精度をカバーするために弾量(弾を撃つ量)を多くしなければなりません。必然的に特科部隊の使用する砲弾の量が補給物資としてかなりの量を占めることになるのです。
■弾薬を上手に節約できるかが重視される
第二次世界大戦において、物資を運ぶ日本軍の後方連絡線(補給線)が米軍によって次第に遮断されるようになりました。後方連絡線の安全確保ができない状態になると、戦闘に最も重要な弾薬補給も十分行うことができなくなります。そこですぐに影響が出るのは、砲身砲の弾薬です。
補給が乏しくなると射撃を行う機会と弾数も限定せざるを得なくなります。撃ち込むのを「ここぞ」という目標だけに限定したり、1回の砲撃で使用する弾数を少なくしたりしました。いかに無駄弾を撃たず、弾薬を上手に節約して使用するかが重要になっていったのです。
私は陸上自衛隊に在籍していた間、陣地攻撃の訓練を行うと、いつも違和感を覚えていました。自衛隊の教科書である「教範」には、第二次世界大戦、朝鮮戦争当時の戦い方に近い陣地攻撃の要領と手順が書いてあり、訓練はその教範に記載されている通りの要領で行われていたからです。前回触れた「突撃訓練」もその一つです。
現在では情報収集機材や装備能力が大きく向上し、変化しています。にもかかわらず、人員にしても装備にしても、国家総動員の総力戦による「消耗戦」を行っていた時代と同じような戦闘要領を続けることが適切なのかどうか、私は疑問に思っていました。
■実際の訓練は火力重視とは矛盾している
幹部初級課程(小隊長を養成する課程)にいた20代の頃、疑問に思って、そのことを教官に質問すると、こう答えが返ってきました。
「そのような轍を踏まない(人的損害を多数発生させない)ためにも、火力を重視した戦闘を行わなければならないのだよ」
なるほど、強力な火力によって敵に大打撃を与えることができれば、味方の人的損害を抑えられます。しかし、実際の訓練では、とても火力を重視しているようには思えなかったのです。教官の答えは明らかにやっている訓練と矛盾しています。
「なぜもっと火力を使用しないのか」と聞いてみても、教官はうるさそうに「攻撃準備の時間が少ないので、仕方ない」と言うだけです。
幹部初級過程が終わり、部隊に戻って陣地攻撃の訓練に参加してみると、やはり第二次世界大戦や朝鮮戦争と同じ戦い方を行っています。火力を運用する特科の幹部にも同じ質問をすると、彼はこう言いました。
「この程度の射撃で十分だ。これ以上撃っても、弾の無駄だよ。それに十分な弾薬があるわけではないからな」
■「無駄弾を撃たない」はその通りなのだが……
この話は、その特科幹部だけが特にそう思っているわけではなく、全体的に「弾薬の節約に努めなければならない」という雰囲気があるように、私には感じられました。
幹部や教官は口々に「無駄弾を撃たないために、目標の位置を正確に捉えて、効果的な射撃を行わなければならない」と言います。「無駄弾を撃たない」ようにするべきというのは、その通りだと思います。しかし、陸上自衛隊は専守防衛をモットーとしていますから、基本的に実戦は国内に限定されるはずです。
だとすれば、十分な補給支援を受けられる前提のはずです。にもかかわらず、なぜ弾の節約をするような戦い方をするのでしょうか。
旧日本軍は、先の大戦で後方補給線の安全が確保できなくなり、補給物資が減少、途絶えてしまい、結果として仕方なく弾薬を節約せざるをえませんでした。私には陸上自衛隊の訓練における弾薬の節約が、この旧日本軍からの伝統のように思えてならないのです。
■「人命より弾薬」訓練でしか通用しない思考
何よりも気になるのは、現場には、人命よりも弾薬の節用を重視するような雰囲気が漂っていることです。火力によって敵を十分に叩くことができなければ多くの敵が残存してしまいます。敵が残っている陣地へ突入した場合、敵の火力によって多くの味方が倒されることになります。
時間がないから、敵を残してしまっても構わないと簡単に考えてしまった代償は、多くの味方の血によって贖われることになります。「急がないとならないので仕方がない」では許されるものではありません。しかし、不思議なことに、そんなことが訓練ではまかり通っているのです。
「これだけ撃てば充分だろ、これ以上撃っても弾の無駄、そんなに弾がある訳ではないのだし……」。もちろん、訓練のための弾薬も国民の血税が使われていますから、自衛隊が無駄に使っていいわけではありません。しかし、戦闘における考え方はあくまで実戦を見据えたものであってほしいと思うのです。
本来は、訓練であっても、戦闘を有利に進めるために必要なだけの弾薬を準備すべきではないでしょうか。弾薬の節約のため、「最前線の歩兵の命が失われても仕方がない」という驚くべき考え方は、実損害が出ない訓練だから通用するものだと思います。いや、個々の幹部は「歩兵の命が失われても仕方がない」とは考えてないと言うかもしれません。
■自衛隊員は死んでも4時間後に生き返る
しかし、個人の考えはともあれ、行なわれている訓練の背後にある思想は、間違いなく「歩兵の命」を軽んじています。
そもそも自衛隊の訓練では、最も実戦的でなければならない訓練検閲の中でも最大規模で行われる6日間の戦闘団訓練検閲でさえも、死亡した者は4時間後戦闘に復帰、重傷者は2時間後戦闘に復帰、軽傷は応急手当てをしたらその時点で戦闘復帰するという規定になっています。
隊員は死亡してもすぐに生き返ることができるので、勇ましく(?)「それ行け!」とばかりに、撃たれる事を恐れることなく前進していきます。負傷者のことなど考慮されていないのです。「こんなことをやっていては、実戦では多くの損害が出るな」と感じながら戦闘訓練を行っていた日々でした。
■よりリアルな実践を想定した訓練をするべきだ
繰り返しますが、特科の装備する砲身砲(榴弾砲)の特性は、精密な誘導機能はないものの、安価な弾を大量に打ち込むことによって敵を撃破するところにあります。
本来有利な態勢を保持していなければならないはずの攻撃部隊にとって、最初から保有している弾薬が少ないという状態はレアなはずです。しかし、陸上自衛隊の訓練においては毎回弾が少ない状況の設定で、十分に敵を叩き切れないまま、味方は突入しなければならないのです。
もし弾薬が少ないというのであれば、弾が少ない状況に陥らないようにするにはどうすればいいのかを考えるべきでしょう。それが実戦を想定するということです。
実戦と同じようなリアルな状況で訓練を行うことによって、「できること」と「できないこと」が明確になり、そこで初めて「できないこと」を「できる」ようにするための具体的な改革・改善策を考えるようになり、訓練を進めていく方向が明らかになるのではないでしょうか。
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陸上自衛隊 元幹部
1957年東京都生まれ。防衛大学校卒。陸上自衛隊で東部方面混成団長などを歴任、陸将補で退官。現在は防災官を経て、一般企業で危機管理を行う傍ら執筆活動を続ける。著書に『自衛隊最強の部隊へ』など。
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(陸上自衛隊 元幹部 二見 龍)
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