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「北欧版ウーバー・イーツ」が東アジア初上陸の地に広島を選んだワケ

プレジデントオンライン / 2020年9月14日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Cineberg

フィンランド発のフードデリバリーサービス「ウォルト(Wolt)」が広島に初上陸した。ジャーナリストの藤澤志穂子氏は「広島は企業のテストマーケティングによく用いられるが、ウォルトが初上陸した理由はそれだけではない」という――。

■広島ではお馴染み「スカイブルー」のバックを背負った配達員

収束の見えないコロナ禍の巣ごもり需要で「ウーバー・イーツ(Uber Eats)」などのフードデリバリーが急速に広がっている。競争が激しくなる中、北欧フィンランド発祥の「ウォルト(Wolt)」が3月に日本に初上陸し、広島市からサービスを開始した。

耳慣れない人が多いだろう。それもそのはず。東アジア進出の最初が日本という。なぜ日本、そして広島だったのか。決め手の一つは広島の「自転車」事情がある。

筆者は昨年、仕事の関係で東京から広島市に移住した。まず驚いたのは、大人から子供までが自転車で街中を行き来していることだ。

市中心部は川と川の間の平坦な扇状地に栄えており、温暖な気候もあって、自転車は年間を通じて走りやすい。特に最近はコロナ禍で公共交通機関を使わず「自転車で40分走って職場に行く」という人はザラにいる。

国勢調査をもとに国土交通省がまとめたデータ(2010年)によれば、広島市の通勤・通学における自転車分担率は17%。国内主要都市の中でも比較的高い。

フードデリバリーは、単発契約のギグワーカー(配達員)による自転車での配達を主体とする。広島市では今年に入って2月にウーバー・イーツ、3月にウォルトが相次いでサービスをスタート。全国的な知名度が高いのはウーバーだが、広島で圧倒的に目立つのは筆者が見る限り、スカイブルーのバッグにロゴを刻んだウォルトである。

「新しもの好き」とされる広島の県民性も影響しているのだろう。中国・四国地方の中核都市である広島は、都会のミニ版として新商品のテストマーケティングによく活用される街でもある。

■「フィンランド人と気質が似た日本」を重視

「東のUber Eats、西のWolt」とも称されるウォルト。東アジアへの進出は日本が初めてで、3月の広島を皮切りに6月に札幌市、7月に仙台市と地方から日本市場を攻めてきた。ウーバー・イーツは2016年9月に日本に上陸し、東京から勢力を拡大。後を追うウォルトは地方からと、いわば「真逆」の戦略を取る。なぜか。

「まずフィンランド人は奥ゆかしい気質を持ち、日本人との共通点がある。食文化が豊かな日本への進出は、コロナ禍以前から慎重に検討してきた。将来的に東京を含む全国展開を目指す」とウォルト・ジャパンの新宅暁マネジャー。「日本は出前文化の国だが、店員が配達するには限界がある。海外のデリバリーで寿司の人気は高く、ギグワーカーによる配達の潜在的需要は高いと考えた」

最初に広島を選んだのは、人口がヘルシンキとほぼ同じ約120万人で「本国でのオペレーションをそのまま試せると考えた」(新宅氏)ため。さらに市民球団として親しまれる「『広島東洋カープ』の試合中継をテレビ観戦する需要が高い」と踏んだためだ。その後の展開が札幌、仙台と続いたのは、北欧に近い寒冷地で、本国における雪国の厳しいオペレーションがさらに生かせると考えたことも理由のようだ。

狙いは当たった。アプリ分析調査会社フラー(千葉県柏市)によれば、ウォルトの利用者数は3月以降、増加傾向にあり、札幌でサービスが始まった6月の利用者数は前月から倍増。「エリア拡大とともにユーザー数は伸びていくはず」(担当者)という。

■弱冠30歳の敏腕CEO

ウォルトは2014年にヘルシンキで設立、2016年からフードデリバリーを開始し、8月末現在で世界23カ国80都市以上に進出している。

創業者のミキ・クーシ氏は1989年9月生まれの弱冠30歳。大学中退後、起業家の集まるテクノロジーのイベント「Slush」の企画運営に携わり、数万人が集まる世界有数の規模に育てあげ、東京開催まで実現させた手腕を持つ。

ミキ氏は米サンフランシスコを訪れた際、ウーバーの配車サービスを利用したことで「ウォルト」の事業化を思いついたという。「特段の意味のない、音遊びのような名称」(新宅氏)で、北欧4カ国での展開を経て、欧州や中央アジアへと世界進出を加速させているのはこの2~3年で、その一環が日本進出だった。

原資は、これまでに調達した約2億8000万ドル(約300億円)の資金。NOKIAやSupercellといった錚々たるIT通信系企業の経営陣からも出資を受けており、今年3月には英フィナンシャル・タイムスが選ぶ「Europe's Fastest Growing Companies 2020」(欧州で最も早く成長中の企業)で初登場2位に選出された、将来有望なITベンチャーだ。

ウォルトが展開する都市は北欧のほか、中欧や東欧が多い。ワルシャワ(ポーランド)、プラハ(チェコ)といった人口100万~200万人ほどの都市での展開が目立つ。米サンフランシスコ発祥で先行したウーバー・イーツの隙間を縫い、ヘルシンキなどと同じ、中規模の街を狙った「ニッチ戦略」のようにもみえる。

ウーバー・イーツも設立はウォルトと同じ2014年だが、日本には2016年9月に東京に上陸した。以降、大都市圏から徐々に地方に進出。今年8月末までに九州を含む全国26都道府県への進出を果たした。世界では北米、南米、欧州、アジアなど45の国・地域、6000都市以上に進出している。

■ウーバーとの差別化を目指す…個人店の開拓、心配り

ウォルトともどもサービスは、スマートフォンのアプリで飲食店と料理を選んで注文し、配達員が店から料理を受け取り、30分以内に指定の場所に届けるという点で大差はない。違いは加盟店の性格とカスタマーサービスにある。

ウーバーが総じて大型チェーン店の加盟を急いだのに対し、ウォルトは広島で、個人店や配達実績のなかったレストランの開拓に努めた。その一つが8月1日に広島市中心部で改装オープンした広島アンデルセンだ。

全国チェーンのベーカリーの本店で、カフェレストランを併設しているが、コロナ禍で営業を自粛しており、店内にウォルトの専用カウンターを設けた。旧店舗で人気だったクラブハウスサンドイッチやビーフシチューなどに、アプリ経由でひっきりなしに注文が入る。

スカイブルーのバッグを抱えた配達員が頻繁に出入りして商品を受け取り出ていく。デンマークの人魚姫伝説をイメージする同店は、本店のみウォルトと契約しており、北欧の雰囲気を醸し出す。

きめ細かなフォローも売りの一つだ。広島にカスタマーサポートを置き「返信はチャットで1分以内を心掛け、料理の内容やサービスで反応があれば店にフィードバックします」(新宅氏)。ウーバーでは配達員が商品を捨てるなどのトラブルがあったが、問題が起きないよう細心の注意を払う。配送にはメッセージカードを添える気配りも忘れない。

■「ウーバー」と「出前館」でシェア8割以上

日本のフードデリバリー市場は急拡大中で、緊急事態宣言が発令された5月の全国売上高実績は、前年同期比3倍以上になったと、市場調査会社のエヌピーディー・ジャパン(東京)がまとめている。

同社によれば2019年1年間の市場規模は前年比2.4%増の4182億円だったが、今年に入ってコロナ禍で市場は急拡大。1~3月は前年同期比10%増、4月は同29%増と急上昇、5月に跳ね上がり、6月以降もほぼ同水準で推移しているという。

国内の市場はウーバー・イーツと出前館の2社が大半のシェアを持つとみられる。モバイルアプリ分析調査のフラー(千葉県柏市)がアンドロイドのユーザー、約15万台を対象に1~7月のアプリ利用による注文を調査したところ、ウーバーが57.4%、出前館が26.7%で、2社で8割以上を占めた。

「ただ出前館はウェブからの注文も多く、両社の利用率は拮抗している」と担当者はみている。出前館は3月、LINEから300億円の出資を受け、アプリ機能を強化しウーバーに対抗する姿勢を鮮明にしている。

国内市場では「ウーバーVS出前館」という「2強」の熾烈な競争が展開されてきた。海外では競合サービスは各国で増えており、ウーバーは先ごろ、チェコやエジプト、サウジアラビアといった地域で撤退、成長が見込める市場に注力する方針を示した。

■ウォルトが「ウーバー」に勝つための唯一の条件

広島でのウォルトとウーバー・イーツの争いは、サービス開始がほぼ同時期だったこともあり、ウォルトがやや優勢だ。ウォルトは先述の通り、札幌、仙台に進出したが、すでにウーバー・イーツが先行しているため、シェア獲得には大きな困難が予想される。

広島でのウォルトの動向を見れば、ローカル店や個人店とも提携し、差別化を図ろうと懸命だ。広島の老舗お好み焼きチェーン「みっちゃん総本店」も提携先の一つだ。

とはいえ、「みっちゃん」の一部店舗ではウーバー・イーツとも提携している。取材に対し同店の担当者は「全国的な知名度があるせいか、ウォルトより注文数が増えている」と打ち明ける。

お好み焼き
写真=iStock.com/masa.k
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/masa.k

今後は食事のデリバリーに限らず、本国と同様に日用品など配送サービスも加わるだろう。しかし、それはウーバー・イーツも同じだ。実際、ウーバー・イーツはすでに一部コンビニと提携し、日用品の配送を始めている。“本家”との差別化はなかなか難しいだろう。

ウォルトの担当者は「ウーバー・イーツに対抗する戦略はある」と断言するが、詳細は語ろうとしなかった。後発のウォルトが日本で生き残るには、今後「北欧流」のきめ細かなサービスや品ぞろえによる「ニッチ戦略」を打ち出し、人々に受け入れられるかが課題となりそうだ。

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藤澤 志穂子(ふじさわ・しほこ)
ジャーナリスト
元全国紙経済記者。早稲田大学大学院文学研究科演劇専攻中退。米コロンビア大学大学院客員研究員、放送大学非常勤講師(メディア論)、秋田テレビ(フジテレビ系)コメンテーターなどを歴任。著書に『出世と肩書』(新潮新書)

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(ジャーナリスト 藤澤 志穂子)

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