脇役のはずの「ポテサラ」を主役に据える居酒屋が増えているワケ
プレジデントオンライン / 2020年9月23日 11時15分
■「自分で作るポテサラ」が現れた
ちまたの居酒屋のポテトサラダ(以下、ポテサラ)がおもしろいことになっている。燻製ポテサラ、焼きポテサラ、さらには焼いた肉やベーコンの塊をのせたり、フォアグラ入りだったりと、最近のポテサラはじつに多彩で、百花繚乱の様相だ。極めつきは串カツチェーン「串カツ田中」の自分でつくるポテサラ。器にはふかしたジャガイモとゆで卵、マヨネーズなどが入っているだけ。添えられている小さなすりこぎを使って、お客が自分で材料をつぶし混ぜるという趣向だ。
筆者にとってのポテサラとは、刺身や焼きもの、揚げものといったほかのメニューが届くまでの“つなぎ”や“箸休め”で、脇役という認識だった。それが、ここ数年に新規オープンした居酒屋では、ポテサラに創意工夫が施されて主役級の役割を担っていることがよくある。
■いぶりがっこ入り、酒粕入り、温かい状態で提供…
以下、最近おもしろいと思ったポテサラの具体例を列挙する。ウナギとジビエに特化した居酒屋「新宿寅箱」(東京・新宿)の「献上節のポテトサラダ」、クラフトビール専門店を大衆酒場業態に落とし込んだ「居酒屋ビールボーイ」(同・吉祥寺。2020年7月19日に営業を終了)の「いぶりがっことカラスミのポテサラ」、日本酒専門の立ち飲み居酒屋「日本酒 室 MURO」(同・浜松町)の「自家製沢庵と竹葉酒粕のポテサラ」。
これらは、定番のポテサラにプラスアルファの材料を加えた“足し算”のポテサラといえる。昔ながらのポテサラはしみじみとおいしいものだが、パンチには乏しい。だから、うま味を補強したり、食感に変化をつけたりすることで、食べ手の印象に残るように仕立てているわけだ。
気の利いた日本酒のセレクトとつまみが売りの「月肴」(同・四谷三丁目)の「温かいポテサラ」や炉端焼きと日本酒が売りの「燗アガリ」(同・新宿)の「できたてあったかポテトサラダ」のように、出来合いであることが普通であるポテサラのあり様を逆手に取って、あえてツーオーダーで出来立てのポテサラを提供している店もある。これがポテサラなのか? という疑問はさておくとして、キャッチーであることは間違いない。それに、おいしい。
※ここで紹介しているメニューは変更している可能性があります
■若い世代の居酒屋で増えている
こうした進化系ポテサラが提供されるようになった背景としては、昔ながらの居酒屋に対して比較的若い世代の店主が近年開業した「NEO居酒屋」などとカテゴライズされる店が影響しているように思える。こうした店は個性が最大の売りであり、ポテサラひとつ取ってもほかと同じではつまらないと、あの手この手で特色を出そうとするからである。
これに対して、昔ながらのポテサラ、つまりは蒸したりゆでたりしたジャガイモをつぶして、ハムやタマネギ、キュウリ、ニンジンなどの具材と一緒にマヨネーズで和えたオーソドックスなポテサラを愛好する人たちも存在する。彼らにとってみると、こうした進化系ポテサラに違和感を覚えるかもしれない。しかしながら、そもそもポテサラというのはもっと自由な存在である。
■「ポテサラ」に似た料理は世界中にあったはずだ
ポテサラの起源は、諸説あるようだが、有力とされているのはロシア説。ロシアで150年前に誕生した「オリヴィエ・サラダ」と呼ばれる料理であり、これがポテサラの起源というわけだ。ただし、仮にそれが事実だとしても、この料理がどのように日本に伝わったのかがわからない。ほかにもドイツ説、フランス説もあるにはあるようだが、ロシア説と同様に決め手に欠ける。ジャガイモは世界各地で栽培されており、ポテサラに似た料理は世界中で食べられていたはずだ。「起原」を探すというのが、どだい無理な話なのかもしれない。
というわけで、もともとポテサラは国の数だけ、いや、つくり手の数だけその形があるものなのだ。それが日本の場合は、マヨネーズの普及にともなって、あの定番のポテサラが一般家庭で食べられるようになった。1900年代初頭にご存じキユーピー株式会社の創始者である中島董一郎氏が、缶詰の勉強のためにアメリカに渡った際にマヨネーズを食べて感銘を受け、日本で製造、販売にこぎつけた話は有名だ。
■「定番」といっても作り方は多種多様
1925年にマヨネーズが発売された当時は、まだまだ高級品で、その後も原料不足の影響で安定して供給することはできなかったが、戦後になって一般家庭に普及するようになった。小泉武夫氏のエッセイ『食でたどる日本の記憶』(東京堂出版)のなかにも、1950年代になってはじめてマヨネーズを使ったポテサラを食べたときの感動がつづられている。おそらく、そのころに材料が安価で栄養価が高いポテサラが、居酒屋や料理屋の定番メニューにもなったと考えられる。
定番のポテサラといっても、ジャガイモを蒸すのか茹でるかによってジャガイモの歯触りが変わり、それをどの程度の粗さでつぶすかによって食感が決まる。マヨネーズとジャガイモの比率によっては、「マヨネーズ感」が強かったり、反対にジャガイモの味わいをストレートに表現したり。味を引き締めるためにお酢を加える店も多いし、コショウやカラシ、マスタードでキレを出す人もいる。
具材にしたって、卵を入れるか入れないか、入れるなら固ゆでか、半熟か。ピクルス、アンチョビ、オリーブなどの洋素材を加える店もめずらしくなくなってきた。要するに、われわれが「定番」だと思っているポテサラも非常に奥の深い料理なのである。
■居酒屋には「外食ならではの楽しさ」が求められる
こうしたオーソドックスなポテサラのしみじみとしたおいしさは捨てがたいものがある。しかし、いまは味にしろ、演出にしろ、居酒屋には外食でしか得られない楽しさや感動が求められている。先に紹介した「串カツ田中」のポテサラなどはその典型で、ただおいしいだけではなく、そこに娯楽性があるからこそ、お客に受けているのだろう。
「出来たてのポテサラ」も同じで、家庭でかんたんに味わうことはできない。肉を売りにしたビストロでよく見かけるベーコンの塊をのせたポテサラ、ワイン酒場で提供する生クリームとバターをたっぷり使ったリッチなポテサラなども同様だ。
一般的なポテサラであれば、スーパーの総菜売り場からデパ地下、コンビニでも買えて、それなりにおいしかったりする。居酒屋のポテサラは、外食店でしか味わえない創意工夫がいま以上に求められていくだろう。最近、SNSをにぎわせたように、家庭でポテサラをつくるとなると意外と手間がかかる。ぜひ酒場めぐりをしながら、お気に入りのポテサラを探してみてほしい。
『みんな大好き ポテトサラダ』(新星出版社)
『ポテサラ酒場』(辰巳出版)
『居酒屋2018』(柴田書店)
『居酒屋NEO』(柴田書店)
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ライター
1981年東京都生まれ。料理専門の出版社に約10年間勤務。カフェとスイーツ、外食、料理の各専門誌や書籍、ムックの編集を担当。インスタグラム。
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(ライター 石田 哲大)
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