私が1年前に「ポスト安倍は菅氏で決まり」と断言できていた理由

プレジデントオンライン / 2020年9月11日 9時15分

菅義偉官房長官の隣でジェスチャーをする安倍晋三首相(左)=2020年5月4日、首相官邸 - 写真=AFP/時事通信フォト

現在、「ポスト安倍」は菅義偉官房長官が最有力と目されている。国際エコノミストの今井澂氏はこのことを1年前から予想していた。今井氏は「2019年5月、菅官房長官が訪米していることが、その予想の根拠だった」という——。

※本稿は、今井 澂『2020の危機勝つ株・負ける株』(フォレスト出版)の一部を再編集したものです。

■「ポスト安倍」はとっくの昔に決まっていた

安倍晋三首相は2019年7月の参院選に合わせ衆院を解散し、総選挙に打って出ると見られていました。憲法改正の発議に向け、自民党、日本維新の会など改憲勢力の糾合を目指すことが大きな目的です。

改憲は、いわば安倍政権の最大の課題です。安倍首相は、総裁任期が切れる2021年9月まで首相を務めることができますが、あと2年足らずですから(編集部註:昨秋時点)、時間的に余裕があるとはいえません。一気に改憲発議に持っていくには盤石な態勢が必要で、そのために解散総選挙は避けて通れない道と考えられていました。

ところが、W選挙は結局のところ見送られました。それはそれでよしとしても、安倍政権にとって参院選の選挙結果は惨憺たるものでした。

自民党は改選議席から9議席減らし、単独過半数も失いました。目指していたはずの改憲勢力伸長も果たすことができず、自民党と公明党の与党、改憲に積極的な日本維新の会計81議席で、非改選も含めた改憲勢力は、改憲発議に必要な3分の2(164議席)を割ることになりました。

この結果はある程度見えていたことで、誤算というわけではありません。

むしろ、これは安倍首相の戦略の転換といえます。どうあっても目的を達成するために、ある意味で迂回作戦とでもいうべき方法をとろうとしているように私の目には映ります。

どういうことか。

「禅譲」ではないだろうかと、私は考えています。少しさかのぼって説明しましょう。

■昨年5月、菅義偉官房長官が訪米した「意味」

きっかけは参院選の2カ月前、新緑まぶしい5月の出来事でした。菅義偉官房長官が、ペンス副大統領と会談するため訪米を行いました。

9日にはペンス副大統領と会談し、10日にはニューヨーク国連本部で拉致問題担当相としてシンポジウムに出席、日本政府の取り組みを報告しました。危機管理を担当し、ふだんは東京から離れることのない官房長官の訪米は、異例中の異例と騒がれました。

外務省でこの件の調整が行われ始めたのは、4月初旬のころと推察されます。覚えておいでだと思いますが、2019年5月というのは北朝鮮問題に対する日本の姿勢があわただしく変化した時期です。

■1年以上前に「次期首相候補」の存在感を国民に示した安倍首相

発端は、5月4日に行われた北朝鮮のミサイル発射実験でした。

6日には安倍晋三首相がトランプ米大統領と電話協議を行い、条件をつけずに日朝首脳会談実現を目指す考えを伝えました。その後、安倍首相は記者会見を行い、北朝鮮の金正恩委員長との会談について「私自身が条件をつけずに向き合わなければならない」と強調、これまで示してきた「拉致問題の解決に資する会談をしなければならない」という方針を転換しました。強硬姿勢を貫いていた安倍首相が、金正恩委員長に向かってボールを投げたのです。

その翌7日の官房長官の記者会見では、政府方針を転換させたのかという記者の確認に対して、菅長官は「(拉致問題について)政府の総力を挙げて最大限の努力を続ける」と強調しました。そこには、拉致問題の解決と金正恩委員長との会談を切り離すという政府の意志が込められていました。

そして9日を迎え、菅長官の訪米となるわけですが、北朝鮮はこの日にもふたたびミサイル発射実験を行いました。何かの符丁であるかのような、じつに不思議なミサイル発射でした。

菅長官の訪米は、もちろん安倍首相の指示で実現したのですが、こちらも複雑な狙いを持つ訪米だったと見られます。

■「令和おじさん」をアメリカにもお披露目した

というのは、菅長官はポスト安倍のナンバーワン候補です。それまでまったくのダークホースだった菅長官をポスト安倍の1人に挙げたのは、自民党の二階俊博幹事長です。これは、4月発売の月刊誌「文藝春秋」掲載のインタビューでのことでした。

菅長官は、安倍長期政権を支える手腕に定評があるのはもちろんですが、新元号「令和」発表で注目を集めたという経緯もあります。何かが動いているなという感触は、このときすでにわかる人にはわかっていました。

思い起こせば、小渕恵三官房長官(竹下内閣)は「平成」の新元号を発表し、それをしたためた色紙を国民に示しました。そのため「平成おじさん」という呼び名で国民に親しまれ、のちに首相に上り詰めました。

今井 澂『2020の危機勝つ株・負ける株』(フォレスト出版)
今井 澂『2020の危機勝つ株・負ける株』(フォレスト出版)

このたびの天皇即位では、菅長官が新元号の色紙を示し、マスコミは示し合わせたかのように「令和おじさん」と親しみを込めて呼びました。

「令和おじさん」の役どころを務めたのは、たまたま官房長官という役職に就いていたからではありますが、もちろん次期首相候補の存在感を国民に示す含みもあったことでしょう。いまの世の中はすべてが宣伝の結果ですから、天皇の退位・即位という一大イベントを利用しない政権はありません。

その菅長官がわざわざ海を渡るというのですから、アメリカもお見通しで、「次期首相最右翼のお出ましだ」とピンときたことでしょう。だから、ペンス副大統領との会談が当たり前のように実現し、ポンぺオ国務長官も予定をキャンセルしてまで菅長官との会談に駆けつけてきたのです。

■日朝首脳会談実現に向けて日本は食糧援助を申し出た

菅長官の訪米では、もうひとつ非常に重要な会談がセットされていました。もちろん、これは日本のマスコミでは1行も報道されていません。つまり、極秘会談です。

会談の相手は、北朝鮮の国連大使を務める金星(キム・ソン)氏。

北朝鮮の国連代表部は現在に至るまで、同国とアメリカが接触する場合の主要チャネルです。そのトップを務める国連大使が重要ポストであることは論を待ちません。日本が北朝鮮と交渉する場合はこれとは異なるチャネルがあるはずですが、菅長官が金星氏と会談したということは、米朝首脳会談の進展に絡んで、日朝の間でも重要な話が進んでいることを意味します。

しかも、菅・金会談を仲介したのは当のアメリカではなく、中国の習近平主席だったという外務省筋からの情報もあります。外交というのはまったく奇々怪々な代物ですが、これが意味するところは東アジア情勢が相当に煮詰まっているということです。

このとき菅長官は金星氏に対し、北朝鮮への食糧援助を申し出たといわれています。

北朝鮮と日本の国旗
写真=iStock.com/Oleksii Liskonih
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Oleksii Liskonih

北朝鮮はいま記録的な干ばつです。2019年1月から5月15日までの期間の降水量は国内平均でわずか56.3ミリしかなく、これは最近100年間で記録的に少ない数字です。

北朝鮮国内の食糧供給の状況を追跡している国連世界食糧計画(WEP)は、住民1000万人超が食糧不足を感じており、これらの住民は次の収穫まで十分な量の食糧を確保することができないと発表しました。WEP調査団の予想では、干ばつが原因で今年も不作がつづいた場合、数百万人の国民が飢餓に見舞われるとしています。

そこで菅長官は金星氏に、日本の備蓄米で食糧を支援し、それをきっかけに日朝の交渉を行うということを提案したといいます。

日本には現在、もともと北朝鮮への支援物資だったコメ12万5000トンと医療品300万ドル分が倉庫に眠っています。これは、2004年に龍川(リョンチョン)駅で列車爆破事故が起き、北朝鮮が深刻な人的・経済的被害を被った際に、日本が供与を約束したコメ(25万トン=70億円相当)と医療品(600万ドル)のうち、拉致問題が進展しなかったことで棚上げされた半分です。

■菅長官が得た金星氏という「日朝をつなぐ」太いパイプ

安倍首相は日朝首脳会談に意欲を燃やしていますから、まさに棚上げ物資を動かす好機到来です。そこで安倍首相は、この話をまとめる力は菅長官にしかないと考え、自らの名代としてアメリカに送ったのでしょう。

北朝鮮への日本の食糧支援は、本書執筆中の2019年9月時点では、まだ動いていません(編集部註:2020年9月8日時点も動いていない)が、日本にとって大きいのは、菅長官が得た金星氏という太いパイプです。

いまはまだどうということはないかもしれませんが、菅長官にとって、このパイプは後々大きな存在になるのは間違いありません。私にはこれが、安倍首相から菅長官に手渡されたバトンのように見えます。

「ポスト安倍」について、最近(編集部註:昨秋頃)マスコミは折に触れ、さまざまな政治家を次期総理大臣候補として話題にするようになりました。

しかし、私の見立てでは、現在のところ菅長官が最右翼に位置しています。なぜなら、安倍首相は菅長官に傷がついては困ると考えて、W選挙を見送ったからです。

■菅官房長官が公明党と太いパイプをこれまでもこれからも大切するワケ

菅長官は、公明党と太いパイプを持っています。護憲政党として安倍政権の改憲路線にもろ手を挙げて賛成するわけにはいかない公明党に対して理解を示してもいます。そんな菅長官に対して、公明党執行部も信頼を寄せています。

たとえば、自民党内には公明党との連立を解消すべきだと考える勢力もいます。彼らは、公明党と手を切り、代わりに改憲賛成の維新の会や国民民主党などの勢力と手を結ぼうと躍起になっています。

ところが、菅長官の考えは少々違うのです。

菅長官が衆議院議員に初当選したのは1996年のこと。ときあたかも、神道政治連盟、日本会議、あるいは創生「日本」が力を持ち始めていました。自公連立政権の誕生はその3年後でしたから、菅長官は連立実現に至った内情や関係者の血のにじむような努力を非常によく知っています。

菅長官は、連立解消はこれまでの努力を水泡に帰すような愚行だと考えているはずです。そんなことで改憲勢力の数合わせをしても、自主憲法制定の道が開かれるはずはないということでしょう。

おそらく安倍首相は、菅長官のこのような考えに理解を示し、自らの身を削って菅長官を守りました。そして、自分が首相の座を降りた後のことを託そうとしたのだと思います。だから、W選挙を見送ったのです。

■安倍氏は首相を辞めた後もキングメーカーとして君臨する狙い

逆にいえば、それは安倍首相の強い意志でもあります。首相を辞めた後も、キングメーカーとして君臨し、新しい日本をつくっていくつもりなのです。もしそうなれば、安倍首相はこれから長い間、隠然たる影響力を行使する存在になることでしょう。

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今井 澂(いまい・きよし)
国際エコノミスト
1935年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、山一證券入社。山一證券経済研究所、山一投資顧問を経て、日本債券信用銀行顧問、日債銀 投資顧問専務、白鷗大学経営学部教授などを歴任。主な著書に『シェールガス革命で復活するアメリカと日本』(岩波出版サービスセンター)、『経済大動乱下! 定年後の生活を守る方法』(中経出版)、『日本株「超」強気論』(毎日新聞社)、『恐慌化する世界で日本が一人勝ちする』『日経平均3万円 だから日本株は高騰する!』『米中の新冷戦時代 漁夫の利を得る日本株』(以上、フォレスト出版)など多数。公式ウェブサイト

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(国際エコノミスト 今井 澂)

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