ユニクロの柳井社長が自分の功績よりも「誰かの話」を熱く語る理由
プレジデントオンライン / 2020年9月14日 9時15分
※本稿は、野中郁次郎、竹内弘高『ワイズカンパニー 知識創造から知識実践への新しいモデル』(東洋経済新報社)の一部を再編集したものです。
■人に本質を伝える力こそ必要だ
リーダーが素早く本質をつかめたとしても──つまり状況や、ものや、現象の背後に何があるかを素早く理解できたとしても──人々にその本質を伝えられないのなら、宝の持ち腐れである。リーダーには誰にでもわかる普遍的な言語で本質を伝える能力が求められる。ただし状況の本質はたいてい言葉では言い表しづらい。
そこでワイズリーダー(賢慮のリーダー)はメタファー(隠喩)や、物語や、その他の比喩表現を使って、幅広い事柄について、効果的に人々との意思の疎通を図ろうとする。そうすることで、今の状況も過去の経験もそれぞれに異なる個人や集団に、素早く直観的に本質を理解させられる。
リーダーは、レトリックにも熟達しなくてはいけない。野望やビジョンという形で表現されるレトリックには、人々の心を奮い立たせる力がある。レトリックは伝統的にはもっぱら政治の領域に限定されてきたが、意図的ないし戦略的な誘導を含め、人間のコミュニケーション全般にかかわるものである。本稿においては、個々の状況で効果的に伝え、説得し、意欲を引き出す方法を意味する。知識実践には相手に行動を促すこのレトリックが欠かせない。
■どのようにレトリックを使えばいいのか?
レトリックが効果を発揮するのは、自分の言葉が相手にどう受け止められるかがわかったうえで、レトリックを使うときである。そのためには深い感情レベルで、相手の反応を感じ取れる能力が求められる。相手がどのように言葉を受け止め、どのように反応するかがわかれば、それをもとに、どのように話したらよいかを考えられる。
相手にこちらの言いたいことが伝わるようにするためには、自分の視点ばかりだけではなく、相手の視点にも立つことが重要になる。本質をつかむうえでは、ものや、現象や、経験の本質を感じ取る能力が何より肝心だとしたら、その本質を他者に伝えるということは、他者の本質的なダイナミクスをつかむことだといえる。
■ジョブズのスピーチはなぜ学生の心を打ったのか
二〇〇五年のスタンフォード大学の卒業生たちは、ものを学ぶうえで一番大切なことを、ワイズリーダーから物語を通じて教わった。
二〇〇五年六月一二日、当時アップルとピクサーのCEOだったスティーブ・ジョブズは、全身を耳にして聴き入る学生たちに、自分の人生から三つの物語を紹介した。それらはまさに偶然と、個性と、選択が詰まった物語だった。「今日は、私がこれまで生きてきた経験から三つの話をしたいと思います。それだけです。たいしたことではありません。ただの三つの話です」と、ジョブズは話し始めた。それらの話は人生とは何かについての本質を伝えるものだった。学生たちは心の声に従うことをやめてはならない、いつまでも「ハングリーであれ、愚直であれ」というメッセージを受け取った。
一つ目の物語は、リード大学を半年で退学した経験についてだった。ジョブズはいったんは大学に入ったものの、自分を養子として引き取り、育ててくれた裕福ではない親に貯金を切り崩させてまで、大学に通う意味が見出せなかった。しかし退学後も一年半ほどは、大学に居座って、興味を引かれた講義を受けた。
■「好きなものを見つけよ、探し続けよ」
その一つがカリグラフィーの講義だった。もしジョブズが大学を退学せず、カリグラフィーの講義に潜り込んでいなかったら、パソコンに現在のような美しいフォントは備わっていなかっただろう。ジョブズは学生たちに次のように語った。
「あらかじめ将来を見据えて、点と点をつなぎ合わせることはできません。できるのは、後からつなぎ合わせることだけです。ですから、今は、点と点とがいつか必ずつながると信じることしかできません。直感でも、運命でも、命でも、カルマでも、なんでもいいでしょう。とにかく信じることが大切です。私はこのやり方でこれまで後悔したことはありません。むしろ、今の私があるのはそのおかげだと思っています」
二つ目の物語は、自分が興した会社であるアップルから解雇された経験についてである。それは「ひどく苦い薬」だった。ジョブズは打ちひしがれた。先輩の起業家たちの期待を裏切ってしまったとも感じた。シリコンバレーから逃げ出そうとまで思った。しかし数カ月後、自分が打ち込んできた仕事が自分は心から好きだったことに気づいた。すると、もう一度、やり直そうという意欲が湧いてきた。
ジョブズはそれから五年の間にネクストとピクサーを相次いで設立し、やがてアップルにCEOとして華々しい凱旋を果たした。ジョブズはこの話をすることで、卒業生たちに好きなものを見つけよ、見つかるまでそれを探し続けよと励ました。
■リーダーが伝える「人生で一番大事なこと」
「人生では、つらい目にも遭うときもあります。信念を失わないでください。私が今まで頑張ってこられたのは、好きなことをしてきたからだと断言できます。心から好きなことを見つけてください。(中略)まだ見つかっていない人は、探し続けてください。妥協してはいけません。恋愛と同じです。本当に好きなことが見つかったときには、自分が探していたのはこれだとすぐにわかります」
三つ目の物語は、手術で治療できる珍しいタイプの膵臓がんだと診断されたことについてだった。死にたい人間はいないと、ジョブズは認めたうえで、死はおそらく生命の最高の発明だろうと語った。死は変化の担い手であり、古いものを取り除くことで、新しいものが生まれてこられるようにしているのだ、と。学生たちは、この物語から次のような生きる知恵を授けられた。
「今、その『新しいもの』とは、まさに皆さんのことですが、皆さんもそれほど遠くない将来、次第に『古いもの』になり、この世界から取り除かれます。(中略)時間は限られています。ですから、不本意なことをして、自分の人生を無駄にしないでください。ドグマに縛られてはいけません。それは他人の考えに従って生きることです。周りから聞こえてくるノイズのせいで、自分の内なる声がかき消されないようにしてください。人生で一番大事なのは、勇気を出して、自分の心と直感に従うことです」
■たくさんの物語を紹介する柳井正社長
物語は聞き手に、理論では説明し切れない個別の事柄を理解させるのにも役立つ。
柳井正は個別の事柄の大切さを強く意識している。だから半年に一度のFRコンベンションでも、四~五分間の開幕の挨拶でいくつもの物語を語る。山口県宇部市で生まれ、父親の衣料品店を引き継いだことから、最近ピクサーのジョン・ラセターと会ったことやロンドンのテート・モダンを訪れたこと、さらには西洋のドレスコードの歴史まで、物語を披露することで、みんなに自分の言いたいことが伝わるように話す。
二〇一七年のFRコンベンションでは、開幕の挨拶のほとんどを二つの物語を紹介するのに費やした。一つは、ピーター・ドラッカーの本に出てくる三人の石工の話。もう一つは、七大陸最高峰登頂を達成した若い日本人女性の話である。
「以前、皆さんにご紹介したピーター・ドラッカーの『プロフェッショナルの条件』の中に、西洋の有名な寓話があります。
ある建築現場で、三人の石工に『今、何をしているの?』と尋ねた。一人目の石工は『石を切っているんだ。見ればわかるだろう』と答えた。二人目は『お金を稼いでいるんだ。生活があるんでね』と答えた。三人目は『みんなで神様にお祈りするために、教会を建てているんだ』と答えた」
■「三人目」はいったいどこが違うのか
「私は皆さんに三人目の人になっていただきたい。この違いは明らかです。やっている作業は同じでも、仕事の目的や意義をハッキリと意識し、『何のために』『誰のために』という使命感を持って働くことで、大きな違いが出るのです。
企業には社会的責任があります。それは事業を通じて社会をより良い方向に変えていくことです。そして、人が働くうえで最も大切なのは、使命感を持つことです。自分はこの時代に生まれてきて、何のために生きるのか。人生の意味、自分のゴールを考えることです。
この写真の女性は、早稲田大学の学生の南谷真鈴さんです。今年五月、一九歳で世界最高峰・エベレストの登頂に成功し、世界七大陸の最高峰をすべて登頂した日本人最年少の記録を作りました。
彼女はお父様の仕事の都合で香港で育ち、小学校の頃から山が好きで、お父様と一緒に海外の高い山に登っていました。高校生のとき、「絶対に最年少でエベレストに登ってやる」と決意しました。私たちはある人からその話を聞き、服などの提供を通じて、彼女の活動を応援してきました。
■聴衆は物語を追体験し、共感する
彼女は毎日二〇キロの荷物を背負って六時間走ると聞きました。長く厳しいトレーニングを積み、一九歳で夢を実現したのです。まず自分の目標を決める。そして、行動する。そうやって彼女は夢を実現しました。
彼女のように、皆さんには大きな夢を持って、行動していただきたいと思います。すべての出発点になるのは『熱』です。あなたに『熱』があれば、周囲がそれをエンパワーしてくれるのです」
柳井が聴衆に紹介したこれらの二つの物語を通じて、四〇〇〇人の社員は社会のために大聖堂を建設するという目的を持つ三番目の石工と、決意と努力によって夢を実現した若い女性に共感することができた。他者の体験を内面的に追体験することで、われわれの共感の能力は高まる。「共感が世界を動かす時代に私たちは生きている」と柳井は言う。共感の実践を習慣にすれば、誰でも世界を変えられるというのが、柳井の持論である。
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一橋大学名誉教授
1935年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。富士電機製造(現・富士電機)を経て、カリフォルニア大学バークレー校経営学博士(Ph.D.)。南山大学教授、防衛大学校教授、一橋大学教授などを歴任。著書に『知識創造企業』(東洋経済新報社)、『組織と市場』(千倉書房)、『失敗の本質』(ダイヤモンド社)などがある。
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ハーバードビジネススクール教授
1969年国際基督教大卒。広告代理店勤務を経て77年カリフォルニア大学バークレー校でPh.D.取得。ハーバードビジネススクール(HBS)助教授、一橋大教授などを経て、2010年に一橋大名誉教授、HBS教授に就任。著書に『知識創造企業』(東洋経済新報社)、『ベスト・プラクティス革命』、『日本の競争戦略』(共にダイヤモンド社)などがある。
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(一橋大学名誉教授 野中 郁次郎、ハーバードビジネススクール教授 竹内 弘高)
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