独身の中年息子が贈った新築マンションで、70代の父母は要介護に陥った

プレジデントオンライン / 2020年9月13日 8時45分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gyro

46歳の独身男性は、実家の近くに建った新築マンションの一室を、73歳の父親と71歳の母親にプレゼントした。しかし入居して約3カ月後、母親が入浴中に転倒。母親は要介護に陥ってしまう。さらに父親もがんと認知症を発症。男性は40代後半からの7年半、ひとりで両親を介護することになる——。(前編/全2回)
この連載では、「シングル介護」の事例を紹介していく。「シングル介護」とは、未婚者や、配偶者と離婚や死別した人、また兄弟姉妹がいても介護を1人で担っているケースを指す。その当事者をめぐる状況は過酷だ。「一線を越えそうになる」という声もたびたび耳にしてきた。なぜそんな危機的状況が生まれるのか。私の取材事例を通じて、社会に警鐘を鳴らしていきたい。

■独身の中年息子がプレゼントしたマンションで母親が転倒して……

関西地方の旅行会社に勤める狛井(こまい)正浩さん(仮名、57歳独身)は、生まれ育った家で40年以上、両親と共に暮らしてきた。昔ながらの一軒家で、段差が多く湿気がこもり、夏は暑く冬は底冷えする。狛井さんは、夜中によくトイレへ行く母親が心配だった。

そんなある日、同じ町内に新築マンションの建設が決まり、ふらっとモデルルームを見に行った狛井さんは、ひと目見て気に入ってしまう。

2009年10月、狛井さんはマンションの一室を両親へプレゼントした。当時73歳の父親と71歳の母親はとても喜んだが、翌年1月2日の夜、「最初のトラブル」に見舞われる。

新居で母親が入浴中、浴槽に足を引っかけて転倒したのだ。翌朝、病院で精密検査を受けると、第二腰椎に圧迫骨折が見つかった。

「母は頭のほうはしっかりしていたのですが、運動機能が損なわれました。家事一切ができなくなり、立ち座り、歩行、トイレ、風呂など、日常的な動作にも、介助が必要になって……。平日の日中は父親が家事と介助をして、朝と夜と休日は、息子の私がトイレや入浴介助、寝返りの介助などを担当しました」

■元気だった71歳の母が骨折をきっかけに体の機能が低下し病気に

この頃はまだシルバーカーがあれば散歩ができていたため、介護認定は受けなかった。だが、父親と狛井さんだけのサポートでは回復が難しく、2年後の2014年初冬に介護認定を受けると、要支援2(※)。週に2回ほど訪問リハビリを頼んだが、それ以外の日は高齢の父親がリハビリを兼ねた散歩に付き合ったが、日に日に距離や時間が短くなり、翌年、再び介護認定を受けると、要介護2(※)に進んでいた。

悪いことは続いてしまうものなのだろうか。同年2014年2月のことだ。母親は、右足の蜂窩織炎(ほうかしきえん=皮膚や皮下脂肪に細菌が感染し、赤く腫れて痛む病気で重症化の場合は要入院)のため、約100日間入院することになる。無事完治したものの、病院で寝たきり状態がいけなかったのか、退院時には要介護3(※)に進んでいた。そのため自宅に介護用ベッドを導入し、外出は全て車いすになった。

※編註:要支援2=基本的に独力で生活できるが、日常生活動作にやや衰えが見られる状態
※編註:要介護2=歩行が不安定で、食事や排せつなどの生活動作に軽度の介助が必要である状態
※編註:要介護3=立ち上がりや歩行、食事、排せつ、入浴の際に全面的な介助が必要である状態

■父親の異変「何か、おかしい……」嫌な予感は的中する

年が改まって2015年1月。狛井さんは、79歳になった父親の手間を少しでも減らすため、「帰ってきたら自分でやるから、もう僕の夕食はテーブルに出しておかなくていいよ」と伝える。ところが、毎晩帰宅すると、テーブルには夕食が並べられていた。

その後しばらくして、仕事から帰宅した後、狛井さんが母親のトイレの介助をすると、尿パッドが重く、下着までぬれていることが続く。不審に思った狛井さんは、母親に「こんなにベトベトになってるのに、なんでお父さんに新しいパッド持って来てって言わへんの?」と尋ねた。

すると、「お父さんに何回か頼んだんやけど……」と口ごもる。

狛井さんが父親に問いただすと、父親は急に怒り出し、「ちゃんとやっとる! 俺は悪くない!」と繰り返した。

おかしい。何か、おかしい……。その後、嫌な予感は的中することになる。

同年3月末、狛井さんは、単身赴任先から帰ってきた弟とその家族を誘い、両親と食事をした。その数日後、弟から電話があった。「親父の様子が明らかにおかしい」。

「私はうすうす異変を感じつつも、まさか父が……と思い、目を逸らしていたのかもしれません。数カ月ぶりに父と会った弟は、その異変をすぐに感じていました」

その頃から父親は、テレビも見ずに自分の部屋でじっと座ったまま考えごとをするように。母親も、「お父さん、いつも『しんどいしんどい』言うて寝てばかりおる」と心配した。

「実は父は以前から糖尿病がひどく、昔なじみの医師に診てもらっていました。しかし父に確認すると、もう何カ月も行っておらず、薬も飲んでいないことが分かりました。私は愕然として、すぐに母のかかりつけの内科医に電話し、『父を行かせるので、血液検査をしてほしい』と伝えました」

■母親が不調の中、父がアルツハイマー型認知症と前立腺がんに

数日後、狛井さんが検査結果を聞きに行くと医師は、「病院を紹介しますので、すぐに行ってください。即入院になるかもしれません」と言った。

入院する高齢男性
※写真はイメージです(写真=iStock.com/101cats)

「父は、骨などに異常がある時に高値となる『ALP』という数値がケタ違いに高くなっていました。私は、母には何か異常がある度に病院に連れて行き、検査をしてもらっていましたが、父には気配りができていませんでした……」

狛井さんは、その足で紹介された病院に父親を連れて行くと、即入院となる。

さまざまな検査の結果、アルツハイマー型認知症と前立腺がんの告知を受けた。医師が、「こんな数値は初めて見る」というほど、父親の「PSA」という前立腺がんの腫瘍マーカーが高い数値で、かなり進行した前立腺がんであることが分かっただけでなく、骨転移も見られるため、もう手術ができる状況ではなかった。

「父の2つの病名の話は母にもしましたが、特に取り乱すことはありませんでした。母はもう、いろんなことを悟っていたような気がします」

■父親の死を知った母が涙をこらえている顔を見た私が泣いてしまった

余命2年と宣告された父親はがん検査や治療による入退院が続き、父親の認知症は急激に進行していった。狛井さんは「認知症の進行をとめたい」と在宅介護を決意する。

ところが、ある日、父親は自転車で徘徊し、その際に心筋梗塞を発症してしまう。診断はきわめてシビアな内容だった。

「ガンが骨に転移しており、骨髄で血液がうまく作れない状態のうえ、心臓をつなぐ血管が壊死しており、手術もできませんでした。1カ月で退院を余儀なくされましたが、自分で歩けない母と違い、徘徊してしまう可能性のある父を日中自宅に置いておくことはできません。仕方なく、心臓の血管壊死、前立腺がん、糖尿病のインシュリン投与、認知症を受け入れてもらえる老人保健施設を探し、入所させました」

しかし、12月になると状態がさらに悪化。施設からの通院ができないため、終末医療専門の診療所に入院した。

「父の様子から、『年内もつかどうか』と感じていましたが、3日目に亡くなりました。会社で父の容体急変の知らせを受け、急いで駆けつけましたが、30分もたたずに息を引き取ったので、母に会わせることができませんでした」

父親が心筋梗塞で入院してから、一度も母親に会わせていなかった。狛井さんは自宅に戻ると、「お母さん、ごめんなあ。お父さんに会わせてあげられなくて」と、父親が亡くなったことを母親に告げた。

悲しむ高齢女性が手で顔を覆う
写真=iStock.com/Inna Luzan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Inna Luzan

「母は、小さな子どもが泣きベソをかくような顔になりながらも、涙をこらえている様子で、それを見た私のほうが泣いてしまいました……」(以下、後編に続く)

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旦木 瑞穂(たんぎ・みずほ)
ライター・グラフィックデザイナー
愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する連載の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、東洋経済オンライン「子育てと介護 ダブルケアの現実」、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、日経BP 日経ARIA「今から始める『親』のこと」、朝日新聞出版『AERA.』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。

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(ライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂)

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