吉村知事と松井市長は、なぜそこまで「大阪都構想」にこだわるのか
プレジデントオンライン / 2020年9月11日 9時15分
■住民投票は「10月12日告示、11月1日投開票」に決定
大阪市を廃止し、代わりに4つの特別区を新設する「大阪都構想」の制度案が9月3日の大阪市議会で採決され、賛成多数で可決された。8月28日の大阪府議会でも可決されていることから、2015年5月以来2度目の住民投票が実施される。大阪都構想の是非を問う住民投票について大阪市選挙管理委員会は「10月12日告示、11月1日投開票」と決定した。
住民投票は18歳以上の大阪市民が対象だ。賛成多数の場合、2025年1月1日に人口270万人の大阪市が解体され、新たな自治体として人口60万~75万人の「淀川」「北」「中央」「天王寺」の4特別区が誕生する。
最大の焦点は大阪都構想で住民サービスがどこまで向上するかだが、財政状況などで不透明さが目立つ。
■2度目の住民投票を決めたのは「公明党の政治的思惑」だった
大阪都構想は、大阪府と大阪市の二重行政の問題を解消するのが本来の目的だ。東京都をモデルに交通基盤整備などの広域行政を大阪府に一元化し、福祉や子育てなど住民サービスを特別区に担わせる。
地域政党の大阪維新の会を創設した元大阪市長の橋下徹氏によって提案され、2015年に住民投票が実施された。しかし、僅差で否決され、結局、橋下氏は政界を引退した。
昨春、後を引き継いだ大阪維新の会代表の松井一郎氏と代表代行の吉村洋文氏が、知事・市長のダブル選を仕掛けてともに当選した。公明党がこの圧勝を見て大阪都構想賛成に方針を転換し、賛成多数で2度目の住民投票が決定した。
公明党の方針転換がなかったら住民投票までこぎつけなかったわけだが、なぜ公明党は方針を変えたのか。公明党は大阪府内の衆院小選挙区で全国最多の4議席を持つ。その公明党が次の衆院選挙で勢いを見せることが予想される大阪維新の会(日本維新の会)と対決して票を減らすことを避けたのだ。
つまり公明党の政治的思惑で決まったことなのである。
■自民党府議団は意見をまとめられず「自主投票」に
ともに賛成多数で大阪都構想を可決した大阪市議会と大阪府議会での採決の具体的状況を見てみよう。
9月3日の大阪市議会の採決では、大阪維新の会(40人)と方針を変えた公明党(18人)の議長を除く計57人が賛成に回った。これに対し、自民党(19人)と共産党(4人)など計25人が反対した。
各党の意見表明で維新は「二重行政を解消し、豊かな大阪になる」と主張し、自民は「住民サービスが低下する」と訴えた。
一方、8月28日の大阪府議会でも賛成71人、反対15人と賛成多数で可決された。採決に先立って維新と公明の両党は賛成の意見表明を行ったが、自民は反対意見を示せなかった。これまで維新と対決してきた自民党府議団(16人)が大阪都構想への意見をひとつにまとめられず、各議員が自主投票する形を取ったからだ。
結局、府議会でも維新の勢いに自民が負けた。ここでも事態を決定づけたのは政治的思惑だった。
■読売社説は「メリットが、いまだ判然としない」と批判
9月4日付の読売新聞の社説は「大阪都構想 住民に効果と展望を提示せよ」との見出しを掲げ、その中盤で大阪都構想を明確にこう批判している。
「問題なのは、府と市の協力体制が着実に進展する中で、大がかりな制度変更を行うメリットが、いまだ判然としないことである」
「メリットが、いまだ判然としない」。沙鴎一歩もそう思う。維新代表の松井氏らの政治姿勢から「府民や市民のため」という決意が強く感じられない。再び行われる住民投票で大阪府民と大阪市民は重い選択を迫られるだけである。
読売社説は指摘する。
「府と市の二重行政を改めようと地域政党・大阪維新の会が推進しているもので、15年の住民投票では否決された。効果が見通せず、住民サービス低下の懸念が拭えなかったことが要因と言えよう」
「新たな制度案は、府・市の協議会で3年間議論し、作成された。前回案から区割りを見直し、財政の均衡を図った。現行庁舎の活用など、移行コストも縮減し、府と区で毎年度、財政を検証する仕組みを導入する方針だ」
前回の案に比べて今回可決された案によって住民サービスは向上するのだろうか。読売社説のその答えが前述した「メリットが、いまだ判然としない」である。
■大阪都への移行には初期費用だけで241億円
読売社説は大阪都構想への疑問点を次々と示していく。
「11年以降、府と市の首長は維新が担い、研究所や港湾局、大学などの組織統合が決まった。今後も緊密に協力すれば、今のままでも効率化が可能ではないか」
組織統合は二重行政の問題を反省し、一心同体の府知事と市長が進めた政策である。大阪都構想はその政策を否定することになる。
読売社説は続ける。
「制度案では、年約8500億円に上る大阪市の財源のうち、2000億円を、府が実施する広域的な事業に移すという」
「府や市はバブル期以降、多くの事業や施設整備を手掛け、大半が失敗に終わった。明確な戦略を描かず、場当たり的に進めた結果、深刻な財政悪化を招いた。都構想で問題点を解決できるのか。具体的な青写真を示してほしい」
「移行には初期費用だけで241億円を要する。コロナ禍の中で、膨大な事務作業も強いられる」
大阪都構想は具体性に欠ける。たとえば高額な移行費用をどう捻出し、煩雑で計り知れない多くの作業をどうこなしていくのか。
最後に読売社説はこう訴える。
「感染防止のため、住民に周知する機会は限られている。15年に39回開かれた説明会は、8回しか予定されていない」
「住民が正しい判断を下せるよう、府と市は、投票日まで疑問の解消に努めねばならない」
大阪維新の会は住民のことを本気で考えているのだろうか。沙鴎一歩は大阪都構想にこだわり続けるその政治姿勢が理解できない。
■産経社説も「やる以上は市民に説明を尽くせ」と訴える
産経新聞の社説(9月4日付主張)も「紆余曲折を経た住民投票だが、やる以上は意義あるものとしてもらいたい。重要なのは市民に説明を尽くすことである。現状で十分に理解されているとはいえない」と訴える。見出しも「大阪都構想の投票 やる以上は説明を尽くせ」だ。
産経社説は続けてこうも指摘する。
「大阪も新型コロナウイルス禍の渦中にある。今は都構想どころではないと感じている市民も多いだろう。4、5月に市民から意見を募集したところ『非常事態に特別区制度を考えることはできない』といった声も寄せられた。それでも強行するのだから、実施の意義も含めた分かりやすい判断材料の提供が不可欠だ」
維新の松井氏と吉村氏は一体、何を考えているのだろうか。コロナ対応よりも大阪都構想の方が重要だと考えているとしたら、それは大きな間違いである。
■住民投票を大阪維新のための「政治ショー」にしてはならない
産経社説は書く。
「コロナ禍にあっての周知には工夫が欠かせない。オンラインによる説明会も開かれるが、機器の扱いに不慣れな人を置いてきぼりにしないよう、万全の措置を講じてほしい」
「行政の仕組みを変えることによって恩恵を受けるのは、あくまでも市民でなければならない。都構想の長所、短所もよく分からないままで投票日を迎えるようなことになれば、将来に禍根を残す」
行政システムが変わることで、一番影響を受けるのが高齢者である。高齢者はオンラインに不慣れだ。まずは彼らを支え、大阪都構想についてしっかり理解できるよう、万全を期す必要がある。
最後に産経社説は「大阪の将来を決める住民投票である。推進、反対派の動きも加速しようが、丁寧な説明によって市民の冷静な判断を仰ぐべきだ。住民投票を政治ショーの場としてはならない」と主張する。
「政治ショー」という指摘は重い。大阪維新の会は2回目の住民投票をテコにして、中央政界へのさらなる進出を企んでいると指摘されている。最近、松井氏が語った次の言葉が気になる。
「衆院選が10月にあれば、住民投票を前倒しして同じ日に実施したい」
「国民の信を問うため、できるだけ早期に衆議院の解散総選挙を行うべきだ」
住民投票で有権者を煽って、衆院総選挙で大勝利を収めたい。そうした政治的思惑が透けて見えるようだ。大阪の有権者は、この点をどう受け止めるのだろうか。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)
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