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「妻の出産後は2週間休む」フランスで"男の産休"が当たり前になったワケ

プレジデントオンライン / 2020年9月25日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/encrier

フランスには子供が生まれてから2週間、父親に仕事の休業権を与える「男の産休」がある。2002年に導入され、取得率は7割だ。なぜこのような制度ができたのか。フランス在住のライター髙崎順子さんが解説する——。

■7割が取得する「男の産休」

父親の育児参加が盛んなフランスには、「男の産休」がある。子どもが生まれたばかりの男性に2週間の休業権を与える「父親休業(Congé paternité)」という親支援制度だ。性別を問わず両親が利用できる育児休業(Congé parental)とは別の制度で、扱いは女性の産休(Congé maternité)と同格。取得期間は「子どもの誕生後4カ月以内」で、使えるのは父親だけだ。

「男に産休? 産まないのに?」

この制度の存在を伝えると、日本人には十中八九驚かれる。取得率は7割と付け足すと、驚きはさらに増す。公務員に限定すれば取得率は9割近くに及び、フランスではメジャーな制度だ。

「母親どころか父親までそんなに休ませて、経済は回るんですか?」

ざっくばらんにそう問われたこともあるが、答えはイエスである。

フランスは日本と同じく、主要国首脳会議G7に名を連ねる先進国だ。人口は日本の半分ほどだが、国民一人当たりの名目GDPはフランス4万1000米ドル(世界32位)、日本3万9000米ドル(世界33位、日仏共に2018年国連統計)と近しい。それだけの経済力を持つフランスで、2週間もの「男の産休」を父親たちに与えられるのはなぜなのだろう? 労働現場や社会は、この休業をどう受け入れているのだろうか。

■「産める・育てられる」を重視した施策

フランスで父親休業制度が施行されたのは2002年。労働法の定める3日間の「子の誕生休業」を、2週間に大幅拡大する形で作られた。狙いは主に2点で、1点目はより良い父子関係を築くこと。2点目は仕事と家庭の両立において、父親と母親の負担の偏りを是正することがうたわれた。

背景には、先進国共通の社会問題である少子高齢化があった。1970年代より女性の就労が一般化したものの、旧来の「男は仕事、女は家事育児」という性別役割分担の固定観念はかなり強固で、90年代に入ってもなかなか改善しなかった。仕事と家庭を両立する負担は女性に偏り続け、そのハードさを見越した多くの女性たちが、子を持たない選択をしたのだ。

国は多子家庭の給付金など出産奨励策を強化したが、それでも出生数は回復しない。そこでフランス政府は、女性たちが「産める・育てられる」と思える環境を整備する方向で、家族政策の充実を図った。その一環として提唱された父親育児への支援が、2002年、「男の産休」として結実したというわけだ。

■母親と同じように「仕事を休まなければならない」

「90年代末まで、男性産休が議論されるのはまれだったんです」

当時を振り返って語るのは、フランスの家族政策を管轄する公的機関・家族手当金庫のカトリーヌ・コロンべ国際局副局長だ。

「父親の家庭参画には男性産休が有効、と初めて大々的に提唱されたのは、1997年。内閣から家族政策の概観検証を託された、女性検事総長エレーヌ・ジスロの報告書でした。その後の展開は早かったですね。ジスロ報告の3年後(2000年)には欧州議会で男性産休の推奨決議がなされ、これも制度化に大きく影響しました」

雇用の権利を守りつつ、父親にも産休を認めよ。それは母親産休と同様に代替不可能で、子どもの誕生直後であるべし――欧州決議の内容は、単純明快だった。子が生まれたら父親は仕事を休業し、家庭で過ごさねばならない。望むと望まざるとにかかわらず、働く母親たちがそうしてきたように。

「国会審議の際、男性産休の効能として担当大臣がアピールしたのが、男女格差の是正と、親としての責任を父親も果たせるようになること、だったんです」

■2008~2012年の合計特殊出生率は2.0

法案は無事可決され、審議から約3カ月後には施行された。当初取得目標は4割と見込まれたが、初年度で有権利者の6割近い約33万6000人が制度を利用し、取得率は開始数年で7割近くまで急上昇した。

2018年に発表された政策有効性の検証報告書(フランス社会政策検査院)や父親産休の効果調査(国立人口学研究所)では、この休業が父親の育児参加や養育意識の改善に好影響を及ぼしたことが示され、公的に「大成功」のお墨付きがついた。施行から18年たった2020年9月現在、政府は期間を2週間から4週間とし、うち7日間の取得を義務化する改正案を発表。2021年7月から施行される予定だ。

また、父親産休を含めた1990年代後半〜2000年代前半の家族政策が功を奏してか、フランスは2008年から2012年の5年間、合計特殊出生率が2.0を超えた。少子化に歯止めをかける一定の効果が見られたのだ。2014年の同時多発テロなど社会不安の影響もあり、ここ数年は1.9前後で微減を続けているが、先進国の中ではスウェーデンやデンマークと並び「出生率の優等生」であり続けている。

■そもそも「2週間休む」ことには慣れていた

しかしこの「男の産休」も施行前は、満場一致の賛成を得たわけではなかった。特に経営者サイドは明らかに、休業中の収入補塡(ほてん)など、雇用負担が増すことを警戒した。それでもスムーズに施行され、社会に受け入れられたのはなぜか? フランスに20年在住し、この国の子育て環境を調べ発信してきた筆者は、以下の4点が大きな理由と考えている。

1.もともと休業しやすい文化がある
2.企業に金銭的負担のない制度設計をした
3.子どもを大切に考える社会通念がある
4.家庭での男女平等が多方面から求められている

まず第一の「休業しやすい文化」だが、これは社会全体で休業に罪悪感がなく、労働者の「当然の権利」と考えられていることである。フランスでは年間5週間の有給休暇が労働法で定められているが、実際の平均取得日数はなんと33日(2015年フランス労働省統計調査局)、ほぼ全消化するのが通例だ。中でも世界的に有名な「夏のバカンス」の平均期間は2週間とのデータがあるが(Ipsos/Europe Assistance社調査)、実際はその2週間を7月と8月で1回ずつ合計4週間取る人や、より長く3週間取得する人も多い。労働現場は普段からそれだけの長期休暇を全員にやりくりしているので、父親となった人が2週間休んでも、対応可能な体制なのだ。

実際、父親休業の長さを「2週間」としたのも、夏のバカンスの平均期間を考慮して、実現可能性を考えた上での制度設計だった。フランスでも数カ月にわたる育児休業の取得率は低迷し続けているが、2週間の産休はあっという間に普及した。その最大の要因は、この期間設定にあるとも分析されている。

■企業に財政負担はなし、ただし拒否もできない

制度設計の巧みさは、反対勢力であった経営者サイドの懐柔策にも現れている。「男の産休」期間の所得補塡に、企業に負担を負わせない仕組みを用いたのだ。

給付には女性の産休手当と同じ医療保険のシステムを使い、財源は家族手当金庫。難色を示していた経営者たちも、財政的な影響がないとされて反発を弱めた。取得希望者からの休業申請を開始予定日(出産予定日)1カ月前まで、と定め、人員配置の不安にも対応した。その一方、雇用主は取得申請を拒否できない。時期の相談は可能だが、最終的な決定権を持つのは取得希望者だ。

それだけ強制力があるにもかかわらず、男性産休が労働現場で「厄介ごと」として扱われることはまれだ。それには前述の「休業しやすい文化」のほか、フランス社会に通底する、子どもを大切にする考え方がある。子どもの誕生は問答無用で祝うべき慶事であり、子を持たない選択をした人や他者の出産を祝えない事情がある人も、声高に異論を唱えることはない。拙著『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)で取材したある銀行勤務の父親は、自分の経験をこう話してくれた。

「妻から陣痛開始の電話があったのは、僕が発表する大事な会議を控えた朝だったんだ。つい『区切りのいいところまで仕事をしていこう』とデスクに座り直したら、課長に怒鳴られた。『何やってんだ、子どもの出産より大事なものなんてないだろう! あとはやっておくから早く帰れ!』とね」

産休取得経験のある、もう一人の男性のコメントも象徴的だ。彼は出版社勤務で、出張も多い役職にある。

「子育ての当事者でない人たちには、今の子持ちは優遇されていいねという気持ちは当然あると、僕の職場でも感じます。でも口や態度に出すことはない。それは大人として恥ずかしいことなんです。子どもは社会に必要な存在ですから」

■「男性にも、充実した家庭生活を送る権利がある」

フランスで「男の産休」について調べ、話を聞くと、必ず行き当たる表現がある。まず「男女平等のために」、次が「男性にも、充実した家庭生活を送る権利がある」だ。

世界的に見て、育児関連の休業は、女性に偏ってきた歴史的経緯がある。「男は仕事、女は家事育児」の性別役割分担の強固な影響があり、育休制度自体が女性向けに整えられてきたこともある。フランスも同様で、その偏りの是正が父親産休導入の論拠の一つとされたことは前述した。父親だけが取得できる子育て関連制度が必要なのは、そうでもしないと、仕事と家庭の両立の負担が女性に偏り続けるから。しかしフランスでは、その偏りの是正が「男性のため」であることも、必ず同時に強調されている。

「男は仕事」の固定観念は、必然的に、男性を家庭から遠ざける。その分、配偶者ともわが子とも、関係を育む機会や時間が奪われる。そうした父親たちにとって、家庭は安らげる場所ではなくなってしまう。父親産休は、男性たちが性別役割分担によって奪われてきた家庭生活を、その手に返すものでもある、という考え方だ。

父親産休の施行から1年後の2003年、フランス連帯保健省の政策研究・統計評価局が行ったヒアリングによると、取得者からのコメントには「気が付いた」という表現が頻発したそうだ。「何に」については、父親の役割、家族の新しいバランス、生活の中での家事の重要性などが挙げられた。

2週間という短い期間は実際、育児スキルを身につけるのに十分とは言えない。しかしスキルを得るのに不可欠な「主要養育者としての自覚」を持つには、確かに役立つ。父親と母親の平等を、タスクの負担だけではなく、子どもとの関係においても改善するために。

フランスの「男の産休」は国が主導したものだが、そのメリットは多角的に認められ、社会に受け入れられているのだ。

■今の日本にこそ、「男の産休」は必要だ

この原稿を執筆している2020年初秋現在、日本でも、フランスと類似の父親産休の導入が議論されている。そのメリットは、性別役割分担意識がフランス以上に強固な日本では、より如実に表れるだろう。

日本でこの制度を取り入れる意義を、疑問視する人々もいる。日本の労働文化や家族観では普及が難しいという人もある。しかし筆者は、今の日本にこそこの制度は必要であり、十分に普及可能であると感じている。それは上に述べてきたフランスの「4つの理由」を参考に、日本の社会性や文化的背景をふまえて考えた結論だ。

2の制度面は日本でもほぼ同様で、企業側に追加の財政負担はない形に設計できる。4の男女平等を求める声も、特に20~40代の子育て世代を中心に、年々強くなっている。実際、日本の父親産休制度は、推進する有志議連や団体の顔ぶれを見ても、男性と女性がタッグを組んで進めているのが分かる。違いとして立ちはだかる壁があるとすれば、1の「休業しやすい文化」と3の「子どもを大切に考える社会通念」だろう。

■「私生活のための休業」ができる職場は、誰にとっても働きやすい

コロナ禍の影響で働き方が変化しつつあるとはいえ、仕事を私生活に優先させるべき、という同調圧力は日本ではまだ強い。社会的弱者である子どもの人権を軽視した虐待や性犯罪は、今も重大な社会問題だ。しかしだからこそ、父親産休を施行・普及することが、これらの問題を改善する糸口にもなりうるのではないだろうか?

父親産休を一般化するには、マネジメント層が「私生活のための休業」を前提に人員配置をする価値観とノウハウを確立する必要がある。それが可能な職場は、子育てをしていない人々にも働きやすい環境に違いない。大人が子どものために休業することが広まれば、子どもはそれだけ重要な存在なのだと、社会が受け入れるようになる。そしてその恩恵を受けるのは子どもたちだけではない。彼らを大切に考えられるなら、病気やけが、障害と生きる大人たちにも、より近しく心を寄せられるだろう。

私生活を犠牲にせず、弱者が受容される社会は、誰にとっても生きやすい。それを日本のやり方で実現する道は必ず、ある。諸外国の良いものを参考にしつつ、それを超えるクオリティーに作り替えて自国に普及させる応用力は、日本の御家芸だ。

社会をより暮らしやすくする、ポジティブな可能性を秘めた突破口として、是非、父親産休の制度化が成功してほしいと願う。

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髙崎 順子(たかさき・じゅんこ)
ライター
1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)などがある。

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(ライター 髙崎 順子)

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