「出産費用ゼロ」と「不妊治療を保険化」、本当に少子化対策になるのはどっち?
プレジデントオンライン / 2020年9月12日 9時15分
■「少子化対策」が争点になっている自民党総裁選の行方
安倍晋三首相の後継者を決める自民党総裁選(9月14日投開票)を控え、出馬した3氏は支持拡大に向けたアピールを活発化させている。
少子化対策として菅義偉官房長官が「不妊治療への保険適用」に言及して話題になったが、すかさず岸田文雄政調会長も「(出産費用の)負担をゼロにするべく、国として支援をする」と表明した。
2019年、日本の出生数は86万人。前年比マイナス6%という急速な少子化局面を迎えており、2020年はコロナ禍もあって、これがさらに進行するのは必至と見られる。
少子化対策の重要性そのものは3氏とも意見が一致しているが、具体的な方法としては「不妊治療保険適用化」と「出産費用ゼロ」、どちらが効くのだろうか。
■出産費用はすでに「タダ同然」
妊婦はほとんどが病院で出産する。しかし、「正常分娩は病気ではない」という理由で健康保険の対象ではない。ただし、日本には国民皆保険制度があり、健康保険に加入した女性が出産すると、出産育児一時金として42万円(双子は2倍)が支給される制度がある(これは所得ではないため、課税対象外)。
また正常分娩は自由診療なので「分娩料金」は病院がその料金を自由に設定できる。全国平均では50万6000円であり、都道府県別では島根県が平均39万6000円と最安値、東京都は62万2000円と最高値である。
東京都内は地価や人件費の高騰もさることながら、「御三家(愛育病院、山王病院、聖路加国際病院)」などの高額ブランド産院が平均価格を引き上げている。例えば、聖路加国際病院は出産費用の目安としてウェブサイトに「105万円~115万円程度。無痛分娩は別途15万円」と記している。
とはいえ、東京都内にも庶民的な分娩施設は存在する。都立病院で相部屋利用の場合ならば、「40万~50万円」レベルの出費で収まる。さらに「産前産後の社会保険料免除」「出産手当金」「確定申告時の控除」などを併せて考えれば、地方や都内の庶民的施設ならば、現在でも分娩費用そのものはタダ同然といってもいい状況である。
■岸田ファミリーの女性が選んだ産院は「分娩費用100万円超」か
候補者のひとり、岸田氏は「広島県出身」とされるが、実際は「祖父の代から国会議員、本人は本籍のみ選挙区に置いて、東京生まれ東京育ち」という典型的な自民党世襲議員である。
今回の「出産費用ゼロ」に関しては、菅氏の「不妊治療保険適用化」発言が話題になっているのを知って、あわてて追加したという印象が否めない。周囲の女性に「少子化対策でアピールしそうな提案ない?」と質問して、「出産費用が高いよねぇ」と答えたのを、そのまま取り入れてしまったのではないか。
しかし、岸田氏の周囲にいる女性たちは「分娩費用100万円超」のセレブ産院をイメージしていたかもしれない。そうなれば、一般的日本人女性の経験とは乖離してしまう。岸田氏の選挙区である広島県の平均分娩費用は48万7000円であり、各種の手当金を併せれば「出産費用ゼロ」は事実上達成されていると言えよう。
参考)公益社団法人国民健康保険中央会「正常分娩分の平均的な出産費用について」(平成28年度)
昨今、有名人の高度不妊治療による出産ニュースを耳にする機会が増えている。例えば、
「石田純一・東尾理子夫妻が体外受精で3子」
「夫が無精子症で顕微授精により出産したキンタローさん」
「海外での提供卵子によって50歳で出産した野田聖子代議士」
「ロシアで代理母出産の有村昆・丸岡いずみ夫妻」
わが国の体外受精件数(顕微授精を含む)は増加の一途をたどっており、2019年に日本産婦人科学会が公表したデータによると、2017年に日本で生まれた赤ちゃんのうち約5万7000人が体外受精によるもので、ここの年に生まれた子どもの「16人に1人」に相当している。
■疲弊する現役世代、のしかかる高額費用、遅すぎる行政対応
平成時代の約30年間、日本人30~40代の平均年収は300万~400万円台のままで、他の先進国や新興国のように伸びなかった。しかしながら、社会保険料の増加・消費増税など現役世代の負担は増え続ける一方だった。
1本数十万円の抗がん剤(主に高齢者向け)はあっさり健康保険の適応になることが多い一方で、1回分のコストが20万~60万円の体外受精は「不妊は病気ではない」という理由によって、今なお健康保険の適応にはなっていない。少子高齢化が問題視されて久しいにもかかわらず、「不妊治療費を捻出しきれず挫折」「きょうだいが欲しかったけど1人が限界」というカップルは珍しくない。
2020年6月、政府は「全世代型社会保障改革の中間報告案に、不妊治療への保険適用の拡大を盛り込む」と発表したが、「人口の多い団塊ジュニア女性が45歳を過ぎた今頃になって、遅すぎではないか」と感じた。ただ、もちろん今後のことを考えれば「遅くてもないよりまし」である。
■女性有権者の判定「出産費用ゼロ」×「不妊治療保険適応化」△
少子化対策として考えた時、「出産費用ゼロ」は現状認識としてズレている。一方、「不妊治療の保険適応」は遅すぎる感はあるが、「自己負担が安いなら頑張ってみようかな」というカップルは存在するので、一定の効果は期待できるだろう。
というわけで、少子化対策としては菅氏に軍配があがるのではないか。もし、市民に投票権があるなら、菅氏に清き一票を投じる人が多いはずだ。
■「現役世代に負担を押し付けない」が、最良の少子化対策
日本の少子化の最大の原因はなにか、と改めて考えた時、筆者がその筆頭として挙げたいのは、「世代間格差による現役世代の疲弊」である。
病院では自己負担1割の高齢者が待合室を「サロン化」し、もらった薬は押し入れに放置し、差額は自己負担3割の現役世代に社会保険料として重くのしかかる。
一方、現役世代は、増え続ける高齢者の年金と医療を支え、自分の老後は「年金じゃ足りないので2000万円は貯金しておけ」と言われ、さらに「子ども産んで育てろ」と言われる始末だ。「そんなの無理です」と、不本意ながらあきらめてしまう世帯が増えるのも無理なかろう。
今回のコロナ対策でばらまいた税金のツケは、膨大な借金となった。もし高度不妊治療が保険適用になっても、今後、それ以上のペースで増税や社会保険料が増加し、出産可能な現役世代が貧しくなれば、結局のところ少子化は改善しない。自分たちが食っていけるかどうかも不安な状態で、
自民党総裁選の3氏に言いたい。まわり道のように見えるかもしれないが、全世代に公平な社会福祉のあり方こそが根本的な少子化対策だ。医療の現場で日々働く者として、また子供を育てるひとりの女性としてそう思う。
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フリーランス麻酔科医、医学博士
地方の非医師家庭に生まれ、国立大学を卒業。米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、12年から「ドクターX~外科医・大門未知子~」など医療ドラマの制作協力や執筆活動も行う。近著に「フリーランス女医が教える「名医」と「迷医」の見分け方」(宝島社)、「フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方」(光文社新書)
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(フリーランス麻酔科医、医学博士 筒井 冨美)
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