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サイゼリヤでバイトを始めたら、45歳の凄腕シェフは「皿洗い」に変わった

プレジデントオンライン / 2020年9月18日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Wavebreakmedia

東京・目黒のミシュラン一つ星イタリアン「ラッセ」のオーナーシェフ・村山太一氏は、2017年からサイゼリヤ五反田西口店でアルバイトをしている。その最大の収穫は、チームマネジメント術だった。村山氏は「以前の自分は店の“王様”だったが、それが生産性の向上を妨げていると気づいた」という――。

※本稿は、村山太一『なぜ星付きシェフの僕がサイゼリヤでバイトするのか? 偏差値37のバカが見つけた必勝法』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。

■サイゼリヤ流チームの高級レストラン

僕が理想としているのは、文化祭みたいなチームです。

どんなに大変なことがあっても、楽しい。いろいろな工夫をすることが、楽しい。みんなで働くことが、楽しい。

上下関係もなく、差別をつくらない。みんながチーム全体のことを考えているから、お互いにフォローし合えて、いつも全体最適になっている。

そして、生産性が高い! なんでも言い合えるし、仕事ができない人すらも認めている。

今、それが実現できています。僕のレストランのチームは、基本的にはいわゆる高級レストランとは真逆です。

というよりも、サイゼリヤでのバイトを機に、高級レストラン特有の慣習は徹底的に見直したんです。かつては僕が王様でしたが、今は真逆でフラットな組織体制にしています。

僕がオーナーシェフで経営者ではあるのですが、気持ちとしては皿洗いです。

王様をやめたら人時生産性が約3.7倍になったんです。僕がたどり着いたのは、次のようなチームでした。

■なんでも「少々お待ちください」で確認するのは非効率

(1)上下関係がない

まず、大幅な権限移譲をしました。

村山太一『なぜ星付きシェフの僕がサイゼリヤでバイトするのか? 偏差値37のバカが見つけた必勝法』(飛鳥新社)
村山太一『なぜ星付きシェフの僕がサイゼリヤでバイトするのか? 偏差値37のバカが見つけた必勝法』(飛鳥新社)

一般的な高級レストランでは、キッチンではシェフが、ホールでは支配人が全ての権限を握っていて、ほかのスタッフは駒のように動く。絶対的な上下関係が常識でした。

ホールでの接客は、基本的に全て支配人が行います。ほかのスタッフがお客様から声をかけられても、「少々お待ちいただけますか」とお客様に伝えて、待っていただかなければならないこともあるんです。

でも、僕のレストランではそれをやめました。未経験で入ったばかりの子でも、きちんと仕事を教えたうえでですが、接客してよいことにしました。

キッチンでも、シェフが全てのメニューを決めて、全ての料理の味見をするのが普通です。スタッフの腕前がどんなに良くても、基本的に上下関係は超えられないんです。

僕のレストランでは、僕の許可なくメニューを決めたり、味見なしで出してもよいことにしました。もちろん、それだけの腕前があるという判断があってのことです。

うちの店では、誰が偉いっていうのはないんです。みんなが偉いんです。

■忙しければ別の場所の仕事もフォローする

(2)セクション間の垣根がない

一般的な高級レストランでは、ホールの仕事とキッチンの仕事ははっきり分かれています。どちらかが忙しくても、お互いに手伝うことはあまりないんです。

でも僕のレストランでは、キッチンのスタッフがテーブルまで料理を届けに行ったり、ホールのスタッフが皿洗いをするなど、忙しいときのフォローを徹底しています。

(3)常に全体最適

僕のレストランでは、自分が楽をするとか得をすることではなくて、常にチームにとって何がベストかをスタッフ全員が考えてくれています。スタッフ間では常に、ホールとキッチンの接点のところで、めちゃくちゃ密にコミュニケーションをとっています。

今お客様がどんな状況なのか、どうしたら喜んでいただけそうか、料理がいつできるのか、何か問題が起こっていないか、起こっていればどう対処するのか、などなど。ひたすら声を掛け合って、頭の中を同期(最新情報の更新・共有)しているような感じです。

■シェフも手が空けばトイレ掃除をする店

同期できると、こんなこともできます。19時半のお客様が2組いたら、お客様にご不便をおかけしない範囲で、料理を出すタイミングをそろえるんです。これができると、キッチンとしてはかなり助かります。

こんなこともできます。4名のテーブルのお客様に、4皿出さないといけない。一人のホールスタッフが2往復して料理を提供することもできますが、キッチンの人間が一人手伝えれば1往復で済むので、ホールに人がいない状態を避けることができる。

自分の仕事だけ終わらせればいいという考え方の人は、うちの店にはいません。

だからシェフの僕でも、手が空けばトイレ掃除をしたり、外出のついでがあれば買い物に行かされたりしています。「シェフお願いします!」と言われたら、喜んでこき使われる大バカなんです(笑)。

(4)手取り足取り教える

いわゆる徒弟制度のレストランは、背中を見て学べみたいな風潮がまだあります。そもそも教えなかったり、教え方が下手だったりするのに、失敗すれば叱って無意味なプレッシャーをかける。一人前になるまで10年くらいかかることもざらでした。

でも僕のレストランでは、サイゼリヤにならって、手取り足取り教えています。そうしたら、たった半年で一人前に育ってくれました。

こういうフラットでコミュニケーションが密なチームが、楽しいと思えたら成功です。きっとチームの力は爆上がりすると思います。

■スタッフを苦しめた「完コピハラスメント」

このスタイルにたどり着くまでに、僕は相当苦労しました。

修行していた料亭やイタリアの三ツ星レストランなど一流の店のやり方を疑うことなく踏襲したので、キッチンはまさに村山王国。

うちのキッチンは狭くて、コンロの背後にはディッシュウォーマーがあります。料理の進み具合を見ながら、洗ったお皿を取り出して盛りつけなくちゃいけないんですが、コンロで料理をつくっている僕をよけてお皿を出さなければいけません。

そこで僕とぶつかると、「ジャマだよ!」と一喝し、焦ったスタッフがモタモタしていると、「おせーよ!」と、とどめの一言で刺す。そんな感じでした。

僕は僕の完コピ以外を許さずに、塩の置き場所を1センチずらしただけでも怒りました。かつて僕が一流レストランで自分がやったように、ルーティンを先回りして全部準備を整えとけと命じて、スタッフには自由度も裁量権も1ミリも持たせませんでした。

僕が伝説の三ツ星シェフ、ナディア・サンティーニと一体化して、表情から感情を読み取り、次に何をつくろうとしているのかを推測して行動していたのと同じことが、スタッフもできるだろうと思い込んでいたのです。

■すべては三ツ星を獲るためだった

キッチンのピリピリ感はホールのスタッフにも伝わりました。ホールのスタッフも僕の顔色を窺い、お客様のグラスにワインや水がなくなっていても、自分で注ぎ足そうとせずに僕の指示を待つようになったのです。

仕方ないから、「あそこのお客様、キョロキョロしてワインを飲みたがってるじゃん、オーダー聞きに行きなよ」と指示を出す。そうやって口を出すと、ますます僕の指示を待つようになる。その悪循環で、スタッフの数は多くても、みんな直立不動で立っているだけ、という状況になりました。

当然、お客様の満足度は下がり、いろんなところでクレームがありました。それでスタッフを怒ると、さらにみんな委縮するという、超速で悪循環を繰り返しました。

僕は三ツ星を獲るためにはそこまでしなきゃいけないんだと、信じきっていたんです。昔からいた料理長の渡邊が見るに見かねて、「そんなやり方じゃ皆辞めちゃいますよ」と言ってくれていたけど、僕は聞く耳を持ちませんでした。

僕は一流の人を完コピしてきたので、スタッフもきっと僕のことをコピーしてくれるに違いないと思っていました。でも、そうじゃなかった。

僕がそれに気づいたのはレストランをオープンしてずいぶん経ってからです。

■「オレのやり方、間違ってたんじゃね?」

こうやって改めて文章にしてみると、僕は「完コピハラスメント」をしていた迷惑経営者だったな、とつくづく思います。

スタッフはあっという間に辞めていき、ホールもキッチンもどんどん人が入れ替わりました。新しい人を雇うたびにゼロから教え直しても、すぐにまた去っていく。朝お店に来たら、ドアに辞表が挟まっていて、ドアノブに店のカギと保険証が入った袋がかけてあったこともありました。

そんなことが続いて、お店の売上もだんだん下がっていったので、僕はある日立ち止まりました。

「もしかして、オレのやり方、間違ってたんじゃね?」と、目が覚めたのです。

これは仕事人間が陥りやすいワナかもしれません。

「自分ができたんだから、お前もできるだろ?」と当然のこととして求めてしまう。それが相手のためと思っていても、知らず知らず、相手をつぶしているかもしれないのです。

後輩を一人でも持ったら、皆さんもそのときから教える立場に回ります。そこでつまずくことも多いかもしれません。

僕の失敗をマネしないように、皆さんは失敗をショートカットして、いいチームをつくってください。それは自分にとっての大きな成長につながります。

■方向性も役割分担もない高級レストラン

そもそも、どうしてこんなに末期的な症状になってしまったのでしょうか。

一番の原因は、僕が方向性を示さず、役割分担と裁量の範囲を決めなかったからです。恥ずかしながら、人を集めればレストランは回ると思っていました。

方針がなければ、当然ながらみんな迷いますし、僕からの指示を待つしかなくなります。それぞれのやり方でやるしかないので、ムダや対立が生じます。役割分担がなければ、仕事の押し付け合いや奪い合いが起こります。

逆に言えば、それがあれば目指す方向に向かってその役割を果たしてくれるんです。今のやり方ではダメだと気付いた僕は、サイゼリヤでバイトを始めました。

■迷いなく楽しく働けるサイゼリヤ

そこで職場の雰囲気がよいことに衝撃を受けたと、すでにお話ししました。バイトの仲間とは歓送迎会で一緒に飲みに行くぐらい仲良くなり、「何これ。すげー楽しい!」と僕はすっかりなじんでいました。

みんな、普段は和気あいあいとよい雰囲気でも、仕事では手を抜きません。高校生だって、自分の頭で考えて行動している。そういうフラットなチームのほうがはるかに生産性が高いんだと気づきました。

当然ですが、スタッフの目指すべき方向性も、与えられた役割も明確です。さらにサイゼリヤの考え抜かれた仕組みと高い生産性があるので、スタッフが流れるように迷いなく働くことができる。

そうすると、余計なストレスがかからないんです。この条件を満たして初めて、サイゼリヤは「人のために、正しく、仲良く」という経営理念を体現することができるんです。

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村山 太一(むらやま・たいち)
「レストラン ラッセ」オーナーシェフ
イタリアの三ツ星レストラン「ダル・ペスカトーレ」で修行を積み、東京都目黒区に「レストラン・ラッセ」をオープン、9年連続で一ツ星を獲得。しかしレストラン経営に限界を感じ、2017年よりサイゼリヤ五反田西口店にてアルバイトを開始。その様子を伝えるnote『目黒の星付きイタリアンのオーナーシェフは、サイゼリヤでバイトしながら2億年先の地球を思う。』が26万PVを記録し話題になる。

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(「レストラン ラッセ」オーナーシェフ 村山 太一)

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