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スマホ全盛のいま、なぜ「インスタントカメラ」が年1000万台も売れているのか

プレジデントオンライン / 2020年9月17日 9時15分

富士フイルムは販売動向nの変化を注意深く分析し、マーケティングを変え、世界に販路を広げていった(写真はチェキ instax mini LiPlay) - 写真提供=富士フイルム

富士フイルムのインスタントカメラ「チェキ」は、2018年度に世界で年1000万台の販売を達成した。チェキはおよそ15年前にブームとなり、そのときの販売台数は最高で年100万台だった。その後、低迷期を経て、初期ヒット時の10倍という成長を遂げた。その背景になにがあったのか。なぜ、このような躍進が可能となったのか。神戸大学大学院の栗木契教授が解説する——。

■女子高生の心をとらえた初期のヒット

コロナ禍のもとにある今、振り返っておきたいマーケティング・ストーリーがある。富士フイルムのインスタントカメラ「チェキ」のヒット、凋落、巨大再生の物語である。

チェキは1990年代の後半に発売され、年100万台というヒット商品となった。だが転機の訪れも早かった。販売台数は4年ほどでピークに達し、その後一気に縮小する。注目はその先の展開だ。

あきらめずにチェキの販売を続けていた富士フイルムは、現在、チェキを本格的なグローバル・ブランドに育てあげており、初期のヒットの10倍という大きな販売を実現している。なぜチェキは復活できたのか。その軌跡にはマーケティングの学びがたくさん詰まっている。

インスタントカメラとは、撮影後にその場ですぐにプリントできる写真フィルムを使ったカメラであり、ポラロイド社の製品が長らく世界的な王者の地位にあった。富士フイルムは1990年代に、独自の技術による新しい小型インスタントカメラinstaxの開発に成功する。このinstaxの愛称が「チェキ」である。

富士フイルムは1998年にチェキを発売した。これがヒットする。当時は、写真シール印刷機「プリクラ」のブームが続いており、小型軽量で、気軽に持ち歩いて使うことに適したインスタントカメラのチェキは、写真好きの女子高生たちの心をとらえた。チェキは人気を呼び、2002年には販売台数が100万台を超える。海外での販売もはじまった。

しかしこのブームは、長くは続かなかった。チェキの発売と同時期からはじまっていたデジタルカメラの普及に加えて、少し遅れて携帯電話へのカメラ機能の搭載が進む。インスタントカメラがなくても、撮影したその場で写真を見たり、データを交換したりすることが可能になるなかで、チェキへの需要は下火となる。2005年ごろにはチェキの販売台数は、ピークの実に10分の1ほどにまで落ち込んでしまう。

既往ピークの10倍を売り上げる「チェキ」

■デジタル・ネイティブ世代が見いだしたチェキの新たな価値

ブームは去り、販売数も低迷が続いていた。しかしチェキには独自の高度な技術が使われていた。富士フイルムとしては残したい技術だった。

幸いなことに、チェキには安定した需要があった。世界の観光名所のストリート・フォトグラファーや結婚式などのイベント用途だ。撮影した写真をその場で販売する。そのために使われるフィルムには安定した需要があった。

やがて変化の兆しが訪れる。2007年に韓国のテレビドラマの一場面でチェキが使用されたのだ。その後、チェキの販売がアジアの各国で前年を上回りはじめる。ドラマでの使用による注目度の高まりだけなら、ブームは一時の現象に終わりがちである。このためドラマ放映後、富士フイルム本社のチェキの担当部門がすぐに動くことはなかった。しかし、想定を上回る需要の高まりが、東アジアを中心に持続した。

2010年代に入り、富士フイルムはマーケティングの新たな取り組みをはじめる。まずは各国の支社に呼びかけ、市場で何が起きているかを探ることにした。各国・地域の営業拠点に指示が飛び、取引先の小売企業への聞き取りなど、グローバルな市場調査のプロジェクトが動き出した。

そしてこの調査結果から、チェキに新しい価値が見いだされていることに富士フイルムは気づく。チェキの新しいユーザーの中心は、各国共通で10~20代のデジタル・ネイティブ世代(インターネットが利用可能な環境のなかで幼少から育った世代)の女性たちだった。

かつてのフィルム時代では、写真とは、記録し、思い出を残すためのツールだった。しかし、デジタル時代のチェキは、新しいスタイルのコミュニケーション・ツールとして活用されるようになりはじめていた。

デジタルカメラやスマートフォンを使えば、液晶画面で写真はすぐに確認できるし、データ共有も難なくできる。記録し、思い出を残すためのツールとしては、インスタントカメラは使命を終えていた。

しかしチェキで撮影すれば、データではなく紙の写真をその場で手にできる。これはパーティやイベントなどで、友人たちとの心地よい時間を切り取るのに活用したくなる特性である。さらにフィルム写真独特の風合いがあることに加えて、インスタントカメラだと気楽にパシャパシャ取り直すことは難しく、現像されるまで仕上がりはわからず、そして焼き増しはできない。ここから、「たった一枚だけの写真」という特別感が生まれる。

デジタル化のなかで簡単にいくらでも複製ができるようになったことで写真が失ってしまった味わいや感覚を、チェキは提供する。そこから生まれるオーセンティシティ(本物感)を楽しみながら、大切な時間を切り取り共有するコミュニケーション・ツールとして、チェキは活用されるようになっていた。

■価値の変化に合わせてマーケティング・ミックスを切り替え

これを受けて富士フイルムは、チェキの販売店、プロモーション、製品バリエーションの見直しを進める。グローバルに展開するマーケティング・ミックスの戦略転換が始まった。風向きが変われば、これに合わせて帆の向きを変えなければ、推進力は生まれない。

この時点までのチェキは、カメラとして販売されていた。しかしチェキの新しいユーザーたちは、従前のカメラとは違う感覚でチェキを使用していた。そしてカメラ店は、こうしたチェキの新しいユーザーである女性たちが日常的に足を運ぶショップではない。この傾向は、日本以上に海外でより顕著だった。

そこで富士フイルムはチェキを雑貨として販売することにした。2012年には「世界で一番“カワイイ”インスタントカメラ」というキャッチコピーを打ち出した新モデルをリリースした。その新モデルの販路をカメラ店から、雑貨店へと広げた。技術面を訴求することが多いカメラ店と違い、雑貨店などでの陳列は、コミュニケーション・ツールとしてのチェキのアナログな本物感を訴求するのにも適していると判断したからである。

あわせて富士フイルムはチェキのポジショニングを見直し、グローバルに統一化された新しいブランド・アイデンティティのもとでのプロモーションを展開していく。本物感を伝えることがブランディングの重要課題となり、チェキの愛用者である女優、モデル、ブロガーを見つけて、プロモーションに参加してもらう手法が採用されるようになった。

製品についても、特別な時間を共有するためのコミュニケーション・ツールというチェキの新しいコンセプトに沿った派生製品の投入を進め、2014年からはチェキ・シリーズに「スマートフォン・プリンター」が新たに加わる。

スマートフォン・プリンターとはスマホで撮影した写真を気楽に印刷するための機器で、これをチェキ専用フィルムにプリントするのが「チェキプリンター」である。フィルム写真独特の風合いを楽しめることに加えて、2019年に発売した最新のチェキプリンターでは、専用アプリを使ってスマホで撮影した複数の顔写真の合成や、相性診断など、写真によるコミュニケーションを盛り上げる機能を充実させている。

チェキの海外販売比率は2002年ごろには1割にも満たなかったが、アジアを中心とした人気が欧米へも広がっていくなかで、海外での販売が9割を超えるブランドへと転じていく。チェキの販売台数は拡大を加速し、2018年の全世界での販売台数は1000万台を超えた。これは15年前の初期のヒットの10倍の数字である。

■風まかせではなく、風を生かす主体性

富士フイルムは、市場の変化をテコにチェキの事業を大きく躍進させている。2010年代のチェキの躍進をもたらした同社の行動として何が重要だったか。以下の2点に注目したい。

第1は、市場の変化を表面的にとらえるだけではなく、そこで何が生じているかを掘り下げて理解しようとする姿勢である。

2007年以降の韓国発のアジアでの販売増を受けて、同社は供給計画だけではなく、マーケティングの見直しに着手する。何が市場で起きているかを、「誰が」「なぜ」「どこで」使っているかと、掘り下げて理解するためのグローバル・プロジェクトに取り組み、チェキの当初のコンセプトとは違うところに、デジタル・ネイティブの若い世代に響く価値が生まれていることに気づく。同社は自分たちの従前のコンセプト設定に固執せず、チェキのリポジショニングとマーケティング施策の見直しを進めている。

第2は、富士フイルムの逆風下での歩みである。

2007年以前の低迷期にチェキは、無理をせず、やけも起こさず、世界の観光地の事業者向けの需要や結婚式といったイベント用途などで命脈をつないだ。嵐に遭遇した船は、帆を下ろし、入り江などを見つけて碇を下ろす。同様に富士フイルムはこの時期、事業は縮小したが、ただ引きこもっていたのではない。富士フイルムは監視を怠らず、次の機会をうかがっていた。チェキの低迷期にあっても同社は情報収集を怠らず、販売動向に目をこらし、数字の変化があれば、その背後で何が生じているか読み解こうとする姿勢は保ち続けていた。

■嵐のなかで先をうかがう伸縮性を維持

ウィズコロナの日々のなかで、新しい動きが広がっている。家庭生活や働き方の見直しを受けて、既存の製品やサービスが再評価されたり、新しい用途を見いだされたりする動きが各所で生じている。こうした市場の変化をテコに、事業やブランドを大きな飛躍に導くのは、どの企業か。そこでは風まかせではなく、風を生かす主体性を発揮していくことが企業には求められる。

チェキについては、コロナ禍を受けて、「instax@home」を共通コンセプトに、ステイホームのもとでのチェキの楽しみ方の訴求を、世界中ではじめている。ホームデコレーションやクラフティングなど、家のなかでのチェキの活用方法の発信を、SNSなどを活用して続けている。

“チェキ” instax mini LiPlay
写真提供=富士フイルム
2014年からチェキシリーズにスマホ用・プリンンターを投入(写真はInstax mini Link) - 写真提供=富士フイルム

そのなかで新たに富士フイルムが手応えを感じているのは、スマホの普及拡大に合わせチェキシリーズのラインアップとして追加したスマホ用プリンター「instax mini Link」への評価の高まりだという。

このチェキプリンターの新しい機能として、手書きのメッセージやイラストを写真に重ねて遊べるアプリを投入したところ、従前からの顔写真の合成や相性診断などの機能と相まって、「自宅でも存分に楽しめる!」と評価され、欧米を中心にスマートフォン・プリンター市場での販売シェアが拡大しているという。

嵐をいかに乗り切るか。屏風(びょうぶ)は広げすぎても、縮めすぎても倒れる。富士フイルムはチェキに対する風向きの変化をとらえ、次なる機会を引きよせるために、屏風のような伸縮性を発揮してきた。その伸縮性こそチェキ再生のカギである。

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栗木 契(くりき・けい)
神戸大学大学院経営学研究科教授
1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

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(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契)

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