渋沢栄一が100年前に「儲けることは正しい」とわざわざ主張した理由
プレジデントオンライン / 2020年9月20日 11時15分
※本稿は、山本豊津、田中靖浩『教養としてのお金とアート 誰でもわかる「新たな価値のつくり方」』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■1867年パリ万博で渋沢が見たもの
【田中】渋沢栄一は「日本の資本主義の父」と称されることが多く、その名の通り、銀行(第一国立銀行〔現みずほ銀行〕)や東京証券取引所といった金融の礎をきずきました。渋沢が2024年から一万円札の肖像になると決まったとき、意外と渋沢を知る人は少なかった印象があります。これは渋沢があまりにもいろいろなことをやりすぎて、「何をやった人」と、ひと言で語れないことが原因だったように思います。それくらいすごい人だったわけです。
【山本】渋沢栄一がつくった会社って半端な数じゃないでしょう?
【田中】はい。500社を超える株式会社の設立に関わっています。渋沢は江戸末期の1867年、20代半ばで幕府高官に随行してパリ万博を訪れました。ここで彼の運命が変わったと言えるでしょう。低い身分の江戸商人と比べて、パリの実業家は国と文化を支える堂々たる存在だった。その事実は彼に相当の衝撃を与えたはずです。
■コレクションを築くように多数の会社を設立
【田中】そこで見た金融制度や会社組織を彼は日本に持ち帰ろうとします。その一つが簿記でした。帰国後、大蔵省に勤務したときは、まわりの反対を押し切って西洋式の簿記を導入しました。そして株式会社の普及にも尽力し、多くの会社設立に携わっています。
株式会社の存在すら知らず、運営の仕方もわからない明治初期の日本において、みんな渋沢を頼りにしたんでしょう。本人も頼まれたら「しょうがない、手伝ってやるか」って言っているうちにどんどん数が増えていったんだと思います。おそらく自分がやりたいからというより、頼まれて手伝っていたのだと思います。
【山本】渋沢栄一にとって会社はコレクションの一種なのかもしれませんね。彼は大倉財閥設立者の大倉喜八郎さんとすごく親しかったのですが、大倉さんは大倉集古館というコレクションを残しています。渋沢栄一にとってのコレクションは会社だったんでしょうね。
■日本美術協会の評議員も務める
【山本】美術的な側面から渋沢を見ると、彼は1887年に日本美術協会の評議員を務めています。この協会は日本美術振興が目的で、どちらかと言うと伝統絵画の保存がメインです。渋沢は1867年にパリ万博を視察したので、世界に輸出できる文化が伝統的な表現だと考えたのでしょう。これは東京藝術大学を設立した岡倉天心にも見られる思考です。岡倉も1898年に日本美術院を創設して、西洋美術の真似事ではなく伝統的な日本の絵画を近代的に発展させる構想をもちました。
二人とも新しい日本美術の在り方を考えていたにちがいありません。新しい文明である西洋文明を輸入しようとした二人は、ただのグローバリストではなく、ローカルな文化を育む改革をしようとしていた。実は西郷隆盛や、彼を評価していた福沢諭吉にもその気概があることを見落としてはいけないでしょう。
【田中】会社がコレクションというのは悪い意味ではなく、社会貢献として多くの会社設立に関わったということですね。
■「ビジネスマナー以前」だった明治期の日本人
【山本】もう一つ、注目したいのが、渋沢栄一は財閥を残していないこと。三井や三菱、そして大倉も財閥だったけど、渋沢栄一や福沢諭吉はそこには関心がなかったのかもしれない。福沢諭吉の弟子たちは財閥をつくったけど、福沢本人は慶應義塾をつくって人のコネクションを残した。銀座には「交詢社」という慶應義塾のコネクションがいまもサロンとして生きています。
【田中】江戸から明治になってグローバル化が始まった頃、当時の日本人は昨今の国際社会でのイメージとは少し違い、マナーを守らなかったり、すぐ約束を破ったり、人を騙(だま)そうとしたりしていたようです。
ビジネスの現場でも平気で遅刻はするし、約束は破る。建設現場では新たに導入されたダイナマイトを適当にいじって爆発して死んでしまう人が多かった。日本人を指導したフランスの技師は「こいつらは勇敢なのかバカなのか、何なんだ」と呆れたそうです。いわゆる無鉄砲で単純な人間が多かった。だから、渋沢栄一が書いた『論語と算盤』は意義があったと思います。
■商売における「アクセルとブレーキ」とは
【田中】ここに書かれているのは、商売についてアクセルとブレーキの両方をもちましょうという話です。金儲け(そろばん)がアクセルだとすると、論語がブレーキ。そろばんは重要だけど、ちゃんと道徳心ももちましょうと謳っているわけです。このアクセルとブレーキの両立は二宮金次郎に通じるものがありますよね。
必ずしも質素倹約がいいわけではなく、飯をいっぱい食いたい、いい服を着たい、それのどこが悪いんだと人間の欲を肯定する一方、欲には上限を設けないといけないという金次郎の教え。渋沢も商売で儲けを求めるプロセスには倫理や道徳が必要だと考え、それを彼は論語に求めた。
【山本】マックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(岩波文庫)には、倫理が経済に与える影響のことが書かれています。渋沢はマックス・ヴェーバーより前に倫理と経済のことを考えていたのはすごいですね。論語はプロテスタンティズムとカトリシズムの間にあると思えるのですが、彼は少しカトリック的かもしれません。
【田中】プロテスタントで言えばカルヴァン派は「個人の自立」が大事であると謳っています。これは「自分の頭で考えろ」という現代のビジネスマインドに通じます。カトリックは「教会の神父が言うことに従え」という感じですが、プロテスタントは個人の自立に重きを置いて、そのために自ら学べ、ビジネススキルを高めろといった流れになる。効率的に生産的に儲けるにはそれが必要であると。渋沢が論語をもってきたのは、儲けることは大事だけれど卑しい儲け方はしないほうがいいという意味ですね。
■いまこそ日本人に「商売と道徳」の両立を
【田中】プロテスタントが多いことと関係あるのかもしれませんが、アメリカという国はアクセルが行きすぎると必ずブレーキをかけるんです。株価重視が高まりすぎて粉飾決算が多発し、2001年にエンロンの経営破綻が起きました。この破綻をきっかけに、行きすぎた資本主義の暴走を止めるために内部統制というブレーキができたのです。
その数年後、日本にも内部統制がやってきたのですが、ちょうど日本はITバブルが弾けて経済が瀕死の状態だった。そこに内部統制というブレーキを踏んでしまったことで企業業績がさらに悪化しました。ここは本来アクセルを踏むべきだったところに、グローバルスタンダードだからという理由でブレーキを踏んでしまった。意味のない過剰管理のブレーキで動きが止まってしまいました。
当のアメリカは、2008年にリーマン・ショックが起きたときに、内部統制を弱めている。彼らはアクセルとブレーキのバランスをしっかり理解しているんです。行きすぎたときはブレーキをかけ、速度が弱まってきたらアクセルを踏む。日本の場合、時速30キロメートルしか出ていないのにブレーキをギュッとかけてしまう。渋沢栄一の言う商売と道徳の「両立」の意味をいまいちど考え直すべきだと思います。
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東京画廊 代表取締役社長
1948年、東京都生まれ。武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。全国美術商連合会常務理事。著書に『コレクションと資本主義』(角川新書。共著)、『アートは資本主義の行方を予言する』(PHP新書)ほか
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田中公認会計士事務所所長
1963年生まれ。早稲田大学商学部卒業後、外資系コンサルティングを経て現職。著書に『名画で学ぶ経済の世界史』(マガジンハウス)、『会計の世界史』(日本経済新聞出版社)ほか
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(東京画廊 代表取締役社長 山本 豊津、田中公認会計士事務所所長 田中 靖浩)
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