猛追バイクに接触、転倒…全身骨折の50代男性に警官が放った一言
プレジデントオンライン / 2020年9月20日 11時15分
■バイク衝突事故の決定的瞬間
まずは、この映像を見てほしい。
国道を直進する1台のバイクに、後ろからかなりのスピードで別のバイクが迫ってくる。次の瞬間、2台のバイクが接触。そのはずみで、接触された前方のバイクは左側に転倒し、ライダーは路上に投げ出される——。
その後、現場には救急車が到着し、映像には自力で動くことのできないライダーが担架に乗せられて搬送されるまでの一部始終が記録されていた。
転倒したAさん(50代・男性)が後続車にはねられなかったのは不幸中の幸いだったが、Aさんはこの事故で、左血肺、左肺挫傷のほか、鎖骨や肋骨、腕や足の骨など、計7カ所を骨折する重傷を負い、そのまま長期の入院を余儀なくされることになった。
一方、後ろから走ってきたBさんは、転倒を免れたためけがはなかった。
バイク同士のこの衝突事故は、2017年9月、埼玉県内の国道で発生した。紹介した映像は、Aさんのすぐ後ろを走っていた仲間のバイクに装着されていたドライブレコーダーが偶然とらえたものだった。
■「物損事故の処理でいいですか」警察からの信じられない言葉
ところが、Aさんは事故当日、警察の不可解な対応に驚いたという。
「救急病院に搬送された私は全身骨折だらけでした。その上、挫傷した肺に血がたまっていたため、胸腔ドレーンの他、いろいろなパイプにつながれ、ベッドの上で動くことすらできませんでした。そこへ、担当の警察官と名乗る人からいきなり電話がかかってきたんです。なんと、『物損事故の処理でいいですか?』と言われて、一瞬、意味が分かりませんでした。明らかな人身事故なのに、なぜ物損事故という言葉が出るのか……」
警察からはそれから2週間後にも、
「物損事故の処理をしなくてもいいですか?」
と、同様の連絡が入ったという。
「実は、実況見分は事故の相手であるBさん立ち合いの下ですでに取り行われていました。その結果、警察は、この事故の原因は私が後方を確認せず、突然進路変更したこと、つまり、Bさんの進路妨害をしたことだと決めつけていたのです」
■「無理な車線変更をしたつもりはありません」
しかし、Aさんはどうしても納得できなかったという。
「自分としては無理な車線変更をしたつもりはありませんでした。それに、ドライブレコーダーの映像を確認したところ、相手のバイクが法定速度を超えるスピードを出していることは、周囲のクルマやバイクとの速度差を見ても一目瞭然でした。もちろん、こちらに全く非がなかったというつもりはありませんが、相手の言い分だけを基にして、全面的にこちらに過失があるという判断をされるのは受け入れがたいものがありました」
もし、Aさんの全面的過失ということになれば、自賠責保険が「重過失減額」される可能性がある。最悪の場合、「無責」(100対0=相手にはまったく責任がない)と判断されて、自賠責も任意保険も全く支払われないということになりかねない。
大けがをした当事者にとって、事故原因や過失の理不尽な認定は、損害賠償にも直結する深刻な事態となってしまうのだ。
■公安委員会への苦情申し立てで分かったずさんな捜査
事故から10カ月後、Aさんは埼玉県公安委員会に苦情申し立てを行った。一連のやり取りの中では、捜査に関するさまざまな事実が明らかになったという。
「事故当日、友人はドライブレコーダーの映像を警察に提供してくれていました。ところが、その映像が、証拠資料として検察に送られていなかったことがわかったのです。警察は、『手元にある資料は、証拠として検察庁に提出しますから』と言っていたのですが……」
そこで再度、Aさんは物的証拠に基づく捜査を求めたが、事故直後の実況見分の結果は変わることはなかった。Aさんは「過失運転致傷」の罪で送検され、結果的には不起訴になったものの、「安全運転義務違反」の行政処分を受けることに。対して、Bさんの方は「処分保留」だった。
それにしても、仮にどちらかの当事者の全面的な過失で起こった事故だとしても、明らかな人身事故が、物損事故として処理されてよいのだろうか? 交通捜査に携わってきた複数の警察官に話を聞いてみたところ、意外な答えが返ってきた。
「けがをした当事者に全面的な過失があって、相手にまったくけががない事故の場合は、あえて人身事故にする必要がないんです。形式上、物損事故で処理した方が本人の処分も軽く済みますし、事故処理も早く終わりますので」
しかし、そもそも事故の真実がねじまげられてしまったら、当事者としてはたまったものではないだろう。
■保険会社は相手バイクの過失が大と判断
刑事手続においては、不本意ながら「被疑者」として扱われてしまったAさんだが、事故の一部始終を記録していたドライブレコーダーの映像は、民事における過失割合の認定に大きな影響を与えたようだ。
Aさんは語る。
「事故から2年以上かかりましたが、ようやく話し合いがつきました。最終的に任意保険会社の下した過失割合は、相手側が55%、私の方が45%。相手の過失の方が10%高いということになったので、それで妥協しました。もし、ドライブレコーダーの映像がなかったらどうなっていたことでしょう。今回のことで、車はもちろん、バイクにもドライブレコーダーはぜひ取りつけるべきだと痛感しました。もう、装着義務化でもいいと思うほどです」
Aさんが言う通り、最近はクルマ用だけでなく、バイク用としても、防水、防塵機能の高いドライブレコーダーが多数販売されている。
商品としては、車体に取り付けるタイプ、ヘルメットに取り付けるタイプ、さまざまなものがラインアップされているが、追突事故や後ろからのあおり運転などに備えるためには、前方だけでなく後方も撮影できるようなタイプがベストだろう。また、150度以上の広角レンズなら、バイクの両サイドも記録できるのでより安心だ。
電源は、バイクのバッテリーから直接給電できるタイプと、バッテリー内蔵タイプがある。直接バッテリーとつなぐタイプなら、長時間走っても電池切れの心配がない。一方、バッテリー内蔵タイプは配線不要でいつでも気軽に装着できるので、自転車に乗るときにも使えそうだ。
■事件や事故からわが身を守る自衛策を
ドライブレコーダーの映像が、交通事故やあおり運転などの捜査にも証拠として活用されていることは、すでに報道でも目にしているとおりだ。
Aさんのケースでは、警察がドライブレコーダーの映像より、一方当事者の言い分を重視してしまったが、映像が残っている場合は、警察、検察、裁判所などに積極的に提供し、それが検察に送られているかどうかをしっかり確認すべきだ。
また、ドライブレコーダーの映像は、自動車保険の請求などにも活用できるので、保険会社には早めに事故時の映像があることを伝えたい。
バイク事故の場合はライダー自身が大けがを負うことが多く、救急車で搬送されると、事故直後の現場検証に立ち会いたくても立ち会うことができない。そのため、Aさんのような思いをする人が少なくないのが現状だ。
実際に、「病院で目覚めたとき、まったく身に覚えのない事故状況を突き付けられた」という当事者に、私はこれまで何度も会い、話を聞いてきた。
「死人に口なし」的な事故処理を独り歩きさせないために、その対策のひとつとして、バイクにもぜひドライブイブレコーダーの装着をお勧めしたい。
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ジャーナリスト・ノンフィクション作家
1963年、京都市生まれ。ジャーナリスト・ノンフィクション作家。交通事故、死因究明、司法問題等をテーマに執筆。主な作品に、『私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群』(講談社)、『自動車保険の落とし穴』(朝日新書)、『開成をつくった男 佐野鼎』(講談社)、『家族のもとへ、あなたを帰す 東日本大震災犠牲者約1万9000名 歯科医師たちの身元究明』(WAVE出版)、また、児童向けノンフィクション作品に、『泥だらけのカルテ』『柴犬マイちゃんへの手紙』(いずれも講談社)などがある。■ウェブサイト
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(ジャーナリスト・ノンフィクション作家 柳原 三佳)
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