「なんで皆いないんだ」ウェブ会議なのに出社した53歳主任の肩身の狭さ
プレジデントオンライン / 2020年9月18日 11時15分
■「オイオイ、何やってるの」テレワークで小バカにされる中高年社員
コロナ禍の出社制限で出勤日の半分は在宅勤務という人も珍しくない。コロナ前は定時に全員そろって出社していたが、今は時差通勤で出社・退勤時間もバラバラ。職場の風景もすっかり変わった。
仕事をする上で大事な社員間のコミュニケーションや会議も対面からオンラインに変わった。通勤など移動時間や場所が限定されない便利なツールでもあるが、一方でうまく使いこなせない人も多く、いわゆるオンラインデバイドとも呼ぶべき問題も顕在化しはじめている。
広告業の人事部長がこう語る。
「その昔、パソコンが登場したときに中高年のオジサン世代がスキル習得に苦労した時期がありましたが、今年はコロナ禍で一気にオンライン元年になってしまいました。会議やミーティングで顔をそろえても操作がわからなくてついていけない人もいる。概して50代以上のオジサン世代に多い。若い世代やクリエーターなどは『オイ、オイ、何やっているの』という感覚ですが、オジサンにとっては必死なのです。実際に上から下まで全員が共通に使いこなせるようになるには2~3年かかると言われています」
■オンライン会議で共有ファイルを見て議論できない
実際にどんなトラブルが発生しているのか。
よくあるのは会議中にオンライン上の共有ファイルを全員で見て議論しようとするのに、なかなかファイルを引き出せない。引き出してもうっかり削除してしまうケースもあるという。
また、会議での議論など進捗状況によって資料は随時変更する必要がある。これが慣れないオジサンにはハードルが高い。
「一部修正加筆されたファイルを上書き保存すれば大丈夫だか、ちゃんと更新していないので一体いつのファイルかわからなくなる人もいる。全員がオンライン上で同じファイルを見ながら議論し、それはいいね、となればそのたびに画面を修正し、最後に完成形を全員が見て保存する。そうすれば会議の効率も高まるが、その作業に手間取っている人がいると、議論が中断してしまう」(人事部長)
■部下に「スマホで会議しますか」と言われ、動揺する53歳
こうしたオンラインスキルは学習すれば習得できるといっても、コロナ禍で突然、リモートワークに切り替わり、うまくやれと言われても苦手な人にとっては苦痛だろう。
実際にそうした人は少なくないようだ。IT企業のIIJが情報システム部門の担当者に実施した調査(6月23日~29日、269人)によると、ITシステムの課題で最も多かったのは「Web会議ツールの使い勝手や使い方の周知」で3分の1以上の100人以上が挙げている。「ユーザースキル不足によるサポートでIT部門が混乱した」という声もある。
コロナ前であれば年配者はこれまでの経験と知識を活かして発言し、会議をリードできたが、オンライン会議になると肩身が狭くなり、意見も言えなくなってしまいがちだ。
実際にオンライン会議など在宅勤務を窮屈に思っている人も多い。住宅販売会社の営業主任のA氏(53歳)はこう鬱憤を漏らす。
「社内にいれば業務依頼をするときは資料を手渡しできましたが、今は個別に資料を送らないといけないし、パスワードもつけないといけない。添付ファイルをメールで送られると重かったりして開くのに時間もかかる。皆が社内にいればコピーして全員に渡せばそれですみましたが、オンラインになると操作がやたらに面倒くさい。でもITに強い人は何とも思わない。『何だったらスマホで会議しますか』と言うし、彼らとのギャップを感じます」
■「なんで皆いないんだ?」「今日はオンライン会議の日ですよ」
確かに気持ちもわからないではない。そのA氏も失態を演じたことがある。ある日、出社し会議室に行くと誰もいない。後輩に電話で「なんで皆いないんだ」と言うと、「今日はオンライン会議の日ですよ」と言われたという。
ついこの間まで全員そろってのリアル会議に慣れた人にとっては、オンライン会議はやはり勝手が違う。とくに難しいのがコミュニケーションだ。
サービス業の40代後半の人事課長はオンラインのデメリットをこう語る。
「社内にいると顔色を見て、あいつ焦っているな、忙しそうにしているなとかよくわかりますし、ちょっと声かけしたり、助けてあげたり。残業した翌日は顔色を見て、大丈夫かと言うし、元気がなさそうだったら、飲みに誘ったりするが、リモートだと表情や態度が読み取れない。しかも報告・連絡のみで、相談ができない。表情が読み取れないため会話に過不足が発生し、会話のキャッチボールも難しい」
何となく気持ちはよくわかる。しかし、オンラインを使いこなしている人からすれば正反対の意見も出る。IT企業の30代の経営企画担当の社員はオンラインを使いこなせない人をこう言って突き放す。
「新しいスキルの習得や変化への対応を嫌って、Webツールを使いこなせない人ほどデメリットを訴えるんです。Web会議だと集まる人の数も増えるし、海外の人も参加できます。Webツールにせよ何でも新しいツールを習得し、有効に使おうとすれば必ずメリットがあります」
これも一理ある。とくに部下のマネジメントを担う管理職にオンラインスキルがなければリモートワーク下での生産性は低下するだろう。
■オンラインスキルが乏しく、部下に適切な指示が出せない残念上司
建設関連業の人事部長は管理職のオンラインスキルが業務にも影響していると語る。
「コロナ前から課長と部下がよくコミュニケーションをとって連携し、報・連・相がしっかりできている部署は、オンラインになっても支障なくコミュニケーションがとれ、業務遂行もうまくいっています。一方、社員のなかには上司や先輩と余計なことは話さないタイプの人もいる。そうした社員は在宅勤務になるとメールはできても、電話をするのはハードルが高くなる。本来なら管理職が率先してオンラインでコミュニケーションを取るべきですが、それをやろうとしない。その結果、作業に余計に時間がかかり、チームの連携にも支障を来しているケースがあるようです」
部下の仕事ぶりを把握できなければ人事評価も難しくなる。建設関連業の人事部長は「在宅勤務だと放っておくと、本当に働いているのかどうかもわかりません。行動が見えないとプロセス評価ができず、成果物でしか評価できない。結果的に行動プロセス評価はどうしても全員が同じ評価になってしまい、より成果の比重が高まってしまう」と指摘する。
本来であれば、在宅勤務中の仕事の基本は、課で取り組むタスクの一覧をつくり、タスクの目的とゴールを共有し、タスクの目標が部員一人ひとりの目標にひも付いていることだ。
いつまでに何をやるかというタスクの目標の進捗状況を事前に記録し、週1回の会議で部員同士や上司が確認し合い、悩みや困っていることがあれば上司や仲間と相談し合えるルールを作っておくことも必要だ。
■業務の見える化で働かないオジサンは消える一方、メンタル不調者続出
しかし、スキル不足でそれをやりきれてない社員や管理職も少なくない。
その一方で、オンラインシステムや業務システムのIT化は日々進化している。前出の広告業では情報システム部門が主導し、業務効率の見直しの一環として「タスクの見える化」のシステム開発に着手している。
具体的には、管理職と部下が話し合って業務を週単位・1日単位で個人がやるべきタスクがシステムに落とし込まれる。そして進捗状況がシステムで日々確認され、全員が同じ画面で共有する仕組みだ。
「全員の仕事を“見える化”することで、在宅でも日々の仕事ぶりやプロセスもわかりますし、日々の成果物も明確になる。問題点があればチャットで上司が指示することも可能です。この仕組みが導入されると、これまで何となくごまかしていた作業もバレますし、働かないおじさんも一目瞭然となります。今まで見えなかった残業管理もやりやすくなるかもしれません」(人事部長)
ただし、人事部長はこのシステムが導入に一抹の不安があると言う。
「情報システム部門の役員は、この仕組みによって生産性が上がるという理屈を言いますが、実態としては社員の仕事ぶりを常に監視するのと同じです。これまで以上にWebやデータを駆使するツールの発揮が求められるし、それができないダメな人は真っ先に追い出されてしまう。もちろん効率化は進むでしょうが、社員にとってはきつい。息抜きもなくなり、個人的にはメンタル不調者が出てくるのではないかと心配しています」
オフィスに同じ時間に全員が集まって仕事をするという環境がコロナ禍で一変し、ITシステムを駆使したワークスタイルに大きく変わろうとしている。
そのスタイルには一長一短があるものの、こうした新しい仕組みに追いつけない、あるいは斜に構えて学ぼうとしない。そうした人は、コロナ禍の業績悪化にのみ込まれて今の居場所すら失ってしまう恐れもある。
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人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。
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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文)
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