大手を抑え、無名の小さな会社が「大ヒットシャンプー」を開発できた3つの理由
プレジデントオンライン / 2020年9月24日 6時15分
■激戦のシャンプー市場で異質な存在
「ボタニスト」というヘアケア製品をご存じの方は多いでしょう。使ったことがなくても、白と黒を基調とした文字だけのシンプルなパッケージを見れば、「ああ、あれね」と思うはず。いまやどこのドラッグストアでも見かける人気商品ですが、意外なことに、このボタニストを販売しているのは、ユニリーバでもP&Gでも資生堂でも花王でもありません。I-ne(アイエヌイー)という、正直いって聞きなれない名前の会社です。なぜこの小さな会社が、大手を抑えてこれだけのヒットを生み出せたのでしょうか。
今回はボタニストをめぐるあれこれについて、お話ししてみたいと思います。
シャンプーマーケットの特徴は、商品の種類がやたらと多いことです。だからシェアを10%でも超えたら売り上げの上位にランクインしますし、15%をとれたら「お化けブランド」と言われる世界です。そんな激戦区で約20年もトップを走り続けていたのが、ユニリーバの「ラックス」でした。
そこに突如として現れたのが「ボタニスト」です。ボタニストが発売されたのは2015年の1月。最初はネット通販のみでしたが、インスタ映えから瞬く間に人気に火がつきました。
ドラッグストアの棚に並んだ「ボタニスト」のボトルを見て、新鮮な印象を受けた人は多いのではないでしょうか。それまでこんなに素っ気ないパッケージの商品は、ほとんどなかったからです。
■なぜ“大阪のおばちゃん”的なシャンプーばかりだったのか
それまでシャンプーやコンディショナーのパッケージといえば、華やかなものと決まっていました。ところどころに金色を使ったりして、ゴージャスといえばゴージャスですが、「いかにも」な豪華さが、悪くいえば「大阪のおばちゃん」的といえなくもない。
シャンプーマーケットでマスを狙おうとすると、あまりヘアケア製品にこだわりのない人たちをターゲットにすることになります。「値段が安いから、なんとなくこれでいいわ」という人たちの人数がいちばん多いからです。そういう人たちには、このわかりやすい豪華さがよかった。
しかしヘアケア製品にこだわりのある、感度の高い人たちもいます。そういう人たちの間では、アメリカの「ジョン・マスター・オーガニック」や、オーストラリアの「ジュリーク」といったオーガニックな製品が人気です。しかしこちらは植物由来成分をふんだんに使っているので、とにかく値段が高い。ボタニストは1500円くらいですが、ジョン・マスターなどは3000円くらいする。
ただジョン・マスターやジュリークを見ていると、「いずれシャンプーやコンディショナーは、オーガニックが主流になる」と予想できます。とくに若い世代は環境問題に関心が高く、かつオーガニックに興味をもっているからです。大手メーカーも、ここに大きなニーズがあることはわかっていました。それでもなかなか踏み切れず、「いつやる?」「どうする?」と様子をうかがっていたときに出たのが、このボタニストだったのです。
■「わかっていたのにできなかった」理由3つ
ではなぜ大企業はボタニストをつくれなかったのでしょうか。
たとえば仮に「時代はオーガニック」と、大手メーカーが言ったとしましょう。その大手メーカーには、ほかにもいろんなブランドがあります。「時代はオーガニック」と言ってしまうと、そのとたん、「いままでの商品にはこんな余分な化学成分や、得体の知れないものをいっぱい入れてました」……ということになってしまう。
だから、もし一人のブランドマネージャーが「これからはオーガニックですよ」と力説しても、会社としてはそこに踏み込むのが難しい。大手企業ほどなかなか自分たちを否定できないのです。
そして大手が「ボタニスト」を出せなかった2つ目の理由は、成分表示や効能書きにまつわる部分にあります。大手が「オーガニックシャンプー」を出すなら、オーガニック認定を受けた植物由来成分の配合比率を下げるわけにはいきません。ジョン・マスターやジュリークと同じくらいの配合比率にしないとまずい。そうなると当然、価格は上がります。
そして3つ目に、ヘアケアブランドである以上、「髪をきれいにする」という効能を謳いたい。しかしオーガニックであることと、髪がきれいになることは、実をいうとあまり厳密な相関関係はありません。
その点ボタニストのすごいところは、(つい最近、プレミアムラインを出すまでは)モデルがストレートのロングヘアをかきあげているようなヘアショットをどこにも使っていないことです。普通はどれだけ髪がきれいになるかをモデルの髪のツヤなどで表現するのですが、そこが潔く省略されている。
さらにボタニストがある意味でよくできているのは、「植物とともに生きるボタニカルなライフスタイルを提供する」とだけ書いてあって、「オーガニック」とはどこにも書いていないことです。
大手では、このような手法をとることに、リスクを感じてしまう。だから身動きがとれなくなってしまったのでしょう。
■効能よりも大事な「売れた要因」
ボタニストをつくったのは、先にも述べたように、大阪のI-ne(アイエヌイー)という会社です。ここは、コンセプトとパッケージデザインだけをつくる会社で、自社工場などを持たず、製品の中味の開発や生産・出荷は外部に委託している。つまり製品そのものに関しては外注先に任せているので、パッケージに力を入れたのではないでしょうか。
実はボタニストのターゲットである、オーガニックにひかれる人たちは、シャンプーの中身にそれほど詳しいわけではないし、効能よりも商品の見た目のほうが大事。
「ラックスとかTSUBAKIはいかにも家族向けだし、おばちゃんっぽい。私のバスルームにあっても、気分が上がらないよね。その点、ボタニストみたいなシンプルなボトルがバスルームにあったら素敵だし、インスタ映えしそう」
ボタニストは、このような女性たちの感覚をとらえることに成功したのです。
■大企業ほど出遅れる傾向
とはいえ大手のユニリーバも、ナンバーワンブランドであるラックスの相対的な売り上げの低下を放っておくわけにはいかなかったのでしょう。その後「ラックスプレミアム」というラックスの上位ラインから、「ラックスボタニフィーク」というオーガニックを意識した商品を発売しました。これを見ると私などは「出すんだったら、もうちょっと早めに出せば良かったんじゃないの」と思ってしまいますが、そこはナンバーワンブランドの余裕かもしれません。
実はこのように大手企業が出遅れるのは、今回のオーガニックブームが初めてではありません。以前、ノンシリコンシャンプーが流行ったときも、同じように出遅れています。
大企業ほどイノベーションを起こしにくいものですが、次に何か大きなブームが来たときはどのような動きを見せるのか、注目してみると面白いと思います。
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株式会社インサイト 代表取締役
大日本印刷、外資系広告会社J.ウォルター・トンプソン・ジャパン戦略プランニング局 執行役員を経て、2010年にインサイト社設立。初著『インサイト』(ダイヤモンド社)で、日本に初めてインサイトを体系的に紹介。商品開発・ブランド育成などのコンサルティングを行っている。
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(株式会社インサイト 代表取締役 桶谷 功 構成=長山清子)
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