村上隆の「アニメ顔フィギュア」はなぜ16億円の価値がついたのか
プレジデントオンライン / 2020年9月27日 11時15分
※本稿は、山本豊津、田中靖浩『教養としてのお金とアート 誰でもわかる「新たな価値のつくり方」』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■会計のプロなら知っている「価額」という言葉
【田中】私が会計の世界に入って戸惑った言葉に、「価額」があります。これは会計原則にも出てくる言葉なのですが、「価格」とは違うんです。初心者の頃、この価格と価額の違いがわからなくて困りました。テキストにもあまり説明がないし、先生に聞いても明確に答えてくれない。とりあえず「区別が難しいんだ」ということだけは明確にわかりました(笑)。
まず、外部との関わりのなかでついたのが「価格」です。これを使うときには必ず、外部の第三者との取引が存在します。こちらはわかりやすいですね。これに対してわかりにくいのが「価額」です。これは自分の内側で決まる金額です。
たとえば機械を減価償却するとして、定率法と定額法のどちらで償却するかによって減価償却額が変わり、結果として機械の資産金額が違ってきます。同じ資産でも会計処理によって結果として資産の金額が変わる、このように「自分の選択によって金額が変わる」ときは「価額」を用います。つまり「機械の価額」と言った場合には、第三者との取引金額ではなく、会計処理の結果として出てきた金額ということです。
【山本】なるほど、価値と価格の関係が、会計では価額と価格になるのですね。この考え方はアートもまったく同じです。たとえば、ある個人が自分は絵を描きたいと思うとします。すると、その絵を描いているという行為自体は価格でも価値でもない。ただ、社会的に絵を描くという行為が表現手段に加えられているから絵を描くわけです。絵を描くことは本人にとって価値があるので、対社会的な関係がなくても絵を描くことは続けている。その描かれたものを第三者として価格をつけるのが僕たちギャラリーの仕事です。だから、僕たちは価値を価格に変える仕事をしているわけです。
■他人に価値を認めてもらえなければお金にならない
【田中】調べたところ、会計で使われる「価額」はValueの翻訳でした。だから会計で言う「価額と価格」は、美術品で言う「価値と価格」と同じなんです。価値を価格に転換させるのが難しいところもまったく同じですね。製造業が機械や車両を買って「製品の価値をつくる」ことまではできても、その製品を高い価格で顧客に売ることはとても難しい。
画家もメーカーの人も、当の本人は言うわけです。「どれだけ苦労してつくったと思っているんだ」と。あるいは「自分のノウハウをつぎ込んで、寝る間も惜しんでつくったのだからこの値段で買え」と。本人にとってはその通りなのですが、でもそれを他人が認めるとは限りません。アウトプットの価値を認めてもらえない限り、そこまでの努力は自己満足になってしまいます。
■美大では教えない「価値を価格に変える努力」
【山本】美術教育で言えば、欠けているのは価値が価格に変わるのはどういうことなのかを理解する知性です。絵を描くことは美術大学で教えるけれど、価値が価格に変わらないと社会的な意味をもたないことは、誰も教えていません。
【田中】それはビジネスパーソンでも意外に学んでいないですよ。自分が扱う商品やサービスに対して「なんでこれが売れないんだ」と不満をもち、それを不況のせいにしてしまったりする。自分はそれをすごい価値だと思っているかもしれないけど、同じものをつくっているライバルはたくさんいる。それにあなたは高く売る努力をしていない。高く売るためにはそれに向けた努力をすべきだ。私は実際にビジネスセミナーでそういうことを話しています。アーティストもビジネスパーソンもまったく同じだということですね。
■マーケティング的手法を導入したポップアーティスト
【山本】第2次世界大戦後、世界が消費社会に突入すると、価格から価額を考えるアーティストたちが現れました。それがポップアートです。彼らは価格から価値を逆算して考えるマーケティング的手法をアートに取り入れました。そうすると内容が大衆に理解されやすい表現となるわけです。
たとえば村上隆さんもその一人です。彼が書いた『芸術起業論』(幻冬舎)はまさに、ビジネスとしてアートの仕事を捉え、絵をどうやったら売れる商品にできるかを徹底的に書いた本です。マーケットがさきにあることから、大衆が誰でも知っている素材を自分の作品のコンテクストに引用しました。たとえば、アニメや漫画、それから彼が描いた羅漢図です。すでにあるものをアートに昇華させることで、彼の作品は爆発的に高い価格がつきました。
【田中】すでに表現が出し尽くされてしまったなかで、どうやってみんなが欲しがるものをつくるかということ考える、つまり過去の再編集をしたわけですね。
【山本】そうです。それを最初にやったのが、アンディ・ウォーホルらのポップアーティストたちです。マリリン・モンローやエルヴィス・プレスリー、そしてビートルズを作品化しました。すでにあらゆるものがあって、それをアートのなかに落とし込むことを考えたから価値が生まれ、それが高価格になったのです。
■「誰もやったことがないチャレンジ」のために歴史に学ぶ
【山本】もう一つの方向があって、それが美術史から学ぶ方向です。マーケティングではありません。マーケティングの手法はその時代の環境や社会状況を踏まえることですが、美術史から学ぶとは、歴史の文脈にのっとって誰もやったことがないチャレンジをすることです。たぶんこれは資本主義の根幹に関わることだと思います。
ダ・ヴィンチやミケランジェロが死んだあと、地中海を中心とする経済が停滞して、100年近く、金利がゼロになりました。そのときに起こったのが、バロックとかロココなどのマニエリスムです。アートは装飾と引用が続きました。
一方、経済面でも新しい資本主義がおこるまで時間がかかった。やっと17世紀のオランダで火がついて、新しい価値観が生まれます。一般の農民を描いたり、王様の発注ではありえない絵画が生まれてきたのもこの頃です。それはいままでにない世界であり、価値観だったのです。
■売り手と買い手の主張はなぜくい違うのか
【田中】ここであらためて価値について考えたいと思います。たとえばプロ野球でMVP(Most Valuable Player)選手を選びますが、このMVPの「V」がValuableです。もっとも価値の高い、つまりValuableな選手をどうやって選ぶかと言えば、記者の投票によって決めるわけです。
これは、一見すると客観的な評価に思えますが、よく考えれば投票する記者の主観です。当然そこには投票者の好き嫌いが反映されてしまう。では価値ある選手を数値で選べるかと言ったらそれもできない。このことからわかるように、価値を数値化したり客観評価するのはとても難しいということです。
■「将来価値」の評価にも主観が入る
そしてもう一つ、近年「企業価値」という言葉がさかんに使われます。この企業価値は必ずしも正確に定義されていないのですが、一つだけ明らかなのは「将来」を含んで使われていることです。
![山本豊津、田中靖浩『教養としてのお金とアート 誰でもわかる「新たな価値のつくり方」』(KADOKAWA)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/0/200/img_b0528cfa1e3b98bb969625982c5ccd5d165887.jpg)
会社のM&A(合併・買収)の場合で言えば、会社そのものに値段をつけないといけません。このときにつけられる企業価値の値段は、「その会社が将来いくら稼ぐか」を見積もることによって計算されます。過去の業績や現在の決算書は関係ありません。企業価値は「将来いくら稼ぐか」の見積もり計算です。見積もりだから、そこには主観が入ることを避けられません。
当然ですが、売る側は自分の価値を高めに想定するし、買う側は安めに想定します。お互いの想定する価値と価値がぶつかり合い、交渉力の結果として決まるのが「価格」です。売り手と買い手の主張する価値が違うというのは、絵画でもほかの資産でも同じだと思います。
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東京画廊 代表取締役社長
1948年、東京都生まれ。武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。全国美術商連合会常務理事。著書に『コレクションと資本主義』(角川新書。共著)、『アートは資本主義の行方を予言する』(PHP新書)ほか
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田中公認会計士事務所所長
1963年生まれ。早稲田大学商学部卒業後、外資系コンサルティングを経て現職。著書に『名画で学ぶ経済の世界史』(マガジンハウス)、『会計の世界史』(日本経済新聞出版社)ほか
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(東京画廊 代表取締役社長 山本 豊津、田中公認会計士事務所所長 田中 靖浩)
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