「仕事は修行」中国のIT長者たちが稲盛和夫に共感しまくっている理由
プレジデントオンライン / 2020年9月25日 9時15分
中国企業バイトダンス(字節跳動)がショート動画アプリTikTokの米事業について、オラクル・ウォルマートと技術提携すると発表した。2017年にサービスを始めたTikTokのグローバルのユーザーは約6億9000万人。米国では2019年10月に4000万人弱だったのが、直近では1億人を超えた。トランプ大統領はTikTokが集めた個人情報が中国政府に渡るリスクがあるとして、米事業の禁止か売却を求めたが、今回の動きは急成長する中国企業を力技で排除するという政治的な側面が強い。
バイトダンスを2012年に20代で創業し、8年間で950億元(約1兆5000億円、中国シンクタンク調べ)の個人資産を築いた張一鳴CEOは、メディアへの露出を好まず、「秘密主義」「ドライ」と評されている。一方、起業前に京セラと第二電電(現KDDI)を創業者であり、経営破綻に陥ったJALを再生させた稲盛和夫氏の著書を読み、その価値観に共感したことが明らかになっている。
通信機器大手ファーウェイ(華為技術)の任正非CEO、EC大手アリババのジャック・マー前会長など稲盛氏に心酔する中国の大物経営者は少なくないが、同氏のフィロソフィは30代、40代のテック起業家にも引き継がれているのだ。
■「成功はコピーできるのか」の問いの答えた稲盛氏
TikTokの売却先はマイクロソフトが最初に名乗りを上げ、オラクルが後に参戦した。オラクルは企業向けITサービスを主事業とし、SNSとのシナジーが薄いため、今回の交渉でも本命とみられていたのはマイクロソフトだった。そして張CEOは2019年、中国メディアの取材に対し、大学卒業後、短期間ではあるがマイクロソフトで働いていたことを明かしている。
「マイクロソフトに何も悪いところはなかった。ただ、少し退屈だった。難しいチャレンジはなく、自分の力も小さかったから、当時は仕事と同じくらい、読書に時間をかけていた。あの時期に本当に多くの本を読んだ」
読書家の彼は、稲盛和夫氏の著書『生き方』(中国語タイトル:活法)も読んでいた。「成功はコピーできるのか」と、同郷の先輩に質問し、京セラとKDDIの2社を成功させた稲盛氏の著書を勧められたそうだ。
名門大学でITを学び、テック企業を渡り歩いた張CEOは、「(稲盛氏の考え方は)観念的すぎる」と思いながら読み進めていたが、「仕事に励むことは修行」という文章に行き当たり、共感を覚えたという。
張CEOは「本質を見る」ことの重要性をたびたび口にしてきた張CEOは2019年3月の会社設立7周年の講演で、「ベストではない環境にあっても、根本的な解決を図るという気持ちを持ち続けなければならない。私は常に、“根本的に解決したか、表面をなぞっているだけではないか”と自分に問いかけている」と語っている。
張CEOの人物評は「冷静沈着」「穏やか」というものが多い。自信や野心に満ちた多くの中国人起業家とは風采が異なり、常に「本質」と「心の在り方」を見極めようとする姿勢は、確かに稲盛氏と通じるものがある。
張CEOはトランプ大統領がTikTokの事業禁止を命じる直前の8月初旬に、従業員にメールを送り、「ユーザー、従業員、企業の成長を最優先して判断する」「世間は騒がしいが、最善の解決策を追求している自分たちを信じてほしい」と理解を求めた。
米政府には事業の売却か禁止を迫られ、中国政府には技術の輸出を禁じられるという八方ふさがりの状況で、張CEOは「オラクル・ウォルマートとの技術提携」という、米中両政府が受け入れやすい着地点を探し当てた。彼にとっては従業員の雇用も考えた「本質的な解決策」と言えるのかもしれない。
■2010年代に訪れた空前の稲盛ブーム
稲盛フィロソフィは2010年代に中国で一大ブームとなった。高成長の中で利益のみを追求していた中国人は、2009年の金融危機に直面し自問自答し始めた。2000年代に流行した米国式の経営手法についても、研究者や経営者は「中国の現場にフィットしない」と感じるようになった。そこに現れたのが東洋の思想や宗教を取り入れ、経営だけでなく人生の哲学を示した稲盛氏だった。
経営破綻した日本航空(JAL)の会長を無報酬で引き受け、再生した稲盛氏の格は、中国人経営者にとって「生きる神様」にまで上がった。著書『生き方』は現時点で500万部を超える大ベストセラーとなっている。
同氏の経営思想を学ぶ勉強会「盛和塾」は2019年末時点で中国に37塾あり、7000人が在籍していた。稲盛氏の高齢化などを理由に盛和塾は2019年末に解散したのだが、中国の塾だけは当面、活動の継続が認められた。
稲盛フィロソフィの信奉者には大物企業家も名を連ねる。その代表はファーウェイの任正非CEOで、同氏は数年前まで、来日のたびにお忍びで稲盛氏を訪問していたという。
■バイトダンスCEOに稲盛氏の著書を勧めた同郷の先輩
稲盛和夫氏の中国での人気ぶりは有名だが、筆者が興味深く感じたのは、バイトダンスの張CEOは26歳のときに『生き方』を読んだと語っている点だ。同CEOは1983年生まれなので、稲盛ブームが起きる前の2008年ごろということになる。江蘇省無錫市に中国最初の盛和塾が設立されたのが2007年で、金融危機前には『生き方』も売れていなかった。
張CEOは「同郷の先輩」に同書を勧められたのだが、その先輩とは、ネット出前サービスの中国最大手「美団点評」(Meituan Dianping)の王興CEO(41)だ。
中国メガベンチャーと言えば「BAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)」が有名だが、それを追う存在として2017年ごろ「TMD」という言葉が登場し、美団はその一角を担う。ちなみにTはバイトダンス(当時は「Toutiao」というニュース配信サービスで知られていた)で、Dはソフトバンクと組んで日本に進出した配車サービスのDiDi(滴滴出行)だ。
2010年に創業した美団は2018年香港で上場し、フォーブスが2019年に発表した富豪ランキングで、創業者の王CEOの資産額は519億7000万元(約8000億円)に達した。
清華大学でコンピューターを学び、米デラウェア大学の博士課程で学んだ典型的な中国人理系エリートの王CEOは、2014年の中国メディアのインタビューで「中国の経営者で稲盛和夫氏の境地に達している人はいない」と語っている。
■松下幸之助、井植歳男両氏も尊敬
「IT業界の若手起業家」として頭角を現しつつあった王CEOは当時、「ビジネスの知見は、子どものころから読んできた企業家の伝記から得ている」と話し、「(黄金期のフォード・モーターの社長を務め、クライスラー会長に転じた米自動車業界の英雄である)リー・アイアコッカ氏、(パナソニック創業者の)松下幸之助氏、(三洋電機創業者の)井植歳男氏に特に強い印象を受けた」と続けた。
さらに、「(中国最大級の不動産グループ)万科集団トップの王石氏(69)、ハイアールトップの張瑞敏氏(71)も、稲盛和夫氏は次元が違う」と強調した。
王氏は2013年にハイアールの張氏と知己を得たことをきっかけに、中国企業家第一世代と呼ばれる大物経営者たちと交流を始め、企業見学もさせてもらったという。
その中で、「インターネットビジネスの思考とはどんなものか」と問われ、「ビジネスの本質はネットに限らず同じではないか」と感じ、改めて稲盛フィロソフィの深遠さや日本人企業家のマネジメント思想の奥深さを実感したそうだ。
直接面識のある大物経営者の名前を挙げて、「稲盛氏にはかなわない」と発言するのは、王CEOの勇気と信念の表れだろう。
同氏は『生き方』読んで、「企業家にとって最も難しいのは時代にいかに順応するかで、人にとって最も重要なのは、いかに正確な道を歩くかだと考えるようになった」と語っている。
■「昭和」な価値観がマッチする中国テック界
稲盛氏は88歳。著書や講演では仕事に没頭することが大事だと語り、「ワークライフバランス」「共働き」がキーワードの令和から見ると時代錯誤な感じを受ける。
一方で10年以上前に稲盛氏の著書を読んだ20代の中国人が経営のヒントを得て、その後アリババやトランプ政権を警戒させる企業をつくりあげたことは非常に興味深い。
中国は成長が鈍化したと言われるが、起業家にとってはなおビジネスチャンスにあふれている。アリババやファーウェイのようなメガIT企業は軒並み「ブラック」な働き方を強いられるが、それでもトップエリートをひきつける。
稲盛氏は「神様が手を差し伸べたくなるほどに、一途に仕事に打ち込め。そうすれば、どんな困難な局面でも、きっと神の助けがあり、成功することができる」との言葉を残している。
日本人の多くはそこに「昭和」を感じてしまうが、「仕事は修行」という価値観は、激しい競争にさらされ、米中の政治戦争にも巻き込まれる中国のテック界のスターにとって、すとんと腹落ちするものなのかもしれない。
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経済ジャーナリスト
1974年、福岡市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、98年から西日本新聞社。2010年に中国・大連の東北財経大学などを経て、米中ビジネスニュース翻訳、経済記事執筆・編集など。著書に『新型コロナVS中国14億人』(小学館)。
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(経済ジャーナリスト 浦上 早苗)
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