夜の繁華街に行きたい従業員を、トヨタの「危機管理人」はどう説得したのか
プレジデントオンライン / 2020年9月30日 9時15分
■平熱より1度高くても上司に報告する
トヨタが行った生産現場での新型コロナ危機対応は、前回とりあげた。
トヨタの国内従業員の総数は約7万2000人。このうち、生産現場にいる技能職は4万3000人、事務部門の事技職は1万5000人で、事務部門の人々をサポートする業務職が4000人。加えて、課長級以上の基幹職・幹部職が8500人となっている(2020年8月現在)。
それでは事務部門の職場では、どんな対策を実行しているか。簡単にまとめておく。これまた、事技系職場の人数が多い会社では参考になる。
1 手洗い、咳エチケット、出勤前と帰宅後の検温記録をすること。発熱したら上司にすぐに報告する(37.5度以上もしくは平熱よりも1度高い場合)。
2 行動履歴の記録と管理の徹底。コロナ接触確認アプリ「COCOA」の積極的な活用を推奨する。
3 各施設に入場する前に消毒液を設置する。
4 食堂などの共有施設における対面着席を廃止する。席数を削減し、誰がどこに座ったか、着席場所を記録する。
5 拠点間を運行する社内バスの席数を半減する。車内では飛沫が飛ぶから飲食は禁止で、会話も抑える。換気を実施し、車両の消毒も欠かさない。
6 全従業員と家族に対してマスクを配布する。ひとりあたり、1日に1枚の計算となっている。
【事技系職場】
1 一定の目標値を定めて、在宅勤務、勤務場所の変更をする。
2 各席における飛沫防止パネルの設置。
3 時差出勤、部分的な在宅勤務を行う。
たとえば、広報部などは役職者も含めて半数は在宅勤務だった。在宅勤務については別稿で詳しく述べるけれど、東京本社は今も閑散としている状態だ。
■出張や親睦会はどうしている?
1 国内出張についてはリモートで打ち合わせが可能であれば出張しない。必要に応じて実施する。
2 海外への赴任、出張については外務省が定めた感染症危険度に応じて決める。危険度が3の場合は出張、赴任ともしない。2の場合は不急の出張は控える。1であれば可能となる。
3 日本から海外の工場へ支援に行った従業員の場合、平日はホテルと職場の往復にとどめる。休日もホテルから外に出ない。渡航する前に会社は従業員だけでなく、家族の了解も得ることを前提とする。
4 親睦会、食事会は会場における感染防止対策を見極めて、開催は慎重に判断する。
5 帰省に関しては地域の感染状況を事前に確認し、慎重な判断をする。
■頭を悩ませる社員の帰省、飲み会の問題
新型コロナ危機への対応で、各社がもっとも苦慮したのは帰省、食事会といった社員のプライベートな分野への影響の行使ではないだろうか。
役員や幹部に対してならば、会社の意思として「会食禁止」「出張禁止」「旅行禁止」と通達することができないわけではない。
役員、幹部は一般従業員よりも多くの責任を負っている。会社が「感染予防のため」とプライベートに踏み込んでも、本人たちは納得する。また、役員、幹部であれば賢明なはずだし、それ相応の思慮の深さを持っているだろうから自ら律するだろう。
問題は若い従業員に対して、会社が「帰省するな」「合コンに行くな」とは言えないことだ。けれども、会社としてはPCR検査の陽性者が出るのは困る。本人だけでなく、周りの濃厚接触者を含めて2週間の隔離になるからだ。
では、トヨタの危機管理人たちはプライベートへ踏み込む問題をどういう風に解決したのか。
対策本部の座長を務めた朝倉正司は言う。
「会社からの文書で、帰省しちゃいかん、外出禁止なんてことは言えないんです。従業員にとってみれば、『何で会社にそんなこと言われなければいかんのか』と思う人間もいるからです。どこの会社でも、プライベートに踏み込むことはできないんです。
ただ、現実的には、帰省してもいいけど、感染されては周りが困る。工場ですから、共同作業ですから、濃厚接触者も多い。うちでも感染者は出ています。だからといって感染者本人を追及することはしません。誰だって、いつ感染するかわからないんですから」
■危機管理人が反省した改善点は
「私がやっているのは逃げかもしれんけれど、『オレが本部長だから、行くなというんじゃないぞ。1人の先輩としてのアドバイスだからな。できれば、今のところは夜の街は控えておけよ』。
ひとりの先輩としてアドバイスするしかない。あと、若者が言うことを聞くのは、現場のおやじ(組長)なんですよ。現場のおやじとか兄貴が部下に、『お前、今のところはやめとけ』と言うしかないんですよ。
データを見ると、クラスター感染が出ているのは夜の街と宴会です。パチンコ屋さんや映画館は出てないんですよ。だからといって、行けと言ってるわけじゃないけれど、何でもかんでもダメとは言えません」
朝倉とともに危機管理をやっている尾上恭吾(TPS本部副本部長)もまた「この部分がいちばん対応が難しいですね」と言う。
「優等生的な答えとしては『みんな、トヨタマンらしい行動をしましょうね』でしょう。でも、それでは伝わらないかもしれません。仲のいい上司が親身になって、『今は我慢して』とアドバイスするしかありません。
仲間を褒めるわけじゃないけれど、うちの会社では5月連休の時も、帰省しないで寮の部屋にじっとしている若い人が多かったんです。私の反省としては、帰省しなかった、夜の街に行かなかった若い人に対して、何かしら手当てをしなきゃいけなかったな、と。
ただ、宴会するわけにいかんでしょう。改善するとしたら、帰省しなかった人、夜の街へ行かなかった人に対して、先輩として自腹でテイクアウトの食事をおごるとか、そんなところですか。そういうことをしなきゃいけないですね。ここは考えどころです」
※この連載は『トヨタの危機管理』(プレジデント社)として2021年に刊行予定です。
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ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。noteで「トヨタ物語―ウーブンシティへの道」を連載中(2020年の11月連載分まで無料)
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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)
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