「俺なんて控えめなほう」休眠会社を使って500万円を不正受給した49歳の言い分
プレジデントオンライン / 2020年9月27日 11時15分
※本稿は、奥窪優木『ルポ 新型コロナ詐欺 経済対策200兆円に巣食う正体』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。
■「まさかこんなに儲かる日が来るとはね……」
まったく新型コロナの影響を受けていないにもかかわらず、持続化給付金を受給する人々もいる。
中内宏昌さん(仮名・49歳)もコロナショックとは無縁なのに、限度額200万円を大きく上回る金額の受給に成功したという。
「過去にやっていた事業のためにつくったペーパーカンパニーが2社あったんだよ。でもここ数年はまったく使っていなくて、5年前に休眠届を出していた。廃業の手続きをするのが面倒くさくて放置していたんだけど、まさかこんなに儲かる日が来るとはね……」
筆者が彼と初めて会ったのは、2012年夏の香港だった。東日本大震災から約1年ちょっと、民主党政権下で超円高が続いていた。そうしたなか、香港の金融の中心地で超高層ビルが立ち並ぶ「中環」(セントラル)にある世界最大級のメガバンク・HSBC本社ビルには、海外に資産を逃がす資産フライトブームに乗って海外銀行口座を開設しようとやって来た日本人の姿が多くあった。
中内さんは、そんな日本人を香港まで引率して口座開設をサポートするツアーを主催しており、資産フライトブームを追いかけていた筆者は彼に取材をしていたのだ。
ちなみに日本人の海外での口座開設ブームは、同年暮れに自民党に政権交代して円安に進み始めると立ち消えとなり、筆者の中内さんへの取材結果は日の目を見ることなくお蔵入りとなった。
■2社間で互いに200万円の支払いをしたことにした
彼の口座開設ツアーもまた、その頃には顧客が集まらなくなり、頓挫となっていたらしい。香港在住の別の人物から聞いた話では、彼は当初「口座のアフターフォローも行う」と謳って集客していたにもかかわらず、突然、顧客らに「業務終了」を宣言したのだという。
英語も広東語もできず、彼だけを頼って口座を開設していた顧客は、はしごを外されたような形となり、ネット上では元顧客らによる「被害者の会」のようなものまで発足したという。要するに、その当時から胡散臭い人物なのである。
筆者も2012年以来、彼とコンタクトは取っていなかったが、共通の知人から「給付金をもらって羽振りよさそうにしている」と聞き、かつてのeメールアドレスに連絡したところ、日本で再会の運びとなったのだ。
6月中旬のある日、彼は新橋駅近くのルノアールに、ヴィトンのモノグラムのクラッチバッグを小脇に抱えて現れた。8年前よりふっくらとしたものの、一昔前のヤミ金の取り立て屋のような風情は当時と変わらない。
中内さんの不正受給のカラクリはこうだ。
「前年度の帳簿上、2社間で互いに200万円の支払いをしたことにすれば、それぞれ200万円の売上と経費ができる。これで修正申告を出したんだけど、支払いと売上が同額で利益はゼロになるので法人税はかからない。売上が生じたことで、県税事務所に出していた休業届は解除になっちゃったから、均等割の法人住民税7万円はそれぞれかかっちゃうけど、200万もらえるなら安いもの。
両社とも決算は12月締めにしてあったので、本来の申告期限を3カ月くらい過ぎていたけど、新型コロナの特例で、何も言われなかったよ。同時に、個人事業主としての確定申告もした。そっちは実際に400万円ほど売上があったので、ありのままに申告したよ」
こうして、ペーパーカンパニー2社と個人事業主で、合計3件の確定申告を済ませると、受け取った確定申告書の控えを利用して持続化給付金を申請したのだ。
■ペーパーカンパニー2社と個人事業主で計500万円を受給
「3件合わせて満額500万円分申請して、無事にすべて受け取ったよ。税務署行ったり書類作ったりで手間はかかるけど、こんな割のいい仕事はなかなかないよね。安倍ちゃんゴチ!」
その口ぶりからは、罪悪感も不正が露見することへの危機感も、まったく感じられないのだった。
「でも、俺なんて控えめなほうだよ。仮想通貨とかネットワークビジネスやってる連中なんて、節税のためにペーパーカンパニーを3、4社持ってることもザラ。8社分で申請出して、1社分はすでに振り込まれたっていう仲間もいる。俺の知り合いだけで、たぶん200件くらいは満額受給してるんじゃないかな。本当に金に困ってるヤツは一人もいないけど、くれるっていうならもらうよね?」
7月7日の読売新聞によれば、経産省は6月下旬から中小企業庁内の持続化給付金の審査を担当する部署に複数の専従者を配置し、弁護士などの助言を受けながら作業しているという。
■「法人とフリーランスの二重申請」も可能
関係者によると、売上の計上を意図的に先送りしてひと月の売上高を半分以下にしたり、経営者が法人、フリーランスとして二重に申請するなどのケースがあることを把握しているという。
しかし今までのところ、中内さんがすでに受け取ったという給付金について、返還請求がきたという話は聞いていない。
そこで筆者は、「持続化給付金事業コールセンター」に、「法人とフリーランスの二重申請」が可能なのか問い合わせてみた。
すると、電話口の男性オペレーターは「個人事業主として事業収入があり必要書類が揃えられるのなら、法人と両方で受給は可能」と答えた。さらに、「同一人物が代表を務める法人が複数あっても、条件を満たしていればそれぞれで受給可能」との回答も得られた。あくまで別人格の事業者には、それぞれに受給資格があるということになりそうだ。
■休眠中の法人が給付金目的で買収されている
「でも、今一番熱いのは法人買収だよ」
ここまで早口で、自分の狡猾さを誇るかのように手口を披露してきた中内さんが声を潜める瞬間があった。
法人買収と聞いた直後に、筆者が連想したのは、ハゲタカファンドなどによる大企業の経営権の乗っ取りだ。筆者は、取材したい内容から話が逸脱しそうなことを危惧していたが、お構いなしに中内さんは続けた。
「廃業寸前とか休眠中とかの法人を買っちゃってさ、それで持続化給付金申請しちゃうらしいんだよ。古い知り合いがブローカーやっててさ、俺も買おうと思ってるんだけど」
持続化給付金の不正受給について、これまでさまざまな手口を取材してきた。しかし、法人を購入して申請の“タマ”にする手は、まったく聞いたことがなかった。筆者は職業柄の好奇心を抑えることができなくなっていた。筆者は中内さんに、そのブローカー氏を紹介してくれるよう頼み込んだ。
「緊急事態宣言」が5月25日に解除されて以降、東京都の1日の新規感染者数が再び3桁に戻った7月の昼間、筆者はよりによって第2波のホットスポットとされていた新宿の喫茶店にいた。中内さん紹介のブローカー氏にお目通りかなうこととなり、面会の場所として指定されたのがそこだったのだ。
「私が取材を受けたのは、やましいことは何一つやっていないからです。私たちのビジネスは完全に合法です」
小雨のなか、少し遅れてやってきた彼は、几帳面な手つきでコウモリ傘を畳み終えると、名刺を差し出しながらそう言った。
中内さんと同年代と思われる彼はヤミ金ルックではなかったが、中年太りとは無縁の体型で、カーキ色のカジュアルスーツを着こなし、カタギとは違う雰囲気があった。
「経営コンサルタント……」
名刺に書かれた肩書を読み上げると、彼は「私の名前を出すのはやめてほしい。手の内を明かしてしまうと同業者から反感を食らうから。狭い世界なんで」と釘を刺すことも忘れなかった。
■時代とともに移り変わる「法人買収」のニーズ
法人買収ブローカーを生業として約15年という彼だが、顧客からのニーズは時代とともに移り変わってきたという。
「昔は、儲かってしょうがない経営者が、累積赤字を抱えている企業を買っていたんです。累積赤字がある企業を売上の受け皿とすれば、赤字の繰り越し効果で節税になりますから。ただ、ここ10年くらいで法人税率が低くなってきたことと、そうしたスキームに対する規制がどんどん厳しくなったことで、節税目的での企業買収は下火になってきました。
それとほぼ入れ替わりで出てきた動きが、新規参入者にはハードルが高い許認可や既得権営業を引き継ぐことを目的にした買収です。代表的なものでいえば、産業廃棄物処理業者や店舗型風俗店などに需要があります」
そして新型コロナ後の“新常態”として広がっているのが、例の「持続化給付金目当ての法人買収」というわけだ。
「廃業見込みの法人は、『事業継続の意思』を条件としている持続化給付金の対象外です。しかし、その法人を買収した者に事業継続の意思があれば給付対象となるので、ほかの条件さえクリアであれば大手を振って受給していいはず」
■たばこ店も「既得権」を持っている
買収した法人による給付金受給の合法性をそう強調するブローカー氏が手掛ける法人の種類は、多岐に及ぶようだ。
「大きな負債がないことが前提ですが、飲食業者や商店から、ネット販売業者、クリエイターの個人事務所まで、どんな業種でも売り物になる。
意外と見つけやすいのがたばこ店。近年の『たばこ離れ』で街からはほとんど消えましたが、自動販売機だけで営業を続けていたりする。『たばこ小売販売業許可』は、既存のたばこ販売業者から一定距離内の店舗では得られない、いわば『既得権』。近隣にコンビニが出店する際に有償での譲渡を持ち掛けてくることもあるため、店を閉めても法人格を保持しているところも多いんです」
では彼は、身売りを望む法人をどのように見つけ出しているのか。
■「官報はまさに宝の山」
「ひとつは独自のコネクションによるもので、これは企業秘密。ネット広告経由でも売却相談が一定数くるが、それと同じくらい重要なのが『アナログ的な買取営業』です。自主的に会社を廃業する場合には、まず官報に解散公告を出し、債権者は申し出るように呼び掛けなければならないと決められています。
また、毎年10月の官報では、12年以上登記のない株式会社が公告される。会社法では、株式会社の役員の任期は最長で10年なので、10年以内には役員の変更または再任の登記をしなければならないのですが、それすら行っていない法人に対して、『今から2カ月以内に連絡しないと解散したものとみなします』と宣告するものです。どちらの公告にも法人名が明記されているので、これをもとに法人の代表に連絡を取り、交渉を始めるのです。我々にとって官報はまさに宝の山なんです。
あとはシャッター通りになった商店街に行って、営業をやめた飲食店や商店の経営者を聞き込みで探すこともある」
さらに、ブローカー氏は「うちではない、同業者の話」と断りを入れたうえで、こんな手口も明かす。
「休眠法人は、前年度の売上もゼロのはずなので、持続化給付金の対象にはならない。ただ、買収後に休眠の解除と架空の売上を計上した修正申告を同時に行うことによって、持続化給付金の対象にしてしまうというやり方もある。こうした手口は、休眠状態だった法人を強引に目覚めさせるという意味で、『たたき起こし』と呼ばれています」
休眠中の法人でも修正申告を出せば持続化給付金を受給できることは、このブローカーを紹介した中内さんも話していた通りである。
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フリーライター
1980年、愛媛県生まれ。上智大学経済学部卒。ニューヨーク市立大学中退後、中国に渡り、医療や知的財産権関連の社会問題を中心に現地取材を行う。2008年に帰国後は、週刊誌や月刊誌などに寄稿しながら、「国家の政策や国際的事象が末端の生活者やアングラ社会に与える影響」をテーマに地道な取材活動を行っている。2016年に他に先駆けて『週刊SPA!』誌上で問題提起した「外国人による公的医療保険の悪用問題」は国会でも議論の対象となり、健康保険法等の改正につながった。著書に『中国「猛毒食品」に殺される』(扶桑社刊)など。ツイッターアカウントは@coronasagi
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(フリーライター 奥窪 優木)
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