コロナ禍の残酷「ガラス越しの面会」で老親の認知症は悪化した
プレジデントオンライン / 2020年9月26日 9時15分
■「お母様がグッタリされているので、救急車で緊急搬送します」
6月のある朝、A子さん(57歳)は電話で叩き起こされた。両親が住む高齢者施設からだった。「お母様がグッタリされているので、救急車で緊急搬送致します」。
A子さんは岩手県出身で、結婚後はずっと都内に住む。高齢となった岩手に住む両親のことを気にかけ、頻繁に帰省しては可能な限りのケアをしてきた。しかし、父親(85歳)の認知症、母親(83歳)のパーキンソン病ともに、症状が悪化したため、昨年、実家近くの高齢者施設に両親そろって移ってもらった。そんな中で、コロナ禍となる。
当然、ずっと会えない状態は続いていたのだが、緊急搬送の連絡を受けた6月上旬は県をまたぐ移動の自粛解除前。飛んで行きたくとも、行けない状況で、回復を祈るしかなかった。幸いにも母親は10日間で退院。原因は熱中症だったそうだ。
■85歳認知症の父が「ガラス戸をこじ開けようとして大変だった」
ようやく自粛が解除された6月下旬、急ぎ、施設に飛んだA子さんだったが、感染防止の観点から施設には1歩たりとも入れず、両親とはガラス越しの面会になったという。
「父は(ガラス窓の向こうにいる)私がどうして中に入ってこないのかが理解できず、ガラス戸をこじ開けようとして大変でした。父の隣にいる母は車椅子に座ったままで元気がないように見えました。差し入れすら許されず、つらかったです」
高齢者施設によっては、誤嚥(ごえん)や食中毒を避けるために、家族同伴の下であれば差し入れの食品を食すことができるケースもある。だが、この施設では家族が接触できないので、必然的に差し入れNGになるのだ。
今、A子さんのような切ない思いを抱えている人は多い。入院患者も基本、お見舞いは受け付けていないが、高齢者施設でもそれは同じ。これはコロナの感染リスクがある限り、面会制限も続くということを意味する。家族であっても、自由に面会はできないのだが、これがとりわけ「中にいる親」にとって大きなダメージとなるリスクがある。
神奈川県にある有料老人ホームのケアマネのSさんはその実態をこう話す。
■介護施設「面会制限」は老親に想定外のダメージを与える
まずは入所者に対しては下記、4つの制限があるという。
1 外出制限
2 施設内の催しの中止(お花見、遠足、夏祭り、カラオケ、集団によるリハビリ訓練など)
3 訪問歯科、訪問美容、訪問販売の中止または延期
4 家族・親族との面会制限
1は例えば、入所者が病気になり外部の病院で診察を受けると、自動的に1週間の自室待機になる。8月からは少し緩和され、自室待機が課されるのは、コロナ陽性患者受け入れ先に指定された病院で受診した者に限られるように。よって、整形外科などの個人病院受診後は通常通り施設内の食堂で食事を取れるようになった。しかし、不要不急の受診はNG。現状は内科医の訪問診療のみに頼っている。
2はイベント系の行事の中止である。お花見などの外出はもちろん、施設内で行っていたリハビリの一環としてのカラオケ、健康体操なども飛沫感染を恐れて、もう半年は実施していないという。
3も同じで、毎月、行っていた歯科診療、美理容も順延になっているという。
一番大きな問題は4である。外出がままならないお年寄りにとっては家族の面会は大きな喜びのひとつであったはずなのに、現状は冒頭に述べたとおりである。
![手をつなぐ高齢のカップル](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/1/670/img_5152cc9a699ad5bc995a9ddbed6fc19a438585.jpg)
この施設では、緊急事態宣言中は一切の面会禁止。解除後の現在も、実は面会制限継続中で、LINEによるビデオ通話かガラス越しの面会のどちらかを2週間に1回、最大10分。平日1日3組までという条件で許可をしている段階だという。職員が入所者にマンツーマンで付き添う必要があり、現状60人超の入所者全員に実行するにはこの措置がギリギリとのことだ。
■「家族との触れ合いが激減し、認知症が進んでしまった」
ケアマネのSさんはこう話す。
「今はあれもダメ、これもダメで、お年寄りの楽しみをすべて容赦なく奪い取っているような気がして、心が痛いです。実際、家族と触れ合うことで得られる安心感や楽しみ、刺激が少なくなった余波を受けて、フレイル(高齢者が筋力や活動が低下している状態=虚弱)に陥ったり、認知症が進んでしまったりするケースが見られます。ある女性は春先まで『○ちゃん(娘)が来ないわね~』と頻繁に口にしていたのですが、段々と感情表現が乏しくなって、もう今では『○ちゃん』というご家族の名前は言うことはなくなってしまいました」
もちろん、この状態をどうにかしようと懸命に努めている介護施設職員は多いが、現実は厳しい。この施設の場合、夜勤明けの職員が、ひとりで朝イチに1フロア23人の入所者の体温を測らねばならない。排せつや着替えも行って、さらに検温という仕事があるので、コロナ前よりも負担感は確実に大きくなっている。
■入所者を「死なせない」ことが唯一の目標になっている
ケアマネのSさんは「最近、ようやく非接触型の体温計が入手できたので、だいぶ楽になりました」と話すが、悩みは他にもある。その筆頭は「介護のやりがい」だという。
「今は、これまで普通にお仕事としてやってきたことが全くできていません。外出や集団レクリエーション、家族交流の時間がなくなり、食事・入浴・排せつのお世話だけで一日が終わってしまいます。これでは、コロナで入所者を死なせないことが唯一の目標になっているようで、心苦しい。お年寄りは我慢強い人が多いので、ご自分の『あれがしたい』などという希望を控える人ばかりです。残された時間をもっと楽しく過ごしてほしいのに、これでは『ただ生かしているだけ』ではないかと思い、切ないです」
介護の質を上げるためには職員同士のレベルアップのための研修や、全体会議などが必須だが、一度に集まれるのは職員4人までという内規があり、50人いる職員の全体会議どころか、申し送りなども十分にはできない状況だという。
今はどの高齢者施設も同じような状況に追い込まれているため、このコロナ禍で転職を考えだした介護職員も少なくないようだ。
埼玉県の有料老人ホームに勤務する介護士のYさんはこう話す。
「ウチのホームではご家族からのクレームが明らかに増えました。多いのは『自由に面会させろ』という面会制限に対するもの。また、入所者さまが不慮のケガをした際、『どうして、(施設内で)転んだのか?』といった類いも。この2つの案件とも、親御さんと直接の面会ができないので、職員がご本人の体調などを電話で説明するのですが、電話では細かくお伝えできません。そのため、会えないご家族は不安になって、クレームをするという循環です」
![絶望する年配夫婦](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/5/670/img_e5771b3fc50490881ae7f48bd6a38778220118.jpg)
「ご家族と会えないことで、精神的に不安定になる入所者さまもいて、対応に苦慮することもあります。明らかに業務量は増え、夜勤も多く、このままだと自分の体が持たない。もともと、介護業界はギリギリの人数で回していますが、このコロナで職員の疲弊度はさらに増しています」(介護士のYさん)
■コロナ禍はガラス窓越しに一生のお別れをしなければならない可能性
先のケアマネのSさんも、日々仕事をしていて悲しく思うこととして「コロナ禍での看取り」を挙げた。
「私の施設では、現状、食欲が低下し衰弱が著しい入所者さまなどには、特別な部屋に移っていただいています。ご家族はその部屋に頭から足まで防護服を着用して入っていただきます。でも、防護服って暑いし、これでは入所者さまは家族の顔もよく見えません。これは、あまり表立っては言えませんが、8月あたりからお看取りが近いと判断された方は地域包括センターなどと連携して、在宅訪問医の協力を得ながら、在宅復帰を提案するようにしています。ご家庭内ならば、抱きしめることもさすることも、もちろん直接、声をかけることも自由ですから……」
冒頭で紹介した岩手県に住む両親を持つA子さんは、今も施設のガラス越しの面談を続けている。
「先日、見舞いに同行したいという娘(孫)がスケッチブックに『笑って!』って大きく書いてガラス越しに掲げたんです。その文字が分かったらしく、両親が泣いたような笑ったような顔を見せてくれました。老親のほうが案外、(コロナ感染対策への)順応性が高いかもしれないって思いました」
今後、親が突然重い病気で入院したり、介護が必要な状態になったりしたら……。最悪の場合、ガラス窓越しに一生のお別れをしなければならない。それもコロナ禍の現実なのだ。
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エッセイスト、教育・子育てアドバイザー、受験カウンセラー、介護アドバイザー
執筆、講演活動を軸に悩める母たちを応援している。著作としては「偏差値30からの中学受験シリーズ」(学研)、「ノープロブレム 答えのない子育て」(学研)、「主婦が仕事を探すということ」(東洋経済新報社 共著)などがある。最新刊は「鳥居りんこの親の介護は知らなきゃバカ見ることだらけ」(ダイヤモンド社)。ブログは「湘南オバちゃんクラブ」「Facebook 鳥居りんこ」。
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(エッセイスト、教育・子育てアドバイザー、受験カウンセラー、介護アドバイザー 鳥居 りんこ)
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