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トランプ当選のためSNSから8700万人分の個人情報を抜き取った男の手口

プレジデントオンライン / 2020年9月26日 11時15分

2018年5月16日、ケンブリッジ・アナリティカの元従業員で内部告発者のクリストファー・ワイリーが、ケンブリッジ・アナリティカとデータプライバシーに関して上院司法委員会で証言している - 写真=AFP/時事通信フォト

11月3日の米大統領選挙が近づいている。前回はソーシャルメディアを舞台にした情報戦がトランプ政権誕生を後押しした。今回はどうなるのか。その観点から米国で話題を集めているのが『マインドハッキング』(新潮社)という本だ。筆者はフェイスブックから8700万人分の個人データを不正入手して、前回選挙に「心理戦版大量破壊兵器」を投入した人物。一体どんな手口で「兵器」を作ったのか——。

※本稿は、クリストファー・ワイリー著、牧野洋訳『マインドハッキング あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』(新潮社)の一部を抜粋し、再編集したものです。

■友人データも収集するアプリ「マイパーソナリティー」

2014年春、アレクサンダー・コーガン(英ケンブリッジ大学の心理学者)は計量心理学センターに所属する2人の研究者を紹介してくれた。デービッド・スティルウェル博士とミハル・コシンスキー博士だ。2人はフェイスブックから合法的に膨大なデータセットを入手し、ソーシャルメディア利用による心理プロファイリングの草分け的な存在になっていた。

その原動力になったのが、スティルウェルが07年に開発したアプリ「マイパーソナリティー」だ。ユーザーはアプリを使うために自分のパーソナリティーについてアンケートに答える。そうすると性格診断結果をもらえる。一方、アプリ開発者はユーザーの心理プロファイルを保存し、研究用に利用する。

「どうやってデータを手に入れたのですか?」と私は聞いた。

「アプリ経由で手に入れました」

フェイスブックは第三者による研究を大歓迎していた。ユーザーについて深く学べば学ぶほど、より多くの利益を生み出せると考えているからにほかならない。私はスティルウェルとコシンスキーの2人からデータ収集の経緯を聞かされ、同社がいかにユーザーデータの提供に前向きなのかを理解した。ユーザーのプライバシーに関しては同社の管理体制は驚くほど緩かったのだ。

驚いたのは、「マイパーソナリティー」がユーザーデータに加えて、フレンドリストに掲載される友人データも自動的に収集していた点だ。アプリによる友人データの収集についてユーザー本人の承諾は事実上不要になっていたのだ。フェイスブックの基準では「フェイスブックユーザーとして登録=友人データの利用を承諾」と見なされていた。友人にしてみれば、自分の個人データが「マイパーソナリティー」に吸い上げられているとは想像もできないだろう。

■200万ダウンロードなら3億人のプロファイルが手に入る計算

平均的なフェイスブックユーザーは150~300人の友人を持っている。私はスティーブ・バノン(トランプ政権発足時の大統領首席戦略官)とロバート・マーサー(米億万長者)を思い浮かべた。これを知ったら大喜びするに違いない! アレクサンダー・ニックス(英系軍事下請け会社ケンブリッジ・アナリティカ=CAの経営トップ)はちょっと違う。バノンとマーサーが大喜びする姿を見て大喜びするだけだ。

私はにわかには信じられなかった。

「一つ確認させてください。例えば私がフェイスブックアプリを作成して、千人のユーザーを得たとしましょう。そしたら……15万人分のプロファイル(プロフィール)を得られるというわけですか? 本当に? フェイスブックが認めてくれると?」
「そういうことですね」

つまり、200万人が「マイパーソナリティー」をダウンロードしたら、3億人のプロファイルが手に入る計算になる(そこから友人の重複分を差し引く)。これは想像を絶するほど巨大なデータセットだ。

15年発表の研究論文──執筆者はヨウヨウ、コシンスキー、スティルウェルの3人──によれば、人間行動の予測という点では、フェイスブックの「いいね!」を利用するコンピューターモデルは圧倒的なパフォーマンスをたたき出す。

■本人自身よりも、本人の習慣について熟知している

Aの行動を予測するとしよう。「いいね!」10個で、Aの職場の同僚よりも正確に予測できる。150個で、Aの家族よりも正確に予測できる。300個で、Aの配偶者よりも正確に予測できる。なぜこうなるのか? 友人や同僚、配偶者、両親はAの人生の一面しか見ていないからだ。

そもそも、Aは対友人、対同僚、対配偶者、対両親で異なる行動をしており、それぞれに対して違う印象を与えている。そのため、午前3時に合成麻薬MDMAを2回打ってハイになっているAを両親は想像できないし、上司がいるオフィス内で控えめに礼儀正しく振る舞うAを友人は想像できない。

だが、フェイスブックはどうだろうか。Aの対人関係全般をのぞき見している。スマホで何をしているのかをフォローしているし、インターネット上で何をクリックして何を買っているのかも追跡している。このようにしてデータを集めることで、Aが本当はどんな人間であるのかを正確に把握している。友人や家族よりも。ある意味では、Aの習慣についてA自身よりも熟知している。

論文の著者3人は「パーソナリティー判定でコンピューターは人間を追い越した」としたうえで、「心理的評価やマーケティング、プライバシーの領域で、可能性が大きく広がると同時に問題も出てくる」と指摘している。

■データテーブルは指数関数的に大きくなっていった

フェイスブックアプリのローンチは14年6月となった。われわれはコンピューターの前に立っていた。ケンブリッジ大にいるコーガンがアプリをローンチすると、誰かが「やった」とぼそっと言った。これでゴーライブ(本格稼働)だ!

それからオフィス内には拍子抜けした雰囲気が漂った。5分、10分、15分……。何も起きなかったのだ。オフィス内はそわそわし始め、ニックスは「一体どうなっているんだ? 何でわれわれはここで立っているんだ?」とほえた。私は特に驚かなかった。人々がMタークの調査票を読んで回答し、アプリをインストールするまでにはそれなりの時間が必要だと分かっていた。

予想通り、ニックスが不平不満を言い始めてから間もなくして、1人目が反応した。続いて2人目、20人目、100人目、千人目……。秒単位でまるで洪水のように回答者が押し寄せてきた。ニックスが効果音を好むと知っていたので、タダス・ジュシカス(CAの最高技術責任者)はビープ音が鳴る人数カウンターを設置した。こんなくだらない仕掛けに喜ぶなんてニックスはどれだけ間抜けなのだろう、と思いながら。

以後、ジュシカスのパソコンからビープ音が鳴り続けた。数字のゼロが増えるにつれてデータテーブルは指数関数的に大きくなっていった。友人データも加えられているからだ。オフィスの中の誰もがエキサイトしていた。データサイエンティストにとっては純粋なアドレナリンを注入されたようなものだ。

■スティーブ・バノンが人名と州名を言うと……

バノンはわれわれの進捗状況をチェックするため、それまでよりも頻繁にロンドンへ出張するようになった。フェイスブックアプリのローンチ直後にもロンドンへやって来た。巨大なスクリーンが置かれている役員室にわれわれと一緒に入った。

ジュシカスは近況について短いプレゼンを終えると、バノンに向かって言った。

「何でもいいから人名を言ってください」

バノンは困惑した表情を見せながら、名前を一つ言った。実名だったが、ここではAとしておこう。

「いいですね。それでは何でもいいから州名を言ってください」
「どういうことだ? では、ネブラスカでどうかな」と彼は言った。

■コンピューターの中で「彼女の人生」をそのまま複製できる

ジュシカスはキーボードをたたき、スクリーン上に一覧を表示した。Aという名前のネブラスカ住民の一覧を見せたのである。続いて、そのうちの一つをクリックした。すると、大勢のAの中の一人──女性──についてのあらゆる個人情報がスクリーン上に出てきた。顔写真、勤務先、自宅、子ども、子どもが通う学校、自家用車──。

ほかにもある。彼女は12年の大統領選挙でミット・ロムニーに投票し、歌手のケイティ・ペリーのファンで、ドイツ車アウディを運転する。全体としてちょっとありきたりだ。われわれは今では彼女について何でも知っている。しかも彼女の情報──彼女に限らず多くのプロファイルの情報──はリアルタイムでアップデートされている。彼女が今フェイスブックに何かを投稿すれば、われわれには直ちに見えるのである。

ここで思い出してほしいのは、手元のデータはフェイスブックデータに限られないということだ。われわれは多様なルート──民間業者や州政府──から個人データを購入し、フェイスブックデータと統合している。国勢調査の欠測値補完データも取得している。

そんなわけで、われわれは彼女の住宅ローン申請データを持っている。彼女がどれだけ稼いでいるかも知っているし、彼女が銃を保持しているかどうかも知っている。航空会社のマイレージ情報を見れば、どれだけ飛行機に乗っているのかも分かる。結婚しているかどうかも分かる(彼女は結婚していなかった)。健康状態もつかめる。グーグルアースを使って自宅の衛星写真も手に入る。言い換えると、われわれのコンピューターの中で彼女の人生をそのまま複製できるということだ。もちろん彼女はそのことについては何も知らない。

「別の名前を言ってください」とジュシカスは言った。バノンから名前を聞き、同じことを繰り返した。3人目のプロファイルを表示したときのことだ。それまで無関心だったニックスが背筋をぴんと伸ばした。

■「電話番号はあるの?」「ありますよ」

「ちょっと待って」とニックスは言った。黒縁メガネの奥で目を丸くさせていた。「こういうのが一体いくつあるんだ?」

「何だって?」とバノンは厳しい声で言った。プロジェクトに無関心だったニックスに対していらいらしている様子だった。

「今の段階で数千万人に達しています」とジュシカスは答えた。「このペースでいけば、年末までに2億人を達成できるでしょう。それまで十分な資金があればの話ですが」

「それで、われわれはこの人たちについて、文字通り何でも知っているということ?」とニックスは聞いた。

「そうですよ」と私は代わりに答えた。「そもそもそれが狙いなのです」

ここでニックスはようやく気が付いたようだ。われわれのプロジェクトが何なのか、初めて腑に落ちたのである。これまでデータやアルゴリズムにまったく興味を示さなかったが、スクリーン上で生身の人間のすべてを知って、イマジネーションが湧いたようだ。

「電話番号はあるの?」とニックスは聞いた。

「ありますよ」と私は答えた。

するとニックスは──たまにそうなのだが──奇妙でありながらも華麗な行動に出た。スピーカーフォンの前に行き、「電話番号を教えて」。ジュシカスから番号を聞くと、すぐに入力した。

数回呼び出し音が鳴ると、誰かが電話を取った。「もしもし?」と女性の声。彼は上品ぶったアクセントで説明を始めた。

■自宅の衛星写真や家族の写真などすべての個人情報を持っている集団

「こんにちは、奥さん。お邪魔してすみません。ケンブリッジ大学から電話をしています。世論調査をしているのですが、ジェニー・スミスさんとお話しできるでしょうか?」
「私がジェニーです」

ここで彼は、手元のデータに基づいて質問を始めた。「スミスさん、テレビドラマの『ゲーム・オブ・スローンズ』について意見を聞かせてください」

「大のファンです」。彼女のフェイスブック上の情報と符合した答えだ。

「前回の大統領選挙ではミット・ロムニーに投票しましたか?」
「はい、ロムニーに投票しました」

続いて、彼女の子どもが通う小学校について校名を挙げたうえで、「お子さんはここに通っているのですね?」と尋ねた。

「その通りです」

私はバノンを見た。笑みを浮かべ、とても満足している様子だった。

クリストファー・ワイリー著、牧野洋訳『マインドハッキング あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』(新潮社)
クリストファー・ワイリー著、牧野洋訳『マインドハッキング あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』(新潮社)

ニックスが電話を切ると、バノンが「次は私にやらせてくれ!」と手を挙げた。結局、部屋の中の全員が順番に電話をかけた。とても現実とは思えなかった。相手はアイオワ州かオクラホマ州かインディアナ州のどこかに住み、キッチンに座りながら話をしている。ロンドンにいる集団──自宅の衛星写真や家族の写真などすべての個人情報を持っている──につながっているとはつゆほども知らないで。

今から振り返ってみると、常軌を逸していたのではないかと思う。バノン──当時は事実上無名の存在で、ドナルド・トランプ上級顧問への就任は数年先──はわれわれのオフィスに座り、ランダムにアメリカ人を選んで電話をかけている。彼が投げ掛けるプライベートな質問に対し、相手は喜んで答えているのだ。

われわれはやり遂げた。何千万人にも上るアメリカ人の個人プロファイルをコンピューター内で再構築したのである。何千万人どころか何億人のスケールになる可能性もあった。歴史的な快挙といえる。これほどのものを作り上げたことを誇りに思った。このような偉業はこれから何十年にもわたって語り継がれるはずだと確信していた。

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クリストファー・ワイリー ケンブリッジ・アナリティカ(CA)とフェイスブックによるデータの悪用を暴露したことで、「ミレニアル世代最初の内部告発者」「未来から送られたピンク髪で鼻ピアスの神託」と称される。暴露はシリコンバレーを揺るがし、データ犯罪に対する史上最大の多国籍調査につながった。CAは解散。ワイリーはCAの設立と崩壊に関与することになった。1989年にカナダのブリティッシュコロンビア州に生まれ、英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで法律を学ぶ。その後、文化をテーマにしてデータサイエンスとファッショントレンドの予測に関わる。現在はロンドン在住。Twitter: @chrisinsilico Facebook: BANNED Instagram: BANNED

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(クリストファー・ワイリー)

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