作家・山本文緒が、あえて「幸せになろうとしなくていい」と語る理由
プレジデントオンライン / 2020年9月29日 6時15分
■「できる/できない」を明確に、自分の人生を最優先
——あれもこれもと、いつの間にか誰かに課されたミッションが頭の中でぐるぐる回る……。そんな、つい頑張りすぎてしまう人の疲れた心に寄り添ってくれる小説だと思いました。『自転しながら公転する』というタイトルが言い得て妙だと思ったのですが、最初から決めていたのですか?
【山本文緒さん(以下、山本)】執筆より先にタイトルはありました。知り合いのライターさんがツイッターで「私たちは自転しながら公転する地球の上に乗り、毎日生活している」という内容のツイートをされて、いいなと思ってメールで使用の承諾を得ました。先にタイトルがあり、物語はそれに寄せられていった感じでした。
——「プレジデントウーマン オンライン」の読者世代も、主人公の都と同じように、親の介護と仕事の両立で悩んでいる人や、これからどう向き合っていこうかと考えている人が多いです。
【山本】私は親の介護のために子どもが仕事を辞めることに大変憤りを感じて、大反対なんです。なので、都の父親が「仕事を辞めてくれ」と言うシーンを、「許せない」と思いながら書きました。
親は先に死んでしまうのだから、子どもが自分の生業や経済力を手放して、親に尽くすのは違うのではないかなと感じるので、そこは少し強いメッセージを込めました。自分が同じ目に遭ったわけではないのですが、周りの人の状況を見ていると、外注できるものは外注するなど、何か両立できる手段はあるはずです。
——山本さんは現在、長野県にお住まいで、神奈川県のご実家と行き来している生活だそうですね。ご自身は老いていく親との付き合い方について、どのような考えをお持ちですか?
【山本】私は決して“いい子”ではないですが、いい子ほど、「優しさ」と「自分を投げ出す」ことが一緒になってしまう。「どこまでやるか」を明確にしておかないと絶対に引きずられるので、「ここまではやる」けれど、「ここから先はできません」という線引きを明確にしてあります。たとえば「一緒には住まない」とか、「月に何回以上は実家に行かない」とか、非常に細かく心の中で決めているんです。
——自分の暮らしを大事にしていくことが最優先ですね。
■刷り込まれた「幸せ」を真に受けないように
——都(みやこ)の場合、介護を理由に実家に帰っては来たものの、どこか「母のために帰ってきた」という不満や、自分本位な暮らしを続ける甘えがある。山本さんの小説は、キャラクターの短所を手厚く描いていくことで、人物が魅力的に立ち上がってくるような感じがします。
![山本文緒『自転しながら公転する』(新潮社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/9/1200wm/img_898de35b12a844245235b8e53307173a278126.jpg)
【山本】陰陽図ってありますよね、火鍋みたいな(笑)。あの白の部分と黒の部分が人間を表しているなと常々思うんです。誰の中にも陰陽図があって、そのときの状況によって、白い部分が多く出たり、黒い部分が多く出たりと変化する。どんな良い人に見えても、悪い人に見えても、それは同じだと思っています。
——都の娘の視点が書かれたパートが訪れると、また彼女の違うダメな部分が見えてくる。そこがまた面白いと思いました。
【山本】「装う」ことから見える都の価値観の古さとか、娘にとっては毒親のような側面とか、興味の対象は自分ばかりで実は娘にすらそんなに関心がないとか、彼女の別の顔が分かるといいなと思い、ああいう構成にしました。読者の方には、既に都が一生懸命に自分の人生を生きてきたことが分かっている。だからこそ面白い展開になると思ったんです。
——「幸せになりたい」と言い続けていた都が、「幸せになろうとしなくていい」と言えるようになっていきます。
【山本】単純に私自身、若い人や読者には「幸せに生きてほしい」と思うんです。でも、「幸せでなければ人生は失敗」みたいに、マスコミなどから商業的に刷り込まれる感じがとても嫌。「ただ生きてればそれでいい」と思います。この小説では、都の彼氏の貫一に「幸せ原理主義」という言葉を言わせたのですが、そこは意識して書きました。
心から発せられた言葉であればいいのですが、「こう言えば感動するだろう」「こう書けば売れるだろう」という言葉も世の中に混在していて、それを真に受ける人がいっぱいいる。真に受けずに、自分ができることをすればいいと思っています。
たとえば、ドラマの中では、生き甲斐を持って“いい仕事”に就いてる女の人が活躍しているかもしれないけれど、“いい仕事”じゃない仕事も仕事だし、それで自分が食べているなら胸をはるべきです。
■「使命感」があるなら、思う存分に働けばいい
——山本さんは一時うつ病を患われ、数年間お仕事をお休みされていました。その経験は作家としてプラスになったと感じますか?
【山本】結果論ですけど、今振り返ればよかったと思います。無理をして休まずにいたら、作家をやめていたのではないでしょうか。その間も覚えていてくださった出版社の方と編集の方に、大変感謝しています。
——「note」に『自転しながら公転する』の執筆に7年かかった理由を記されていますね。そこから、日常の暮らしを大事にしている様子がうかがえました。病気がきっかけだったのでしょうか?
![山本文緒さん 撮影=新潮社写真部](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/3/1200wm/img_83ffdfa1b3c0c95c43bf8aebed9e0465326530.jpg)
【山本】病気になる前の忙しかった時期は、本来の自分ではなかったという風に思います。もちろん仕事は大事ですけど、その捉え方は人それぞれで、私は自分の人生で仕事が一番大事だとは思っていない。ぶらぶらしたり、漫画を読んだり、どちらかというと遊んでいる時間のほうが大事。1999年に『恋愛中毒』を出す前までは、何もしない日がたくさんあったのですが、仕事が忙しくなって生活が破壊され、おかしくなってしまった。前の暮らしが取り戻せて、今は本当に良かったと思います。
——Instagramを拝見すると、カフェやケーキの写真に癒やされます。休むことを大事にされていることが分かります。
【山本】実はカフェインに強くないので、コーヒーは1日1杯。大事に飲んでいます。忙しいとコーヒーを飲む時間もなかったりして、それが続くと消耗し、家族に当たり散らしたりしてしまう。そうなると落ち込んでしまって良い結果を生まないので、忙しくならないように気をつけています。今時、「忙しくならないように気をつけている」なんて発言は叩かれそうですが。
——読者の中には忙しく働くキャリア女性が多く、子育てや介護との板挟みで罪悪感を抱きがち。社会から活躍を期待されているからこその孤独を感じている人もいます。
【山本】「使命感」があって働いている方は、思う存分その使命感に従って働いていけばいいと思っているんです。だけど、使命感に突き動かされているわけでないのならば、あまり体と心に無理をさせないほうがいい。
私の中にも、小さいながらの使命感はあるんです。たくさんあると果たせないので、「親の面倒を最後までみる」とか「引き受けた原稿は書く」程度のことですけど、けっこう大事なものだと思っています。
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小説家
1962年神奈川県生れ。OL生活を経て作家デビュー。1999年『恋愛中毒』で吉川英治文学新人賞、2001年『プラナリア』で直木賞を受賞した。著書に『あなたには帰る家がある』『眠れるラプンツェル』『絶対泣かない』『群青の夜の羽毛布』『落花流水』『そして私は一人になった』『ファースト・プライオリティー』『再婚生活』『アカペラ』『なぎさ』など多数。
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(小説家 山本 文緒)
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