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日本人を思考停止にする「同調圧力」が、落語という世界に誇る文化を生んだ

プレジデントオンライン / 2020年9月28日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/N-O-K-N

■「人と合わせること」が好きな日本人

自民党の新総裁、つまりは新首相が菅義偉さんに決まりました。

仕方ないとはいえ、やはり昔ながらの自民党の派閥主体の選出方法には、令和にもなった現在、がっかり感しかありません。安倍さんが辞任を表明した途端に内閣支持率が一気に上昇したことを鑑みると、菅さんもすぐに退陣すればさらに支持率がアップするのではと芸人として無責任に思った次第であります。

もしかしたら、日本人は「マジョリティ側」に黙ってついて行くのが好きな国民なのかもしれません。「寄らば大樹の陰」ということわざが昔から言い伝えられているのは、この国に住む人たちが変わっていないことを意味しています。たとえ大樹が「小樹」になり果てているはずの落ちぶれた組織であっても、その姿勢は変わらないのでしょう。

「同調圧力」というと外部からの強制的な力で、他人と同じ歩調を要求されるようなイメージがありますが、そうではなく、むしろ日本人は「人と合わせることそれ自体」が好きなのかもしれません。

あれほど改善しなければと言われ続けながらも、いまだに「新卒一括採用」は幅を利かせています。これを重視している企業もそして取り巻く環境も、やはり「みんなと同じ歩調を好むこと」を第一義に置いているからでしょう。

■リクルートスーツ姿の新入社員たちと大量生産された多数のネジ

仲良くさせていただいているお笑い芸人・ウーマンラッシュアワーの村本大輔さんから、以前「揃いのリクルートスーツに身を包んだ新入社員の集合写真と大量生産の多数のネジの写真」が同時に送られてきて大笑いしたことがありましたが、まさにまったく同一に見えたものです。

無論、大企業に入ろうとすること自体を揶揄(やゆ)しているわけではありません。その社会的な貢献度は素直に認めたいと思いますし、働きたくなる理由も「実際レベルの高い社員は大勢いるから」とか「育てる力が備わっているから」などとたくさんあるのは百も承知です。ただ、そこを通過しようとする際の「自然とみな同じ佇まいになってしまう日本人ならではの気風」の中に「同調圧力」の匂いを感じるのであります。

ことにこのコロナ禍はさらに日本人の「同調圧力好き」を露呈させました。

マスク警察、自粛警察などは、「人と足並みが一瞬でもズレている人に対する嫌悪感」の表れです。未知の疫病がもたらした未曽有の不況がそれを増幅させています。

■落語は「同調圧力」の賜物

ここで、翻って考えてみました。

仮説ですが、「日本人の同調圧力好き体質」が「落語」を産んだのではないか、と。

落語は、下半身の動きを制御した特殊な芸能です。しかもそのストーリーは、状況説明をほぼカットしたかたちの会話のみで、進行します。

観客は、「ああ、登場人物は若い女性だな」「ああ、いま酒を飲んでいるな」などと、演者の口調と上半身の手振りのみで想像することに「同調」します。観客には非常に負担を要求する「同調」ではありますが、その総和は気持ちのいい「圧力」となって会場全体に夢のようなひとときをもたらします。

これはもちろん苦痛でははい「同調圧力」ですので、「マスク警察」などとは違った、「いいほうの同調圧力」なのかもしれません。

考えてみたら、近著の『安政五年、江戸パンデミック。』(エムオン・エンタテインメント)にも書きましたが、安政の大地震などの災害、黒船来襲などの外圧の中で、うまい具合にやり過ごすことができたのは、あらゆるストレスを分散するかのように機能した長屋のコミュニケーションという「同調圧力」でもありました。

そして特筆すべきは、そんな過酷な環境の最中、安政年間に江戸で寄席の数が170以上に増加したことでした。国難を「いいほうの同調圧力」で乗り越えたという見本がこの国なのです。

■いい加減さこそが大衆なんだ

「たがや」という落語があります。

「たが」とは桶の外枠をはめる竹や金属の輪のことで、次のようなあらすじになっています。

隅田川の川開きの当日、両国橋の周辺は花火見物の人だかりでまさにすし詰め状態。その混雑の中をかき分けて、馬に乗り供を連れた侍一行が通りかかった。すると反対側からは、たが屋が道具箱を担いでやって来る。

たが屋はあちこちから押され、そのはずみで持っていた「たが」が外れて馬上の侍の笠を弾き飛ばしてしまった。たが屋はひたすら謝罪するが、侍一行は一向に許さない。ここでたが屋が開き直り激昂する。

「たった一人のたが屋VS侍一行」という図式に観衆は大盛り上がり。たが屋が刀を奪って共侍を切りつけると、観衆はさらにたが屋に加勢する。家来をやられた馬上の侍が下りてきて1対1になるとさらにヒートアップ。中間(ちゅうげん)から受け取った槍をぴたっと構える主侍に対して、勢いのあるたが屋はやはり優勢で、横一線にスパッと刀をはらうと、侍の首が中天にピューっと飛んだ。それを見ていた観衆は思わず……「上がった上がった上がった上がった上がった! たが屋〜♪」

真夏に頻繁に演じられる名作で、それぞれの落語家がオリジナルのくすぐりで光らせることのできる噺でもあります。師匠の談志はこの結末部分を、それまで優勢だった「たが屋」の首が侍によってハネられ、それでも観衆が「たが屋~♪」と叫んだというオチに変えています。

最初は判官贔屓で弱いものの味方という風情で「たが屋たが屋」などと声援を送ってはいるが、たが屋のクビがハネられてしまうような悲惨な結末を迎えたとしてものんきに『たが屋~♪』と叫ぶ……つまり談志は「大衆の無責任」をテーマに据えたのです。そんな「いい加減さこそが大衆」なんだと、より深いテーマの落語に仕上げたのでした。

■「同調圧力」との距離感はつかめているか

さて、ここで日本人の「同調圧力好き」と「たがや」を掛け合わせてみます。

すると、「同調圧力を振りかざしてくる大衆の実体なんて得てしてそんなものなんだよ」という深淵なる真理が浮かび上がってくるのではないでしょうか。

立川談慶『安政五年、江戸パンデミック。』(エムオン・エンタテインメント)
立川談慶『安政五年、江戸パンデミック。』(エムオン・エンタテインメント)

さらにいえば、「同調圧力」に対する姿勢が学べるはずです。世間が主張する「世論」なんかもこの類いでしょう。「談志版たがや」で「同調圧力」に対する距離を学べば、目に見えない世論や同調圧力などでも可視化されるような気さえします。

「完全に賛同すべきではないけれども、無視すべきほどでもない」みたいな「同調圧力の実体」が感覚としてつかめるのではないかと、ひそかに信じています。

落語という世界に誇るべき文化を産んだのも「同調圧力」ならば、日本人を同質化・均質化させ、そのシフトチェンジを阻んでいるのも「同調圧力」なのであります。

あ、詳しくは『安政五年、江戸パンデミック。』をお読みくださいませ(笑)。

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立川 談慶(たてかわ・だんけい)
立川流真打・落語家
1965年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。ワコール勤務を経て、91年立川談志に入門。2000年二つ目昇進。05年真打昇進。著書に『大事なことはすべて立川談志に教わった』など。

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(立川流真打・落語家 立川 談慶)

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