速度制限を厳守する走り屋が「カワサキの新型バイク」に飛びついたワケ
プレジデントオンライン / 2020年9月30日 15時15分
■250cc4気筒エンジンで異例のスマッシュヒット
バイク業界は今、9月10日に発売されたカワサキの新型モデル『Ninja ZX-25R』(以下、『25R』)の話題で持ち切りだ。
専門誌はこぞって『25R』の特集記事を組み、市井のライダーたちもSNSなどを通じ、あれやこれやと熱く『25R』を語っている。
しかもただ人々の口の端に上っているのでなく、カワサキ広報によれば現時点での販売店からの発注だけで、今年度販売予定数の5000台をほぼ達成しているという。
5000という数字は、同社の日本国内セールスにおける柱のひとつとなり得る規模。『25R』が趣味性の高いフルカウルのスーパースポーツモデルであることを考えれば、異例のスマッシュヒットである。
こうした盛り上がりの理由は、『25R』が新開発の4気筒エンジンを搭載していることに尽きる。
なにしろ、現在は2気筒が主流になっている250ccクラスのバイクとしては2007年に生産終了となったホンダの『ホーネット』、カワサキの『バリオスⅡ』以来の4気筒モデルであり、新開発の4気筒エンジン搭載車となれば、1989年のカワサキ『ZXR250』登場時にまでさかのぼるのだから。
老舗バイク雑誌『ヤングマシン』は25Rの登場を数年前から独占スクープし、昨年6月発売の8月号で発売確定を断言した。それは同年10月の東京モーターショーでカワサキが正式に『25R』のリリースを発表する、4カ月前のことだった。
「ウェブ版に掲載した同じ記事のコメント欄には、『本当に出たら最高だ』『すごく楽しみ』などの声がほとんどでしたが、『出るわけないでしょ』『いい加減なガセ記事を……』といった意見も寄せられました。多数のライダーが大歓迎するものの、この時代での発売など非現実的な夢想だと受け取られても仕方がない。ほんの1年少し前、250cc4気筒エンジンのスーパースポーツバイクとは、そんな存在だったのです」(『ヤングマシン』編集長の松田大樹氏)
■14年間、メーカーのカタログから姿を消していた
松田氏の言葉の真意を理解するには、日本バイク史の時計を少しだけ巻き戻す必要があるだろう。
1980年代のバイクブームの頃、フルカウルのスタイルで武装し、高回転・高出力が得られる250cc4気筒エンジンを搭載したスーパースポーツモデル(当時は「レーサーレプリカ」と呼ばれた)は、日本の二輪メーカーのドル箱商品のひとつだった。
「ところが行き過ぎた性能競争によって誰もが気軽に楽しめるマシンではなくなり、加えて高額化したことで、ライダーたちから敬遠されるように。そこへ80年代末から、反動として『ネイキッド』(カウルなどのない、懐古的なスタイル)ブームが巻き起こったこともあり、流行遅れのトレンドとなったレーサーレプリカ系のモデルは駆逐されてしまいました」(バイクジャーナリストの谷田貝洋暁氏)
さらに2006年に施行された平成18年自動車排ガス規制がとどめとなり、生産コストがかかる4気筒エンジンを搭載した250ccマシンそのものが、各メーカーのカタログから完全に姿を消してしまったのである。
そんな状況だった08年、カワサキが突如『Ninja250R』なるバイクを発売する。フルカウルの外観を持ちながら、扱いやすく低コストな2気筒エンジンを搭載したこのモデルは発表時、各方面から「こんなどっちつかずのバイクを誰が買うのか?」と疑問視された。しかし、久々に登場した戦闘的なデザインがレーサーレプリカブーム時代を知らない若い層には新鮮に映ったようで、大方の予想を裏切ってまさかの大ヒット。
「これを機にホンダ、ヤマハといった競合メーカーも250ccクラスに2気筒エンジンを積んだスーパースポーツモデルを投入し、熱い戦いが繰り広げられるようになりました。中でも17年に発表されたホンダの『CBR250RR』は、『Ninja250R』の進化版として13年に登場した『Ninja250』を性能的にはるかに凌駕したので、販売面でも250ccスーパースポーツモデルの国内トップに躍り出ました」(谷田貝氏)
■破格のバーゲンプライスが示す、カワサキの本気度
一方、インドネシアなど東南アジアでも250ccクラスのスーパースポーツは大人気となっていて、日本以上の市場規模に成長。その東南アジアマーケットでも近年、『Ninja250』は『CBR250RR』の後塵を拝し続けていたため、現地のカワサキ派ライダーからはより高性能な新型マシンを求める声が高まっていた。
「こうした東南アジア市場からの熱い要望に、カワサキ本社開発陣の『技術の粋を集めた250cc4気筒エンジンをまた世に問いたい』という技術者魂が重なり、250ccスーパースポーツの盟主の座を再びカワサキが取り戻すため、言い換えれば“ストップ・ザ・『CBR250RR』”の使命を帯びた刺客として誕生したのが、『25R』なのです」(谷田貝氏)
しかもこの『25R』、ハイスペックな250cc4気筒エンジンを搭載しているだけでなく、驚くべき価格でリリースされたのだ。
「商品価値からすれば100万円超の値がつけられても当然なので、『ヤングマシン』では希望的観測も含めてギリギリ100万を切る価格となるのでは、と事前予想していました。ところがいざ蓋を開けてみると、標準モデルで税込み82万5000円、上位モデルでも91万3000円。これは2気筒エンジンを積んだ“仮想敵”のホンダ『CBR250RR』とほぼ同レベルです。4気筒エンジンは部品数だけでも2気筒よりほぼ2倍になる上、『25R』にはクラス初となるクラッチ操作なしでギアチェンジできるクイックシフターや、安定した車体の挙動をサポートする3段階トラクションコントロールといった最新装備も盛り込まれているので、破格のバーゲンプライスと言えます。カワサキがいかに本気で『CBR250RR』のシェアを奪いに来ているかがわかる、戦略的な値付けですね。日本の一般的なライダーにとって、購入を検討するか否かの境目になる値段が100万円あたりですから、何ともうまい価格設定をしてきました」(松田氏)
■クォーーーンという官能的なエンジン
とはいえ、若き日に往年のレーサーレプリカブームを経験した年齢層のライダーなら、〈久々に4気筒エンジンを積んだ250ccのスーパースポーツ〉にノスタルジーをくすぐられるだろうが、30代から下の世代が『25R』の存在意義に興味を示したり、価値を見いだしたりできるものだろうか?
「もちろん、単純に4気筒という記号性だけで若いライダー層の心をつかむのは難しいでしょう。ですが一度自分で乗るか、誰かが走らせているところに出くわしたりすれば、エンジンが高回転まで回ってスピードが伸びていく感触や、それに伴うクォーーーンという特徴的なハイトーンの排気音など、単気筒や2気筒とは明らかに違う魅力を感じ取ることができるはずです」(松田氏)
同じ4気筒でもこれが600ccや1000ccといった大排気量モデルとなると、高回転まで回せば日常域のスピードでは収まらず、性能を味わい尽くすにはサーキットに持ち込むしかない。しかし『25R』は250ccという小排気量であり、最先端の機能が搭載されているがゆえに、法定速度で走っている街中でも4気筒エンジンを操る喜びを気軽に、安全に楽しめるのだ。
「『ヤングマシン』の読者から今、『25R』について寄せられる声で圧倒的に多いのが、〈どこまで回るのか〉〈どんな音なのか〉への興味。スタイルやコンセプトではなく、エンジンがここまで話題になるバイクは本当に珍しいですね。一度走らせてあの官能的なエンジンのうなりを聞けば、バイクのメカニズムに疎いビギナーでもぞくぞく、わくわくするだろうし、これまで経験したことのないすごいものに乗っているという実感を得られるはず。結局バイクって、数字上のスペックよりもライダーが心地よいと思えることのほうが大事で、すごく感覚的な乗り物なんです。つまり『25R』はバイクが持っている根源的な魅力を、令和のこの時代に改めて教えてくれるマシンだと言えるでしょう」(松田氏)
■業界人も驚く潜在ニーズの掘り起こし
各地の販売店からの情報によれば、発売前から『25R』の購入予約をしていた顧客のコア層はやはり40~50代。しかし、レーサーレプリカブームを知らない20~30代からのオーダーも想定以上に入っているのだという。
「もちろん、ほとんどの若いライダーは250cc4気筒マシンを実体験したことなどないのですが、“噂に聞いていた高性能バイク”として耳学問でそれなりの情報は持っています。そんな彼らが、カワサキのティーザー広告としてYouTubeにアップされていた動画で独特の排気音をチェックしたり、メディアのプレビュー記事で想像を膨らませたりして、いわば期待値込みで購入を決断したんでしょう」(松田氏)
幅広い層を巻き込んだからこそ、発売前から年間販売予定台数をほぼクリアするという結果につながったわけだ。
今年注目を集めたバイクを挙げるなら、同じく年間販売予定台数を早々に売り切ってしまった6月発売のホンダのオフロード系モデル『CT125』と、『25R』が双璧だろう。特に、メカニズムや排気音などマニアックな部分がこれだけ取り沙汰される『25R』のようなバイクは、近年では本当に珍しい。
「最近は世間の目が厳しく、ライダーたちも絶対的なスピードは追い求めない傾向にある中、手の届くところでバイクを操ったという快感を味わいたい、スポーツ走行の世界を楽しみたいという人の心をつかんだのだと思います。このところのカワサキは、ライダーがぼんやり『こういうバイクが欲しいな』と感じている潜在ニーズを、ずばっと形にしてマーケットへ投入してくるのが抜群にうまい。理屈じゃなく、感性に訴えかけるバイクを作って、すれっからしなはずのわれわれ業界人さえも驚かせてくれるんです」(松田氏)
日本の4大バイクメーカーの中では“仕掛け人”的役回りでエポックメイキングなモデルをリリースし続けているカワサキ。次は、どんな意欲作でライダーをワクワクさせるのだろう。
(プレジデントオンライン編集部)
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