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「まるでささやき女将」ウェブ面接を横から助ける転職エージェントに要注意

プレジデントオンライン / 2020年10月1日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/show999

人材採用で定着しつつあるウェブ面接で、対面にはなかった異変が起きている。法政大学ビジネススクールの高田朝子教授は「ウェブ面接ではこれまで以上のスキルを身につけないと、入社後に『ハズレ』認定を受けることになる」と指摘する――。

■転職エージェントが「ささやき女将」に?

最近、似たような話を違う人から立て続けに聞いた。中途採用をした新入社員が「ハズレ」だったという話である。

コロナ災禍で直接会うことができずリモート状態での選考となった。何回かのウェブ面接で素晴らしい人材だと認め、最後にリアル面接をして採用に至ったが、入社後は期待した働きが見られず失望しているという内容である。これだけならよくある話で「採用は水ものだからね、残念だったね」で終わる。

興味深いのは、採用者たちがその後小耳に挟んだというウェブ面接に関する噂である。ウェブ面接の時には、受験者の近くにメンターなり知恵袋的な役割の転職エージェントがいて、上手に面接をこなすことができていた、というのだ。面接時にそばにつき、リアルタイムで客観的にアドバイスしてくれる司令塔がいたとすれば、自信のない一部の受験者にとってはありがたいことだろう。この話を聞いて、廃業した老舗料亭の「ささやき女将」を思い出して笑ってしまった。

その真偽は分からない。コロナ災禍の中とリモートワークが急速に普及して、今までの伝統的な働き方との間でせめぎ合い着地点を見いだそうとしている現状では、転職の最前線でも試行錯誤を繰り返している。ささやき女将がいるリモート面接話はあながち法螺(ほら)話ではないだろうというのが感想である。この種の可能性があるからといって、ウェブ面接やウェブ会議を否定するつもりは毛頭ない。ウェブを使った働き方からは今後逃れられないのが現実である。

■急速に進んだ日本のリモート化

現在はリモートワーク過渡期である。感染症対策のために突如政府が旗振りを始め、企業もそれに驚異的な速さで従った。「リモートワークなんてあり得ない、日本ではできっこない」といっていた2月の状況とは雲泥の差がある。ウェブ会議もウェブ飲み会もすっかり日常に溶け込んでいる。

製造やサービスの現場や、セキュリティーが関係する職場などは、リモートワークは難しいだろうが、オフィスワークの多くにおいては可能だという学習を私たちはしてしまった。「会社に行かないと仕事にならない」と信じ込んでいたものが、必ずしもそうではないことを実感しているのが現在である。

リモートでの働き方は企業社会に多くの変化をもたらす。一過性の緊急手段ではなく、日常の働き方の一つとして定着していけば、生活するためには必要だけれども個人のキャリア構築にとって不利な時短勤務という概念は霧散するだろう。会社に行かなくても結果が出せれば誰も損をする人はいない。これは介護や育児で仕方なく離職する人々への有効な援護策にもなる。

■ウェブ面接は五感に頼って判断できない

一方で、リモートでビジネスが進んでいく社会はバラ色のことばかりではない。リモートでも仕事が上手くいくような工夫と、リアルとは毛色の違うビジネススキルを新たに磨く必要がある。リアル(対面)とウェブの差は大きい。同じ時間でも、得られる情報量は圧倒的にリアルの方が多いからである。

人間の脳は人とリアルで会うと強烈に活性化する。相手の表情や声のトーンやピッチ、姿形や匂い、その人の持っている雰囲気の全てを、あらゆる感覚を駆使して理解しようとする。特に、目を合わせるという行為は脳の活性化を強く促す。

リアルの面接の際、採用する側は、受付での態度や待合室での様子、部屋に入ってきたときの姿勢や、服装など全てを観察し受験者の能力や人柄を判断する。その人の振る舞い方、考え方や周囲とのやりとりを観察することでその人の人となりを推し量ろうとする。この時、お互いに脳はフル回転している。

ところが、ウェブ上では、脳はリアルの時ほどフル回転しない。ウェブ上では相手と目を合わせることもない。ウェブカメラを通じてとリアルで視線を合わせるのとでは感覚的に違う。その上、画面は作り込みが可能だ。その人の持つ匂いも雰囲気も視線の泳ぎ方も分からない。五感に頼るリアルの面接とは違い、ウェブ面接では受けとる情報量が格段に違う。

■「ささやき女将」の力で入社しても…

リモート面接での「見え方」を細工することは案外安易にできる。ウェブカメラでは見えない位置から「ささやき女将」よろしく受験者に助け舟を出すことは、入社率を上げたい転職エージェントと、転職したい受験者との利害が一致した結果の合理的な行動なのかもしれない。

小細工を経て入社しても、職場ではリアルで評価されることになる。もしも、転職後の仕事が1人で自己完結できるもので、アウトプットのみで評価されるという職人型の仕事ならば問題はないだろう。残念ながら現状では、完全リモートワークで一切対面がない職場はまれだ。多くの部分は他人とのやりとりがあり、仕事の評価もチームでなされる。そこで求められることは、結果を出すことと、その為の意思決定を連続して行うことである。

そもそも、面接でのやりとりは、その人が行ってきた意思決定の歴史と質を探るためにある。ささやき女将の振り付けで動くこと自体が、自らの意思決定を放棄していることになる。リアルで働いて結果がでないのは自明と言えば自明である。もしあなたがこのような転職エージェントに出会っても、決して利用しないことだ。

■画面越しの相手を正確に見極めるためには?

リアルで会えない環境の中で相手を正確に見極めるためには何が必要か。

特に新しく奇抜なものではない。突出して重要となってくるのは「言語化能力」、もう一つは「なぜ?」と繰り返し質問をする能力である。視覚と聴覚以外の感覚が使いにくいウェブという状況で、この2つの能力が高い人はそうでない人よりも圧倒的に多くの情報を得ることができる。これは面接官、受験者双方に必要な能力である。

ウェブ上では、間のとり方や雰囲気で伝わる非言語コミュニケーションがリアルほどは機能しない。言葉の力が極めて重要になるのは必然である。そのためには自分の考えを言葉に出して「相手に分かるように」伝えることが重要で、相手が理解しやすい順番、言葉の使い方を工夫する能力が求められる。

相手が話す内容に不備や不足があったとき、その理由を問う「なぜ?」とその応答という双方向プロセスを通じて、お互いのマインドセットや、心象的な背景が浮かび上がる。言葉の揚げ足を取るのではなく、物事の本質を突き詰めていくための質問と復答の応酬は、今まで長い時間一緒にいることによって理解してきた事象を言葉にすることである。リアルでは阿吽(あうん)の呼吸で何となく理解してきたものを、言葉にするプロセスである。

■対面時以上に質問を重ねてみる

「なぜ?」と質問をする能力は、本質を突く質問、相手が話し出したくなる質問をする能力である。この種の質問をするためには、聞く側の当人が何を明らかにしたいのかについて具体像があることと、物事への理解があることが不可欠である。「なぜ?」を相手にさまざまな角度から問いかける訓練と、それに答える訓練が、面接する方もされる方も日常において行うことが重要になる。

「なぜわが社を希望するのか」という質問はテンプレート質問で、受験者は業界大手だからとか、自分の力を新しいところで試したいとか、無難なことを答えるのが普通だろう。面接官はそこで「なぜ、自分の力を違うところで試す必要性があるのか」「なぜ、そう考えるのに至ったのか」「現状の企業環境をどう考えているのか、それはなぜそう思うのか」など、さまざまな質問を違う角度から問い続けるべきである。

「なぜ?」の質問とやりとりのプロセス上で、相手の考え方、どのように物事を決めて実行してきたのかという軌跡が浮かび上がってくる。「なぜ?」という質問の主役は受験者自身である。自身の意思決定がなされていないと答えることは難しい。

コミュニケーションは双方向のやりとりである。自分の考えを言葉で相手に伝えないと相手からも考えを引き出すことはできない。相手の考えをより精緻に引き出すためには、相手が気づかないポイントを指摘することや、違う視点からの見解を表示することが必要となる。これは、五感全てを使えないオンラインの場面では必ず磨くべき能力である。

■面接官から飛ぶ「なぜ?」に備えよ

受験者にとっては「なぜ?」を準備すること、すなわち、なぜ自分はその行動をしたのか、なぜそう思ったのかを、一度立ち止まりじっくりと考え、客観的に見直した上で面接に臨むべきである。リフレクション(振り返り、内省)といわれる行為は、自らの思考形態や行動を俯瞰することで自らを理解し、他人から投げかけられる「なぜ?」に対峙する基礎体力を作る。

リモート時代の面接は、リアルの面接で使われた仕草や、対面したときのその人の持つ雰囲気などの非言語コミュニケーションで相手に自分を分かってもらうことができない。純粋に言葉の勝負になる。その為に必要なのは、受験者自身が自分を知ることであり、その上で自分の良さを売り込むことだ。

降って湧いたリモートワークブームは今後のわが国の採用のやり方を大きく変える可能性を含んでいる。

画面による視覚情報が頼りないと分かると、人間は文字情報によりいっそう重きを置くようになる。しかしこれも曲者である。学歴や職歴が良いからといって、必ずしも仕事ができるとは限らない。ましてや一緒に働いて楽しいかは分からない。

■リモートが進むほど「見る目」が重要になる

文字化された情報の最も今日的なツールが、米国や中国で盛んに行われている信用スコアだろう。信用スコアは学歴、職歴、クレジットカードやローン、各種代金の支払い履歴、住居、その他さまざまな要素で個人の信用度を可視化するもので、日本でもさまざまな会社がサービスを開始している。

信用スコアの是非についての議論はここでは述べない。個人的にはかなり気持ち悪いものだと思っているが、判断のツールの一つだと割り切れば、直接会うことが困難な状態においては有用なのかもしれない。

気をつけなくてはいけないのが、信用スコアはその人の過去の振る舞いを人工知能が統計的に解析・評価したもので、未来の完全な行動予測ではないことである。その人の心持ちの変容、感情の状態、振る舞いの変化、一般的ではないひらめきや急激な成長はうまくポイント化されない。これらは採用において最も重要なことで、結局一般化された信用スコアは資料にこそなれ、採用の決定打にはならない。

人間は成長し変化する。それを理解し、組織で配置し、ビジネスに活用するという意思決定ができるのはやはり人間なのである。信用スコアは人間の判断のための材料の一つであるが、最終的には人間の意思決定を必要とする。

逆説的ではあるが、これからの社会はリモートワークが進めば進むほど人間としての相手を見極める力が重要になるのだ。

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高田 朝子(たかだ・あさこ)
法政大学ビジネススクール 教授
モルガン・スタンレー証券会社を経て、サンダーバード国際経営大学院にて国際経営学修士、慶応義塾大学大学院経営管理研究科にて、経営学修士。同博士課程修了、経営学博士。専門は組織行動。著書に『女性マネージャー育成講座』(生産性出版)、『人脈のできる人 人は誰のために「一肌脱ぐ」のか?』(慶應義塾大学出版会)、新刊『女性マネージャーの働き方改革2.0 ―「成長」と「育成」のための処方箋—』などがある。

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(法政大学ビジネススクール 教授 高田 朝子)

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