「憲法改正」14%の両極端な意見がネット上では46%に増えるワケ
プレジデントオンライン / 2020年10月4日 11時15分
※本稿は、山口真一『正義を振りかざす「極端な人」の正体』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■75%の人は「ネットには攻撃的な人が多い」と考えている
私が以前約2000人を対象にアンケートをとったところ、75%の人は「ネットには攻撃的な人が多い」と考えており、70%の人は「ネットは怖いところだ」と考えていることが分かった。
「極端な人」によるネット上の誹謗中傷を見てネットに怖いイメージを持つ人は、世の中に大勢いるといえる。
ネット右翼という言葉もある。ネット右翼とは、インターネットと右翼をかけ合わせた言葉で、ネット上の掲示板やブログ、SNSなどで保守的・国粋主義的な意見を発信する人のことを指す。
画一的な定義は存在しないのが現状だが、大阪大学准教授の辻大介氏は、日本版のオルタナ右翼(※)がネット右翼だとしたうえで、「中国と韓国への排外的態度が強い」「保守的・愛国的政治志向が強い」「政治や社会問題に関するネット上での意見発信・議論への参加を積極的に行う」という特徴全てを満たしている人と定義している。
※:アメリカにおける既存の右翼・保守思想に対する別の選択肢という意味で「オルト(alt)」という言葉が「右(right)」についた言葉。反フェミニズム、反多文化主義(排外主義)、反ポリティカル・コレクトネス、そしてレイシズムやミソジニーが特徴だと、駿河台大学准教授の八田真行氏は指摘する。
定義からも明らかであるが、排外主義的態度、保守的志向が強く、政治の話題によく首を突っ込むことから、自分の考えに合わない意見に対して行き過ぎた批判や誹謗中傷をしている例も多い。ネット上で政治的な話題を発信しにくくしている一端を担っているといえるだろう。
■ネットでの自由な議論では政治的な妥協点は見つけにくい
また、活動はネット内に留まることがなく、2010年頃からは在日コリアンに対する差別的な言辞を掲げる街頭デモ等が繰り返されるようになった。いわゆるヘイトスピーチである。まさに極端な言説や行動をとり、社会に大きなインパクトを与えている「極端な人たち」といえる。
なお、排外主義と関わらないためネット右翼ほど話題になることはないが、逆サイドのネット左翼と言われる人々ももちろんいる。このようなネット右翼とネット左翼は普段はそれぞれ隔絶され分離したコミュニティ・繋がりの中でコミュニケーションをしている。
しかし、ひとたび叩ける材料があればこぞって批判とも言えないような差別的な誹謗中傷をすることも珍しくない。当然両者が分かりあうのは困難で、ネットでの自由な議論によって政治的な妥協点を見つけられる可能性は、極めて小さい。
■極端な人は社会に対して否定的で、不寛容で、攻撃的
政治に限らない、ネット上に批判や誹謗中傷があふれる「ネット炎上」全般についても、そのメカニズムが近年明らかになってきている。
私が以前、慶應義塾大学教授の田中辰雄氏らと研究したところによると、ネットで批判や誹謗中傷を書き込む人は、「ネット上では非難しあっていい」「世の中は根本的に間違っている」「ずるい奴がのさばるのが世の中」などの考えを持っている傾向があることが分かった。
社会に対して否定的で、不寛容で、攻撃的で、まさに極端な考え方を持っている人たちだ。そういった「極端な人たち」が、ひとたびネット炎上が発生すると、我先にとネット上に批判や誹謗中傷を書き込みに行くのである。そして、中には大量のアカウントを作成して執拗に攻撃するものまで現れる。
ネット炎上がひとたび起こると、ネット上は批判や誹謗中傷であふれかえるように見え、「この人はこんなに叩かれているんだ」と思いがちだ。しかし炎上参加者のこのような極端さを知ると、まるで「極端な人」がネット世論をリードしてしまっているようにも見える。
■「極端な人」が多く見える理由
しかし考えてみると、これはちょっとおかしい。なぜなら、現代社会ではネットを利用していない人はほとんどいない。「ネットユーザ≒社会にいる人」のはずで、ネットだけに怖い人が多いというのは実に奇妙だ。
なぜネットでは、このような奇妙な現象が起こるのだろうか。そのメカニズムを、最新の統計学や科学は解き明かしつつある。そしてその背景には、次の4つの「ネットが持ってしまっている根源的な特徴」が存在しているのだ。
②ネット自身が「極端な人」を生み出す
③非対面だと攻撃してしまう
④攻撃的で極端な意見ほど拡散される
最も大きい要因が、ネットの言論空間とは、極端で声の大きい人ほど、誰にも止められることなく、大量に発信できる場ということである。
「極端な人」は、当該問題について強い関心を抱いていたり、想いを持っていたりすることが多い。例えば、極右の人は政治というテーマについて確固たる考えを持っており、自分の政治信条について強い想いを持っている。往々にして、政治に全然詳しくなくて極端になったというよりは、かなり調べており、そのうえで極端になっていることが多い。これはもちろん、反対の極左にもいえることだ。
■ネットには「発信したい人しかいない」
一方、中庸な意見を持っている人は、それほど強い想いを持っていない。自分の考えを多くの人に伝えなきゃという使命感にかられるようなことはないし、そもそも当該問題に関心の薄い人も多いだろう。
さて、ここまでは社会もネットも変わらない。しかしここから、ネットのある特徴が、ネットを「極端な人ばかり」にするのである。それは、ネットには「発信したい人しかいない」という特徴である。
例えば、よくテレビや新聞でやられるような世論調査では、電話を使って質問をして意見を収集する。この時、回答者は無作為に選ばれた人が、聞かれたから答えている状態である。つまり、受動的な発信だ。近年では回答者の選択方法に課題を指摘されることも多いが、ある程度社会の意見を反映した結果にはなっているだろう。
また、通常の会話においても、発信は能動的なものと受動的なものが入り混じる。もちろん、強い想いを持って発言をすることもあるが、話し相手がその話題に関心がなければ空を切るだけで、やがてその会話は終わる。また、会議やディスカッションの場であれば、あまりに話し過ぎていたら司会に止められる。そのうえ、時には相手から質問を受けることもあるため、受動的に発信することもあるわけだ。
■ネットでは好き勝手に極端な意見や誹謗中傷を垂れ流せる
しかし、ネット空間ではそういうことはない。ネットはとにかく発信したい人が発信したいことを言う場である。仮に極端な意見や誹謗中傷的な発言をしたところで、それを止めるような司会者もいない。強い想いを持ったら、その強い想いのままに、何の気兼ねもなく次から次へと発信していくことが可能なのである。
そう、とどのつまりは、ネットとは「能動的な発信」だけで構成された、極めて特殊な言論空間なのである。
いつまでも同じ話をしていたり、特定の批判や誹謗中傷ばかりをリアルの会話でしていたりしたら、その相手は嫌な顔をするか、その会話をいずれ遮るだろう。あるいは、自分の周囲から離れていくかもしれない。そうやって、言論空間の「社会性」というのは、リアルでは常に保たれるようになっているのだ。
しかし、SNSの自分のアカウントで好き勝手に極端な意見や誹謗中傷を垂れ流しても、それで嫌な顔をする人はいないし、遮る人もほとんどいない。たまに遮られても、今度はその遮ってきた見ず知らずの他人を攻撃すればいいのだ。ネットニュースやブログへのコメントも同様である。
実は、この「万人による能動的な発信だけで構成された言論空間」がここまで普及したというのは、有史以来初めてのことである。ネットが普及して情報革命が起こり、人類は未だかつてないコミュニケーション環境に晒されたのだ。
■「極端な人」はとにかく発信する
能動的な発信だけで構成されている言論空間というのは、「極端な人」にとっては天国のような空間である。誰も自分の歩みを止める者はおらず、ひたすら自分の意見を世界中に、時には嫌な人に直接、書き込み続けられるのだ。
しかも、この特徴はもう1つ、さらにネットで「極端な人」ばかりが元気になる現象を生み出す。それは、中庸的で強い心を持っていない人は、ネットの言論空間から退出してしまうということである。
もしかしたらあなたも、ネット上で政治的な話題や、宗教やジェンダーの話題、あるいはファンの多い芸能人の話題などは、ある程度避けるようにしているかもしれない。なぜ避けるか。その理由の1つに、他人からの批判や心無い誹謗中傷が怖い・揉めるのが怖い、といったことはないだろうか。
そう、センシティブな話題ほど、ネットで発信をするとどこからともなく「極端な人」が現れ、攻撃を仕掛けてくるかもしれないのだ。だったら、発信しないで平穏に暮らしていた方がいい。こうやって、中庸的な意見の人ほどネットでの「極端な人」による攻撃が怖くて、言論空間から撤退していく。
しかし、「極端な人」はそうではない。自分の意見に確固たる自信があるし、相手を攻撃するのに迷いがない。もし反論されようと、「お前は何も分かっていない」「そんなことを言うなんて売国奴に違いない」などと取り合わず、上から意見をかぶせるだけである。何を言われてもくじけない強い人たちだ。
■中庸な人は発信をやめてしまう
その結果何が起こるか。「極端な人」は多く発信を続け、それは留まることを知らない。その一方で、中庸な人はもともと発信のインセンティブが弱いうえ、「極端な人」が怖くて発信をやめてしまう。
そうすると、社会に大多数いるであろう中庸な人――他人の意見に耳を傾けられる人・ある物事や人について弱く支持している人・ある物事や人について不快に感じたり反対に思ったりしたが直接攻撃しようとまでは思わない人など――は、ネットの言論空間にはほとんどいなくなってしまい、代わって少数であるはずの極端な意見の持ち主が、ネットのマジョリティを占めるようになる。
これを図にすると図表1のようになる。この図で、横軸は意見の違いを表しており、左に行くほど反対・不支持であり、右に行くほど賛成・支持である。つまり、真ん中は中庸的な意見で、両端は極端な意見となっている。また、縦軸は人数を表している。
一般的に、極端な意見の人より中庸の意見の人が多いので、社会における意見の分布は中央に集まる形になり、破線の分布がそれを表している。つまり、社会の意見分布はたいていの場合山型を形成する。
しかし、ネットではこうならない。①「極端な人」ほど発信する。②中庸な人ほど「極端な人」を恐れネットで発信しない。という2つの特徴から、ネットでは実線の谷型の意見分布となるのである。
この谷型の意見分布こそが、今我々がまさに目の当たりにしており、「ネットは怖いところだ」と思っている言論空間そのものなのである。
■「憲法改正に対する意見」を3000名にアンケート
もっとも、これらの考察はあくまでも「理論」である。そこで、実際にこうしたことが起きているのかどうかを裏付けるため、調査を行うことにした。
私は20~60代の男女3000名を対象としたアンケート調査を実施し、この現象の分析を行った。具体的には、ある1つの話題――ここでは憲法改正――に対する「意見」と、「その話題についてSNSに書き込んだ回数」を聞き、分析したのだ。憲法改正は、長い間日本で大きな注目を集めているトピックである。
簡単にこのトピックについて説明すると、憲法が制定されてから70年以上経ち、国内外の環境が大きく変化する中で、今日の状況に対応するための改正が必要だという意見が出ている。特に2020年6月現在の政権(安倍晋三内閣)は、その方針を明確に打ち出している。
一方、それに反対する政治家や国民も多い。主に議論の争点となっているのが、「戦力の不保持」と「交戦権の否認」を規定している日本国憲法において、自衛隊を明記することと、集団的自衛権の行使を認めるかどうかという点である。
■「現実の14%」が「ネット上の46%」の意見を作る
さて、まず、このような憲法改正について、「非常に賛成である」~「絶対に反対である」の選択肢を用意し、回答者の意見分布を集める。選択肢には「どちらかといえば賛成である」なども用意し、7段階に細かく分け答えられるようにしている。これは、「聞かれたから答えている」という受動的な意見の発信であり、声を発さない人も含めた社会の意見分布といっていいだろう。
続けて、同じ回答者について、ツイッターやフェイスブックなどの、不特定多数に発信できるSNSに、それぞれの意見の持ち主が憲法改正という話題について投稿した回数を調査し、人数と掛け合わせることによってSNS上の意見分布も調査する。これはSNSで発信した回数なので、能動的な意見の発信だけで構成される。
この2つを描いたものが図表2である。この図を見ると、驚くべきことが分かる。なんと、最も人数が少なかったはずの両極端な意見であるが、ネット上での投稿された総回数では1位、2位となっているのだ。
具体的に言うと、「非常に賛成である」「絶対に反対である」という人は社会には7%ずつしかいないのに対し、ネット上では29%と17%の意見を占める。合計すると46%と、約半分の意見を「少数の極端な人」が占めているのだ。まさに、社会の意見分布と異なる谷型の意見分布となってしまっている。
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国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授
1986年生まれ。東京大学客員連携研究員、シエンプレ顧問、日本リスクコミュニケーション協会理事。博士(経済学・慶應義塾大学)。専門は計量経済学。研究分野は、ネットメディア論、情報経済論等。「あさイチ」「クローズアップ現代+」(NHK)や「日本経済新聞」をはじめとして、メディアにも多数出演・掲載。主な著作に『正義を振りかざす「極端な人」の正体』(光文社)、『なぜ、それは儲かるのか』(草思社)、『炎上とクチコミの経済学』(朝日新聞出版)などがある。
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(国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授 山口 真一)
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